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臼井正樹「福祉コミュニティ形成における文化概念の役割――福祉文化概念に関する再考察」
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福祉ふくしコミュニティ形成けいせいにおける文化ぶんか概念がいねん役割やくわり

福祉ふくし文化ぶんか概念がいねんかんするさい考察こうさつ

臼井うすい 正樹まさき 200205


1 はじめに
 「福祉ふくしコミュニティ」の形成けいせいは、一般いっぱんてき地域ちいき福祉ふくし実践じっせんにあたり最終さいしゅう目標もくひょうとして理解りかいされている。ところが、「福祉ふくしコミュニティ」について厳密げんみつ議論ぎろんしようとするならば、コミュニティ概念がいねんについての社会しゃかいがくてきアプローチを前提ぜんていてていくことがもとめられるのだが、現在げんざいまでのところ、かならずしも十分じゅうぶん議論ぎろんがなされているとはいえない状況じょうきょうにあるのではないだろうか。(註1)
 一方いっぽうで、「福祉ふくし文化ぶんか」の概念がいねん提示ていじされて20ねんえる期間きかん経過けいかしたが、「文化ぶんか福祉ふくし」と「福祉ふくし文化ぶんか」を総称そうしょうした概念がいねんであるとする一番いちばんせら康子やすこ当初とうしょ定義ていぎから、さほど議論ぎろんげられていないのではないかとかんがえられる。
 この「福祉ふくしコミュニティ」と「福祉ふくし文化ぶんか」のふたつの概念がいねんは、社会しゃかい福祉ふくし基礎きそ構造こうぞう改革かいかくにおける「地域ちいき福祉ふくし推進すいしん」においてまじわっているとかんがえられる。ほん論文ろんぶんでは、既存きそん言説げんせつ整理せいりしつつ「福祉ふくし文化ぶんか」についてさい整理せいりこころみたうえで「福祉ふくしコミュニティ」の形成けいせいとの関係かんけいせいについてろんじる。
 2で「福祉ふくし文化ぶんか」にかんする既存きそん言説げんせつ整理せいりし、3で「福祉ふくし文化ぶんか」にかんあらたな概念がいねん導入どうにゅうこころみる。4で「福祉ふくしコミュニティ」の形成けいせい過程かていかんするふたつのモデルをろんじ、5で「福祉ふくし文化ぶんか概念がいねんについてさい定義ていぎおこなったうえで、「福祉ふくしコミュニティ」の形成けいせい過程かていにおける「福祉ふくし文化ぶんか概念がいねん役割やくわりについてかんがえる。

