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飢餓人口削減に向けた活動における組織の連携のあり方
横浜市立大学 よこはましりつだいがく 国際 こくさい 総合科学部 そうごうかがくぶ 国際 こくさい 総合 そうごう 科学 かがく 科 か 政策 せいさく 経営 けいえい コース卒業 そつぎょう 論文 ろんぶん
飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう における組織 そしき の連携 れんけい のあり方 かた
―ケニアの事例 じれい を横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい から考 かんが える―
last update: 20170824
田坂 たさか 歩 ふ
※ MSワードのファイルはこちらからダウンロードできます。ワード・ファイル「飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう における組織 そしき の連携 れんけい のあり方 かた 」
目次 もくじ
序論 じょろん テーマ設定 せってい にあたり
本論 ほんろん
1章 しょう 横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける組織 そしき 連携 れんけい
1. 横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ概要 がいよう
2. 沿革 えんかく
3. 連携 れんけい の概観 がいかん
4. 各 かく 組織 そしき の目的 もくてき とその評価 ひょうか
(1)主催 しゅさい 組織 そしき
(2)出展 しゅってん 団体 だんたい
(3)企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい
5. 連携 れんけい の分析 ぶんせき 、その課題 かだい 、あり方 かた
2章 しょう ケニアの事例 じれい
1. ケニア概要 がいよう
(1)社会 しゃかい 全般 ぜんぱん
(2)経済 けいざい
(3)ケニアの経済 けいざい 、農業 のうぎょう に関 かん する背景 はいけい ―部族 ぶぞく と土地 とち と政治 せいじ ―
2. 農業 のうぎょう 生産 せいさん に関 かか わる問題 もんだい
3. ケニア農業 のうぎょう と政策 せいさく の関係 かんけい 性 せい
4. 農村 のうそん 開発 かいはつ に関 かか わる活動 かつどう を行 おこな う組織 そしき
3章 しょう 2 ふた つの事例 じれい を結 むす びつける
1. 農村 のうそん 開発 かいはつ に向 む けた連携 れんけい のあり方 かた
2. 連携 れんけい に向 む けた世界 せかい の動 うご き
結論 けつろん
参考 さんこう 資料 しりょう ・文献 ぶんけん 、情報 じょうほう 提供 ていきょう 元 もと 一覧 いちらん
序論 じょろん テーマ設定 せってい にあたり
FAOによると、2010年 ねん 10月 がつ 現在 げんざい 、世界 せかい の飢餓 きが 人口 じんこう は約 やく 9億 おく 2500万 まん 人 にん である。これは、世界 せかい 人口 じんこう の約 やく 14.5%に当 あ たり、約 やく 7人 にん に1人 ひとり が慢性 まんせい 的 てき な飢餓 きが 状態 じょうたい にあるということになる。飢餓 きが 人口 じんこう は2009年 ねん にピークに達 たっ し、10億 おく 2000万 まん 人 にん を記録 きろく した。これは2007年 ねん 、2008年 ねん に発生 はっせい した食料 しょくりょう 価格 かかく の高騰 こうとう が1 ひと つの大 おお きな要因 よういん であると考 かんが えられる。2010年 ねん に入 はい り、飢餓 きが 人口 じんこう の推移 すいい はピークを過 す ぎたと言 い うことができるが、それでもなお高水準 こうすいじゅん での推移 すいい が続 つづ いており、2000年 ねん に採択 さいたく され、2015年 ねん 達成 たっせい 期限 きげん としたミレニアム開発 かいはつ 目標 もくひょう (1) で第 だい 一 いち に掲 かか げられた、「2015年 ねん までの飢餓 きが 人口 じんこう 半減 はんげん 」(2) は、達成 たっせい を悲観 ひかん 視 し されている。私 わたし はそうした現実 げんじつ がいち早 はや く改善 かいぜん されるべきと考 かんが え、本稿 ほんこう では、飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん のための方法 ほうほう を考 かんが えることを最終 さいしゅう 的 てき な目標 もくひょう とする。
飢餓 きが 人口 じんこう が集中 しゅうちゅう している地域 ちいき はアジア、アフリカであり、世界 せかい の栄養 えいよう 不足 ふそく 人口 じんこう の3分 ぶん の2はバングラデシュ、中国 ちゅうごく 、コンゴ、エチオピア、インド、インドネシア、パキスタンの7カ国 かこく に集中 しゅうちゅう しているという。また、もっとも栄養 えいよう 不足 ふそく 人口 じんこう が多 おお いのはアジア・太平洋 たいへいよう 地域 ちいき で5億 おく 7800万 まん 人 にん である。割合 わりあい ではアフリカのサブ=サハラ地域 ちいき が最 もっと も多 おお く人口 じんこう の30%に達 たっ し、2億 おく 3900万 まん 人 にん としている。
その地域 ちいき により政治 せいじ 、経済 けいざい 状況 じょうきょう や地理 ちり 的 てき な条件 じょうけん や気候 きこう などの背景 はいけい が異 こと なることから、飢餓 きが の程度 ていど やその要因 よういん は異 こと なる。そこで本稿 ほんこう では、対象 たいしょう を最 もっと も飢餓 きが が深刻 しんこく であるサブ=サハラ地域 ちいき に位置 いち するケニアに絞 しぼ り、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう を削減 さくげん するための方法 ほうほう を探 さぐ ることにする。
ケニアはサブ=サハラ地域 ちいき に位置 いち する国 くに で、首都 しゅと はナイロビである。ナイロビはアフリカ有数 ゆうすう の都市 とし であり、人 ひと 、モノの流 なが れの中心 ちゅうしん 地 ち となっている。東 ひがし アフリカ、あるいは広 ひろ くサハラ以南 いなん のアフリカ(サブサハラ)の中心 ちゅうしん 的 てき 都市 とし として、多 おお くの国際 こくさい 機関 きかん が本部 ほんぶ あるいはアフリカの代表 だいひょう 部 ぶ などを置 お く。2010年 ねん 、アメリカの外交 がいこう 専門 せんもん 誌 し フォーリンポリシーにより、ビジネス活動 かつどう 、人的 じんてき 資源 しげん 、情報 じょうほう 量 りょう 、文化 ぶんか 、政治 せいじ の5項目 こうもく から評価 ひょうか された結果 けっか 、世界 せかい 第 だい 56位 い のグローバル都市 とし に選 えら ばれており、サブサハラではヨハネスブルグに次 つ ぐ第 だい 2位 い である。そのような評価 ひょうか を得 え ているナイロビであるが、その大都市 だいとし にはキベラという世界 せかい 最大 さいだい 級 きゅう のスラムが存在 そんざい し、約 やく 60〜120万 まん 人 にん が生活 せいかつ している。また、2007年 ねん 現在 げんざい 、飢餓 きが 人口 じんこう 比率 ひりつ は30%前後 ぜんこう を推移 すいい しており、サブ=サハラアフリカの平均 へいきん 値 ち と同 どう レベル、あるいは上回 うわまわ っているという事実 じじつ がある。このギャップはどこに原因 げんいん があるのか疑問 ぎもん を持 も ち、本稿 ほんこう ではケニアを事例 じれい に取 と り上 あ げることとした。
私 わたし は大学 だいがく 4年間 ねんかん において、インターンシップやボランティア等 とう での活動 かつどう を通 つう じて、国連 こくれん や各国 かっこく 政府 せいふ 、企業 きぎょう 、NGO等 とう 様々 さまざま な組織 そしき が途上 とじょう 国 こく の経済 けいざい 発展 はってん や、持続 じぞく 可能 かのう な開発 かいはつ を目指 めざ し活動 かつどう を行 おこな っていることを度々 たびたび 実感 じっかん した。様々 さまざま な組織 そしき が類似 るいじ した目的 もくてき や問題 もんだい 意識 いしき を持 も って活動 かつどう をしているのであれば、そうした組織 そしき が連携 れんけい することで、互 たが いの活動 かつどう の長所 ちょうしょ を高 たか めあったり、欠点 けってん を補填 ほてん しあったりすることでよりよい成果 せいか を得 え ることができるのではないだろうか。飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう も同様 どうよう に、様々 さまざま な組織 そしき が連携 れんけい することでより効果 こうか を発揮 はっき できるのではないだろうか。逆 ぎゃく に、連携 れんけい することで互 たが いの長所 ちょうしょ を打 う ち消 け しあう結果 けっか になるかもしれない。そのような結果 けっか にならないためにはどのような連携 れんけい をすべきなのか。そう考 かんが えたことが、「組織 そしき の連携 れんけい のあり方 かた 」を考 かんが えることを本稿 ほんこう のテーマとした理由 りゆう である。
毎年 まいとし 秋 あき に、国際 こくさい 協力 きょうりょく ・国際 こくさい 交流 こうりゅう ・在住 ざいじゅう 外国 がいこく 人 じん 支援 しえん ・環境 かんきょう 保全 ほぜん に関 かん する活動 かつどう を行 おこな っているNGO・NPO、国際 こくさい 機関 きかん 、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、学校 がっこう 、企業 きぎょう 等 とう が一同 いちどう に会 かい し、それぞれの活動 かつどう を広 ひろ く市民 しみん に紹介 しょうかい するとともに、出展 しゅってん 団体 だんたい 同士 どうし が連携 れんけい ・ネットワークを図 はか ることを目的 もくてき に「横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ」というイベントが開催 かいさい されている。私 わたし はそのイベントの運営 うんえい にボランティアスタッフとして5年間 ねんかん 携 たずさ わってきた。このイベントでは出展 しゅってん 団体 だんたい 同士 どうし の連携 れんけい ・ネットワークを図 はか ることを目的 もくてき にしているほか、イベントの運営 うんえい 自体 じたい において、NGO、行政 ぎょうせい が連携 れんけい を取 と っている。
ケニアの事例 じれい のみを本稿 ほんこう のテーマに考 かんが えていたが、もっと自分 じぶん の身近 みぢか なところに"連携 れんけい "の事例 じれい が存在 そんざい することに気 き づいた。それが横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい だった。そこで、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい を本稿 ほんこう に取 と り入 い れ分析 ぶんせき することで、1 ひと つのプロジェクトを策定 さくてい 、実行 じっこう していく際 さい に複数 ふくすう の組織 そしき がどのように連携 れんけい しているのか、連携 れんけい すべきなのかを考察 こうさつ こととする。そして、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう をマクロでの動 うご きとして捉 とら えることで単純 たんじゅん 化 か し、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい を投影 とうえい してそのあり方 かた を考 かんが える。それぞれの事例 じれい において、どのような組織 そしき がどのような目的 もくてき を持 も ってプロジェクトに関 かか わっているのかを明 あき らかにする。
