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2月がつ24日にちの百物語ひゃくものがたり



山やまの女おんな

・日本語にほんご　・日本語にほんご＆中国ちゅうごく語ご

　むかしむかし、ある若者わかものが、ふと山やまの方ほうを見みると、美うつくしい女おんなの人ひとが手招てまねきをしているのが見みえました。
　山やまはとても遠とおくにあるのに、なぜかその女おんなの人ひとの顔かおがはっきりと見みえるのです。
「おかしな事ことも、あるものだな。でも、まさかおれを呼よんでいるわけではあるまい」
　そう思おもった若者わかものは、そのまま仕事しごとに出でかけましたが、次つぎの日ひも、その次つぎの日ひも、美うつくしい女おんなの人ひとは若者わかものに手招てまねきをしているのです。
「これはもしや、おれに手招てまねきをしているのか？」
　気きになった男おとこはその日ひの仕事しごとを休やすむと、手招てまねきをする女おんなの人ひとの山やまへ行いきました。

　深ふかい山やまの中なかをさまよっていると、目めの前まえにあの女おんなの人ひとが現あらわれました。
　女おんなの人ひとは若者わかものににっこり微笑ほほえむと、若者わかものに言いいました。
「いつかは来きてくださると、ずっと、お待まちしておりました。わたしは、あなたさまの妻つまになる約束やくそくをした者ものでございます」
「妻つまに？　・・・はて、そんな約束やくそくをした覚おぼえはないが。大体だいたい、わたしにはすでに妻つまが」
　若者わかものは首くびを傾かしげましたが、女おんなの人ひとは気きにする事ことなく、若者わかものを自分じぶんの家いえに案内あんないしました。

　女おんなの人ひとの家いえは山奥やまおくだというのに、お城しろの様ように立派りっぱなお屋敷やしきで、山海さんかいの珍味ちんみやおいしいお酒さけが山やまの様ようにあります。
　若者わかものはそれから三さん日間にちかんをその女おんなの人ひとと暮くらしましたが、さすがに家いえに残のこしてきた妻つまの事ことが気きになって、女おんなの人ひとに村むらへ戻もどりたいと言いいました。
　すると、女おんなの人ひとは
「あなたの奥おくさんなら、幸しあわせに暮くらしているから心配しんぱいありませんよ。
　でも、どうしてもとおっしゃるのなら、様子ようすを見みに行いかれても構かまいません。
　けれど、ここでの事ことは、決けっして話はなさないでくださいね。
　もし話はなすと、二度にどと戻もどって来こられなくなりますよ」
「ああ、わかった。約束やくそくする」
　こうして若者わかものが村むらに戻もどってみると、自分じぶんの家いえに大勢おおぜいの人ひとが集あつまっていました。
「はて、何なにがあったのだろう？　・・・あっ、おい、これはどういう事ことだ？」
　若者わかものが顔見知かおみしりの一人ひとりを捕つかまえて事情じじょうを聞きいてみると、その人ひとは腰こしを抜ぬかすほどびっくりして、
「なっ、何なんだお前まえ！
　生いきていたのか！？
　これは、驚おどろいた。
　お前まえは三さん年ねんも前まえに行方ゆくえ知しれずになって帰かえって来こないから、死しんだものだと思おもって墓はかまでたてたんだぞ。
　そして今日きょうは、お前まえの三さん回忌かいきの法要ほうようだ」
と、言いうではありませんか。
　若者わかものが生いきて帰かえってきたので、村中むらなかが大騒おおさわぎになりました。
　当然とうぜんの事こと、今いままで何なにをしていたのかと尋たずねられましたが、若者わかものは山やまの女おんなとの約束やくそくを守まもり、山やまでの事ことは決けっして話はなしませんでした。
　けれど、みんなが帰かえって妻つまと二に人にんっきりになると、どうしても山やまでの事ことを黙だまっていられなくなりました。
(山やまでの事ことを話はなせば、あの女おんなのところには二度にどと戻もどれない。だが仕方しかたがない、おれにはあの女おんなよりも妻つまが大事だいじだ)
　そして若者わかものは、山やまでの出来事できごとを妻つまに話はなしたのです。
　すると話はなし終おえたとたんに若者わかものは気きを失うしなって倒たおれて、気きがつくと若者わかものの足腰あしこしは全まったく動うごかなくなっていました。

　山やまの女おんなの人ひととの約束やくそくを破やぶった若者わかものは、山やまの女おんなの人ひとに会あいに行いけないだけでなく、どこにも行いけない体からだになってしまったのです。

おしまい