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第2章 カリフォルニア州の福祉改革――ワークフェアの二つのモデルの競合と帰結
小林 勇人 2010/06/10
「第2章 カリフォルニア州の福祉改革――ワークフェアの二つのモデルの競合と帰結」
渋谷博史・中浜隆編『アメリカ・モデル福祉国家T――競争への補助階段』(渋谷博史監修・シリーズ「アメリカ・モデル経済社会」全10巻第4巻)昭和堂,66-129.
昭和堂:http://www.kyoto-gakujutsu.co.jp/showado/
*2009年4月28日脱稿。
■目次
1. 問題意識
2. 福祉改革の背景と分析視角
(1) 福祉改革の背景
(2) 分析視角
3. カリフォルニア州の福祉改革の経緯 1970年―1990年代前半
(1) 州知事レーガンの福祉改革
(2) ワークフェア政策の定着
4. GAINプログラム
(1) GAINの概要
(2) リバーサイド方式
5. CalWORKsプログラム
(1) 1996年福祉改革法の影響
(2) CalWORKsの概要
(3) GAINからCalWORKsへの変化
6. 分権化の中の福祉改革
(1) GAINの再評価の議論とGAINの意義
(2) 権限委譲と福祉実験を通した労働力拘束モデルへの転換
7. 結論と今後の課題
文献
*以下、一部分を掲載しますが、あくまでも「草稿」からの抜粋です。関心のある方は、お買い求め頂ければ幸いです。
1. 問題意識
近年グローバル化や脱工業化ならびに少子高齢化などによって再編を迫られた欧米の福祉国家で、ワークフェア(あるいはウェルフェア・トゥー・ワーク)と呼ばれる政策が展開されている。ワークフェア(workfare)とは、workとwelfareの合成語であり、広義には就労と社会保障を連携させる政策を指す。このような方向で展開される福祉国家再編の道筋は、就労を社会支援の条件とする「ワークフェア国家」として整理されている(Peck 2001)。とりわけアメリカのワークフェアは、狭義のものに相当するが、就労可能な公的扶助(福祉)受給者に受給条件として労働や職業訓練・教育プログラムへの参加を義務づける政策を意味する。発祥国であり主導国でもあるアメリカのワークフェアは、ギデンズ(Giddens 1998)によって体系化された「第三の道」論の着想源になるなど広範な影響力を持ってきた。
だがアメリカの福祉改革の方向性を大きく特徴づけるワークフェアには、賛否両論がある。一方では、就労可能であるが就労困難な受給者が、就労支援プログラムを通して職に就き福祉さらには貧困から脱却した「成功例」をもって支持される。他方では、プログラムを通しても職に就けない受給者が、義務を果たすための(しばしば劣悪な環境での)活動に「強制的に」従事させられ、これが労働義務を果たさないことに対する懲罰的な性格を持つとして批判されている。
ワークフェアの支持者には、一部の「成功例」に基づいてプログラムを全受給者に適用できるのかどうか、できないとしたらプログラムを通しても職に就けない受給者にどのような支援が可能なのかという問いに応えることが求められるであろう。ワークフェアの批判者には、プログラムを通しても職に就けない受給者に対して、ワークフェア以外の効果的な福祉改革があるのかどうか、なければワークフェアと比べて旧来の福祉制度が持つ利点を示すことが重要となるであろう。
第一に、就労支援プログラムを通して職に就き貧困から脱却した「成功」者は、もともと雇用能力の高い受給者である場合が多く、プログラムへの参加を「強制的」なものとはみなさないかもしれない。だが第二に、雇用能力の低い受給者は、プログラムを通して職に就き短期的に「成功」したとしても、低賃金で不安定な職であることが多い。そのため、フルタイムで働いても貧困状態が続き、さらには再び福祉を受給するような場合には、過去に遡ってプログラムへの参加を否定的に捉え「強制的な」ものとみなすであろう。すなわち、プログラムの成否や、参加が「強制的」であるかどうかは、受給者の雇用能力に左右される一方で、最終的には受給者の判断に委ねられるしかなく、プログラムの評価は長期的に行われなければならない。
第三に、プログラムを通しても職に就けない受給者は、受給を諦めれば労働義務を果たすための活動に従事しなくてもよい。そのため「強制的に」従事させられると述べることは、過度な表現ともいえる。たしかに、受給する条件として何らかの活動に従事するという選択肢と、受給を諦めて自助や互助といった公的扶助以外の扶助に頼るという選択肢の間で、どちらかを選択できる状態にあれば、「強制的に」という表現はい過ぎになるであろう。しかし、他の扶助ではどうすることもできない貧困状態にあるからこそ公的扶助を受給しているのであり、受給者に選択の余地はないともいえる。そのため、プログラムへの不参加が、公的扶助以外の扶助に頼ることができるため受給を諦めた結果なのかどうか、十分に確かめるとことが重要となる。
他方で第四に、労働義務を果たすための活動に参加できない受給者も存在する。例えば、育児サービスが不十分であり利用できない場合や、プログラムを通して指示された場所に移動する交通手段がない場合、さらには英語が母国語でない者に対して十分な情報が周知されていない場合は、プログラムに参加できない。これらの場合には、育児サービス・交通手段・情報が十分に保障されなければならない。
にもかかわらず、不参加者に対して単に罰則を科し給付金を減額ならびに停止することは、自身の「選択」により受給を諦めた受給者に対して、「選択」の帰結として他の扶助ではどうすることもできない貧困状態に自己責任を負わせることを意味する。この場合、ワークフェアは受給者に受給を諦めさせるという抑止効果を持つことになり、失業・貧困問題に対する社会の責任は問われなくなる。