2 「福祉ふくし文化ぶんか概念がいねんへのアプローチ
 まず、「福祉ふくし文化ぶんか」あるいは、それにちか概念がいねんかんし、いくつかの言説げんせつ整理せいりする。
 社会しゃかい福祉ふくし構造こうぞう改革かいかくなかあいだ報告ほうこくは、改革かいかく理念りねんかんする記述きじゅつ最後さいご部分ぶぶんで、「社会しゃかい福祉ふくしたいする住民じゅうみん積極せっきょくてきかつ主体しゅたいてき参加さんかつうじて、福祉ふくしたいする関心かんしん理解りかいふかめることにより、自助じじょ共助きょうじょおおやけすけがあいまって、地域ちいきざしたそれぞれに個性こせいある福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞうする。」(4)としている。ここでわれているのは、地域ちいきざした福祉ふくしかんする文化ぶんか創造そうぞうということであり、「福祉ふくしかんする文化ぶんか」の具体ぐたいてき内容ないようについてはれていない。
 厚生こうせい労働省ろうどうしょう社会しゃかい援護えんご局長きょくちょう諮問しもん機関きかんによる「社会しゃかいてき援護えんごようする人々ひとびとたいする社会しゃかい福祉ふくしのありかたかんする検討けんとうかい報告ほうこくしょでは、福祉ふくし文化ぶんかについてつぎのようにべている。
 「社会しゃかい福祉ふくし人々ひとびと生活せいかつにかかわるものであることから、人々ひとびと生活せいかつ拠点きょてんである地域ちいき社会しゃかいにおいて、いわゆる「かん」と「みん」がともはたらかしてその推進すいしんはか必要ひつようがあり、あたらしい「おおやけ」の創造そうぞう提言ていげんした所以ゆえんでもある。また、社会しゃかい福祉ふくし人々ひとびと生活せいかつにかかわるうえで、そのひと尊厳そんげんまもり、かた尊重そんちょうすることが必要ひつようであることはいうまでもない。…このようなことに立脚りっきゃくした福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞうされ、わがくになか定着ていちゃくしていくことが必要ひつようであろう。」(5)ここでも、なに福祉ふくし文化ぶんかなのかは、規定きていされていない。あくまで、あたらしいおおやけ創造そうぞうひと尊厳そんげんかた尊重そんちょう立脚りっきゃくした「福祉ふくし文化ぶんか」が必要ひつようであるとしているだけである。
 また、「福祉ふくし文化ぶんか概念がいねん提唱ていしょうしゃとしてられる一番いちばんせら康子やすこは、つぎのようにべている。
 「福祉ふくししつたかめるための“福祉ふくし文化ぶんか”と、ノーマライゼーションの理念りねん媒介ばいかいとし、さらに高齢こうれい社会しゃかい到来とうらいにともなう生涯しょうがい学習がくしゅうへの需要じゅよう契機けいきとして、“文化ぶんか福祉ふくし”とが注目ちゅうもくされていった。そして、それらが統合とうごうされた概念がいねんとして、“福祉ふくし文化ぶんか”という言葉ことばみのっていったのである。……いずれにしてもしん福祉ふくししん文化ぶんかというものをめざしたとき、“福祉ふくし文化ぶんか”という造語ぞうごは、“福祉ふくし”“文化ぶんか”それぞれのありかたい、人間にんげんとしての本質ほんしつにせまる表現ひょうげんとなる。また、その本質ほんしつにせまる道筋みちすじのなかで、“福祉ふくし”“文化ぶんか”それぞれの向上こうじょうをめざすにあたっての総合そうごうてき概念がいねんにもなる。」(一番いちばんせら康子やすこ[1997:6-8])
 この言説げんせつは、きわめて曖昧あいまい表現ひょうげん構成こうせいされており、とく後段こうだんは、「福祉ふくしぶん概念がいねんもちいて福祉ふくし文化ぶんかふたつの概念がいねんろんじたうえで、福祉ふくし文化ぶんかふたつの概念がいねん総合そうごうとして「福祉ふくし文化ぶんか」を規定きていしており、ロジックそのものが矛盾むじゅんをはらんでいるといえよう。ここであきらかなのは、一番いちばんは、「福祉ふくし文化ぶんか」という概念がいねんもちいて「福祉ふくし文化ぶんか」と「文化ぶんか福祉ふくし」ということをいっているということである。
 たとえば、「ことに福祉ふくし文化ぶんかという場合ばあいは、インフォーマルな福祉ふくし基点きてん社会しゃかい福祉ふくしにも具現ぐげんした文化ぶんかてき生活せいかつ要求ようきゅう充足じゅうそくをはじめ、ひろほか生活せいかつ要求ようきゅう充足じゅうそく努力どりょくにおける文化ぶんかせいふくんでとらえる概念がいねんである。それは、福祉ふくしそのもののしつたかめるためにもちいられてきた努力どりょくともいえよう。その究極きゅうきょくてきかたは、自己じこ実現じつげんである。」(一番いちばんせら康子やすこへん[1997:2])
という一番いちばん言説げんせつは、「福祉ふくし文化ぶんか」を中心ちゅうしんとしたものである。
 また、「文化ぶんか福祉ふくし」については、「文化ぶんか一部いちぶ特権とっけんをもった人々ひとびと限定げんていされず、ひろがりをっていくためには、当然とうぜん日常にちじょう生活せいかつ要求ようきゅう充足じゅうそく努力どりょくである福祉ふくし、さらに社会しゃかい福祉ふくし実践じっせんとの統合とうごう必然ひつぜんてきなものとなってくる。」とべ、福祉ふくし文化ぶんかについて「自己じこ実現じつげんをめざしての普遍ふへんされた“福祉ふくし”のしつ(QOL)をなかで、文化ぶんかてきかた実現じつげんする過程かていおよびその成果せいかであり、民衆みんしゅうのなかからされた文化ぶんか」(一番いちばんせら康子やすこへん[1997:3-4])であると概念がいねんこころみている。
 文化ぶんかという概念がいねんには様々さまざま意味合いみあいがあるが、一番いちばんのいう「福祉ふくし文化ぶんか」と「文化ぶんか福祉ふくし」では、文化ぶんか意味いみちがいがあるようである。
 福祉ふくし文化ぶんかについての萩原はぎはら清子きよこ言説げんせつは、一番いちばん言説げんせつよりも精度せいどたかい。萩原はぎはらは、文化ぶんかについて、「文化ぶんかとは『社会しゃかい構成こうせいする人々ひとびとによって習得しゅうとくされ、共有きょうゆうされ、さらには伝達でんたつされる行動こうどう様式ようしき生活せいかつ様式ようしき』、あるいは『活動かつどう総体そうたい』、『社会しゃかい価値かち習慣しゅうかん意味いみする』であろう。」(萩原はぎはら清子きよこ[1999:5])としたうえで、「社会しゃかいてき欲求よっきゅう文化ぶんかてき欲求よっきゅう充足じゅうそくこそこれからの福祉ふくしもとめられる課題かだいであり、福祉ふくし文化ぶんかてき欲求よっきゅうだということである。」「福祉ふくし文化ぶんかとは、音楽おんがく絵画かいが、スポーツ、レクリエーション、芸術げいじゅつといった様々さまざま文化ぶんか領域りょういき活動かつどう福祉ふくし利用りようしゃがどのようにかかわるか、あるいはかかわれないかを主要しゅようなテーマにすることではなく、」(萩原はぎはら清子きよこ[1999:11])とし、一番いちばん曖昧あいまいにしていたことを整理せいりしている。
 日本にっぽん福祉ふくし文化ぶんか学会がっかい学会がっかいである『福祉ふくし文化ぶんか研究けんきゅう』におけるこれまでの一般いっぱんてき論文ろんぶんや、このほかの福祉ふくし文化ぶんかろん言説げんせつは、おも福祉ふくしてき視点してん様々さまざま文化ぶんか領域りょういきについてろんじているものであるといえよう。
 既存きそん福祉ふくし文化ぶんか概念がいねんへのアプローチをまえ、つぎに、文化ぶんか概念がいねんについて整理せいりしたうえで福祉ふくし文化ぶんかについてどのようなことがえるのかをかんがえることとする。

