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「満月まんげつの夜よるの電話でんわ（前編ぜんぺん）」　　　　えも　さま （風かぜのうまれるところ）

私わたしは走はしっていた。今夜こんやを逃のがしたら、また１ヶ月かげつチャンスはない。 空そらには満月まんげつ。空気くうきは信しんじられないくらい澄すんでいて、町まちのはずれのこの道みちは、とても静しずかだった。はやく声ごえが聞ききたい。それからたくさんの私わたしの話はなしを気きいて欲ほしい。そして…。いつもの曲まがり角かどをまがると、一いちヶ月かげつ前まえの満月まんげつの夜よると同おなじ景色けしきが広ひろがっていた。一ひとつだけ違ちがっていたのは、ここにいる私わたしの心しんの中なかだけ。

ぼぅっと光ひかっている電信柱でんしんばしらの下したに、一ひとつの古ふるぼけた電話でんわボックスがある。 そのドアをあけると、私わたしはにぎりしめていた藍色あいいろのテレフォンカードをカード挿入そうにゅう口こうに入いれた。残のこり度数どすうは７。もうこんなに使つかってしまったんだと、少すこし不安ふあんになった。でも、私わたしは電話でんわせずにはいられない。指ゆびにしみこんだ番号ばんごうをプッシュする。少すこしあって、呼よび出だし音おんが聞きこえてきた。絶対ぜったいに相手あいては電話でんわに出でてくれる、という確信かくしんはあるのに、心臓しんぞうが飛とび出だしそうなほどドクンドクンといっている。やがて、受話器じゅわきをとる音おとがした。

「もしもし…」兄にいさんの声こえだ。思おもわず顔かおに笑顔えがおがよみがえる。「もしもし…兄にいさん？私わたし。由美ゆみよ。元気げんきだった？」「由美ゆみか…。ということは、今日きょうは満月まんげつか。うん、僕ぼくは元気げんきだよ。由美ゆみは？」すぅっと兄あにの息いきづかいが受話器じゅわきごしに聞きこえた気きがした。優やさしい私わたしの兄あに。「うん、まぁまぁってとこかな。って言いってもいつも通とおり、同おなじ事ごとの繰くり返かえし。また父とうさんと母かあさんったら仲なかが険悪けんあくになっちゃって。間あいだに挟はさまれる私わたしの身みにもなってよって感かんじよ。学校がっこうだって、一いち日にち行おこなって帰かえってくるだけでとっても大変たいへんなんだから。」「ははは。お前まえも大変たいへんなんだな」受話器じゅわきの向むこうでくすくす笑わらっている。「何なによ！私わたしは真剣しんけんに悩なやんでいるんだからっ！どこにいたって私わたしは幸しあわせに笑わらえる事ことなんてないのよ！お兄にいちゃんだって…分わかってるんでしょ…。」

始はじめは怒鳴どなっていた自分じぶんの声こえが震ふるえていた。ふっと顔かおをあげると、涙なみだのしずくが一いち粒つぶつうっと顔かおを落おちていった。私わたしは泣ないていた。どんなに悲かなしくても、辛からくても、もう涙なみだは出でる事ことはないと思おもっていたのに。あの日ひ、兄あにが私わたしをかばって交通こうつう事故じこで亡なくなった時ときに私わたしの体からだの中なかにある全すべての涙なみだは外そとへ流ながれていったと思おもっていたのに。もうあれから１０年ねんが経たった。あの時ときは、まだ小学生しょうがくせいだった私わたしも、今いまは高校生こうこうせいだ。その長ながい間あいだに、私わたしは涙なみだをただの一いち度ども流ながさなかった。兄あにが死しんだその日ひの夜よるに、私わたしは一人ひとりで町外まちはずれの方ほうに何なんの当あてもなく歩あるいていった。頭あたまの中なかは真まっ白しろ、というより、色いろなんかなかった。透明とうめいの、何なにもない私わたしの頭あたまの中なか。静しずかな夜よるの道みち。とまりそうもない涙なみだを無意識むいしきのうちに流ながしながら歩あるいていた。すると、暗くらがりの中なかに小ちいさな人ひとが立たっているのに気きがついた。

