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末すえ森もり 明夫あきお (すえもり あきお)
高橋たかはし 和夫かずお (たかはし かずお) 日本にっぽん聾ろう史し学会がっかい

■報告ほうこく題目だいもく

『養老ようろう令れい』｢戸ど令れい｣〈目め盲めくら条じょう〉の障害しょうがい関連かんれん語彙ごいに関かんする認知にんち意味いみ論ろん的てき考察こうさつ──｢癡ち瘂｣の類義語るいぎご並列へいれつ構造こうぞうから古代こだい漢字かんじ文化ぶんか圏けんにおける障害しょうがい関連かんれん語彙ごいの位相いそうへ

■報告ほうこくキーワード

養老ようろう令れい / 目め盲めくら条じょう / 唖おし

■報告ほうこく要旨ようし

1. はじめに

　障害しょうがい学がくの史的してき展開てんかいを意図いとした障害しょうがい歴史れきし学がくは様々さまざまな成果せいかをおさめてはいるものの、障害しょうがい関連かんれん語彙ごいの語彙ごい史し的てき考証こうしょうは必かならずしも十じゅう二に分ふんに展開てんかいされているとは言いえない。757年ねんに制定せいていされた『養老ようろう令れい』の｢篇目へんもく第だい八はち 戸こ令れい｣は45条じょうよりなり、障害しょうがいの区分くぶんを定さだめている〈目め盲めくら条じょう〉を始はじめ、障害しょうがい者しゃに関かかわりのある内容ないようが少すくなからず見みられる（山崎やまざき1953, 肖あやか2008, 松山まつやま2011）。本稿ほんこうでは〈目め盲めくら条じょう〉に見みられる障害しょうがい関連かんれん語彙ごいの認知にんち意味いみ論ろん的てき考察こうさつをおこなうと共ともに、古代こだい日本にっぽんの文字もじ史料しりょうに見みられる｢瘖｣｢瘂｣｢唖おし｣の位相いそうとの比較ひかくをおこない、障害しょうがい歴史れきし学がくに資しすることを試こころみる。

2. 〈目め盲めくら条じょう〉における｢癡ち瘂｣

　〈目め盲めくら条じょう〉の障害しょうがい関連かんれん語彙ごいの中なかには｢癡ち瘂｣という語かたりがある。『令れい義ぎ解かい』や『令れい集しゅう解かい』では｢癡ち｣は知的ちてき障害しょうがい者しゃ、｢瘂｣は言語げんご障害しょうがい者しゃに該当がいとうするものとされており、1950年代ねんだい以降いこうの翻刻ほんこく版ばんでは「癡ち、瘂、」と分わけて書かかれている (註1)。しかし、『令れい義ぎ解かい』や『令れい集しゅう解かい』の古こ写本しゃほん群ぐんでは｢癡ち｣と｢瘂｣の間あいだには朱しゅ点てんは見みられず、むしろ複合語ふくごうごに該当がいとうする傍線ぼうせんが見みられる（図ず1）。
　｢癡ち瘂｣が「侏儒しゅじゅ」や「癲狂」と同おなじように、類義語るいぎご並列へいれつ構造こうぞうを持もつ複合語ふくごうごである場合ばあい、「瘂」は｢癡ち｣と似にた症状しょうじょうを示しめすと認識にんしきされていたものと考かんがえられる。現在げんざいは、先天せんてん性せい重度じゅうど聴覚ちょうかく障害しょうがい児じが適切てきせつな医学いがく的てき配慮はいりょ及および教育きょういくを受うけられなかった場合ばあい、言語げんご障害しょうがいを伴ともなう知的ちてき発達はったつの遅おくれが見みられることが明あきらかになっている。すなわち、『令れい義ぎ解かい』の｢不ふ語かたり為ため瘂也｣という記述きじゅつは単たんに音声おんせい言語げんごの障害しょうがいのみを指さしているのではなく、｢癡ち｣のような症状しょうじょうを含意がんいし、メタ言語げんご的てきに｢聾ろう｣をも含意がんいするといった概念的がいねんてき隣接りんせつ構造こうぞうを包含ほうがんするものとも考かんがえられる。
　『日本書紀にほんしょき』｢巻まき27天智てんじ紀おさむ｣には「其三曰建皇子唖不能語」という記述きじゅつが見みられるものの、｢唖おし｣が聾唖ろうあ者しゃないし聴唖者しゃのいずれを指さしているのかについては不明ふめいであった（図ず2）。しかし、上記じょうきの類推るいすいに従したがえば、建けん皇子おうじも現在げんざいでいう聾唖ろうあ者しゃであったと見みなすのが自然しぜんであるものとも考かんがえられる。
　近代きんだい以降いこう、聾唖ろうあ教育きょういくが普及ふきゅうし、「聾唖ろうあ」が手話しゅわ言語げんごを用もちいる人ひとという概念がいねんを示しめすものに変化へんかしていく（局在きょくざい化か）ことにより（末森すえのもり2014）、｢瘂(啞)｣の語義ごぎにおける｢癡ち｣類るい義ぎ概念がいねんが後景こうけい化かないし消滅しょうめつし、そのような変化へんかが｢癡ち瘂｣の翻刻ほんこくにおける分わかち書がきにつながったものとも考かんがえられる。