3 障害しょうがいしゃ文化ぶんかあるいは障害しょうがい文化ぶんかあきらかにしたこと
 「障害しょうがいしゃ文化ぶんかろん」(臼井うすい正樹まさき[2001])は、「文化ぶんか概念がいねんについて、文化ぶんか人類じんるいがくのこれまでの成果せいか引用いんようし、@知的ちてき精神せいしんてき美的びてき発展はってん一般いっぱんてき過程かていあらわ独立どくりつした抽象ちゅうしょう概念がいねん、Aある国民こくみん時代じだい集団しゅうだん特定とくてい生活せいかつ様式ようしき、B音楽おんがく文学ぶんがく絵画かいが彫刻ちょうこく演劇えんげき映画えいがとうのこと、の3とおりがあり、現在げんざいはBのもちかた一般いっぱんてき用法ようほうとなっていること、さらに、文化ぶんか概念がいねんについて、C集団しゅうだんごとの差異さいのラベルや個々ここ社会しゃかい集団しゅうだんごとの暗黙あんもく習慣しゅうかんした規則きそく集積しゅうせき、という意味いみかたられることがおおいことをべたうえで、Cの文化ぶんか概念がいねんのうえに「障害しょうがいしゃ文化ぶんか」の概念がいねんかんがえることで、どのようなことが析出せきしゅつされるかをろんじたものである。
 前節ぜんせつ引用いんようした一番いちばんの「福祉ふくし文化ぶんか」にかんする言説げんせつは、「福祉ふくし文化ぶんか」についてべるさいには、おもにAの概念がいねんのもとで文化ぶんかろんじているのだが、「文化ぶんか福祉ふくし」をべるときには、Bを基礎きそとしつつ@の概念がいねんもちいられている。また、萩原はぎはら言説げんせつでは、Bの文化ぶんか概念がいねんではないとことわったうえで、AあるいはCの文化ぶんか概念がいねんのうえに、福祉ふくし文化ぶんかろんじている。
 ここで@からCまでの文化ぶんか概念がいねん福祉ふくしあるいは福祉ふくし文化ぶんかとの関係かんけいについて、もうすこ丁寧ていねい整理せいりしておく。
 まず、@だが、これはつうてき概念がいねん(註2)としての文化ぶんかであり、時間じかん経過けいかなかで、知的ちてき価値かち精神せいしんてき価値かち美的びてき価値かち変容へんようあらわ概念がいねんとして整理せいりされるものである。この場合ばあい福祉ふくしとの関係かんけいせいかんがえておくべきことは、文化ぶんか概念がいねんなかに、福祉ふくしてき発展はってん一般いっぱんてき過程かていあらわ意味合いみあいが包含ほうがんされているとかんがえることの是非ぜひおよびその意味合いみあいであろう。
 このいは、知的ちてき精神せいしんてき美的びてきそれぞれの時間じかんてき価値かち変容へんようのうちに、福祉ふくしてき価値かち変容へんよう共通きょうつうする部分ぶぶんがあるかどうかということとほぼおなじでもある。そして、すくなくとも、ノーマライゼイションやインテグレーションといった福祉ふくしてき価値かちは、精神せいしんてき価値かちふくまれるものであり、精神せいしんてき価値かち福祉ふくしてき価値かち包含ほうがんしていることはあきらかである。しかしながら、時間じかん経過けいかなかでの価値かち変容へんようという意味合いみあいにおいて、福祉ふくしてき価値かち精神せいしんてき価値かち関係かんけいかんがえるとき、そこに特段とくだん意味いみはないとかんがえてよさそうである。福祉ふくしてき価値かち精神せいしんてき価値かち関係かんけいせいは、ともてき視点してんろんじるほうが妥当だとうであろう。
 一方いっぽう、A〜Cはともてき概念がいねんとしての文化ぶんかについてである。
 まず、Aの生活せいかつ様式ようしきとしての文化ぶんか概念がいねんだが、たとえば、江戸えど時代じだい江戸えど庶民しょみん長屋ながやにおける生活せいかつ様式ようしき、あるいは平安へいあん時代じだい貴族きぞく階級かいきゅうにおける生活せいかつ様式ようしきなど、ある時代じだい人々ひとびと生活せいかつ様式ようしきは、当然とうぜんのこととしてその時代じだい人々ひとびとにおける福祉ふくしかた規定きていする。
 たとえば、しょく文化ぶんかは、当然とうぜんのこととして、給食きゅうしょくサービスやホームヘルプの内容ないよう規定きていする。現在げんざい日本にっぽんであれば、煮物にものものなどもふくめて、一般いっぱんてき家庭かてい食事しょくじにかける手間てまが、福祉ふくしてきにも要求ようきゅうされる。これが韓国かんこくであれば、キムチのかたらないと家事かじ援助えんじょのホームヘルプはできないということになるかもしれない。また日本にっぽんでは、入浴にゅうよくサービスが福祉ふくしサービスとして成立せいりつするが、シャワーよく中心ちゅうしんくにでは、ホームヘルプの一環いっかんとしてシャワーよく介助かいじょおこなわれる。そして、高齢こうれいになっても、障害しょうがいがあっても個人こじんのぞ生活せいかつ様式ようしき継続けいぞくできるようにすることは、福祉ふくしあたえられた役割やくわりなかふくまれている。
 つぎに、Bの音楽おんがく文学ぶんがく絵画かいが彫刻ちょうこく演劇えんげき映画えいがとう文化ぶんか場面ばめんでは、直接的ちょくせつてきには、梅原うめはら健次郎けんじろう整理せいりしているように、障害しょうがいのあるものとうたいする「文化ぶんかへのアクセスけん保障ほしょう」(梅原うめはら健次郎けんじろう[1997:234])といったことが課題かだいとなる。そしてこの問題もんだいは、コンサートホール、劇場げきじょう映画館えいがかんとうのバリアフリーやガイドヘルプの充実じゅうじつ、あるいは、文字もじいたり、えがいたりするさい身体しんたいてき機能きのうへの援助えんじょ・アシストとしての福祉ふくし機器きき開発かいはつ普及ふきゅうなどに還元かんげんされる。ここでは、たんきていくうえで必要ひつよう排泄はいせつとう介助かいじょ介護かいごわれているのではなく、音楽おんがく文学ぶんがくなどの活動かつどう自己じこ実現じつげん視点してんらえ、自己じこ実現じつげん基点きてんである自己じこ決定けっていのプロセスに沿った積極せっきょくてき支援しえん問題もんだいにされているのである。
 障害しょうがいしゃ文化ぶんかあるいは障害しょうがい文化ぶんかかんする言説げんせつは、これまでの一般いっぱんてき文化ぶんか概念がいねんからはなれ、集団しゅうだんごとの差異さいのラベル、あるいは個々ここ社会しゃかい集団しゅうだんごとの暗黙あんもく習慣しゅうかんした規則きそく集積しゅうせきとしての文化ぶんか概念がいねんが、ノーマライゼイションの実践じっせんにおいてたす役割やくわりしめすとともに、障害しょうがいしゃの「文化ぶんか」は、集団しゅうだん集団しゅうだん、または集団しゅうだん個人こじん関係かんけいせいのうえに成立せいりつする概念がいねんであることをあきらかにしている。(註3)
 福祉ふくしは、一義的いちぎてき個人こじん集団しゅうだん関係かんけいせいとして成立せいりつするともてき概念がいねんである。そして、障害しょうがいしゃ文化ぶんか概念がいねん外延がいえんかんがえるならば、福祉ふくし文化ぶんかも、個々ここ社会しゃかい集団しゅうだんにおける福祉ふくしてき規則きそく集積しゅうせきとしてかんがえることが可能かのうとなる。

