宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#13
2025年3月31日-4月6日
【まとめ】
・ヘグセス国防長官の発言がアジアと欧州で大きく異なり、外交戦略の一貫性に疑問が生じている。
・トランプ政権は欧州に対し「たかり行為」発言を繰り返し、関税発動を進めるなど強硬路線を続けている。
・イランとの交渉は決裂し、今後の制裁強化が予想される中、中東の緊張が高まっている。
今週は論点満載の週のようだ。悪名高い「トランプ関税」が発動される一方、トランプ氏は停滞するウクライナ停戦「交渉」についてロシア大統領への「怒り」(と訳されているが原語はpissed offという品のない言葉)を露わにした。また、フランスでは超保守系政党のル・ペン前党首が有罪となり、大統領選に5年間出馬できなくなった。
しかし、筆者の最大関心は米国防長官のアジア歴訪だ。このピート・ヘグセスという人、FOXでよく喋る男だという記憶はあったが、調べてみたら1980年ミネアポリス生まれ、ノルウェー系、2003年にプリンストン大卒、13年にハーバード大ケネディスクールで公共政策修士課程を修了したというから、それなりの学歴はあるらしい。
プリンストン大卒業後はミネソタ州兵に入隊し、グァンタナモ、イラク、アフガニスタンで従軍。職業軍人とはならず、14年にFOXニュースのコメンテーターとなった。過去に性的暴行や飲酒癖の疑惑があっただけでなく経験不足も指摘されたため、議会承認は賛否同数、副大統領の賛成により辛うじて国防長官に就任している。
だから、「ダメだ」などと言うつもりはない。しかし、国防長官としての彼の言動は毀誉褒貶相半ばする。欧州では「NATOは偉大な同盟」と言いながら「欧州諸国は自国の防衛のためにもっとすべきことがある」などと公言。欧州軍人のプライドを逆撫でするような発言を文字通り連発してきたからだ。
その極め付けが、先週ご紹介した無料アプリ「シグナル」で、米軍のイエメン攻撃の2時間前に、攻撃内容の詳細についてトランプ政権要人と交わした発言である。その中で、それまで攻撃に慎重だった副大統領は「攻撃すべしと言うなら賛成するが、また欧州人を助けるなんてまっぴらだ」と述べている。おっと、これには注釈が必要だ。
副大統領は、イエメン攻撃でアジア・欧州間の貿易ルートたる「紅海での航行の自由」を、欧州ではなく、米国が守ることに疑問を持ったのだ。これに対し国防長官は「欧州人の『たかり行為free-loading』に対するあなた(副大統領)の嫌悪感には同意する。哀れなもんだ。」と返答したという。うーん、これがトランプ政権の本音なのか。
ちなみに、この「シグナル」でのやりとりがメディアで暴露された後も、ヘグセス国防長官は「戦争計画というが、具体的名称、攻撃対象、場所、部隊名、移動ルート、情報源、攻撃手段など一切ない。機密情報は一切なかった」と猛烈に反論している。同長官がワシントンからフィリピン・日本に向かう途中立ち寄ったハワイでの発言だ。
ところがだ、フィリピンと日本での言動はまるで別人のように変わってしまう。同盟の重要さ、同盟国への感謝、中国共産党を抑止することの重要性など、欧州人が聞いたら怒り心頭となるような「まともな」発言を繰り返していたからだ。さて、どれが本当のヘグセス国防長官なのか。この続きは今週のJapanTimesに書くつもりだ。
さて、専門家ではないが、トランプ関税についても一言。筆者が思うのは、「経済政策の失敗はマーケットが正す」、逆に言えば、「今大統領に何を意見しても始まらない」ということだ。「●につける薬はない」のだが、少なくとも、今のところ、インド太平洋方面の米安保政策が「脱線」していないだけ、救いなのかもしれない。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
4月1日 火曜日 中国外相、訪露、露中外相会談
仏外相、パリでデンマーク外相と会談
米国務長官、ワシントンでアルゼンチン外相と会談
4月2日 水曜日 米国の「相互関税」が発効
EU国防相、ワルシャワで会合
4月3日 木曜日 米国の「自動車関税」が発効
EU・中央アジア首脳会議開催(2日間、ウズベキスタン)
NATO外相会合(ロンドン)
4月5日 土曜日 中国「百度」がTikTokを放棄するか、米国の禁止に服するかの期限
が終了
4月7日 月曜日 仏大統領、エジプト訪問(2日間)
最後にガザ・中東情勢について一言。今週もイスラエルとハマース間の本格戦闘、というかイスラエルの一方的攻撃が続いている。31日にはネタニヤフ首相の側近が二人、「カタルからの資金提供を受けた」容疑で逮捕されている。同首相としては、とても本気で停戦交渉を進める国内政治状況にはないのだろう。
もう一つ気になったのが米イラン関係だ。トランプ政権は3月中旬にアラブ首長国連邦(UAE)を通じイラン側に核開発について交渉を呼びかける書簡を送り、30日にはトランプ氏がイランに対し、提案を拒否すれば「かつて見たことがないような爆撃」や「2次関税を課す可能性がある」などと警告したという。
これに対し、イランのハーメネイ最高指導者は31日、米国との直接交渉を拒否するとともに、米国がイランを攻撃すれば「強力な報復を受ける」と語ったそうだ。売り言葉に買い言葉、双方とも相手を「攻撃」など「したくはない」というのが本音だろうが、「口撃」だけは相変わらず達者である。
イラン側は欧州などを仲介役とした「間接交渉」には応じる姿勢だとも報じられたが、今度は米国が聞く耳を持たないだろう。イランに一応交渉を呼びかけたトランプ政権は、相手がこれに応じないことを理由に、従来の「最大限の圧力」を更に強めるだろう。但し、こうした「強硬派のパラダイス」は永久には続けられない。このままでは、イランがこれまでの「非核」政策をいつまで続けられるか、が今後の焦点となるだろう。どうやらトランプ政権の対欧州、対中東政策は、案の定「曲がり角」に差し掛かっているのかもしれない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)日米会談のため来日したピート・ヘグセス米国防長官と中谷防衛大臣 2025年3月30日 日本 東京
出典)Photo by Kiyoshi Ota/Pool – Getty Images
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