3. 古代こだい日本にっぽん文字もじ史料しりょうにおける｢瘂｣の定位ていい

　〈目め盲めくら条じょう〉に見みられる障害しょうがい関連かんれん語彙ごいが『寧楽ねいらく遺文いぶん』にも見みられるかどうかの調査ちょうさをおこなった。その結果けっか、障害しょうがいの区分くぶんが併記へいきされている｢残ざん疾やまし｣｢癈疾はいしつ｣｢篤あつ疾やまし｣の延のべ語数ごすうは｢残ざん疾やまし｣22件けん、｢癈疾はいしつ｣5件けん、｢篤あつ疾やまし｣6件けんにのぼり、障害しょうがい関連かんれん語彙ごいの異ことなり語数ごすうは11語ご（盲めくら、聾ろう、一いち支ささえ不便ふべん、一手いって折おり、下重しもしげ、久ひさし漏も、癲狂など）になった。｢癡ち｣は延のべ字数じすう1字じ、｢瘂｣は0字じであったものの、｢聾ろう｣は2字じであった。
　〈目め盲めくら条じょう〉では｢瘂｣という字じが用もちいられているものの、『礼れい記き』｢王制おうせい篇へん｣（註2）や『管かん子こ』｢入国にゅうこく篇へん｣（註3）を始はじめとする古代こだい中国ちゅうごく文字もじ史料しりょうでは、｢瘖(喑)｣という字じが一般いっぱん的てきである。また、岡山おかやま（1935）が言及げんきゅうした60件けんの近世きんせい以前いぜん日本にっぽん文字もじ史料しりょうの場合ばあい、平安へいあん時代じだい以前いぜんはほとんどが｢瘖瘂｣であるものの、近世きんせいは｢瘖瘂｣と｢啞｣の両方りょうほうが用もちいられている。近世きんせい以前いぜん日本にっぽんの文字もじ史料しりょう、更さらには古代こだい東ひがしアジアにおける｢瘖/瘂/啞｣異体いたい字じ、通つう仮かり字じ、および類義語るいぎごの位相いそう（語義ごぎや用法ようほうの揺ゆれなど）のプロトタイプ理論りろん的てき考証こうしょうは今後こんごの課題かだいとしたい。