4 地域ちいき福祉ふくしかんするふたつのモデル
 ここで、地域ちいき福祉ふくし形成けいせいかんする基本きほんてきなモデルについて、確認かくにんしておくこととする。
(1) 地域ちいき福祉ふくし形成けいせいかんする基本きほんモデル
まず、阿部あべ志郎しろう全国ぜんこく社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかい民生みんせい部長ぶちょうである島村しまむら糸子いとことの対談たいだんべている
地域ちいき福祉ふくし形成けいせいモデルを整理せいりする。
「ソーシャル・インクルージョンというかんがえによってちがいをれること。そして
それを、もういちさきすすめて、ちがいをよろこしんそだてていくことが重要じゅうようになるとおもいます。………アカルチュレーションという言葉ことばがあります。文化ぶんか変容へんようやくされ、複数ふくすう文化ぶんか接触せっしょくしてこる変化へんか過程かてい意味いみするといわれていますが、わたしなりに解釈かいしゃくしますと、インクルージョンのさきにあるのが、アカルチュレーションではないかとおもうのです。文化ぶんか文化ぶんかうと、まず、摩擦まさつ反発はんぱつこります。そしてつぎ段階だんかい同化どうかこり、どちらかがもう一方いっぽう吸収きゅうしゅうしてしまう。……しっかりと交流こうりゅうをして、おたがいにまない、相互そうご文化ぶんかえていく。そして、それをそだててあらたな文化ぶんか創造そうぞうする。」(阿部あべ志郎しろう島村しまむら糸子いとこ〔2001:75〕)
阿部あべは、対談たいだん最後さいご島村しまむらがまとめているように、あきらかに社会しゃかい福祉ふくし基礎きそ構造こうぞう改革かいかくにお
ける「福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞう」を意識いしきしてこの発言はつげんをしている。ソーシャル・インクルージョンにより、様々さまざま差異さい地域ちいき社会しゃかいとしてめることによって、多様たよう文化ぶんか地域ちいき接触せっしょくする、この接触せっしょくによって文化ぶんか変容へんようき、あらたな文化ぶんか福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞうされるとしているのである。
 また、全国ぜんこく社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかい和田わだ敏明としあきは、社会しゃかい保障ほしょう審議しんぎかい福祉ふくし部会ぶかいにおいて「地域ちいき福祉ふくしかんがえる場合ばあい福祉ふくし文化ぶんかというものが決定的けっていてきおおきな役割やくわりたすとおもう。福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞうするじょうでは、一人ひとりひとりの住民じゅうみん市民しみん役割やくわりわっていくことにより、おおきなことができるのではないかとおもっているが、その場合ばあい、……やはり実践じっせんにできるだけ参加さんかし、それをつうじて文化ぶんかをつくるということが大事だいじではないか……」(和田わだ敏明としあき〔2001〕)と発言はつげんしている。
 この福祉ふくし文化ぶんかかんする予定よてい調和ちょうわてき言説げんせつくわしくろんじるためには、つぎのようなてんについてかんがえる必要ひつようがあろう。まず、だいいちに、ちがいをれる社会しゃかいとはどのようなものをかんがえればよいのか、だいに、具体ぐたいてき文化ぶんか接触せっしょくにおいては、たとえば、外国がいこくせき住民じゅうみん地域ちいき住民じゅうみん日常にちじょうのあいさつをとおしたまじわり、外国がいこくせき住民じゅうみんのごみのかたとそれにたいする地域ちいき住民じゅうみん反感はんかんといった、具体ぐたいてきかかわりが問題もんだいになるのであって、文化ぶんか全体ぜんたい接触せっしょくするわけではなく、そうしたなか文化ぶんか変容へんようによって創造そうぞうされるあらたな文化ぶんかは、地域ちいき社会しゃかい、コミュニティとのかかわりにおいてどのような意味合いみあいをつのか、だいさんに、うまくあらたな文化ぶんかレベルに止揚しようされたとして、それが阿部あべ目指めざ福祉ふくし文化ぶんかとなるとかんがえてよいのかどうか、といったことがわれるのであろう。
 だいいちいにたいするこたえは、直接的ちょくせつてきなものではない。ことなる文化ぶんかことなる価値かちかん出会であったとき、個人こじんのレベルで様々さまざま感想かんそうつことは当然とうぜんであるが、おおくのひと不快ふかい感想かんそういたとしても、社会しゃかい集団しゅうだんとして排除はいじょおこなわないということである。裏返うらがえしていうならば、コミュニティは地域ちいき社会しゃかい構成こうせいいんたいしてひらかれており、個々ここ人々ひとびとがそのコミュニティに参加さんかするかどうかは、あくまで個人こじんがわ問題もんだいということになる。
 だいについては、たしかに文化ぶんかてき接触せっしょく個々ここ具体ぐたいてき場面ばめんきるものであるのだが、そこできる変容へんよう特定とくてい事象じしょうかぎられるのか、あるいは、特定とくてい事象じしょうからスタートして一定いっていおおきさをった文化ぶんか変容へんようのレベルにいたるのかは、結果けっかであってあらかじめ想定そうていされるものではない。文化ぶんかてき接触せっしょく結果けっかとしての文化ぶんか変容へんようがどのような意味いみつのかは、その地域ちいき社会しゃかいなか評価ひょうかされるものであり、あらかじめ評価ひょうか尺度しゃくど用意よういされているものではない。
 したがって、あらたな文化ぶんか止揚しようされたものが、福祉ふくし文化ぶんかとして地域ちいき社会しゃかいにおいて期待きたいされる役割やくわりたすかどうかは、あくまでも結果けっかであって、福祉ふくし文化ぶんか創造そうぞうすることを目的もくてきとしてソーシャル・インクルージョンを政策せいさくてき選択せんたくすることは、適当てきとうではないことがわかる。