第 だい 1章 しょう では横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタについて、概要 がいよう 、沿革 えんかく を網羅 もうら し、運営 うんえい の状態 じょうたい や変化 へんか について把握 はあく する。NGO、国際 こくさい 機関 きかん 、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、企業 きぎょう 等 とう がどのような活動 かつどう の目的 もくてき を持 も っているか、このフェスタについてどのような評価 ひょうか をしているのかを把握 はあく し、どのようにしてフェスタを作 つく り上 あ げているのかを明 あき らかにする。そして、連携 れんけい のあり方 かた について考 かんが えることとする。
第 だい 2章 しょう では、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう を事例 じれい とする。まずケニアの概要 がいよう 、経済 けいざい 状況 じょうきょう 、農業 のうぎょう 生産 せいさん に関 かか わる現状 げんじょう 、歴史 れきし 的 てき な背景 はいけい など、現在 げんざい のケニアの食糧 しょくりょう 事情 じじょう にまつわる情報 じょうほう を把握 はあく する。そしてそのような状況 じょうきょう の中 なか でどのような組織 そしき がどのような活動 かつどう をしているのかを把握 はあく し、それらの活動 かつどう にどのような長所 ちょうしょ 、短所 たんしょ があるのかを示 しめ す。
第 だい 3章 しょう では、今 いま までの横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタとケニアの事例 じれい を比較 ひかく し、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん のためにどのような活動 かつどう を行 おこ なっていくべきかを考察 こうさつ する。それぞれの組織 そしき が連携 れんけい をとるべきなのか、とるべきであるとするならばどのようにとっていくべきなのか、考察 こうさつ を行 おこな い、最終 さいしゅう 的 てき に提案 ていあん を行 おこな うことを本稿 ほんこう の最終 さいしゅう 目標 もくひょう とする。
本論 ほんろん
1章 しょう 横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける組織 そしき 連携 れんけい
1.横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ概要 がいよう
横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタは、横浜 よこはま および周辺 しゅうへん 地域 ちいき に活動 かつどう 拠点 きょてん を置 お いている、国際 こくさい 協力 きょうりょく 、国際 こくさい 交流 こうりゅう 、在住 ざいじゅう 外国 がいこく 人 じん 支援 しえん に取 と り組 く むNGO/NPO、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、国際 こくさい 機関 きかん 、学校 がっこう 、企業 きぎょう 等 とう の活動 かつどう を市民 しみん に紹介 しょうかい することと、出展 しゅってん 団体 だんたい 同士 どうし が連携 れんけい ・ネットワークを図 はか ることを大 おお きな目的 もくてき として、年 とし に1回 かい 、2日間 にちかん 開催 かいさい されているイベントである。名称 めいしょう には変化 へんか があるが、その母体 ぼたい である「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」が1997年 ねん に開催 かいさい されてから14回 かい 開催 かいさい されている。沿革 えんかく については次項 じこう 目 め で詳 くわ しく見 み ていくこととする。主催 しゅさい 組織 そしき や規模 きぼ についても、その開催 かいさい 年 ねん によって変化 へんか がある。
イベント企画 きかく の中心 ちゅうしん は横浜 よこはま 市内 しない 及 およ びその周辺 しゅうへん 地域 ちいき に活動 かつどう 拠点 きょてん を置 お いているNGO/NPO、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、国際 こくさい 機関 きかん 、学校 がっこう 、企業 きぎょう の出展 しゅってん ブースであり、各 かく 団体 だんたい が来場 らいじょう 者 しゃ に対 たい し活動 かつどう を直接 ちょくせつ PRする場 ば である。その他 た 、セミナーやワークショップの開催 かいさい や、民族 みんぞく 楽器 がっき の演奏 えんそう ・民族 みんぞく 舞踊 ぶよう が披露 ひろう されるステージ企画 きかく 、フェアトレード商品 しょうひん や世界 せかい の料理 りょうり の販売 はんばい など、老若男女 ろうにゃくなんにょ 、幅広 はばひろ い関心 かんしん に対応 たいおう できるような様々 さまざま な企画 きかく が行 おこな われ、来場 らいじょう 者 しゃ の国際 こくさい 協力 きょうりょく や国際 こくさい 交流 こうりゅう への関心 かんしん を深 ふか めることを目指 めざ している。
2.沿革 えんかく
1997年 ねん に「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」が開催 かいさい されてから今年 ことし までの間 あいだ に、毎年 まいとし 、計 けい 14回 かい イベント開催 かいさい されている。その名称 めいしょう は主催 しゅさい 組織 そしき 、開催 かいさい 場所 ばしょ が変化 へんか すると共 とも に変化 へんか しているものの、その母体 ぼたい は同 おな じものとして変化 へんか を続 つづ けている。このイベントは大 おお きく分 わ けて4 よっ つの時期 じき に分 わ けられる。
第 だい 一 いち 期 き は、1997年 ねん に「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」として、このイベントの母体 ぼたい ができた時期 じき である。イベント開催 かいさい は、横浜 よこはま 市 し 国際 こくさい 交流 こうりゅう 協会 きょうかい (YOKE)(3) の活動 かつどう の一環 いっかん として、「NGOネットワーク事業 じぎょう 」という事業 じぎょう が打 う ち上 あ げられ、地域 ちいき (横浜 よこはま 市内 しない )の国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か を図 はか ることで、それらの団体 だんたい の育成 いくせい が図 はか られたことがきっかけで始 はじ まった。そうした事業 じぎょう の一環 いっかん として開催 かいさい されたのが、「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」である。そのため、横浜 よこはま 市 し 国際 こくさい 交流 こうりゅう 協会 きょうかい (以下 いか YOKE)単独 たんどく での主催 しゅさい となっており、規模 きぼ も小 ちい さいものであった。また、その年 とし は、アジア太平洋 たいへいよう 地域 ちいき の都市 とし ・NGOが協力 きょうりょく して活気 かっき あふれる都市 とし 環境 かんきょう づくりを推進 すいしん することを目指 めざ しているアジア太平洋 たいへいよう 都市 とし 間 あいだ 協力 きょうりょく ネットワーク(CITYNET)の総会 そうかい が開催 かいさい されることもあり、イベント開催 かいさい への動 うご きがより高 たか まった。横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい の他 ほか にも、CITYNET総会 そうかい に関連 かんれん したシンポジウム等 とう イベントが開催 かいさい され、横浜 よこはま の国際 こくさい 協力 きょうりょく 系 けい NGOが本格 ほんかく 的 てき に前面 ぜんめん で活動 かつどう をし始 はじ めた年 とし であるということができる。
イベントの継続 けいぞく 開催 かいさい にあたり、1998年 ねん に「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく まつり」と名称 めいしょう が変 か わり、主催 しゅさい 組織 そしき の形態 けいたい が変化 へんか したのが第 だい 二 に 期 き であり、2004年 ねん まで続 つづ く。イベント会場 かいじょう もクイーンズスクエアから、当時 とうじ YOKEが事務所 じむしょ を構 かま えていた産業 さんぎょう 貿易 ぼうえき ホールへと移 うつ し、イベント自体 じたい の規模 きぼ も2001年 ねん には来場 らいじょう 者 しゃ が1万 まん 人 にん を超 こ えるなど、拡大 かくだい をしていった時期 じき である。
第 だい 三 さん 期 き は、「横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ」とし、会場 かいじょう をパシフィコ横浜 ぱしふぃこよこはま に移 うつ し、規模 きぼ が著 いちじる しく拡大 かくだい した時期 じき である。主催 しゅさい 組織 そしき の規模 きぼ も拡大 かくだい し、イベントを運営 うんえい する組織 そしき の複雑 ふくざつ 化 か が見 み られる時期 じき である。また、他 た イベントとの併催 へいさい により、併催 へいさい イベントとの連携 れんけい も見 み られる時期 じき である。2002年 ねん から2009年 ねん にかけての時期 じき である。
第 だい 四 よん 期 き は、「よこはま国際 こくさい フェスタ」とし、2010年 ねん に始 はじ まった。イベントの規模 きぼ 自体 じたい は大 おお きく変 か わらないものの、主催 しゅさい 組織 そしき は1 ひと つのイベントを越 こ えた枠組 わくぐ みとして再 さい 編成 へんせい され、より継続 けいぞく 的 てき な活動 かつどう を担 にな うようになった。会場 かいじょう を象 ぞう の鼻 はな パークへと移 うつ し、1 ひと つの独立 どくりつ したイベントとして体制 たいせい が整 ととの ってくる時期 じき の幕開 まくあ けと捉 とら えることができる。また、第 だい 三 さん 期 き では併催 へいさい という形 かたち で他 た イベントとの連携 れんけい が見 み られたが、今期 こんき は単独 たんどく での開催 かいさい となった。来場 らいじょう 者 しゃ は5万 まん 4000人 にん で、単独 たんどく での開催 かいさい では今 いま までで最 もっと も多 おお い来場 らいじょう 者 しゃ 数 すう を記録 きろく した。
イベント沿革 えんかく
年号 ねんごう
名称 めいしょう
主催 しゅさい
事務 じむ 局 きょく
来場 らいじょう 者 しゃ 数 すう
団体 だんたい 数 すう
ボランティア
会場 かいじょう
1997
横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい
YOKE
YOKE
37団体 だんたい
YOKE
クイーンズ
スクエア
1998
横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく
まつり
