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武藤香織「遺伝性難病の療養不安解消を」
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遺伝いでんせい難病なんびょう療養りょうよう不安ふあん解消かいしょう

武藤むとう 香織かおり
朝日新聞あさひしんぶん 論壇ろんだん
2000ねん11月15にち
慶応大学けいおうだいがく非常勤ひじょうきん講師こうし社会しゃかいがく医療いりょう福祉ふくしろん) 米国べいこくブラウン大学だいがく研究けんきゅういん

last update: 20160122


 イギリス保健ほけんしょうじゅうがつじゅうさんにち、ある遺伝いでんせい疾患しっかん遺伝子いでんし検査けんさ結果けっかを、保険ほけん会社かいしゃ生命せいめい保険ほけん加入かにゅう査定さていをするさい利用りようする権利けんりみとめた。この病気びょうきぶんいちかくりつどもにつたわり、残念ざんねんながら現時点げんじてんでは治療ちりょうほうはない。
 保険ほけん会社かいしゃは、おも病気びょうきにかかる可能かのうせいたかいとっている人々ひとびとがあえて高額こうがく保険ほけん商品しょうひん購入こうにゅうする「ぎゃく選択せんたく」という現象げんしょうおそれている。そのため、「遺伝いでんせい疾患しっかん家族かぞく」というだけで高額こうがく保険ほけんりょう提示ていじされ、加入かにゅう断念だんねんせざるをない人々ひとびと存在そんざい問題もんだいになってきた。保健ほけんしょう検査けんさ結果けっか利用りようみとめる判断はんだんくだしたのは、発病はつびょうする可能かのうせいがない人々ひとびと通常つうじょう保険ほけんりょう加入かにゅうできるようにするためだ。保健ほけんしょう委員いいんかいつづき、保険ほけん利用りよう可能かのうかどうかを当事とうじしゃまじえながらいちけんずつ審査しんさするシステムを構築こうちくし、適用てきよう疾患しっかん拡大かくだいする方向ほうこう議論ぎろんおこなっている。
 これまで遺伝子いでんし検査けんさ実施じっしは「正確せいかく診断しんだんもとづく治療ちりょう方針ほうしん決定けってい」という医療いりょう目的もくてきかぎられてきた。また、遺伝子いでんし情報じょうほう個人こじんだけでなく、血縁けつえんしゃ情報じょうほうふくむという特殊とくしゅせいがある。そのため、とく治療ちりょうほうのない疾患しっかんおこな発病はつびょうまえ遺伝子いでんし検査けんさは、依頼いらいしゃ個人こじん意思いしさい優先ゆうせんしつつ家族かぞくへの影響えいきょう考慮こうりょして慎重しんちょうおこなうのが原則げんそくであった。
 しかし、検査けんさ結果けっか医療いりょう目的もくてき以外いがい使用しようおおやけみとめられたことは、個人こじん遺伝子いでんし検査けんさけるかかの決断けつだんに「保険ほけん」というあらたな判断はんだん材料ざいりょうくわわることを意味いみする。さらに、発病はつびょう可能かのうせいたかいことが判明はんめいして保険ほけんからされるひとたいして、イギリスでは救済きゅうさい措置そち用意よういされていないてんおおきな課題かだいである。
 わがくにでも、じゅうがつじゅうはちにち日本にっぽん保険ほけん学会がっかい主催しゅさいの「遺伝子いでんし診断しんだん保険ほけん事業じぎょう」シンポジウムがひらかれ、本格ほんかく議論ぎろんはじまったところである。このシンポジウムでは、おくれている遺伝いでん医療いりょう体制たいせい整備せいび先決せんけつであること、信頼しんらいできる遺伝子いでんし検査けんさ技術ぎじゅつ疾患しっかんかずかぎられていることが確認かくにんされ、遺伝子いでんし情報じょうほう保険ほけん利用りようする施策しさく時期じき尚早しょうそうとの認識にんしき共有きょうゆうされた。つづ当事とうじしゃまじえながら議論ぎろん継続けいぞくしていく必要ひつようがあるだろう。
 ただ、ここで強調きょうちょうしたいのは、ぎゃく選択せんたくしょうじさせる要因よういんひとつが長期ちょうきする療養りょうよう生活せいかつへの不安ふあんかんにもあるというてんである。
 遺伝いでんせい疾患しっかんには介護かいご人手ひとでようする神経しんけい難病なんびょうおおい。はたらざかりの中高年ちゅうこうねん発病はつびょうし、家庭かてい複数ふくすう患者かんじゃをかかえながら、どもの養育よういくつづけなければならないケースもある。とく病気びょうき進行しんこうちゅう程度ていどで、高齢こうれいしゃ対策たいさくからも障害しょうがいしゃ対策たいさくからもあぶれる患者かんじゃ家族かぞく包括ほうかつてき支援しえんする施策しさく不十分ふじゅうぶんである。
 いちきゅうきゅうなな年度ねんどから市町村しちょうそん事業じぎょう主体しゅたいにして難病なんびょう患者かんじゃ居宅きょたく生活せいかつ支援しえん事業じぎょうはじまり、ホームヘルパー派遣はけん日常にちじょう用具ようぐ給付きゅうふなど難病なんびょう患者かんじゃへの配慮はいりょもなされるようになった。しかし、育児いくじ支援しえん施策しさくがないなど、制度せいどとしての使つかいにくさを指摘してきする意見いけんおおい。実施じっし市町村しちょうそんすくなくない。
 また、在宅ざいたく療養りょうようができない患者かんじゃにとっては、安心あんしんして長期ちょうき療養りょうようできる施設しせつかず不足ふそくしていることも問題もんだいになっている。国立こくりつ療養りょうようしょ統廃合とうはいごう時期じきともかさなって入院にゅういんさきさがすのがむずかしく、せっかく入院にゅういんできても診療しんりょう報酬ほうしゅう制度せいど看護かんご力不足ちからぶそくなどを理由りゆうとして、定期ていきてき転院てんいんせまられることが患者かんじゃ家族かぞくおおきな負担ふたんあたえている。
 さらに、遺伝いでんせい稀少きしょう(きしょう)難病なんびょうでは十分じゅうぶん知識ちしき機会きかいすくなく、家族かぞくしんざしがちである。介護かいごしゃ発病はつびょう可能かのうせいがあるひとしつたか回答かいとうられる相談そうだん窓口まどぐちやしたり、当事とうじしゃ同士どうしによるカウンセリングを支援しえんしたりする必要ひつようせい指摘してきできよう。
 以上いじょう課題かだいにも配慮はいりょすることにより、長期ちょうき療養りょうよう生活せいかつへの不安ふあんすこしずつでも改善かいぜんされていくことだろう。くに研究けんきゅうしゃは、遺伝子いでんし検査けんさ保険ほけん問題もんだいのみに着目ちゃくもくするのではなく、背景はいけいにある難病なんびょう患者かんじゃ療養りょうよう生活せいかつ全般ぜんぱんにわたる不安ふあん視野しやれるべきである。そして、その不安ふあん社会しゃかい全体ぜんたい共有きょうゆうし、解消かいしょうする仕組しくみをかんがえながら議論ぎろんすすめる必要ひつようがあるだろう。

……以上いじょう……


REV: 20160122
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