(2) どもてきモデル(矛盾むじゅん葛藤かっとうモデル)
 一方いっぽう谷口たにぐち政隆まさたかは、(谷口たにぐち政隆まさたかへん〔2000〕)や(谷口たにぐち政隆まさたか〔2001〕)において、矛盾むじゅん葛藤かっとう解決かいけつモデルを提示ていじしている。
 「社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかいちいさな地域ちいきから全市ぜんしまでを視野しやにおき、ぜん市民しみん合意ごうい形成けいせいしつつ社会しゃかい福祉ふくし推進すいしんはかっていく努力どりょくつづけているとかんがえる。……ここでられる手法しゅほうは、地域ちいきたがいにたすい、ささう『互酬せい』を主眼しゅがんにした『全員ぜんいん一致いっち合意ごうい形成けいせい』のモデルによるといってよいであろう。これにたいして、……ここでの手法しゅほうは、当事とうじしゃ中心ちゅうしんとした自己じこ主張しゅちょう強化きょうか、いわばエンパワーメントのモデルであり、……『矛盾むじゅん葛藤かっとう解決かいけつ』モデルとえるかもしれない。つまり社会しゃかい福祉ふくし推進すいしんについてぜん市民しみん合意ごうい形成けいせいすすめ、意識いしきたかめていこうとする社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかい活動かつどうと、当事とうじしゃ自己じこ主張しゅちょう強化きょうかによって社会しゃかい状況じょうきょう変革へんかくしていこうとする活動かつどうには、方法ほうほう差異さいがあり、この差異さいをおのおの保持ほじしかつ共存きょうぞんさせることが今後こんご障害しょうがいしゃ福祉ふくし推進すいしん市民しみん参加さんか要件ようけんとして非常ひじょう重要じゅうようなことだとかんがえられる。」
 この谷口たにぐち言説げんせつは、地域ちいき社会しゃかいにおいてソーシャル・インクルージョンとして様々さまざま文化ぶんかてき差異さい包括ほうかつすることについては、予定よてい調和ちょうわ想定そうていした基本きほんモデルとおなじだが、そのは、あらたな文化ぶんか創造そうぞうすることよりは、矛盾むじゅん葛藤かっとう差異さいとして地域ちいきなか最後さいごまで保持ほじ共有きょうゆうすることのほうに重点じゅうてんいている。そういう意味いみから、文化ぶんか変容へんようという時間じかん経過けいか内包ないほうしたつうてき概念がいねんとしての基本きほんモデルにたいし、地域ちいき福祉ふくし形成けいせいかんする「ともてきモデル」とぶことができよう。
 この「ともてきモデル(矛盾むじゅん葛藤かっとう解決かいけつモデル)」では、たとえば重度じゅうど障害しょうがいしゃたいする福祉ふくし水準すいじゅん高齢こうれいしゃたいする介護かいごのありかたにおける家族かぞく役割やくわりなど、地域ちいきなかでは対立たいりつするかんがかたがあるほうが普通ふつうであり、その対立たいりつうえ妥協だきょうてん見出みいだすことが重要じゅうようであるとかんがえる。このさい妥協だきょうてんさぐ役割やくわり期待きたいされているのが、市町村しちょうそん市町村しちょうそん社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかいなのではないだろうか。 
 様々さまざま意見いけんをもった人々ひとびとによって構成こうせいされる社会しゃかいがあり、その社会しゃかい構成こうせいいんとの関係かんけいなにかをしなければならないとき、対立たいりつするふた以上いじょうかんがかたがある場合ばあい想定そうていできる。(これは、福祉ふくしかぎらず、たとえば公共こうきょう事業じぎょうとしてのダム建設けんせつ道路どうろ整備せいびなど、きわめてありふれた場合ばあいである。)こうしたそれぞれのかんがかたを、そのままみとめる社会しゃかいのありかたが、谷口たにぐちのいう「ともモデル(矛盾むじゅん葛藤かっとう解決かいけつモデル)」ということであろう。
 このふたつのモデルを比較ひかくしたとき、コミュニティにおける差異さい承認しょうにんのほうにウエイトをいて、ソーシャル・インクルージョンをろんじた場合ばあいともてきモデルであり、コミュニティ形成けいせいのほうにウエイトをいたのが基本きほんモデルとういことで理解りかいできる。そしてまた、ソーシャル・インクルージョンをつうてきとらえたのが基本きほんモデルであり、このつうてきモデルをともてき視点してん補完ほかんしたのがともてきモデルであると整理せいりすることもできる。