我がに返かえってよく見みると、そこに立たっていたのは死しんだはずの兄あにだった。兄あにはこっちに来こいと手招てまねきをして、私わたしに藍色あいいろのテレフォンカードを差さし出だした。そして、夜空よぞらを見上みあげて、こう言いった。「由美ゆみ。ごめんな。そんなに泣なかなくていいんだよ。でも、僕ぼくはもうここにはいられないんだ。そう言いうと、お前まえは悲かなしむだろう。そんな時ときは、このカードで僕ぼくに電話でんわをしておいで。少すこしだけ、兄にいちゃんが話はなしをきいてあげるから。」「電話でんわ…？」「そうだ、電話でんわ。分わかるだろう？離はなれている人ひとと、話はなしができる電話でんわだよ。由美ゆみもよく友達ともだちのゆり子こちゃんに電話でんわをしたりするだろう。それと一緒いっしょだ。満月まんげつの夜よるにだけ、この先さきに一ひとつの電話でんわボックスが現あらわれる。その時ときに、このカードで電話でんわをしておいで。お兄にいちゃんはこれから遠とおく離はなれた所ところにいかなくちゃいけない。でも声こえだけだったら、この電話でんわを使つかえば、離はなれていても聞きくことができるからさ。」そう言いうと兄あにはいつの間まにか私わたしの前まえからいなくなってしまった。

満月まんげつの夜よるの電話でんわ（後編こうへん）

私わたしは、幼おさないながらに兄あにが死しんでしまった事ことと、この不思議ふしぎな電話でんわの存在そんざいを理解りかいした。それからというもの、私わたしは満月まんげつの夜よるが来くるたびに、こうしてこの電話でんわボックスに兄あにに電話でんわをかけに来きていたのだ。その電話でんわが私わたしの生いきる原動力げんどうりょくだった。兄あにの声こえを聞きいて、私わたしは生いきてこれたようなものだった。兄あにが死しんでしまった時ときに、悲かなしくて悲かなしくてしかたがないのに、おなかがすいて、ご飯はんを食たべている自分じぶんがいる。それがとても許ゆるせなかった。いつか自分じぶんが兄あにの事ことを忘わすれてしまう日ひがくるのではないかと不安ふあんになったりした。だから、こうして一いち月がつに一いち回かい兄けいに電話でんわをかけていたのだ。でも、今いま、カード残のこり度数どすうは１にさしかかっていた。ついに長ながい間あいだ恐おそれていた事ことがおこってしまうんだ。兄あにに電話でんわが出来できなくなる…。「お兄にいちゃん…。」

ピーッ、ピーッという音おとが受話器じゅわきから聞きこえてきた。もう本当ほんとうに電話でんわが終おわってしまう。どうしよう。お兄にいちゃんと、もう話はなしをする事こともできなくなってしまうんだ。すると…。電話でんわの向むこうから兄あにの優やさしい声こえが聞きこえてきた。私わたしを包つつみ込こむような、優やさしい優やさしい声こえで。「電話でんわもできなくなる時ときがついに来きちゃったんだね。でも、大丈夫だいじょうぶなんだよ。由美ゆみ。この電話でんわは、由美ゆみが離はなれているお兄にいちゃんの事ことを忘わすれないように、神様かみさまに無理むりを言いって作つくってもらったんだよ。でも、この電話でんわはもう必要ひつようないんだ。電話でんわは離はなれている相手あいてとするものだろう？でもお兄にいちゃんはもう由美ゆみから離はなれることはないから。いつもそばにいる相手あいてに、わざわざ電話でんわをする必要ひつようなんてないからね。」「お兄にいちゃん……。」

なんだか胸むねの中なかがきゅうっとあつくなった。兄あには死しんでしまったけど、私わたしの心しんの中なかには今いままで毎日まいにちいて、笑わらっていたんだ。それを、兄あには私わたしに教おしえたかったんだ。そう思おもった。「ありがとう…。」優やさしい兄あにの声こえが最後さいごに受話器じゅわきごしに聞きこえると、電話でんわは切きれた。電話でんわのカード返却へんきゃく口こうから、とても優やさしい青空あおぞらの色いろをしたカードが一いち枚まい出でてきた。

作者さくしゃサマからの一言ひとこと

ぴ〜しゅけさんの作つくる素敵すてきなお話はなしが私わたしにも作つくれたらいいなと思おもって最近さいきんになってお話はなしを書かくようになりました。私わたしは少すこし不思議ふしぎなことが好すきです。このお話はなしにも少すこし不思議ふしぎな電話でんわを作つくってみました。初はじめてなもので、とっても拙つたないものですが、心しんをこめて書かきましたので。。読よんでいただけると私わたしはすごくうれしいです。