YOKE
まつり実行 じっこう 委員 いいん 会 かい
YOKE
YOKE
産業 さんぎょう 貿易 ぼうえき
ホール
1999
YOKE
YOKE
2000
YOKE
10,000人 にん 超 ちょう
YOKE
2001
YOKE
11,000人 にん
YOKE
2002
YOKE
112団体 だんたい
YOKE
2003
YOKE
YOKE
2004
YOKE
YOKE
2005
横浜 よこはま 国際 こくさい
フェスタ
フェスタ
組織 そしき 委員 いいん 会 かい
YOKE
25,000人 にん
238団体 だんたい
フェスタネット
パシフィコ
横浜 よこはま
2006
全体 ぜんたい :YOKE
NGO:YNN
65,000人 にん
254団体 だんたい
フェスタネット
2007
全体 ぜんたい :YOKE
NGO:YNN
73,000人 にん
260団体 だんたい
YNN
2008
全体 ぜんたい :YOKE
NGO:YNN
63,000人 にん
267団体 だんたい
YNN
2009
全体 ぜんたい :YOKE
NGO:YNN
66,000人 にん
279団体 だんたい
e-vo
2010
よこはま国際 こくさい
フェスタ
Yokohama C Plat
運営 うんえい 委員 いいん 会 かい
YNN
54,000人 にん
106団体 だんたい
e-vo
象 ぞう の鼻 はな
パーク
横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい 提供 ていきょう の情報 じょうほう より作成 さくせい
3.連携 れんけい の概観 がいかん
それぞれの4 よっ つ時期 じき にどのような連携 れんけい の中 なか でイベントが開催 かいさい されていたのか、主催 しゅさい 組織 そしき の体制 たいせい の変化 へんか などを中心 ちゅうしん に見 み ていくこととする。
第 だい 一 いち 期 き である「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」は、当時 とうじ 横浜 よこはま 市 し 行政 ぎょうせい の中 なか で国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か を図 はか ろうという動 うご きが起 お こったことから開催 かいさい された。その国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か 推進 すいしん の役割 やくわり を担 にな っていたのがYOKEであり、その関係 かんけい からYOKEが主催 しゅさい という形 かたち での開催 かいさい であった。YOKE単独 たんどく での主催 しゅさい は1997年 ねん のみである。そこに、市内 しない で活動 かつどう しているNGOが出展 しゅってん するという形 かたち でイベントに関 かか わっていた。NGOがこの規模 きぼ で一同 いちどう に会 かい するのは横浜 よこはま 市内 しない では初 はじ めての出来事 できごと であった。また、市民 しみん がボランティアとしてイベント開催 かいさい に携 たずさ わった。市民 しみん ボランティアの受 う け入 い れは現在 げんざい まで継続 けいぞく していることであり、その管理 かんり は時期 じき ごとに変化 へんか した。第 だい 一 いち 期 き では、NGO/NPOの活動 かつどう を促進 そくしん しようとする動 うご きが行政 ぎょうせい の中 なか であり、その動 うご きに対 たい してNGO/NPOが少 すこ しずつ活動 かつどう の幅 はば を広 ひろ げていった。行政 ぎょうせい が国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい の活動 かつどう を評価 ひょうか し始 はじ めた時期 じき であるというところが、この時期 じき の注目 ちゅうもく すべき点 てん である。
第 だい 二 に 期 き である、「よこはま国際 こくさい 協力 きょうりょく まつり」は、YOKEでの単独 たんどく 開催 かいさい ではなく、「まつり実行 じっこう 委員 いいん 会 かい 」という形 かたち で実行 じっこう 委員 いいん 会 かい が組織 そしき され、実行 じっこう 委員 いいん 会 かい とYOKEの共催 きょうさい として開催 かいさい された。委員 いいん 会 かい は前年 ぜんねん にイベントに関 かか わったNGOなどのスタッフが団体 だんたい から派遣 はけん される形 かたち で構成 こうせい された。このイベントの特徴 とくちょう は、YOKEとNGOスタッフの共催 きょうさい という形 かたち をとっていたが、実質 じっしつ 的 てき な実行 じっこう 力 りょく はYOKEにあるという点 てん であった。例 たと えば、全体 ぜんたい の事務 じむ 局 きょく はYOKEが全 すべ て担 にな っており、市民 しみん ボランティアスタッフの受 う け入 い れ、管理 かんり もYOKEが担 にな っていた。それは、前年 ぜんねん のYOKE単独 たんどく 開催 かいさい と比較 ひかく し、主催 しゅさい 組織 そしき の中 なか にNGOのメンバーが加 くわ わったのは大 おお きな変化 へんか ではあったが、当時 とうじ のNGOには現在 げんざい に比 くら べ社会 しゃかい に対 たい する影響 えいきょう 力 りょく がまだまだ弱 よわ く、行政 ぎょうせい の力 ちから がイベント開催 かいさい に大 おお きな力 ちから を持 も っていたということである。この「まつり実行 じっこう 委員 いいん 会 かい 」による開催 かいさい が2004年 ねん まで続 つづ くが、その間 あいだ も実行 じっこう 委員 いいん 会 かい の体制 たいせい は変化 へんか を続 つづ けた。
その中 なか での大 おお きな変化 へんか として、2001年 ねん に、非 ひ 営利 えいり 法人 ほうじん である(特 とく 活 かつ )横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい (YNN)が結成 けっせい された点 てん である。横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい (以下 いか YNN)の活動 かつどう 目的 もくてき は、これまでのイベントなどを通 とお して交流 こうりゅう のあった横浜 よこはま や神奈川 かながわ 県内 けんない の国際 こくさい 協力 きょうりょく ・国際 こくさい 交流 こうりゅう ・在住 ざいじゅう 外国 がいこく 人 じん 支援 しえん に関 かん する活動 かつどう を行 おこ なっているNGOのネットワーク化 か を推進 すいしん 、その調整 ちょうせい を行 おこな うことである。YNNはその後 ご 、現在 げんざい に至 いた るまでこのイベント運営 うんえい の中心 ちゅうしん で活動 かつどう をしている。また、イベントの運営 うんえい だけでなく、NGOを立 た ち上 あ げたい人 ひと 、スタッフとしてNGOに所属 しょぞく したい人 ひと 、NGOの活動 かつどう に関 かん する相談 そうだん や、フォーラムなどの開催 かいさい によりNGO/NPOの情報 じょうほう 交換 こうかん の場 ば の提供 ていきょう などを行 おこな うことで、NGO/NPO活動 かつどう の促進 そくしん や、ネットワーク化 か の促進 そくしん に寄与 きよ している。
もう1 ひと つの大 おお きな変化 へんか として、2003年 ねん から実行 じっこう 委員 いいん 会 かい の中 なか に、前年 ぜんねん までイベントに参加 さんか していた市民 しみん ボランティアが加 くわ わるようになった。これにより、YOKEをはじめとする行政 ぎょうせい 、YNNなどのNGO、加 くわ えて市民 しみん ボランティアの連携 れんけい がイベントの開催 かいさい を支 ささ える体制 たいせい が構築 こうちく された。「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく まつり」期 き は、「横浜 よこはま 国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい 」期 き のYOKEの単独 たんどく での開催 かいさい から、NGOスタッフや市民 しみん ボランティアが運営 うんえい に加 くわ わり、さらにその連携 れんけい の中 なか でNGOのネットワーク化 か を目指 めざ した横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい (以下 いか YNN)が誕生 たんじょう するなど、組織 そしき の複雑 ふくざつ 化 か が進 すす んだ期間 きかん であると位置 いち づけることができる。ここで特筆 とくひつ すべき点 てん は、YNNの誕生 たんじょう により、国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か の推進 すいしん を、そのきっかけを作 つく った行政 ぎょうせい が担 にな い続 つづ けるのではなく、NGOが自 みずか らその役割 やくわり を果 は たすようになったということである。このことは、NGO活動 かつどう が行政 ぎょうせい からの自立 じりつ を始 はじ め、社会 しゃかい の中 なか での活動 かつどう を自分 じぶん 達 たち の手 て で切 き り開 ひら けるようになってきたことを意味 いみ する。また、行政 ぎょうせい とNGOの活動 かつどう の中 なか に市民 しみん が主体 しゅたい 的 てき な参加 さんか をするようになったことも大 おお きな変化 へんか である。
2005年 ねん になってからの5年間 ねんかん は、「横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ」と名 な を改 あらた め、主催 しゅさい も「横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ組織 そしき 委員 いいん 会 かい 」となり体制 たいせい が変化 へんか した。「まつり実行 じっこう 委員 いいん 会 かい 」はYOKEと各 かく NGOのスタッフ、市民 しみん ボランティアと個人 こじん 単位 たんい での所属 しょぞく となっていたが、組織 そしき 委員 いいん 会 かい へと変化 へんか した後 のち は、フェスタ開催 かいさい に関 かか わる組織 そしき が委員 いいん 会 かい への所属 しょぞく をするようになり、委員 いいん 会 かい 自体 じたい の規模 きぼ も拡大 かくだい した。ここでの注目 ちゅうもく すべき点 てん は、今 いま までの市 し の行政 ぎょうせい とNGO、市民 しみん との連携 れんけい に、JICA横浜 よこはま をはじめとする国 くに の行政 ぎょうせい 、民間 みんかん 企業 きぎょう であるパシフィコ横浜 ぱしふぃこよこはま が加 くわ わり、さらにその連携 れんけい が複雑 ふくざつ 化 か したことである。また、これまでYOKEがイベント開催 かいさい に当 あ たり事務 じむ 局 きょく を担 にな ってきたが、2006年 ねん より、NGO/NPO担当 たんとう の事務 じむ 局 きょく をYNNが担 にな うようになったのも大 おお きな変化 へんか の1 ひと つである。もう1点 てん 、市民 しみん ボランティアの管理 かんり にもこの時期 じき に変化 へんか が見 み られる。1997年 ねん から続 つづ けてきた市民 しみん ボランティアスタッフの受 う け入 い れはYOKEが管理 かんり してきたが、この年 とし に「フェスタネット」という名称 めいしょう で、イベントのためのボランティア組織 そしき が誕生 たんじょう し、実行 じっこう 委員 いいん 会 かい にも所属 しょぞく した。フェスタネットはNGOメンバーと市民 しみん ボランティアで構成 こうせい されており、今 いま までYOKEが担 にな っていた、市民 しみん ボランティアスタッフの受 う け入 い れや管理 かんり を引 ひ き継 つ ぎ、他 ほか にもイベント内 ない での企画 きかく 提案 ていあん やその運営 うんえい を担 にな った。しかしその後 ご フェスタネットは活動 かつどう を縮小 しゅくしょう させ、2007年 ねん には事実 じじつ 上 じょう の解散 かいさん 、2008年 ねん には実行 じっこう 委員 いいん 会 かい から脱退 だったい をした。その後 ご 、市民 しみん ボランティアスタッフの受 う け入 い れ、管理 かんり などは一 いち 手 て にYNNが引 ひ き継 つ いだ。そして、2009年 ねん に、「横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ(2005年 ねん 〜2009年 ねん における名称 めいしょう )」のイベントを中心 ちゅうしん に活動 かつどう を行 おこ なうボランティアの組織 そしき 、「e-vo」が誕生 たんじょう した。フェスタネットとe-voの誕生 たんじょう は、新 あら たな組織 そしき としてボランティア受 う け入 い れの枠組 わくぐ みができたことで、ボランティアの活動 かつどう がよりイベント内 ない で独立 どくりつ したものとなり、その活動 かつどう はイベント開催 かいさい の手伝 てつだ いといったものではなく、イベント開催 かいさい に積極 せっきょく 的 てき に関 かか わっていくような体制 たいせい へと変化 へんか をしていった。