5 「福祉ふくし文化ぶんか」と「福祉ふくしコミュニティ」にかんするあらたな定義ていぎ
 (1) 「福祉ふくし文化ぶんか」にかんするあらたな定義ていぎ
 ソーシャル・インクルージョンという概念がいねんにおいて、インクルージョン(包括ほうかつ)する対象たいしょうは、様々さまざま文化ぶんかまたはその文化ぶんかてき差異さいであることがあきらかになったが、そこでの文化ぶんか共有きょうゆうする集団しゅうだんとは、どのような集団しゅうだんであるとかんがえればよいのだろうか。
 すくなくとも、ここで問題もんだいにしているのは、福祉ふくしコミュニティ形成けいせい過程かていにおけるソーシャル・インクルージョンであることから、この問題もんだいかんがえるさい文化ぶんか範疇はんちゅう福祉ふくし限定げんていしてかんがえることが適当てきとうである。そして、この場合ばあいに、インクルージョンの対象たいしょうとしての福祉ふくしかんする文化ぶんか基礎きそ集団しゅうだんは、それ自体じたい福祉ふくしコミュニティとして成立せいりつしているものであるのか、あるいはまた福祉ふくしコミュニティのうちのある特定とくてい部分ぶぶんをさすものなのだろうか。(註4)
 このいについてかんがえるにあたっての起点きてんは、基本きほんモデルのなかにあるとおもわれる。基本きほんモデルによれば、様々さまざま福祉ふくしかんする文化ぶんかが、アカルチャレーション(文化ぶんか変容へんよう)を福祉ふくしコミュニティを成立せいりつさせる福祉ふくし文化ぶんか移行いこうする。したがって、インクルージョンの対象たいしょうそのものは、福祉ふくしコミュニティにいたぜん段階だんかい集団しゅうだんにおける福祉ふくしてき文化ぶんかであるとかんがえるのが適当てきとうということになる。つまり、ソーシャル・インクルージョンの段階だんかいでは、地域ちいき社会しゃかい福祉ふくしコミュニティではない複数ふくすうの「集団しゅうだん」が存在そんざいし、それぞれが「福祉ふくしてき文化ぶんか共有きょうゆう」している状態じょうたい想定そうていしているのである。複数ふくすうあるちいさな福祉ふくしコミュニティを、それぞれのコミュニティにおける福祉ふくしてき文化ぶんかをインクルージョンすることにより、文化ぶんか変容へんようをとおしてよりおおきな福祉ふくしコミュニティに移行いこうさせようとするものではない。
 ここまできて、つぎのようにかんがえることが適当てきとうであることがあきらかになった。
 ここでろんじている「集団しゅうだん」という概念がいねんについては、社会しゃかいがくてき場合ばあい、コミュニティ(地縁ちえんてき共同きょうどうたい)というよりは、むしろアソシエーション(機能きのうてき共同きょうどうたい)とするほうが理解りかいしやすい。そして、「福祉ふくしてき文化ぶんか共有きょうゆうする集団しゅうだん」、「福祉ふくし文化ぶんか共有きょうゆうする集団しゅうだん」をアソシエーションと理解りかいすることによって、福祉ふくし文化ぶんかについて、つぎのように整理せいりすることが可能かのうになる。
 地域ちいきには、福祉ふくしてき価値かち共有きょうゆうする集団しゅうだん福祉ふくしてき価値かちかんをもつアソシエーションが様々さまざま存在そんざいする。地域ちいき存在そんざいするそれぞれのアソシエーションを形成けいせいしている福祉ふくしてき共通きょうつう価値かちとして、福祉ふくし文化ぶんか定義ていぎすることができる。(註5)

(2) 「福祉ふくしコミュニティ」にかんするあらたな定義ていぎ
 地域ちいき福祉ふくし、あるいは福祉ふくしコミュニティについては、これまでに様々さまざま定義ていぎがなされてきているが、ここでは、そのひとつひとつについて、詳細しょうさいろんじることはしない。これまでの地域ちいき福祉ふくしかんする言説げんせつには、地域ちいき福祉ふくしかんするいわゆる「構造こうぞうてきアプローチ」、「機能きのうてきアプローチ」あるいは、地域ちいき福祉ふくし構成こうせい要件ようけんからのかんがかたなどがある。こうしたおおくの言説げんせつは、おおむね、福祉ふくし目指めざ地域ちいき社会しゃかいのありかた、あるいは、福祉ふくしのありかた延長線えんちょうせんでの地域ちいき社会しゃかいしめすものとして意味いみっている。つまり、これまでの地域ちいき福祉ふくし福祉ふくしコミュニティにかんする言説げんせつは、当然とうぜんのこととしてその時々ときどき状況じょうきょう問題もんだい意識いしきなかかたられてきたものであり、状況じょうきょう問題もんだい意識いしきさまによって、言説げんせつ変容へんようするとかんがえるほうが自然しぜんである。
 それでは、「福祉ふくし文化ぶんか」をキーワードとして、どのような地域ちいき福祉ふくし福祉ふくしコミュニティを規定きていすることができるだろうか。
 前節ぜんせつでは、「福祉ふくし文化ぶんか」の概念がいねんもちいて、地域ちいき社会しゃかいにおける福祉ふくし共通きょうつう価値かちとしたアソシエーションをかんがえた。したがって、福祉ふくしてきなアソシエーションと福祉ふくしコミュニティの関係かんけいについて整理せいりすることが、このいにたいするかいとなる。アソシエーション=機能きのうてき共同きょうどうたいと、コミュニティ=地縁ちえんてき共同きょうどうたい関係かんけい整理せいりするじょうでのポイントがいくつかかんがえられる。
 だいいちに、ある特定とくてい機能きのうった集団しゅうだん機能きのうてき共同きょうどうたいは、これをかんがえるさい集団しゅうだん成立せいりつするエリアをわない。北海道ほっかいどうから沖縄おきなわまで支社ししゃもうをもつ会社かいしゃ数多かずおおくあるように、あるいは、日本にっぽん社会しゃかい福祉ふくし学会がっかい会員かいいんが、地域ちいきにより濃淡のうたんはあるものの日本にっぽん全国ぜんこくにいるように、アソシエーションは、地域ちいきたいしてじていない。一方いっぽう、コミュニティの概念がいねんは、現実げんじつてき地域ちいき社会しゃかいにおける市町村しちょうそんいきあるいは自治じちかいいきとうのエリア設定せっていきずられ、地域ちいきてき線引せんひきがなされ、じているように意識いしきされる。
 だいに、30 〜40ねんまえには、地域ちいき社会しゃかいはなれて生活せいかつすることはむずかしいことであったが、社会しゃかいシステムが整備せいびされてきたことによって、我々われわれは、いくつかの場合ばあいのぞき、一般いっぱんてき共同きょうどうたい=コミュニティにぞくすることなく社会しゃかい生活せいかつおくることが可能かのうとなってきた。社会しゃかいがくてきかんがえられたコミュニティとアソシエーションの関係かんけいくずれてきており、コミュニティのうえにアソシエーションが成立せいりつするのではない状況じょうきょうあらわれている。
 だいさんに、共同きょうどうたいとしてのコミュニティがりたなくなった状況じょうきょうにおいて、高齢こうれいしゃ介護かいご子育こそだてなど、福祉ふくし問題もんだいをコミュニティに還元かんげんしてかんがえる必要ひつようせいあらためてしょうじている。
 こうしたことを前提ぜんていに、福祉ふくしコミュニティをとらなおしたとき、つぎのようにかんがえることができるのではないだろうか。
 「地域ちいきには、それぞれの福祉ふくし文化ぶんかもとづき様々さまざま福祉ふくしてきアソシエーションが存在そんざいするが、個々ここのアソシエーションには、それをりたせるエリアがある。このエリアは、アソシエーションを地域ちいきたいして投影とうえい(プロジェクション)したさいぞう写像しゃぞうとして意味付いみづけられる。このことから、福祉ふくしコミュニティを様々さまざまなアソシエーションを地域ちいき投影とうえいしたさい写像しゃぞうかさなりいとしてかんがえることができる。」 
 この定義ていぎは、アソシエーションを前提ぜんていにコミュニティを成立せいりつさせようとするものであり、これまでの社会しゃかいがくてき意味いみでのコミュニティとアソシエーションの関係かんけい逆転ぎゃくてんさせている。
 我々われわれは、これまでの血縁けつえん地縁ちえんによる社会しゃかいから、しょくえんによる社会しゃかい、すなわち経済けいざい活動かつどう主体しゅたいとしたアソシエーションを中心ちゅうしん社会しゃかいシステムを構築こうちくしてきた。そして、この社会しゃかいシステムが機能きのうはじめた今日きょう高齢こうれいしゃ障害しょうがいしゃ介護かいご介助かいじょや、子育こそだて、あるいは社会しゃかいてき孤立こりつなどの福祉ふくしてき課題かだいへの対応たいおうとして、あらためて社会しゃかいたいし、あらたなコミュニティ、福祉ふくしコミュニティという概念がいねんもとめられている。
 しかしながら、福祉ふくしコミュニティを、文化ぶんか変容へんよう結果けっかとしての予定よてい調和ちょうわによる形成けいせい概念がいねんであるとすることは、福祉ふくしコミュニティ形成けいせいへのプロセスを重視じゅうしすることであり、結果けっかとして最終さいしゅう目標もくひょうである福祉ふくしコミュニティそのものは現実げんじつてき目標もくひょうとして適切てきせつではなく、シンボリックな意味合いみあいとして機能きのうすることになる。