*註
1. 凡一目いちもく盲めくら、両りょう耳みみ聾ろう、手て無む二に指ゆび、足あし無む三指みつゆび、手足てあし無む大だい拇指ぼし、禿かぶろ瘡かさ無む髪かみ、久ひさし漏も、下重しもしげ、大だい癭瘇、如此之の類るい、皆みな為ため残ざん疾やまし、癡ち、瘂、侏儒しゅじゅ、腰こし脊折、一いち支ささえ癈、如此之の類るい、皆みな為ため癈疾はいしつ、悪疾あくしつ、癲狂、二に支ささえ癈、両目りょうめ盲めくら、如此之の類るい、皆みな為ため篤あつ疾やまし。（『日本にっぽん思想しそう体系たいけい〈3〉律令りつりょう』）。
2. 瘖、聾ろう、跛ちんば、躃、斷だん者しゃ、侏儒しゅじゅ、百ひゃく工こう、各かく以其器き食しょく之の。(王制おうせい篇へん66, 67）（『新釈しんしゃく漢文かんぶん体系たいけい』）。
3. 所謂いわゆる養やしなえ疾やまし者しゃ、凡國都と皆みな有ゆう掌てのひら疾やまし、聾ろう盲めくら、喑唖、跛ちんば躄いざり、偏へん枯、握にぎ遞、不ふ耐たい自生じせい者しゃ、上うえ收おさむ而養之の。疾やまし、官かん而衣食しょく之の、殊こと身み而後止どめ、此之謂いい養やしなえ疾やまし。(入国にゅうこく篇へん5)（『新釈しんしゃく漢文かんぶん体系たいけい』）。

*参考さんこう文献ぶんけん
岡山おかやま準じゅん (1935)「聾唖ろうあ史し稿こう」『東京とうきょう聾唖ろうあ学校がっこう紀要きよう第だい二に輯』東京とうきょう市し: 東京とうきょう聾唖ろうあ学校がっこう.
肖あやか放ひ (2008)「中国ちゅうごく古代こだいにおける障害しょうがい者しゃ福祉ふくし思想しそうの形成けいせいとその特徴とくちょうに関かんする一いち研究けんきゅう: 律令りつりょうによる障害しょうがい者しゃ規定きていまでの古代こだい福祉ふくし思想しそうをめぐって」『広島大学ひろしまだいがく大学院だいがくいん教育きょういく学がく研究けんきゅう科か紀要きよう. 第だい一部いちぶ, 学習がくしゅう開発かいはつ関連かんれん領域りょういき』57, 137–143.
末すえ森もり明夫あきお・岡本おかもと洋ひろし・伊藤いとう照美てるみ（2014）「『日本にっぽん聾ろう啞恊會かい創立そうりつ恊議委員いいん會かい記錄きろく』攷　―〈聾ろう啞〉と〈聾ろう〉における当事とうじ者しゃ性せいの相克そうこく―」『日本にっぽん障害しょうがい学会がっかい第だい11回かい一般いっぱん研究けんきゅう報告ほうこく要旨ようし』.
松山まつやま郁夫いくお (2011)「古代こだい日本にっぽんにおける福祉ふくしの考かんがえ方かた: 養老ようろう令れいにおける救済きゅうさいに関かんする規定きていを通とおして」『佐賀さが大学だいがく文化ぶんか教育きょういく学部がくぶ研究けんきゅう論ろん文集ぶんしゅう』16(1), 207–215.
山崎やまざき佐たすく (1953)『江戸えど期き前ぜん日本にっぽん医事いじ法制ほうせいの研究けんきゅう』東京とうきょう: 中外ちゅうがい医学いがく社しゃ.

図ず1　｢癡ち瘂｣（国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかん本ほん『令れい義ぎ解かい』巻まき2）
（画像がぞう省略しょうりゃく）

図ず2　｢(其三さん曰) 建たて皇子おうじ唖おし不能ふのう語ご｣（北きた野本のもと『日本書紀にほんしょき』巻まき27）
（画像がぞう省略しょうりゃく）


*倫理りんり的てき配慮はいりょについて　
　尚なお、本ほん研究けんきゅう発表はっぴょうをおこなうにあたり、引用いんよう文献ぶんけんおよび参考さんこう文献ぶんけんの活用かつようは諸しょ学会がっかいの研究けんきゅう倫理りんり指針ししんに定さだめられている規定きていを遵守じゅんしゅし、本ほん研究けんきゅう発表はっぴょう以外いがいの場ばでは使用しようしないこと、それにより不利益ふりえきを被こうむることはないようはからった。

障害しょうがい学会がっかい第だい12回かい大会たいかい（2015年度ねんど）