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表紙と目次で見る「新潮」110年|新潮|新潮社
表紙ひょうし目次もくじる「新潮しんちょう」110ねん新潮しんちょう
明治めいじ37(1904)ねん5がつ5にち新潮社しんちょうしゃ創業そうぎょうしゃ佐藤さとう義亮ぎりょうすけ)が借家しゃくや移転いてんた150えん唯一ゆいいつ資金しきんに「新潮しんちょう」は創刊そうかんされました。それから今年ことしで110ねん日本にっぽんもっとなが継続けいぞくてき刊行かんこうされている文芸ぶんげいあゆみと変遷へんせん表紙ひょうし目次もくじ御覧ごらんください。
創刊そうかんごう 明治めいじ37ねん(1904)5がつ5にち発行はっこう
創刊そうかんごう 明治めいじ37ねん(1904)5がつ5にち発行はっこう
定価ていか12ぜに/表紙ひょうし平福ひらふく百穂ひゃくすい/80ぺーじ

小社しょうしゃ創業そうぎょう明治めいじ29ねん)にともない創刊そうかんされた月刊げっかんしんこえ」をかたちで、にち戦中せんちゅう創刊そうかん投稿とうこう性格せいかくし、最終さいしゅうぺーじには「本誌ほんし青年せいねん文芸ぶんげい雑誌ざっし也、紙面しめん大半たいはん開放かいほうして、青年せいねん諸君しょくんはせ騁にまかす」とある。
明治めいじ41ねん(1908)7がつごう
明治めいじ41ねん(1908)7がつごう
定価ていか35ぜに/表紙ひょうし平福ひらふく百穂ひゃくすい/206ぺーじ

国民こくみんてき悼歌のなかねむられた其死はしん文芸ぶんげいかいだいなる損傷そんしょう」とし、「体裁ていさい全然ぜんぜんあらためて独歩どっぽかんする記事きじ満載まんさいした」(巻頭かんとうげん)という異例いれい国木田独歩くにきだどっぽ追悼ついとうごう訪問ほうもん記者きしゃ中村なかむら武羅夫むらおが41めい談話だんわ週間しゅうかん整理せいりした。
大正たいしょう11ねん(1922)しん年号ねんごう
大正たいしょう11ねん(1922)しん年号ねんごう
定価ていか35ぜに/表紙ひょうし平福ひらふく百穂ひゃくすい/206ぺーじ

芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけやぶなか」を掲載けいさい芥川あくたがわはアンケートらん随筆ずいひつらんにも寄稿きこういちぺーじいた「社告しゃこく」では、当時とうじ地上ちじょう」で一世いっせい風靡ふうびしていた嶋田しまだ清次郎せいじろうが「此度本社ほんしゃ入社にゅうしゃせられ、いちがつ下旬げじゅんもっ欧米おうべい周遊しゅうゆうたびおもむかれることゝなつた」とある。
昭和しょうわ13ねん(1938)しん年号ねんごう 創刊そうかんよんひゃくごう記念きねんごう
昭和しょうわ13ねん(1938)しん年号ねんごう 創刊そうかんよんひゃくごう記念きねんごう
定価ていか80ぜに/369ぺーじ

今日きょう十一月じゅういちがつさんじゅうにちである。皇軍こうぐんこうかげ占領せんりょうして、南京なんきん攻略こうりゃくみち躍進やくしんしてゐると報道ほうどうされてゐる」(巻末かんまつ記者きしゃ便たより」)。「新人しんじん中堅ちゅうけん大家たいか会心かいしんさくじゅうろくへん収録しゅうろくした」(どう)という創作そうさく特集とくしゅうくわえ、随筆ずいひつ俳句はいく短歌たんか批評ひひょう海外かいがい文学ぶんがく紹介しょうかい文化ぶんか月評げっぴょうとう多彩たさい内容ないよう
昭和しょうわ20ねん(1945)3がつごう/11月ごう
昭和しょうわ20ねん(1945)3がつごう           昭和しょうわ20ねん(1945)11がつごう
定価ていか50ぜに/57ぺーじ                     定価ていか1えん50ぜに/72ぺーじ

昭和しょうわ20ねん3がつ9にち東京とうきょうだい空襲くうしゅう出版しゅっぱん機能きのう一挙いっきょ低下ていかし、3がつごう最後さいごに、戦後せんご復刊ふっかんごうである11月ごうまで休刊きゅうかん。11月ごう川端かわばた康成やすなり島木しまき健作けんさく追悼ついとうし、「わたしはもうんだものとして、あはれな日本にっぽんうつくしさのほかのことは、これからいちぎょうかうとはおもはない」と痛切つうせつおもいを吐露とろしている。
昭和しょうわ21ねん(1946)12がつごう 創刊そうかんひゃくごう記念きねんごう
昭和しょうわ21ねん(1946)12がつごう 創刊そうかんひゃくごう記念きねんごう
定価ていか12えん/表紙ひょうし富本とみもと憲吉けんきち/184ぺーじ