 (3) あらたな定義ていぎもとづく今後こんご方向ほうこう
 マッキーバーは、コミュニティを基盤きばんとしてアソシエーションが成立せいりつするとした。しかし、地域ちいき社会しゃかいのありかたかんがえるにたって、コミュニティとアソシエーションの関係かんけい逆転ぎゃくてんさせ、福祉ふくしコミュニティについてあらたな定義ていぎおこなうことで、つぎのようなことがあきらかになる。
 まずだいいちに、福祉ふくしかんする多様たようなアソシエーションが地域ちいき社会しゃかいにおいて数多かずおお活動かつどうしていることが必要ひつようであり、このことは、福祉ふくしてきなボランティア活動かつどう、NPO活動かつどうをインキュべートすること、なかでも「障害しょうがいしゃ文化ぶんかろん」(臼井うすい正樹まさき[2001])であきらかにしたことからわかるように、当事とうじしゃ福祉ふくし活動かつどうをインキュべートすることが重要じゅうようであることをしめしている。
 したがって、地域ちいき住民じゅうみん主体しゅたいてき福祉ふくし活動かつどうや、障害しょうがいしゃ自立じりつ生活せいかつ運動うんどう代表だいひょうされるセルフヘルプ活動かつどうたいする社会しゃかいてき支援しえん重要じゅうようであり、具体ぐたいてきには、社会しゃかい福祉ふくし協議きょうぎかいとう行政ぎょうせいレベルとはことなったルートでの支援しえん活動かつどうみが必要ひつようとなる。
 なお、こうした活動かつどうたいする行政ぎょうせいレベルでの直接的ちょくせつてき支援しえんというのは、活動かつどうたいして社会しゃかいてき価値かち付与ふよする方向ほうこうはたらき、結果けっかとして行政ぎょうせい支援しえんおこなった特定とくてい活動かつどうたい社会しゃかいてき価値かち付与ふよすることになり、ここでの論議ろんぎ範疇はんちゅう限定げんていするかぎり、適当てきとうとはえない。特定とくてい活動かつどうたいし、社会しゃかいてき価値かち付与ふよする方向ほうこうでの支援しえんのありかたは、むしろ、その活動かつどう内容ないよう地域ちいきとの関係かんけい地域ちいきにおける行政ぎょうせい役割やくわりのありかたから整理せいりされるべきものである。
 だいに、それぞれのアソシエーションが、たがいに接触せっしょくうようなしかけ、さらには多様たようなアソシエーションの活動かつどう領域りょういき地域ちいきたいかさなりわせるような装置そうち存在そんざいが、福祉ふくしコミュニティの形成けいせい有効ゆうこうはたらくことがわかる。
 このことは、はしてきえば、形成けいせいしようとするコミュニティごとに、様々さまざま活動かつどう拠点きょてん物理ぶつりてき同一どういつ場所ばしょとして用意よういされることが効果こうかてきであることをしめしている。つまり、福祉ふくしてき課題かだいかんがえ、解決かいけつしようとするのに適当てきとうなエリアとしての地域ちいきがそれぞれ存在そんざいし、そのエリアをおおきさにおうじてかさねあわせるしくみとしての活動かつどうのための整備せいびすることが、福祉ふくしコミュニティの形成けいせい有効ゆうこうである。身近みぢか地域ちいき市町村しちょうそんいき保健ほけん福祉ふくしけん都道府県とどうふけんいき物理ぶつりてき意味いみでの活動かつどう確保かくほするとともに、そこでの活動かつどう内容ないようは、保育ほいく高齢こうれいしゃ福祉ふくし障害しょうがいしゃ福祉ふくしといった特定とくてい分野ぶんや限定げんていするのではなく、設定せっていしたのもつエリアの意味いみからみて適当てきとうなものはそこで活動かつどうできるようになっていることがのぞましい。
 そして、こうしたみ、しかけの整備せいびをとおして、地域ちいきにおいてソーシャル・インクルージョンが実践じっせんされるのである。

