【ベイルート】イラクでのイスラム過激派「イスラム国」阻止の動きに世界中の注目が集まるなか、隣国シリアにある彼らの活動拠点はほとんど揺らいでいない。「イスラム国」はさらに勢力を伸ばし、新たな志願兵たちを引き付けている。
イラク北部での米軍による空爆にもかかわらず、シリア北部ラッカにある「イスラム国」の本部や居住区では今も同組織の黒旗が誇らしげに翻っているという。中東や欧州全域からの新たな志願兵たちはトルコを経由してひっきりなしにバスやタクシーでラッカを目指し、家族とともにこの都市の最も高級な住居で暮らしている。
「イスラム国」はイラクのような弱い軍隊を相手に従来型の戦争を戦える上、国際テロ組織アルカイダの部隊が好むようなゲリラ戦術も使用できる軍隊をつくっている。米当局者らは「イスラム国」の指導者アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者はシリアを本拠にしていると指摘しているが、米軍による空爆はイラク北部に限られており、「イスラム国」に対する軍事攻撃がいかに限定されているかが浮き彫りになっている。
中東に駐在する欧州のある外交官は6月、「こうした勢力はシリアでは米国から攻撃を受けないことを知っている」と語った。この外交官は、「イスラム国」がイラクで領域を拡大し続ける一方、イラク軍から略奪した武器の大半をシリアに移動しているのを目の当たりにしていた。「しかし、米国人にとってイラクは別で、(「イスラム国」は)そのことを知っている」
米国にとってイラク北部アルビルへの「イスラム国」の侵攻に伴う空爆は、キリスト教徒やヤズディ教徒といった少数派を虐殺から守り、首都バグダッドにいる米国の友好勢力を支援するための政治的な決定であることは明らかだ。
しかしシリア国内で「イスラム国」に対して米軍が空爆すれば、意図せずしてシリアのアサド政権軍を支援することになる上、政治的にもアサド政権を正当化して反体制派を犠牲にしかねない。アナリストやシリアの反体制派メンバーたちは、米国は3年に及ぶシリア内戦の終結に向けて包括的な計画を打ち出すことができるまで、シリアでの「イスラム国」空爆を先送りにする可能性があるとみている。
オバマ米大統領がシリアでの選択肢(反体制派組織「自由シリア軍」に対する武器供給や訓練を拡大することを含む)を検討するなか、「イスラム国」は同国内で領域を拡大し、中東の複数の地域で安全を脅かしている。
今月、「イスラム国」とつながりのある数千人の過激派がシリアの国境を越えてレバノンに流入し、同国の町アルサルを制圧。約10万人の市民を人質に取り、十数人の兵士や警官を拘束した。6月には同じ過激派グループがイラクからヨルダンに通じる唯一の国境検問所を制圧し、サウジとイラク国境から90マイル(約145キロ)の地点まで前進した。
米がイラクに提供した武器を入手
過激派グループは6月にイラクの軍事基地を制圧した際、米国が提供した数億ドル規模の武器や弾薬を手に入れた。彼らはこうした迫撃砲や戦車、ヘリまでも、「イスラム国」の作戦本部であるシリアのラッカ近郊の基地にすばやく移動したことが、シリアの活動家や住民たちの話で明らかになった。
地域住民たちによると、過激派メンバーはラッカの通りをイラク軍のプレートを付けたハンビー(高機動多目的装輪車)でパトロールしている。また反体制派によると、「イスラム国」は新たな武器貯蔵庫のおかげで、初めてシリア全域で複数の攻撃を仕掛けられるようになったという。「イスラム国」はここ1カ月の間にシリア東部デリゾールの大半を制圧し、北部のハサカやラッカでシリア政権軍に大規模な攻撃を行い、西部ホムスでは政府軍からガス田を奪おうと試みた。
自由シリア軍の司令官らによると、「イスラム国」は今や迫撃砲で数時間にわたって反体制派の拠点を攻撃できるだけの武器を有しており、拠点を破壊し侵攻しているという。
6月時点での米国の試算によると、「イスラム国」は約1万人の兵士を擁していたとされているが、欧州の複数の外交筋はそれ以来倍増している可能性があるとみている。このことは「イスラム国」に対する情報収集がいかに不十分かも物語っている。「イスラム国」はまた、ほとんど機能していない自由シリア軍や、武器も弾薬も現金もほとんど持ち合わせていない別の反体制派組織「シリア・イスラム戦線」からも兵士を引き付けている。
米国は自由シリア軍に大量の高性能兵器を提供することは拒否してきたし、湾岸諸国が提供することも阻止してきた。兵器が過激派の手に渡ることを懸念しているからだ。しかし、武装勢力が6月にイラク軍から米国製の武器を奪い、こうした懸念が現実のものとなった。米軍は、「イスラム国」がアルビルに前進するために使用している高性能兵器の一掃を目指している。米国防総省が週末に提供した映像では、F18戦闘機が「イスラム国」の車両や重火器を攻撃する様子が示された。
シリアの反体制派連合に対する戦略的通信関連のアドバイザー、Oubai Shahbandar氏は「アルビルとイラクのキリスト教徒を『イスラム国』から守るためには、米国はシリアの『イスラム国』を攻撃する必要がある」と述べた。「持続できる解決策には、自由シリア軍や、1月以来『イスラム国』に抵抗してきた諸部族との協力が必要だ」
同氏によると、自由シリア軍率いる勢力が今年に入って「イスラム国」に対して攻撃を加え、シリアの多くの地域で過激派武装勢力の撲滅につながった。しかし武器や資金の大量の流入がなかったため、この攻撃は頓挫したという。
「シリアの反体制派は5月、『イスラム国』を阻むために米国との戦略的提携を要請した」が、返答はないと同氏は言う。