「よこはま国際 こくさい フェスタ2010」の開催 かいさい により幕 まく を開 あ けた第 だい 四 よん 期 き では、主催 しゅさい 組織 そしき が「よこはま国際 こくさい 協力 きょうりょく ・国際 こくさい 交流 こうりゅう プラットフォーム(Yokohama C plat)運営 うんえい 委員 いいん 会 かい (以下 いか Cプラット)」となり、再 ふたた び変化 へんか が見 み られる。横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ組織 そしき 委員 いいん 会 かい とCプラットの大 おお きな違 ちが いは、組織 そしき 委員 いいん 会 かい は年 とし に2日 にち 行 おこな われるイベントの運営 うんえい のために活動 かつどう を行 おこ なってきたが、Cプラットは、イベントの運営 うんえい を活動 かつどう の中心 ちゅうしん とはするものの、セミナー企画 きかく をイベントから切 き り離 はな して別 べつ の機会 きかい に開催 かいさい することや、国際 こくさい 協力 きょうりょく ・国際 こくさい 交流 こうりゅう 系 けい 団体 だんたい のポータルサイトの運営 うんえい 、市民 しみん ボランティアの活動 かつどう 促進 そくしん のためのセミナーの実施 じっし など、活動 かつどう の幅 はば を広 ひろ げ、年間 ねんかん を通 つう じた継続 けいぞく 的 てき な活動 かつどう を行 おこ なうようになったところにある。また、今 いま までYOKEがその役割 やくわり を担 にな ってきた事務 じむ 局 きょく を、YNNが担 にな うようになったことも大 おお きく変化 へんか した点 てん として挙 あ げることができる。継続 けいぞく 的 てき な活動 かつどう を行 おこ なうことで組織 そしき としての安定 あんてい 性 せい が増 ま すと共 とも に、YNNが事務 じむ 局 きょく を担 にな うようになることにより、行政 ぎょうせい による開催 かいさい から、NGOによるイベント運営 うんえい へと変化 へんか してきたのが今年 ことし からの特徴 とくちょう である。また、今 いま まで予算 よさん は市 し から大 だい 部分 ぶぶん が捻出 ひねりだ されていたが、今年 ことし からはイベント開催 かいさい のために組織 そしき が市 し から独立 どくりつ した形 かたち で助成 じょせい 金 きん の交付 こうふ を受 う け、開催 かいさい に踏 ふ み切 き ったことである。名実 めいじつ 共 ども に行政 ぎょうせい からの独立 どくりつ を進 すす めたということができる。もう1 ひと つの変化 へんか は、前述 ぜんじゅつ の通 とお り、第 だい 三 さん 期 き は併催 へいさい という形 かたち で他 た イベントとの連携 れんけい がみられたが、今年 ことし はそういった連携 れんけい ではなく、イベント内 ない の企画 きかく の中 なか で、地元 じもと の企業 きぎょう や市民 しみん 活動 かつどう 団体 だんたい との連携 れんけい が見 み られた。
ここまでのところで、各 かく 時期 じき においてどのような連携 れんけい の変化 へんか が見 み られたかということに着目 ちゃくもく したが、ここでわかることは、年 とし を重 かさ ねるに連 つ れ、1 ひと つのイベントを母体 ぼたい に組織 そしき 間 あいだ の関係 かんけい 性 せい が変 か わるということ、また、NGOが行政 ぎょうせい から独立 どくりつ をし、自分 じぶん 達 たち の活動 かつどう の幅 はば を広 ひろ げているという事例 じれい として取 と り上 あ げることができる。
4.各 かく 組織 そしき の目的 もくてき とその評価 ひょうか
イベント開催 かいさい に携 たずさ わっている諸 しょ 団体 だんたい のイベント開催 かいさい 、参加 さんか の目的 もくてき やその評価 ひょうか を把握 はあく し、連携 れんけい 関係 かんけい がそれぞれの団体 だんたい の間 あいだ でどのように成 な り立 た っているのかの考察 こうさつ を行 おこな う。
(1)主催 しゅさい 組織 そしき
主催 しゅさい 組織 そしき の目的 もくてき はイベントの開催 かいさい に限 かぎ るが、そのイベント開催 かいさい の目的 もくてき にも変化 へんか がある。
上記 じょうき の通 とお り、当初 とうしょ は横浜 よこはま 市 し が市内 しない で活動 かつどう を行 おこ なっている国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か を図 はか ることが目的 もくてき でこのイベントが企画 きかく された。ネットワークが進 すす むことで、団体 だんたい 間 あいだ での情報 じょうほう 交換 こうかん や協力 きょうりょく 関係 かんけい の強化 きょうか が進 すす み、互 たが いの団体 だんたい の育成 いくせい に結 むす びつき、そうした団体 だんたい の活動 かつどう が活発 かっぱつ 化 か されることでより世界 せかい に開 ひら かれたまちづくりへとつながっていくと考 かんが えられたからである。その目的 もくてき はイベントの中 なか である程度 ていど の団体 だんたい 通 どお しのつながりができていく中 なか で変化 へんか した。YNNが作 つく られたのがその証 あかし であると考 かんが えている。今 いま までネットワーク化 か の推進 すいしん を図 はか るものであったが、現在 げんざい ではさらにそのネットワークがよりよく機能 きのう することがYNNの活動 かつどう 目的 もくてき の重要 じゅうよう な部分 ぶぶん を占 し めるようになったからである。
イベント自体 じたい の現在 げんざい の目的 もくてき は、横浜 よこはま および周辺 しゅうへん 地域 ちいき に活動 かつどう 拠点 きょてん を置 お いている、国際 こくさい 協力 きょうりょく 、国際 こくさい 交流 こうりゅう 、在住 ざいじゅう 外国 がいこく 人 じん 支援 しえん に取 と り組 く むNGO/NPO、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、国際 こくさい 機関 きかん 、学校 がっこう 、企業 きぎょう 等 とう の活動 かつどう を市民 しみん に紹介 しょうかい することである。NGOなどの国際 こくさい 協力 きょうりょく を行 おこな う側 がわ の体制 たいせい を整 ととの えるという目的 もくてき から、そういった団体 だんたい が一般 いっぱん の市民 しみん に投 な げかけるような目的 もくてき へと進化 しんか をしている。これは、国際 こくさい 協力 きょうりょく を行 おこな う側 がわ の体制 たいせい がある程度 ていど 整 ととの ってきて、次 つぎ の段階 だんかい へと進 すす んだことを意味 いみ する。今 いま まで内部 ないぶ でのやりとりに重点 じゅうてん が置 お かれていたものが、外部 がいぶ への発信 はっしん へと変化 へんか したことで、イベント開催 かいさい の意義 いぎ が、社会 しゃかい の中 なか でより大 おお きなものへと進化 しんか したということができる。また、主催 しゅさい 組織 そしき を構成 こうせい しているそれぞれの団体 だんたい の存在 そんざい や活動 かつどう をより多 おお くの市民 しみん に知 し ってもらうことで、市民 しみん の国際 こくさい 協力 きょうりょく ・国際 こくさい 交流 こうりゅう への興味 きょうみ を引 ひ き出 だ させるとともに、問題 もんだい 提起 ていき を行 おこな うことで、より国際 こくさい 的 てき な活動 かつどう が活発 かっぱつ 化 か することも大 おお きな目的 もくてき の1 ひと つとしている。
主催 しゅさい 組織 そしき はイベント開催 かいさい の評価 ひょうか をいくつかの方法 ほうほう で行 おこな っている。1 ひと つは、アンケート調査 ちょうさ である。来場 らいじょう 者 しゃ に対 たい するアンケートで、イベントの企画 きかく 自体 じたい の直接的 ちょくせつてき な評価 ひょうか を得 え る。また、出展 しゅってん 団体 だんたい 、市民 しみん ボランティアへのアンケートを実施 じっし することで、イベント運営 うんえい に関 かん する評価 ひょうか を得 え る。もう1 ひと つ、来場 らいじょう 者 しゃ 数 すう のカウントを行 おこな い、どれだけ多 おお くの市民 しみん に国際 こくさい 協力 きょうりょく についての活動 かつどう を広 ひろ められているかということの指標 しひょう としている。また、収支 しゅうし を見 み て経済 けいざい 的 てき な面 めん での評価 ひょうか を行 おこな っている。重要 じゅうよう 視 し しているのは来場 らいじょう 者 しゃ へのアンケートと出展 しゅってん 団体 だんたい へのアンケートであり、イベント開催 かいさい へのニーズをここから把握 はあく し、次回 じかい への課題 かだい として毎年 まいとし イベントを進化 しんか させてきた。
(2)出展 しゅってん 団体 だんたい
いくつかの出展 しゅってん 団体 だんたい へのヒアリングを行 おこな い、イベント参加 さんか が活動 かつどう にどう影響 えいきょう をしているのかの把握 はあく をする。
バオバブの会 かい
