研究けんきゅう報告ほうこく 2-3

末すえ森もり 明夫あきお （すえもり あきお）
特定とくてい国立こくりつ研究けんきゅう開発かいはつ法人ほうじん産業さんぎょう技術ぎじゅつ総合そうごう研究所けんきゅうじょ
高橋たかはし 和夫かずお （たかはし かずお）

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#報告ほうこく題目だいもく

西にし夏なつ文字もじに見みられる｢障害しょうがい｣および｢情報じょうほう伝達でんたつ｣の認識にんしき機き序じょ

#報告ほうこくキーワード

西にし夏なつ文字もじ / 障害しょうがい / 概念がいねん編制へんせい

#報告ほうこく要旨ようし

1. 西にし夏なつ文字もじ
西にし夏なつ文字もじは文章ぶんしょう語ごの西にし夏なつ語ごを記しるすために西にし夏なつ王国おうこく (1038～1227) において新あらたに創そう字じされ、明あきら時代じだいまで用もちいられた漢字かんじ様さま表意ひょうい文字もじである (西田にしだ1967)。現在げんざいも西にし夏なつ文字もじや西にし夏なつ語ごの解読かいどく・解釈かいしゃくを始はじめ、西にし夏なつ王国おうこくの政治せいじ・文化ぶんか・社会しゃかいなどが精力せいりょく的てきに研究けんきゅうされており (西田にしだ1997、龔2002、向こう本ほん2006、鹿島かしま2007、佐立さたち2015)、西にし夏なつ文字もじには西にし夏なつ王国おうこくの人々ひとびとの事象じしょう認識にんしき機き序じょが濃厚のうこうに反映はんえいされ、漢字かんじの成立せいりつ経緯けいいとは異ことなる創そう字じ過程かていを経へているものが少すくなからずあることが明あきらかにされている (西田にしだ1997)。本稿ほんこうでは西にし夏なつ文字もじにおける｢障害しょうがい｣字彙じいおよび｢情報じょうほう伝達でんたつ｣字彙じいの緝輯をおこない、｢障害しょうがい｣ないし｢情報じょうほう伝達でんたつ｣の考察こうさつを通とおして障害しょうがい歴史れきし学がくに資しすることを試こころみる

2. 西にし夏なつ文字もじにおける｢障害しょうがい｣概念がいねん
『夏なつ漢かん字典じてん(2012年ねん増ぞう訂てい)』(李り1997) に記しるされている釈義しゃくぎに従したがい、身体しんたい障害しょうがい、知的ちてき障害しょうがい、精神せいしん障害しょうがいを含意がんいする｢障害しょうがい｣字彙じいの緝輯をおこなった。：｢聾ろう｣字彙じい (#1391｢聾ろう (名詞めいし)｣、#3729｢聵 (形容詞けいようし)｣)、｢唖おし｣字彙じい (#2250｢唖おし (名詞めいし)｣、#3330｢瘂、冥めい (名詞めいし)｣)、以下いか、同様どうように｢吃ども｣字彙じい (#1985、2026、2060、2189、4597)、｢盲めくら｣字彙じい (#0328、1350、1754)、｢跛ちんば｣字彙じい (#0847、0869、1167、3886)、｢癡ち｣字彙じい (#0946、1984、2247、2702、2764、2896、2914、3979、4554)、｢狂きょう｣字彙じい (#1261、1502、1504、1509、3242、5265、5463、5538)。

｢盲めくら｣字彙じいは｢見み (動詞どうし)｣を含意がんいする形態素けいたいそと否定ひていを含意がんいする形態素けいたいそを合ごう字じしたもののみであった。｢唖おし｣も｢否定ひてい｣を含意がんいする形態素けいたいそを含ふくむ字彙じいが見みられた。しかし、｢聾ろう｣は｢耳みみ (名詞めいし)｣を含意がんいする形態素けいたいそと｢否定ひてい｣を含意がんいする形態素けいたいそを合ごう字じしたものは見みられず、｢耳みみ｣に｢蓋ぶた (名詞めいし)｣が被かぶさっている状態じょうたいと見みなす譬喩ひゆによるものと類推るいすいし得えるものが見みられた。また、｢唖おし｣と｢聵｣の因果いんが関係かんけいを窺うかがわせるものはなく、｢聵｣と｢唖おし｣の因果いんが関係かんけいがまだ認識にんしきされてはいなかった可能かのう性せいが窺うかがわれた。このように、｢障害しょうがい｣字彙じいには医学いがく的てき認識にんしき機き序じょによる創そう字じだけでなく、障害しょうがいの2次じ障害しょうがいに見みられる状況じょうきょうの譬喩ひゆとみられるものもあることが窺うかがわれた。

｢唖おし (#2250)｣と｢口こう吃ども (#2189)｣の字形じけいが酷似こくじしている例れいなど、唖おし字彙じいと吃ども字彙じいは字じ連合れんごうを形成けいせいし得えることが窺うかがわれた。これは｢唖おし｣概念がいねんと｢吃ども｣概念がいねんの概念がいねん編制へんせいにおける連続れんぞく性せいを示唆しさするものとも考かんがえられる。このように｢聾ろう聵｣と｢唖おし｣の概念がいねん編制へんせいに見みられる相関そうかん関係かんけい・因果いんが関係かんけい的てき視座しざに基もとづいた概念がいねん連続れんぞく性せいの他ほかに、｢唖おし｣と｢吃ども｣の概念がいねん編制へんせいに見みられる譬喩ひゆ的てき視座しざに基もとづいた概念がいねん連続れんぞく性せいが見みられることが窺うかがわれた。｢唖おし｣語彙ごいと｢吃ども｣語彙ごいの概念がいねん連続れんぞく性せいは中世ちゅうせい日本にっぽんの字書じしょにも見みられ、漢字かんじ文化ぶんか圏けんにおける｢障害しょうがい｣関連かんれん事象じしょうの認識にんしき機き序じょにおける共通きょうつう性せいが示唆しさされたものとも考かんがえられる。