明治めいじ40ねんごろよりさんじゅうねんにわたり編集へんしゅう中核ちゅうかくにない、このとし退社たいしゃした中村なかむら武羅夫むらおは「文壇ぶんだん新潮しんちょう」で、「海外かいがいあたらしい思潮しちょう流入りゅうにゅうにつとめ、文学ぶんがくあたらしい問題もんだい提供ていきょうするために努力どりょくし、新人しんじん推薦すいせん紹介しょうかいとをもっ本領ほんりょうとし、既成きせい勢力せいりょく温存おんぞんはかるよりも、新興しんこう勢力せいりょく推進すいしんのためにちからつくして、つね文壇ぶんだん新風しんぷうおくることをもっ使命しめいとしてた」としるしている。
昭和しょうわ38ねん(1963)8がつごう 創刊そうかんななひゃくごう記念きねんごう
昭和しょうわ38ねん(1963)8がつごう 創刊そうかんななひゃくごう記念きねんごう
定価ていか200えん/表紙ひょうしはやしたけし/356ぺーじ

かわもりこうぞう寄稿きこうの「『新潮しんちょうろくじゅうねん」によれば「『新潮しんちょう』よりもふる文芸ぶんげい雑誌ざっしいちはちきゅうねんいちがついちにち創刊そうかんされた『メルキュール・ド・フランス』ぐらいではあるまいか。(りゃく)『新潮しんちょう』は世界せかいでも指折ゆびおりの由緒ゆいしょのある文芸ぶんげい雑誌ざっしということができる」とあるが、同誌どうし当時とうじ隔月かくげつかん)はそのねんの1965ねん廃刊はいかんした。
昭和しょうわ63ねん(1988)5がつごう 創刊そうかんいち〇〇〇ごう記念きねんごう
昭和しょうわ63ねん(1988)5がつごう 創刊そうかんいち〇〇〇ごう記念きねんごう
定価ていか850えん/表紙ひょうし高山たかやま辰雄たつお/516ぺーじ

創刊そうかんいち〇〇〇ごう記念きねんごう巻頭かんとうかざるグラビア「文学ぶんがく年輪ねんりん」では世代せだいはなれた作家さっか対面たいめん。「永井ながい龍男たつお津島つしま佑子ゆうこ鎌倉かまくら文学ぶんがくかん)」「井伏いぶせ鱒二ますじ増田ますだみず井伏いぶせたく)」「大岡おおおか昇平しょうへい沢木さわきこう太郎たろう大岡おおおかたく)」「佐多さた稲子いねこ中上なかがみ健次けんじ国立こくりつ劇場げきじょう)」「宇野うの千代ちよ山田やまだ詠美えいみ宇野うのたく)」「安部あべ公房こうぼう島田しまだ雅彦まさひこ新潮社しんちょうしゃ地下ちかしつ)」「安岡やすおか章太郎しょうたろう青野あおのさとし安岡やすおかたく)」「遠藤えんどう周作しゅうさく中沢なかざわ新一しんいち原宿はらじゅく)」「井上いのうえやすし宮本みやもとあきら井上いのうえたく)」「丹羽にわ文雄ふみお高樹たかぎのぶ丹羽にわたく)」。
平成へいせい16ねん(2004)6がつごう 創刊そうかんいち〇〇周年しゅうねん記念きねんごう
平成へいせい16ねん(2004)6がつごう 創刊そうかんいち〇〇周年しゅうねん記念きねんごう
特別とくべつ定価ていか1300えん/ 548ぺーじ

総勢そうぜいろくめい創造そうぞう対話たいわしめす、いち〇〇ねん文学ぶんがく。「文学ぶんがくてき想像そうぞうりょく変貌へんぼうしつつあるのか? その変貌へんぼう意味いみするものは、“隆盛りゅうせい”なのか、それとも“難関なんかん”なのか?――。このいは、日本にっぽん近代きんだい文学ぶんがく幾度いくどもの転換期てんかんきにおいて、かく時期じきなりの切実せつじつさとともに反復はんぷくされ、そしていま、あらためて生々なまなましいリアリティをかんじさせます」(巻頭かんとう言葉ことばより)。
平成へいせい24ねん(2012)3がつごう 特集とくしゅうつくひと52にんの2011ねん日記にっきリレー
平成へいせい24ねん(2012)3がつごう 特集とくしゅうつくひと52にんの2011ねん日記にっきリレー
特別とくべつ定価ていか950えん/ 340ぺーじ

特集とくしゅう企画きかく発案はつあんしたのは2010ねん終盤しゅうばん。そのすうヶ月かげつ東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいきるとは予想よそうだにしなかった。「2011ねん――あの危機ききとしを、つくひとく・えがく・てる・かなでる・る・うetc.)はいかにき、なにおもったのか? 国際こくさいてき巨匠きょしょうからしん世代せだい気鋭きえいまで、365にち(52しゅう)を52にんの1週間しゅうかん日記にっきでつなぎ、未来みらいつたえる大型おおがた特集とくしゅう!」(特集とくしゅうとびらより)。
平成へいせい26ねん(2014)6がつごう 創刊そうかんいちいち周年しゅうねん記念きねんごう
平成へいせい26ねん(2014)6がつごう 創刊そうかんいちいち周年しゅうねん記念きねんごう
特別とくべつ定価ていか1300えん/ 556ぺーじ

今日きょうからはじまる文芸ぶんげい未来みらい》という言葉ことば表紙ひょうししるした。「文学ぶんがくてき想像そうぞうりょく最前線さいぜんせんしめすこと。虚構きょこうちから世界せかい人間にんげんのむきしの姿すがたえがすこと。ときには苛烈かれつなまでの批評ひひょう精神せいしんにより、既成きせい価値かちかん亀裂きれつれること。なにより、そのような文芸ぶんげいいとなみを読者どくしゃゆたかに共有きょうゆうできるであること。その実践じっせんは、〈今日きょう〉からはじまります」(巻頭かんとう言葉ことばより) 。

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