1999年 ねん から個人 こじん での活動 かつどう を開始 かいし し、2008年 ねん に組織 そしき としての活動 かつどう を開始 かいし 、2005年 ねん から6回 かい にわたって横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタへの出展 しゅってん を行 おこな っている団体 だんたい である。セネガルの小学校 しょうがっこう への教育 きょういく に関 かか わる物資 ぶっし の支援 しえん を行 おこな っている。日本 にっぽん で資金 しきん を集 あつ め、セネガルの小学校 しょうがっこう から要望 ようぼう のあった物資 ぶっし を提供 ていきょう するほか、図書館 としょかん の建設 けんせつ 、現地 げんち 教師 きょうし への支援 しえん など、セネガルの教育 きょういく の現状 げんじょう を改善 かいぜん しようと活動 かつどう を行 おこ なっている。イベントへの参加 さんか を始 はじ めたのは、当時 とうじ 個人 こじん でセネガルへの支援 しえん を行 おこな っていた現在 げんざい の代表 だいひょう が、個人 こじん では十分 じゅうぶん な支援 しえん をできないと限界 げんかい を感 かん じ、知人 ちじん に協力 きょうりょく を求 もと め、活動 かつどう の規模 きぼ を徐々 じょじょ に拡大 かくだい している時期 じき であった。知人 ちじん の紹介 しょうかい でイベントの存在 そんざい を知 し り、支援 しえん を行 おこな うための資金 しきん を得 え るために出展 しゅってん を始 はじ めた。イベント出展 しゅってん の目的 もくてき は、一番 いちばん は現在 げんざい も変 か わらず、活動 かつどう 資金 しきん を得 え るためにセネガルの料理 りょうり やアフリカの商品 しょうひん を販売 はんばい することである。活動 かつどう 資金 しきん を得 え ることは、経済 けいざい 的 てき に支援 しえん の持続 じぞく を行 おこな っていくために重要 じゅうよう なこととである。その他 た 目的 もくてき としては、セネガルの文化 ぶんか や団体 だんたい の活動 かつどう を紹介 しょうかい することで多 おお くの市民 しみん に理解 りかい してもらうこと、会員 かいいん や協力 きょうりょく 者 しゃ を増 ふ やすこと、出展 しゅってん 団体 だんたい 同士 どうし のコミュニケーションの中 なか で活動 かつどう に関 かん する情報 じょうほう 交換 こうかん を行 おこな うことである。実際 じっさい にこのイベントで活動 かつどう 資金 しきん を得 え て、現地 げんち への支援 しえん を行 おこな っている。イベント当日 とうじつ の料理 りょうり や商品 しょうひん の売 う り上 あ げが直接的 ちょくせつてき なイベントの評価 ひょうか へとつながる。売 う り上 あ げのほかにも、イベント内 ない での人 ひと とのやり取 と りを大切 たいせつ にし、活動 かつどう へのインセンティブへとつなげていることを評価 ひょうか している。
ピース・オブ・ケニア
2009年 ねん に活動 かつどう を始 はじ めた新 あたら しい団体 だんたい で、青年 せいねん 海外 かいがい 協力 きょうりょく 隊 たい でケニアでの活動 かつどう を終 お えたOBがそのメンバーである。現地 げんち でのプロジェクトにより生 う まれた自立 じりつ 支援 しえん グループなどを協力 きょうりょく 隊 たい の任期 にんき が終了 しゅうりょう した後 のち も継続 けいぞく 的 てき に支援 しえん をするために活動 かつどう を行 おこ なっている。具体 ぐたい 的 てき には、自立 じりつ 支援 しえん グループなどで生産 せいさん された手 て 工芸 こうげい 品 ひん などの製品 せいひん を日本 にっぽん に輸入 ゆにゅう し販売 はんばい 、その売 う り上 あ げを現地 げんち に送 おく ることで、現地 げんち の人 ひと が現金 げんきん 収入 しゅうにゅう を得 え ることができるというものである。今後 こんご BOPビジネスとして経済 けいざい 的 てき に持続 じぞく できる体制 たいせい を目指 めざ している。活動 かつどう 当初 とうしょ は知人 ちじん の雑貨 ざっか 店 てん 等 とう にそうした製品 せいひん の販売 はんばい をお願 ねが いしていたが、メンバーが販路 はんろ の1 ひと つとしてこのイベントの存在 そんざい を見 み つけ出 だ したのが、出展 しゅってん のきっかけである。前述 ぜんじゅつ の通 とお り、販路 はんろ 拡大 かくだい のチャンスの1 ひと つとしてこのイベントへの出展 しゅってん をしている。よって、イベント参加 さんか への評価 ひょうか は、売 う り上 あ げを大 おお きな基準 きじゅん としている。活動 かつどう を持続 じぞく させるための1 ひと つの重要 じゅうよう な機会 きかい である。
国連 こくれん 世界 せかい 食糧 しょくりょう 農業 のうぎょう 機関 きかん (FAO)日本 にっぽん 事務所 じむしょ
国際 こくさい 連合 れんごう の専門 せんもん 機関 きかん であるFAOは、人々 ひとびと が健全 けんぜん で活発 かっぱつ な生活 せいかつ をおくるために十分 じゅうぶん な量 りょう ・質 しつ の食料 しょくりょう への定期 ていき 的 てき アクセスを確保 かくほ し、すべての人々 ひとびと の食料 しょくりょう 安全 あんぜん 保障 ほしょう を達成 たっせい することが活動 かつどう の大 おお きな目的 もくてき である。日本 にっぽん 事務所 じむしょ を横浜 よこはま に構 かま え、アジア圏 けん とローマ本部 ほんぶ の連絡 れんらく 事務所 じむしょ としての役割 やくわり 、日本 にっぽん 政府 せいふ とFAOの活動 かつどう の連絡 れんらく 調整 ちょうせい を担 にな うや役割 やくわり を果 は たしている。国内 こくない での活動 かつどう の目的 もくてき としては、世界 せかい の食料 しょくりょう 安全 あんぜん 保障 ほしょう に関 かん する情報 じょうほう 提供 ていきょう やFAOの活動 かつどう 紹介 しょうかい を行 おこな うことで、より多 おお くの市民 しみん の認識 にんしき の向上 こうじょう を目指 めざ すことを挙 あ げることができる。イベント参加 さんか はイベント初期 しょき の段階 だんかい から継続 けいぞく しており、横浜 よこはま で活動 かつどう を行 おこ なう国際 こくさい 機関 きかん として、その活動 かつどう のPRを行 おこな うこと、また、募金 ぼきん や署名 しょめい 活動 かつどう など、現地 げんち の活動 かつどう へとつながる活動 かつどう を行 おこ なうことを目的 もくてき としている。
以上 いじょう のことから、出展 しゅってん 団体 だんたい には大 おお きく2 ふた つの目的 もくてき があり、このイベントへ出展 しゅってん している。その1 ひと つ目 め が活動 かつどう 資金 しきん や会員 かいいん を得 え ることである。各 かく 団体 だんたい の活動 かつどう に直接 ちょくせつ 結 むす びつく点 てん であり、売 う り上 あ げとして成果 せいか が目 め に見 み える形 かたち で現 あらわ れる。出展 しゅってん 料 りょう を支払 しはら ってイベントに出展 しゅってん をしているため、現地 げんち での活動 かつどう を支 ささ えるためには、その出展 しゅってん 料 りょう 以上 いじょう の売 う り上 あ げが必要 ひつよう になる。そのためには、各 かく 団体 だんたい がそれぞれで販売 はんばい 活動 かつどう を促進 そくしん させる必要 ひつよう がある。2 ふた つ目 め は、活動 かつどう 地 ち の現状 げんじょう などの情報 じょうほう 提供 ていきょう や、団体 だんたい の活動 かつどう PRを行 おこ なうことである。興味 きょうみ を引 ひ き出 だ し、直接 ちょくせつ 活動 かつどう に加 くわ わるメンバーの確保 かくほ も大 おお きな目的 もくてき の1 ひと つであるが、同時 どうじ に、市民 しみん の問題 もんだい 意識 いしき の向上 こうじょう を目的 もくてき とし、そこから世界中 せかいじゅう に存在 そんざい する課題 かだい や問題 もんだい を改善 かいぜん の方向 ほうこう へと導 みちび くことも目的 もくてき の1 ひと つである。イベントの主催 しゅさい 組織 そしき にとって、出展 しゅってん 団体 だんたい の活動 かつどう 促進 そくしん がイベント開催 かいさい の大 おお きな目的 もくてき であり、多 おお くの団体 だんたい が出展 しゅってん することで様々 さまざま な国 くに や分野 ぶんや に関 かん する情報 じょうほう が集 あつ まり、イベントの魅力 みりょく が増 ま すため、団体 だんたい が出展 しゅってん し、活動 かつどう をより多 おお くの市民 しみん にPRできる場 ば を作 つく ることが重要 じゅうよう である。そこで、出展 しゅってん 団体 だんたい の活動 かつどう にイベント出展 しゅってん が負担 ふたん になるようなことがないように、それぞれの活動 かつどう が十分 じゅうぶん に行 くだり なえるように売 う り上 あ げが出 で るような工夫 くふう が必要 ひつよう になってくる。
(3)企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい (2010年 ねん )
前述 ぜんじゅつ の通 とお り、よこはま国際 こくさい フェスタ2010では行政 ぎょうせい 、企業 きぎょう など様々 さまざま な組織 そしき が出展 しゅってん とは違 ちが う部分 ぶぶん での企画 きかく に対 たい し協力 きょうりょく を行 おこな い、イベントを形成 けいせい していた。それらの団体 だんたい とイベントの関係 かんけい 性 せい を把握 はあく し、イベントと外部 がいぶ との連携 れんけい についての考察 こうさつ を行 おこな う。
水道局 すいどうきょく
例年 れいねん 、行政 ぎょうせい の1 ひと つの組織 そしき として出展 しゅってん を行 おこな っているが、今年 ことし はそれに加 くわ え、屋外 おくがい の給排水 きゅうはいすい のない会場 かいじょう での開催 かいさい ということで、災害 さいがい 時 じ などに出動 しゅつどう する給水 きゅうすい 車 しゃ の派遣 はけん を買 か って出 で た。イベント成功 せいこう を願 ねが い協力 きょうりょく を許可 きょか した面 めん もあるが、もう1 ひと つ、災害 さいがい 時 じ にこのような給水 きゅうすい 車 しゃ を派遣 はけん するという活動 かつどう も行 おこな っているという水道局 すいどうきょく の活動 かつどう PRの場 ば として、好機 こうき だったこともある。そこで、会場 かいじょう 内 ない では、給水 きゅうすい 車 しゃ を目立 めだ つところに配置 はいち し、パフォーマンスの1 ひと つとしての派遣 はけん という要素 ようそ も強 つよ めている。これにより、水道局 すいどうきょく で販売 はんばい している飲料 いんりょう 水 すい の売 う り上 あ げが例年 れいねん に比 くら べ上昇 じょうしょう したという事実 じじつ がある。
京浜 けいひん フェリーボート
みなとみらい地区 ちく で遊覧 ゆうらん 船 せん でのクルーズなどを手 て がけている企業 きぎょう である。今年 ことし はイベント内 ない でクルーズを行 おこな う企画 きかく が提案 ていあん され、その企画 きかく に対 たい し、全面 ぜんめん 的 てき な協力 きょうりょく を行 おこな った。定価 ていか に比 くら べ安価 あんか でのサービスの提供 ていきょう を行 おこな ったが、今 いま までクルーズの存在 そんざい を知 し らなかった市民 しみん に、その存在 そんざい や魅力 みりょく をこの機会 きかい により広 ひろ く知 し ってもらいたいというところから協力 きょうりょく 体制 たいせい を構築 こうちく した。実際 じっさい に当日 とうじつ は一般 いっぱん の来場 らいじょう 者 しゃ や出展 しゅってん 団体 だんたい のメンバーからも人気 にんき を博 はく し、2日間 にちかん で6本 ほん だった便 びん を大幅 おおはば に増便 ぞうびん させるほどの盛況 せいきょう ぶりであった。
ポートサイドステーション/横浜 よこはま 市民 しみん 放送 ほうそう 局 きょく
みなとみらい地区 ちく で、横浜 よこはま 市内 しない のイベントなどの様子 ようす を、インターネットを媒介 ばいかい とし生 せい 中継 ちゅうけい などを行 おこな うことで、地域 ちいき の情報 じょうほう 発信 はっしん などを行 おこな っている企業 きぎょう である。イベントでは今年 ことし 初 はじ めて市民 しみん ボランティアスタッフによるインターネット生 せい 中継 ちゅうけい が企画 きかく され、共同 きょうどう でその企画 きかく を提案 ていあん 、運営 うんえい を行 おこな うことで協力 きょうりょく を行 おこな った。市民 しみん 放送 ほうそう 局 きょく が多 おお くの市民 しみん に認知 にんち してもらえる好機 こうき であると同時 どうじ に、市民 しみん 自 みずか ら生 なま 中継 ちゅうけい を行 おこな う企画 きかく に携 たずさ わることで、市民 しみん による情報 じょうほう 発信 はっしん の促進 そくしん を図 はか ることができる。