3. 西にし夏なつ文字もじにおける｢情報じょうほう伝達でんたつ｣概念がいねん
『夏なつ漢かん字典じてん(2012年ねん増ぞう訂てい)』(李り1997)の釈義しゃくぎに｢情報じょうほう伝達でんたつ｣を含意がんいする文脈ぶんみゃくがある字彙じい(21字じ)を緝輯したところ、｢手しゅ｣を含意がんいする形態素けいたいそ(手て篇へん)を含ふくむ字彙じいが6字じ見みられた (#3974、5212、5373、5404、5612、5685)。手て篇へんが｢手しゅ｣を含意がんいする構成こうせい素もととして機能きのうしているのか、合ごう字じの過程かていで｢手しゅ｣という含意がんいを失うしなった形態素けいたいそが字形じけいとして残のこっただけなのかは判断はんだんできないものの、興味深きょうみぶかい事象じしょうであることが窺うかがわれた。

中世ちゅうせい以前いぜんのシナ大陸たいりくでは各かく地域ちいきの漢語かんご系けい諸語しょご (口語こうご・方言ほうげん) の異いなりが著いちじるしく、漢人かんど同士どうしでも出身しゅっしん地域ちいきが異ことなるときは漢文かんぶんによる筆談ひつだんをおこなうことも少すくなくなかったことが知しられている他ほか (クルス・日野ひの1987)、東ひがしアジア地域ちいきでも、外交がいこう交渉こうしょうのとき漢文かんぶんによる筆談ひつだんがおこなわれた例れいもあることが知しられている (湯沢ゆざわ2010、大黒だいこく2010)。漢字かんじ文化ぶんか圏けんにおいては、古代こだいより声こえを伴ともなわない情報じょうほう伝達でんたつ手段しゅだんがあるという認識にんしき機き序じょが自然しぜんな形かたちで文化ぶんかや社会しゃかいに反映はんえいされていたものと見みなすこともできよう。そのような言語げんご環境かんきょうの下したでは｢情報じょうほう伝達でんたつ｣概念がいねんと｢手しゅ｣概念がいねんの概念がいねん編制へんせいが存在そんざいし、西にし夏なつ文字もじにおける｢情報じょうほう伝達でんたつ｣字彙じいの創そう字じにも反映はんえいされた可能かのう性せいも考かんがえられる。

註
本ほん発表はっぴょうにあたり、諸しょ学会がっかいの研究けんきゅう倫理りんり指針ししんに定さだめられている規定きていを遵守じゅんしゅし、本ほん発表はっぴょう以外いがいの場ばで参考さんこう文献ぶんけんなどをみだりに用もちいることにより第三者だいさんしゃが不利益ふりえきを被こうむることのないように計はからった。

参考さんこう文献ぶんけん
鹿島かしま英一ひでかず (2007)「規模きぼの大おおきな漢字かんじ系けい文字もじの集合しゅうごう論ろん–西にし夏なつ文字もじでの試こころみ(1)」『地域ちいき文化ぶんか研究けんきゅう』5，53–84．
ガスパル・ダ・クルス (著ちょ)・日にち埜博司し (訳わけ) (1987)『十じゅう六ろく世紀せいき華南かなん事物じぶつ誌し　―ヨーロッパ最初さいしょの中国ちゅうごく専せん著ちょ』東京とうきょう：明石書店あかししょてん．
李り範はん文ぶん (1997).『夏なつ漢かん字典じてん』北京ぺきん市し：中国ちゅうごく社会しゃかい科学かがく出版しゅっぱん社しゃ．
向むかい本もと健けん (2006).「西にし夏なつの仏教ぶっきょうとその政治せいじ的てき背景はいけい」『大谷大学おおたにだいがく大学院だいがくいん研究けんきゅう紀要きよう』23，111–135．
西田にしだ龍雄たつお (1967).『西にし夏なつ文字もじ 解読かいどくのプロセス』東京とうきょう：紀伊國屋きのくにや書店しょてん．
西田にしだ龍雄たつお (1997).『西にし夏なつ王国おうこくの言語げんごと文化ぶんか』東京とうきょう：岩波書店いわなみしょてん．
大黒おおくろ俊二しゅんじ (2010).『声こえと文字もじ』東京とうきょう：岩波書店いわなみしょてん．
龔煌城じょう (2002).『西にし夏なつ語ご文ぶん研究けんきゅう論ろん文集ぶんしゅう』台北たいぺい市し：中央ちゅうおう研究けんきゅう院いん語ご言げん學がく研究所けんきゅうじょ．
佐立さたち治人はるひと (2015).「西にし夏期かきの立法りっぽう・刑罰けいばつ・裁判さいばん｣『関西大学かんさいだいがく法学ほうがく論集ろんしゅう』65(1)，201–208．
湯沢ゆざわ質ただし幸こう (2010).『古代こだい日本人にっぽんじんと外国がいこく語ご　―東ひがしアジア異い文化ぶんか交流こうりゅうの言語げんご世界せかい(増補ぞうほ改訂かいてい)』東京とうきょう：勉つとむ誠まこと出版しゅっぱん．