筆者は、失業・貧困問題を個人に帰責する巧妙な仕組みとしてワークフェアを捉える。そもそも就労可能であるが就労困難な受給者が必ず一定数存在するからこそ、旧来の福祉制度における所得保障の意義があったのではなかろうか。このような問題意識から、カリフォルニア州の事例をもとにワークフェアを考察する。
2. 福祉改革の背景と分析視角
(2) 分析視角
・・・
本章の以下における構成を述べる。第三節では、現代のカリフォルニア州の福祉改革に至る1970年代以降の歴史的な経緯を検討する。第一に、レーガン州知事時代に、後述するウェイバー条項の活用を通して、労働力拘束モデルに向かう方向で制度が形成された。第二に、そのレーガン州知事が連邦政府の大統領になった1980年代に、共和党の州知事のもと労働力拘束モデルの方向で制度改変が進められる過程が進行した。そのなかで民主党リベラル派による抵抗もあり「政治的妥協」が行われたが、そのことが改革の速度を調整しながらもかえって福祉改革を着実に進めることを可能にしたのであった。
第四節では、レーガン政権下の1980年代に、連邦議会による立法過程を通した福祉改革とウェイバー条項の活用を通して、州政府側の裁量を強めるかたちで実施された「自立のための大道(Greater Avenues for Independence: GAIN)」を分析する。第一に、GAINでは「政治的妥協」のもと労働力拘束モデルに加えて人的資本開発モデルの二つの要素が取り入れられた。二つの要素が組み合わされることによって、就労可能な受給者に対して労働義務を強化するというワークフェの方向で、包括的な福祉改革が全面的に実施されるようになった。しかし、第二に、カリフォルニア州では地方政府側の裁量も強められたため、リバーサイド・カウンティでは労働力拘束モデルの要素を最大化するとともに人的資本開発モデルの要素を最小化するようにプログラムが運用された。そのリバーサイドの事例が、就労可能な受給者に対する労働義務を強化する連邦レベルの1996年の福祉改革案の根拠とされた。
本書第一章の根岸論文にみるように、連邦レベルの1996年の福祉改革の本質は、それ以前にウェイバー条項の活用を通して進められた各州レベルのワークフェア的な福祉改革に整合的な連邦補助金の制度改革であった。そのような問題意識から、続く第五節では、1980年代後半から1990年代前半までのGAINの経験を踏まえて、連邦レベルの1996年福祉改革法に基づいて創設された「カリフォルニア労働機会・育児責任(California Work Opportunity and Responsibility to Kids: CalWORKs)」を検討する。CalWORKsではGAINにあった二つの要素のなかで労働力拘束モデルの要素をかなり強める方向で改革が行われた。
第六節では、第一に、上述のリバーサイド・カウンティの事例がワークフェアの成功例として全米で評価されることになった根拠をMDRCレポートで確認するとともに、時間をおいて公表されたNBERレポートによれば、リバーサイドの事例が労働力拘束モデルを強く推し進める根拠とするには薄弱であったことを示した。第二に、GAINの両義的な「成果」に基づいて推進されたカリフォルニア州の福祉改革を分権化のなかに位置づけて考察し、アメリカの福祉改革において労働力拘束モデルへの転換が進められる政治過程のなかで、リバーサイド・カウンティの事例が成功例として論拠にされた事実を示した。
第七節では、以上の実証的な検討を通して以下の結論を得た。第一に、1980年代にはワークフェアの二つのモデルが競合していたが、リバーサイド・カウンティの「成果」が肯定的に評価されることによって、二つのモデルの微妙な均衡が崩れた。第二に、ワークフェアの二つのモデルについての構成要素と連邦・州・地方政府の三重の枠組みが複雑に交錯したため、リバーサイド・カウンティの「成果」を評価することは極めて困難であった。第三に、カリフォルニア州を含めて福祉改革を労働力拘束モデルの方向で実施したい州政府のイニシアチブによって、リバーサイド・カウンティの「成果」を根拠としながら福祉改革が推し進められた結果、就労可能な受給者に対する労働義務が強化された。今後の課題は、分権化のなかで推進されるアメリカの福祉改革を理解するために地方政府レベルでの政策をさらに詳細に分析することである 。
[言及・紹介]
◆向井洋子,2013,「アメリカにおける福祉国家再編の起源――ニクソン政権の福祉改革を中心に―」筑波大学博士(政治学)学位請求論文.
https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/B32/B3266022/1.pdf
◆遠藤公嗣,2012,「序論 目的と方法」『アメリカの新しい労働組織とそのネットワーク』(労働政策研究報告書144),1-28.
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2012/documents/0144.pdf
◆筒井美紀,2012,「第3章 職業訓練と職業斡旋―労働力媒介機関の多様性と葛藤 」『アメリカの新しい労働組織とそのネットワーク』(労働政策研究報告書144),99-140.
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2012/documents/0144.pdf
「ワークフェアに関する秀逸な研究」(129)
◆佐藤千登勢,201103,「カリフォルニア州における福祉改革と就労支援――女性福祉受給者の低賃金労働への就労に着目して」『筑波大学地域研究』32: 17-38.
http://www.chiiki.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2013/05/kiyou32.pdf#page=19
UP:20091218 REV:20100422, 30, 0804,20140616
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