ダスキン
イベント資材 しざい のレンタルを行 おこな っている企業 きぎょう で、テントやステージなどのレンタルを請 う け負 お った。基本 きほん 的 てき には、主催 しゅさい 組織 そしき がダスキンの大 おお きな顧客 こきゃく としての存在 そんざい で、一般 いっぱん 的 てき な民間 みんかん 企業 きぎょう のサービスを受 う けたことになるのだが、ダスキンはCSRに積極 せっきょく 的 てき な企業 きぎょう であることでも知 し られ、イベント開催 かいさい に当 あ たり全面 ぜんめん 的 てき な協力 きょうりょく 体制 たいせい で商談 しょうだん を進 すす めた。主催 しゅさい 組織 そしき が抱 かか える、会場 かいじょう の給水 きゅうすい 排水 はいすい 設備 せつび などのハード面 めん での課題 かだい に対 たい し、解決 かいけつ のための提案 ていあん を積極 せっきょく 的 てき に行 おこな い、技術 ぎじゅつ 的 てき な面 めん からイベントを支 ささ えた。一方 いっぽう で、今 いま までダスキンにノウハウがない部分 ぶぶん の提案 ていあん を主催 しゅさい 組織 そしき が行 おこな うことで、ダスキン側 がわ に新 あら たなノウハウが生 う まれ、今後 こんご の企業 きぎょう の活動 かつどう に対 たい してもプラスになるような商談 しょうだん であったということもできる。今後 こんご 、このイベントでの協力 きょうりょく 体制 たいせい を、イベント内 ない でPRするようなことがあれば、それは企業 きぎょう のCSRをPRすることとなり、社会 しゃかい に対 たい する理念 りねん を市民 しみん に伝 つた えていく機会 きかい につながっていくことと考 かんが える。
以上 いじょう の点 てん から、主 おも に地元 じもと 企業 きぎょう が企画 きかく への協力 きょうりょく を行 おこな い、イベントとの連携 れんけい をとっていることがわかる。その協力 きょうりょく には、イベント成功 せいこう を願 ねが うものと、それぞれの組織 そしき にとってなんらかの意図 いと やプラスに転 てん じる要素 ようそ があり、連携 れんけい 関係 かんけい が成 な り立 た っていることが分 わ かる。今後 こんご も継続 けいぞく 的 てき に連携 れんけい を続 つづ けていくのであれば、その都度 つど ある程度 ていど の成果 せいか を出 だ し、相互 そうご にプラスとなるような側面 そくめん を持 も ち続 つづ ける必要 ひつよう がある。
ここまで様々 さまざま な団体 だんたい がイベントに対 たい しどのようなニーズを持 も っているのかを見 み てきたが、ここで共通 きょうつう していえることは、イベントを成立 せいりつ させている各 かく 団体 だんたい の間 あいだ の関係 かんけい は、一方 いっぽう 的 てき な協力 きょうりょく 関係 かんけい というより、双方 そうほう にとってなんらかのプラス要素 ようそ があり、その実現 じつげん がイベントでなされているということである。
それぞれのイベント内 ない での関係 かんけい 性 せい をまとめると上 うえ のような図 ず になる。新 あら たにスポンサー、一般 いっぱん 来場 らいじょう 者 しゃ の存在 そんざい を加 くわ えた。2010年 ねん の開催 かいさい では今 いま までの市 し の予算 よさん での開催 かいさい から、外部 がいぶ 機関 きかん の助成 じょせい 金 きん からの調達 ちょうたつ へと変化 へんか した。来年度 らいねんど からの助成 じょせい 金 きん の交付 こうふ を受 う けるには、イベントとしての一定 いってい の成果 せいか を挙 あ げ、助成 じょせい 金 きん を受 う けるだけの価値 かち があることを示 しめ す必要 ひつよう がある。また、このイベントの最 もっと も大 おお きな目的 もくてき は市民 しみん による国際 こくさい 協力 きょうりょく 活動 かつどう の促進 そくしん である。彼 かれ らに、国際 こくさい 協力 きょうりょく や国際 こくさい 交流 こうりゅう に関 かん する情報 じょうほう や、外国 がいこく 製品 せいひん や料理 りょうり 、ステージなどによる文化 ぶんか 交流 こうりゅう の場 ば を提供 ていきょう することで、より多 おお くの市民 しみん が国際 こくさい 協力 きょうりょく への興味 きょうみ や理解 りかい を深 ふか め、そういった活動 かつどう に携 たずさ わるようになることを目指 めざ している。よって、この連携 れんけい の中 なか の諸 しょ 組織 そしき にとって一番 いちばん 重要 じゅうよう な存在 そんざい なのは来場 らいじょう 者 しゃ である一般 いっぱん 市民 しみん なのである。一般 いっぱん 市民 しみん は、このイベントに参加 さんか し、興味 きょうみ を持 も ったり、何 なん らかの活動 かつどう に携 たずさ わるようになることでこの連携 れんけい の中 なか での役割 やくわり を果 は たすことになる。
5.連携 れんけい の分析 ぶんせき 、そのあり方 かた 、課題 かだい
前 ぜん 項目 こうもく で、それぞれの組織 そしき がどのような目的 もくてき でどのような形 かたち でイベントに関 かか わってきているのかということを把握 はあく してきた。そこでわかったことは、イベント内 ない でのそれぞれの組織 そしき の目的 もくてき や活動 かつどう は、行政 ぎょうせい 、NGO、国際 こくさい 機関 きかん 、企業 きぎょう といった組織 そしき の法人 ほうじん 格 かく や性質 せいしつ の違 ちが いではなく、主催 しゅさい なのか、出展 しゅってん している団体 だんたい なのか、企画 きかく 協力 きょうりょく なのかといったイベント内 ない での立場 たちば の違 ちが いによって異 こと なってくるということである。主催 しゅさい 組織 そしき 、出展 しゅってん 団体 だんたい にはそれぞれNGOや行政 ぎょうせい の組織 そしき が存在 そんざい しているが、イベントに対 たい する目的 もくてき は異 こと なったものであり、イベントに対 たい する評価 ひょうか 方法 ほうほう やその内容 ないよう も異 こと なる。そして、主催 しゅさい 、出展 しゅってん 、企画 きかく 協力 きょうりょく の順 じゅん でイベントに対 たい して外部 がいぶ の存在 そんざい となり、その連携 れんけい はより成果 せいか を求 もと められる関係 かんけい になっていくということも見 み て取 と れる。それぞれの組織 そしき はなにかの目的 もくてき があってイベントに関 かか わってきていて、そのそれぞれの目的 もくてき がなんらかの形 かたち で達成 たっせい されるからこそ継続 けいぞく 的 てき な連携 れんけい が成 な り立 た ってきているのである。主催 しゅさい 組織 そしき の存在 そんざい はもちろんのこと、出展 しゅってん 団体 だんたい や協力 きょうりょく 団体 だんたい の存在 そんざい やそれぞれの連携 れんけい があるからこそ、このイベントは14年 ねん に渡 わた り開催 かいさい され、評価 ひょうか を得 え ている。
個々 ここ の目的 もくてき は異 こと なるが、共通 きょうつう して1 ひと つの目標 もくひょう があるから連携 れんけい が成 な り立 た っていると捉 とら えることもできる。このイベントの場合 ばあい は、横浜 よこはま 市 し から国際 こくさい 協力 きょうりょく を推進 すいしん していく、互 たが いの活動 かつどう を活発 かっぱつ 化 か させることで世界中 せかいじゅう の人々 ひとびと が満足 まんぞく に生活 せいかつ していけるような世界 せかい を作 つく っていくという、最終 さいしゅう 的 てき な、共通 きょうつう の目標 もくひょう がある。だからこそこのイベントの枠組 わくぐ みに参加 さんか しようというインセンティブが生 う まれるし、ある程度 ていど 自分 じぶん 達 たち の目的 もくてき が完全 かんぜん に達成 たっせい されなくとも継続 けいぞく した参加 さんか が見 み られるのである。また、イベントを開催 かいさい する以上 いじょう は、より多 おお くの市民 しみん に国際 こくさい 協力 きょうりょく や国際 こくさい 交流 こうりゅう についての理解 りかい を深 ふか めてもらいたい、興味 きょうみ を持 も ってもらい、あわよくば自分 じぶん 達 たち の活動 かつどう に参加 さんか してもらいたい、結局 けっきょく はそれが世界 せかい につながっていくという思 おも いもある。共通 きょうつう した、イベント開催 かいさい の目的 もくてき 、イベント参加 さんか への目的 もくてき の二 に 重 じゅう の目的 もくてき が存在 そんざい する。そしてそれぞれの目的 もくてき にはなんらかのつながりや相関 そうかん 関係 かんけい が存在 そんざい し、イベント開催 かいさい の意義 いぎ を高 たか める。
ここからわかる、このケースでの連携 れんけい にとって重要 じゅうよう なことは、まずは共通 きょうつう した、最終 さいしゅう 的 てき な目標 もくひょう を連携 れんけい の中 なか の各 かく 主体 しゅたい が認識 にんしき し、それに共感 きょうかん することが必要 ひつよう である。自分 じぶん 達 たち はこの目的 もくてき のために一緒 いっしょ に活動 かつどう をしている、活動 かつどう したいと思 おも っていると認識 にんしき をすることで、自分 じぶん 達 たち の活動 かつどう の意義 いぎ を自覚 じかく し、互 たが いに協力 きょうりょく 関係 かんけい を築 きず こうというインセンティブが生 う まれる。もう1 ひと つ重要 じゅうよう なことは、共通 きょうつう したものだけではなく、それぞれの個々 ここ が持 も っている目的 もくてき をそれぞれが認識 にんしき し、それぞれの目的 もくてき にとってよい成果 せいか が現 あらわ れるような状況 じょうきょう を可能 かのう な限 かぎ り目指 めざ すことである。いくら共通 きょうつう の目標 もくひょう を持 も っていても、自分 じぶん 達 たち の目標 もくひょう 達成 たっせい は困難 こんなん 、あるいはむしろ達成 たっせい に対 たい しマイナスであるなら、その連携 れんけい の枠組 わくぐ みの中 なか には参加 さんか することができない。また、参加 さんか していたとしてもうまく協力 きょうりょく 関係 かんけい を築 きず くことはできない。
この2点 てん を実現 じつげん し、連携 れんけい をうまく構築 こうちく していくためには、中心 ちゅうしん となる組織 そしき が枠組 わくぐ みの中 なか のすみずみに情報 じょうほう 提供 ていきょう を行 おこな い、また、情報 じょうほう 交換 こうかん の場 ば を提供 ていきょう し、それぞれの団体 だんたい に対 たい する調整 ちょうせい を行 おこな うことで連携 れんけい が円滑 えんかつ に進 すす むよう各 かく 組織 そしき の間 あいだ のつなぎ役 やく を担 にな う必要 ひつよう がある。このイベントの場合 ばあい には、その役割 やくわり を果 は たしているのが主催 しゅさい 組織 そしき であり、現在 げんざい のCプラットである。各 かく 団体 だんたい の出展 しゅってん の目的 もくてき を把握 はあく し、その目的 もくてき 達成 たっせい のためにイベント運営 うんえい や企画 きかく を工夫 くふう し、団体 だんたい が出展 しゅってん することに魅力 みりょく を感 かん じるイベント作 づく りを目指 めざ すことが重要 じゅうよう である。それがイベント開催 かいさい の意義 いぎ につながると同時 どうじ に、出展 しゅってん 団体 だんたい の確保 かくほ が最終 さいしゅう 的 てき にはイベントの存続 そんぞく に大 おお きく貢献 こうけん することになるからだ。