6 まとめ
 我々われわれ社会しゃかいは、ふる地縁ちえん社会しゃかいとしての共同きょうどうたいから開放かいほうされたかた個々人ここじん自由じゆう自己じこ実現じつげん最大限さいだいげん尊重そんちょうする社会しゃかいもとめてきた。そして、そのことがある程度ていど実現じつげんしたことにともない、あらたな共同きょうどうたいとしての福祉ふくしコミュニティがもとめられるようになった。
 しかし、このながれをフロムのいう「自由じゆうからの逃走とうそう」としてとらえるべきではない。自己じこ実現じつげんという文脈ぶんみゃく沿って、様々さまざまなアソシエーションへの主体しゅたいてき関与かんよ可能かのうとなってきたことを素直すなお評価ひょうかしつつ、そのうえ高齢こうれいしゃ障害しょうがいしゃとう地域ちいきでの生活せいかつを、個人こじんのことしてかたづけるのではなく、地域ちいき社会しゃかいにおける福祉ふくしのありかたとのかかわりでかんが福祉ふくしコミュニティをなお作業さぎょうがもとめられているのであり、このことは、それぞれの地域ちいきにおいて不断ふだんおこなわれるべきことである。
 そして、そうであるとするならば、そこには、ふるくからの共同きょうどうたい再生さいせいするということではない、あらたな意味いみけが必要ひつようとなる。この意味いみけをおこなうには、「地域ちいき福祉ふくしをどのようにかんがえるか、地域ちいき福祉ふくしをどのように定義ていぎするか」というのいからはなれ、「地域ちいき福祉ふくし形成けいせいけて、我々われわれなにができるか、なにをすべきか」をうことが有効ゆうこうではないだろうか。
 ティトマスは、40ねんまえに「コミュニティケア−事実じじつ虚構きょこうか」(ティトマス[1961])とだいする講演こうえんおこなった。この講演こうえんは、コミュニティ・ケアは成立せいりつするかといういではなく、コミュニティ・ケアを成立せいりつさせるためには、精神せいしん保健ほけん行政ぎょうせいみの強化きょうか必要ひつようであるとうったえたものである。
 ほん論文ろんぶんあきらかにしたことにより、形成けいせい概念がいねんとされる「地域ちいき福祉ふくし」、なかでも「福祉ふくしコミュニティの形成けいせい」について、具体ぐたいてきみの手法しゅほう提示ていじしたとかんがえる。福祉ふくしコミュニティをもとめてもとどかないものから、すくなくとも地域ちいきにおける福祉ふくしニードの充足じゅうそくと、ソーシャル・インクルージョンの段階だんかいまではとどくものにできたのではなだろうか。そして、そのあとのアカルチャレーションの結果けっか期待きたいする福祉ふくしコミュニティがまれるかどうかは、「かみのみぞる」なのである。
 阿部あべ志郎しろうは、みずからが館長かんちょうつとめる横須賀よこすか基督教きりすときょう社会しゃかいかんの50ねんたり、一番いちばんせら康子やすこと「なんぞたんぜんやついに事業じぎょうなるなきを」とだいする対論たいろん阿部あべ志郎しろう一番いちばんせら康子やすこ[2001])をあきらかにしているが、そのことのふか意味いみは「かみのみぞる」のなかにあるのではないだろうか。

 ほん論文ろんぶんは、だい49かい日本にっぽん社会しゃかい福祉ふくし学会がっかいにおいて研究けんきゅう発表はっぴょうした内容ないようをさらにふかめたものである。つたない発表はっぴょうたいし、丁寧ていねいなコメントをくださった関西学院大学かんせいがくいんだいがくまきさとごと教授きょうじゅにおれいもうげる。


1 「福祉ふくしコミュニティ」にたいし、都市とし社会しゃかいがくてきなアプローチとして、奥田おくだみちだい越智おちのぼるなどがいろいろとこころみてはいるが、理論りろんてき整理せいりされたところまでいたっていない。
2 「つうてき」、「ともてき」は、ともにソシュールの『一般いっぱん言語げんごがく講義こうぎ』でしめされた概念がいねんである。「つうてき」は、時間じかん経過けいか共有きょうゆうするという意味いみ概念がいねんであり、「ともてき」は、おな時間じかん共有きょうゆうするという意味いみ概念がいねんである。
3 
4 ここでいう「福祉ふくしてき文化ぶんか共有きょうゆうする」ということは、一般いっぱんてき地域ちいき社会しゃかいでは、たとえば、いま現在げんざい子育こそだてをしている母親ははおやたちに共有きょうゆうされた保育ほいくたいする関心かんしん課題かだい意識いしき、あるいは、支援しえん介助かいじょ必要ひつよう障害しょうがいしゃが、社会しゃかい参加さんかしながら、地域ちいき生活せいかつするじょうでの共通きょうつうした意識いしき価値かちかんといったことを意味いみする。
5 ここでは、福祉ふくし文化ぶんかかん本文ほんぶんしめした定義ていぎが、ただしい、あるいは適切てきせつであるということをろんじているのではなく、このように定義ていぎすることが論理ろんりてき可能かのうであることをしめしているのである。そして、このように定義ていぎする意義いぎは、そこからなにみちびかれるか、みちびかれたことを具体ぐたいてき社会しゃかい適用てきようしたさいにどのようなことがいえるのか、といったことによって評価ひょうかされるとかんがえる。

引用いんよう文献ぶんけん
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 中央ちゅうおう社会しゃかい福祉ふくし審議しんぎ会社かいしゃかい福祉ふくし分科ぶんかかい

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UP: 20030213
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