その役割 やくわり を担 にな うには、連携 れんけい に参加 さんか している団体 だんたい のイベント参加 さんか への目的 もくてき や、その思 おも い、イベントに対 たい する評価 ひょうか を把握 はあく する必要 ひつよう がある。現在 げんざい 、このイベントを運営 うんえい する上 じょう で、それらの情報 じょうほう を把握 はあく するために最 もっと も重要 じゅうよう 視 し されているのが、イベント開催 かいさい 後 ご に行 おこな われる、参加 さんか 団体 だんたい 対象 たいしょう のアンケート調査 ちょうさ である。イベント開催 かいさい 自体 じたい に関 かん する評価 ひょうか 、企画 きかく に対 たい する評価 ひょうか 、イベント運営 うんえい に対 たい する評価 ひょうか 、参加 さんか による成果 せいか などをアンケートにより把握 はあく している。その結果 けっか を集計 しゅうけい 、分析 ぶんせき を行 おこな い次 じ 年度 ねんど 以降 いこう のイベント開催 かいさい に活 い かすかたちで、参加 さんか 団体 だんたい のニーズを把握 はあく 、イベントを継続 けいぞく していく中 なか でそれに応 こた えている。また、イベント開催 かいさい 前 まえ やイベントとイベントの間 あいだ の時期 じき に、参加 さんか 団体 だんたい への説明 せつめい 会 かい や意見 いけん 交換 こうかん 会 かい を開催 かいさい している。直接 ちょくせつ 参加 さんか 団体 だんたい のメンバーとのやりとりを行 おこな うことで、アンケートのように設問 せつもん に縛 しば られないより率直 そっちょく な意見 いけん を引 ひ き出 だ すことができる。それら内容 ないよう を主催 しゅさい 組織 そしき の中 なか で共有 きょうゆう 、議論 ぎろん を行 おこな うことで、今後 こんご のイベント開催 かいさい の方向 ほうこう 性 せい を決 き めていく。それが主催 しゅさい 組織 そしき の参加 さんか 団体 だんたい に対 たい する責任 せきにん であり、イベントの成果 せいか を大 おお きくしていく要素 ようそ となりうる。
ここでもう1 ひと つ重要 じゅうよう なことは、参加 さんか 団体 だんたい の側 がわ にも、情報 じょうほう を提供 ていきょう する責任 せきにん があるということである。イベントに参加 さんか する以上 いじょう 、自分 じぶん 達 たち の目的 もくてき を達成 たっせい したい。そのためには、自分 じぶん 達 たち のイベント参加 さんか の目的 もくてき やその思 おも い、イベントに対 たい する評価 ひょうか を、主催 しゅさい 組織 そしき に率直 そっちょく に、且 か つきちんと伝 つた える必要 ひつよう がある。そのため参加 さんか 団体 だんたい には、実施 じっし されたアンケートに対 たい し真摯 しんし に答 こた えること、与 あた えられた情報 じょうほう 交換 こうかん の場 ば に参加 さんか し、自分 じぶん 達 たち の思 おも いを発信 はっしん するが重要 じゅうよう である。
主催 しゅさい 組織 そしき と参加 さんか 団体 だんたい が連携 れんけい を行 おこな うことで、自分 じぶん 達 たち の目的 もくてき のためにもさらなる成果 せいか を生 う み出 だ そうと、相手 あいて の目的 もくてき にも協力 きょうりょく する形 かたち になる、互 たが いに互 たが いの目的 もくてき に向 む かっていい方向 ほうこう へと進 すす めようと活動 かつどう する、そのことがより大 おお きな成果 せいか へと結 むす びついてくる。と同時 どうじ に、そのためには互 たが いには互 たが いに対 たい する責任 せきにん を負 お い、互 たが いのことを意識 いしき して活動 かつどう する義務 ぎむ も生 しょう じる。このことは出展 しゅってん をしている参加 さんか 団体 だんたい に限 かぎ らず、市民 しみん ボランティアにおいても同様 どうよう のことを言 い うことができる。
この連携 れんけい がうまく機能 きのう しているかどうかは、参加 さんか 団体 だんたい 、市民 しみん ボランティアへのアンケートのほかに、来場 らいじょう 者 しゃ のアンケートを指標 しひょう と取 と ることもできる。イベントの成果 せいか を来場 らいじょう 者 しゃ の評価 ひょうか で判断 はんだん し、成果 せいか がでているということはイベント開催 かいさい が成功 せいこう だったということ、それは、イベント運営 うんえい において連携 れんけい がうまく機能 きのう しているということにつながってくるからだ、と捉 とら える。主催 しゅさい 組織 そしき は来場 らいじょう 者 しゃ へのアンケートの結果 けっか を次 つぎ 年度 ねんど 以降 いこう のイベントの運営 うんえい 、企画 きかく などの内容 ないよう に活 い かし、市民 しみん にとっても魅力 みりょく 的 てき なイベント作 づく りを目指 めざ す。また主催 しゅさい 組織 そしき は、これらのアンケート結果 けっか を報告 ほうこく 書 しょ として公開 こうかい し、参加 さんか 団体 だんたい へフィードバックを行 おこな う責任 せきにん がある。参加 さんか 団体 だんたい は来場 らいじょう 者 しゃ が回答 かいとう したアンケートの結果 けっか を見 み ることで、自分 じぶん 達 たち のイベント参加 さんか の成果 せいか を、来場 らいじょう 者 しゃ の側 がわ からの視点 してん で把握 はあく し、自分 じぶん 達 たち の出展 しゅってん の内容 ないよう や方法 ほうほう などを見直 みなお すときの材料 ざいりょう にすることができる。また、参加 さんか 団体 だんたい のアンケート結果 けっか を見 み ることで、自分 じぶん 達 たち の周 まわ りの団体 だんたい がイベントに対 たい してどのような評価 ひょうか をしているのか把握 はあく し、再度 さいど イベントに対 たい する評価 ひょうか を行 おこな うことができる。
ここまでのところで、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにはどのような連携 れんけい の変化 へんか があり、それぞれの団体 だんたい がどのような目的 もくてき でイベントに参加 さんか しているかということを把握 はあく 、考察 こうさつ し、連携 れんけい がどのように成 な り立 た っているのか、うまく連携 れんけい を機能 きのう させるにはどうすればいいのかということについての分析 ぶんせき を行 おこな った。1 ひと つわかったことは、複数 ふくすう の組織 そしき が連携 れんけい をとって1 ひと つのプロジェクトを実施 じっし していくに当 あ たって重要 じゅうよう なのは、組織 そしき 間 あいだ の情報 じょうほう 共有 きょうゆう を密 みつ にとることである。プロジェクトを実施 じっし するに当 あ たって、その目的 もくてき を共有 きょうゆう することがまず重要 じゅうよう であり、実施 じっし していくうちに、プロジェクトに対 たい してどのような評価 ひょうか がなされているのか、内部 ないぶ 、外部 がいぶ の双方 そうほう からの視点 してん での評価 ひょうか を、連携 れんけい を構成 こうせい している組織 そしき が把握 はあく することで、プロジェクトの進捗 しんちょく や成果 せいか などを知 し ることができ、互 たが いに次 つぎ のアクションを起 お こす際 さい の手 て がかりとなる。また、それぞれの団体 だんたい がプロジェクトに対 たい しどのような評価 ひょうか をしているかを互 たが いに知 し ることで、プロジェクト実施 じっし に対 たい する意見 いけん 交換 こうかん や意思 いし 疎通 そつう を図 はか ることができる。前述 ぜんじゅつ の通 とお り、このイベントには、主催 しゅさい 組織 そしき と参加 さんか 団体 だんたい 双方 そうほう に、双方 そうほう に対 たい し果 は たすべき責任 せきにん があり、その責任 せきにん を果 は たしていくことがイベントでの成果 せいか に結 むす びついてくる。しかし、互 たが いが責任 せきにん をしっかりと果 は たしていくためには、互 たが いに対 たい する信頼 しんらい や協力 きょうりょく 関係 かんけい が重要 じゅうよう となってくる。その信頼 しんらい を構築 こうちく するためには、情報 じょうほう 共有 きょうゆう を密 みつ に行 おこな い、常 つね に互 たが いの状況 じょうきょう などを把握 はあく できるような体制 たいせい 作 づく りが不可欠 ふかけつ となってくる。
この信頼 しんらい や協力 きょうりょく 関係 かんけい に関 かん する考 かんが え方 かた は、ソーシャルキャピタルの考 かんが え方 かた にもつながってくる。ソーシャルキャピタルとは、Putnam(1993)によれば、「人々 ひとびと の協調 きょうちょう 行動 こうどう を促 うなが すことにより社会 しゃかい の効率 こうりつ 性 せい を高 たか める働 はたら きをする信頼 しんらい (trust)、規範 きはん (norm)、ネットワーク(network)といった社会 しゃかい 組織 そしき の特徴 とくちょう 」と定義 ていぎ されている。今回 こんかい のケースでは、連携 れんけい の中 なか での信頼 しんらい 関係 かんけい を構築 こうちく することでイベントとしての大 おお きな成果 せいか をあげていることを確認 かくにん することが出来 でき る。ソーシャルキャピタルは近年 きんねん 、途上 とじょう 国 こく における開発 かいはつ や援助 えんじょ をする際 さい に、その開発 かいはつ や援助 えんじょ がきちんと現地 げんち で機能 きのう するか、成果 せいか を出 だ すのかといった議論 ぎろん を行 おこな う際 さい に重要 じゅうよう 視 し されている。このイベントの事例 じれい を考 かんが える際 さい にも、最終 さいしゅう 的 てき には、このソーシャルキャピタルについての考 かんが え方 かた に基 もと づく結果 けっか となった。
2章 しょう ケニアの事例 じれい
前 まえ の章 しょう では、自分 じぶん の身近 みぢか な連携 れんけい の例 れい である、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい を把握 はあく 、分析 ぶんせき を行 おこな い、1 ひと つのプロジェクトを行 おこな う際 さい に連携 れんけい を行 おこな うことの有用 ゆうよう 性 せい や、そのためのあり方 かた や課題 かだい についての考察 こうさつ を行 おこな ってきた。この章 しょう では、本稿 ほんこう の問題 もんだい 意識 いしき の中心 ちゅうしん である、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん のためのあり方 かた について探 さぐ る。まずはケニアの概要 がいよう や、食糧 しょくりょう 、農業 のうぎょう 事情 じじょう とその課題 かだい について見 み ていくことで問題 もんだい 点 てん を整理 せいり し、その解決 かいけつ 策 さく の糸口 いとぐち を模索 もさく する。
ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 比率 ひりつ は1996年 ねん 以降 いこう 2005年 ねん まで30%を保 たも っている。1996年 ねん 時点 じてん では、アフリカ、サブサハラ以南 いなん アフリカ地域 ちいき の平均 へいきん 値 ち とほぼ等 ひと しい水準 すいじゅん にまで比率 ひりつ を下 さ げたが、その後 ご アフリカ、サブサハラ以南 いなん アフリカは比率 ひりつ を下 さ げているのに対 たい し、ケニアは下 さ がっていないのが現状 げんじょう である。3人 にん に1人 ひとり が飢餓 きが 状態 じょうたい である状態 じょうたい が続 つづ いているのである。
この事実 じじつ を問題 もんだい 意識 いしき の出発 しゅっぱつ 点 てん とし、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん を目的 もくてき に本稿 ほんこう を構成 こうせい していく。
1.ケニア概要 がいよう
(1)社会 しゃかい 全般 ぜんぱん
ケニアは2009年 ねん 現在 げんざい 、人口 じんこう 3,861万 まん 人 にん である。人口 じんこう 成長 せいちょう 率 りつ は1990年代 ねんだい に入 はい ってからは1〜2%を推移 すいい しており、発展 はってん 途上 とじょう 国 こく のなかではそれほど高 たか くない。それにはHIV/AIDSの蔓延 まんえん による平均 へいきん 寿命 じゅみょう の低下 ていか と、劣悪 れつあく な衛生 えいせい 状況 じょうきょう による5歳 さい 未満 みまん 児 じ 死亡 しぼう 率 りつ の高 たか さといった原因 げんいん が挙 あ げられる。これらの原因 げんいん によって、平均 へいきん 寿命 じゅみょう は女性 じょせい 46.2歳 さい 、男性 だんせい 47.9歳 さい と、いずれも192カ国 かこく の対象 たいしょう のうち、160位 い を下回 したまわ っている。また、5歳 さい 未満 みまん 児 じ 死亡 しぼう 率 りつ は11.8%である。これは、世界 せかい の平均 へいきん である3.9%にくらべ非常 ひじょう に高 たか い水準 すいじゅん になっている。
また、治安 ちあん の悪化 あっか ・貧困 ひんこん ・失業 しつぎょう が大 おお きな問題 もんだい となっている。都市 とし 部 ぶ にはホームレスが激増 げきぞう し、犯罪 はんざい は頻発 ひんぱつ している。また、道路 どうろ の状態 じょうたい が劣悪 れつあく で交通 こうつう 事故 じこ が多発 たはつ している。
世界銀行 せかいぎんこう の定義 ていぎ である、1人 ひとり 当 あ たり年 どし 間 あいだ 所得 しょとく 370ドル以下 いか の所得 しょとく で生活 せいかつ している貧困 ひんこん 層 そう の割合 わりあい は、1990年 ねん に48.8%、2003年 ねん に56%と年々 ねんねん 増加 ぞうか し、歯止 はど めのかかる兆 きざ しは見 み られない。その上 うえ 、労働 ろうどう 貧困 ひんこん 者 しゃ の多 おお くは、自給自足 じきゅうじそく の生活 せいかつ 、あるいは家事 かじ 労働 ろうどう に従事 じゅうじ しており、失業 しつぎょう 者 しゃ には含 ふく まれていないため、生産 せいさん 活動 かつどう に関与 かんよ していない労働 ろうどう 者 しゃ の割合 わりあい は統計 とうけい からわかる数値 すうち よりあきらかに高 たか くなる。
労働 ろうどう 者 しゃ の教育 きょういく の基本 きほん となる、基礎 きそ 教育 きょういく の現状 げんじょう は、現在 げんざい のケニアでは小学校 しょうがっこう 8年 ねん 、中等 ちゅうとう 学校 がっこう 4年 ねん 、大学 だいがく 4年 ねん の制度 せいど を採用 さいよう しており、義務 ぎむ 教育 きょういく 制 せい は取 と っていない。しかし小学校 しょうがっこう の就学 しゅうがく 率 りつ は2005年 ねん 現在 げんざい 79%と、中央 ちゅうおう ・東 ひがし アフリカの平均 へいきん 値 ち である62.5%に比 くら べ高 たか い水準 すいじゅん である。それは小学校 しょうがっこう の8年間 ねんかん は学費 がくひ が無料 むりょう であるというのが大 おお きな理由 りゆう である。これは、政府 せいふ が公共 こうきょう 財政 ざいせい の多 おお くを教育 きょういく 分野 ぶんや に当 あ てているということになり、2004年 ねん 現在 げんざい 、公共 こうきょう 財政 ざいせい に占 し める教育 きょういく 支出 ししゅつ の割合 わりあい は34.8%にも上 のぼ る。公用 こうよう 語 ご は英語 えいご 、スワヒリ語 ご で、15歳 さい 以上 いじょう 男女 だんじょ の識字 しきじ 率 りつ は2004年 ねん 現在 げんざい 、73.4%である。
独裁 どくさい 政権 せいけん 期 き の政治 せいじ の腐敗 ふはい により、治安 ちあん の悪化 あっか と共 とも に、国中 くになか で汚職 おしょく や賄賂 わいろ の授受 じゅじゅ が頻繁 ひんぱん に行 おこ なわれている。それは一般 いっぱん 市民 しみん も例外 れいがい ではない。ケニア都市 とし 部 ぶ 賄賂 わいろ 指数 しすう によると、ケニアの平均 へいきん 的 てき な都市 とし 生活 せいかつ 者 しゃ は1ヵ月 かげつ に16回 かい の賄賂 わいろ を支払 しはら っているということが明 あき らかになった。2003年 ねん において1ヶ月 かげつ における平均 へいきん 賄賂 わいろ 支払 しはらい 額 がく は、市民 しみん の平均 へいきん 月給 げっきゅう の約 やく 3分 ぶん の1にも上 のぼ る。公務員 こうむいん が最 もっと も多 おお くの賄賂 わいろ を受 う け取 と っており、賄賂 わいろ 総額 そうがく の99%を手 て にしている。特 とく に、警察 けいさつ が最悪 さいあく の常習犯 じょうしゅうはん で、都市 とし 生活 せいかつ 者 しゃ の10 人 にん のうち6 人 にん が警察 けいさつ に対 たい して賄賂 わいろ を支払 しはら っているという。この傾向 けいこう は個人 こじん には留 と まらず、企業 きぎょう などの組織 そしき においてはさらに大 だい 規模 きぼ な賄賂 わいろ の授受 じゅじゅ が行 おこ なわれている現状 げんじょう がある。
衛生 えいせい ・医療 いりょう については、前述 ぜんじゅつ の通 とお り、衛生 えいせい 状態 じょうたい の悪 わる さが国民 こくみん の平均 へいきん 寿命 じゅみょう を低下 ていか させ、乳幼児 にゅうようじ の死亡 しぼう 率 りつ を上昇 じょうしょう させている。現状 げんじょう では、ナイロビでは下水道 げすいどう 、水洗 すいせん 便所 べんじょ が完備 かんび され、衛生 えいせい 状態 じょうたい は悪 わる くはなく、また、公立 こうりつ ・私立 しりつ の病院 びょういん や診療 しんりょう 所 しょ が設 もう けられており、国立 こくりつ 病院 びょういん は外来 がいらい 患者 かんじゃ の治療 ちりょう 費 ひ は無料 むりょう である。しかし、スラムや農村 のうそん 部 ぶ の衛生 えいせい 状態 じょうたい は劣悪 れつあく である。また、農村 のうそん 部 ぶ においては小規模 しょうきぼ な診療 しんりょう 所 しょ があるのみで、十分 じゅうぶん な設備 せつび や技術 ぎじゅつ を持 も った医師 いし をもつ病院 びょういん は存在 そんざい しない。2008年 ねん 現在 げんざい 、15〜49歳 さい 男女 だんじょ のHIV/AIDSの有 ゆう 病 びょう 率 りつ が7.8%と高 たか い水準 すいじゅん であるケニアは、衛生 えいせい 状態 じょうたい ・医療 いりょう 技術 ぎじゅつ の向上 こうじょう が求 もと められている。
(2)経済 けいざい
独立 どくりつ 後 ご のケニアには、大 おお きく4 よっ つの時期 じき に分 わ けることができる。第 だい 一 いち 期 き は、初代 しょだい 大統領 だいとうりょう ケニヤッタが政権 せいけん を担 にな っていた時期 じき である。1964年 ねん から1983年 ねん までの期間 きかん で、その期間 きかん の実質 じっしつ GDP成長 せいちょう 率 りつ の平均 へいきん は6.2%を示 しめ している。特 とく に1970年代 ねんだい は平均 へいきん 11.6%と高 たか い水準 すいじゅん を示 しめ している。ケニアが独立 どくりつ 後 ご 、「アフリカの優等生 ゆうとうせい 」と呼 よ ばれていたのは、この時期 じき に高水準 こうすいじゅん での経済 けいざい 成長 せいちょう を安定 あんてい 的 てき に記録 きろく していたことが理由 りゆう である。この経済 けいざい 成長 せいちょう には、ケニヤッタが採 と った政策 せいさく が経済 けいざい に対 たい して機能 きのう し、ケニアの農業 のうぎょう をはじめとする産業 さんぎょう が軌道 きどう に乗 の ったためである。後 ご の項目 こうもく でその詳細 しょうさい についての把握 はあく をする。第 だい 二 に 期 き は、ケニヤッタが1983年 ねん に逝去 せいきょ し、当時 とうじ 副 ふく 大統領 だいとうりょう だったモイが第 だい 二 に 代 だい 大統領 だいとうりょう に就任 しゅうにん し、その政権 せいけん を終 お える2004年 ねん までの期間 きかん である。上下 じょうげ の変動 へんどう が激 はげ しく、高 たか いときには約 やく 30%の成長 せいちょう を記録 きろく しているが、この期間 きかん の平均 へいきん GDP成長 せいちょう 率 りつ は1.6%と低迷 ていめい している。その理由 りゆう としてまず、世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう による影響 えいきょう がある。1978年 ねん 、1979年 ねん の第 だい 二 に 次 じ 石油 せきゆ 危機 きき 、レーガノミクスに単 たん を欲 ほっ する1980年代 ねんだい 前半 ぜんはん の世界 せかい 不 ふ 況 きょう が、交易 こうえき 条件 じょうけん や国際 こくさい 収支 しゅうし を悪化 あっか させることとなった。さらに、1980年 ねん と1984年 ねん に干 かん ばつが襲 おそ い、深刻 しんこく な食糧 しょくりょう 危機 きき が発生 はっせい した。そうした世界 せかい 規模 きぼ での不 ふ 況 きょう が国内 こくない 経済 けいざい に影響 えいきょう を与 あた え、ケニヤッタ期 き に確立 かくりつ した政策 せいさく による資源 しげん の好 こう 循環 じゅんかん が崩 くず れ、国内 こくない 経済 けいざい や農業 のうぎょう は伸 の び悩 なや むこととなった。
第 だい 三 さん 期 き は、モイに代 か わり、キバキが政権 せいけん を担 にな うようになった時期 じき である。この時期 じき はモイ期 き の低迷 ていめい から脱 だっ し、10%以上 いじょう の高 たか い水準 すいじゅん で成長 せいちょう を遂 と げている。
第 だい 四 よん 期 き は、2007年 ねん 、2008年 ねん に起 お きた金融 きんゆう 危機 きき 、石油 せきゆ 価格 かかく 高騰 こうとう 、それを発端 ほったん にした食料 しょくりょう 価格 かかく の高騰 こうとう により世界 せかい 経済 けいざい 全体 ぜんたい が不 ふ 況 きょう に陥 おちい った時期 じき である。ケニアも例外 れいがい ではなくその影響 えいきょう を受 う け、2007年 ねん には約 やく 20%の成長 せいちょう 率 りつ を記録 きろく していたものの、2009年 ねん にはマイナス成長 せいちょう にまで落 お ち込 こ んでいる。それには、世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう の波 なみ のほかに、国内 こくない の政情 せいじょう 不安 ふあん が重 かさ なった。大統領 だいとうりょう 選挙 せんきょ をめぐる民族 みんぞく 間 あいだ での対立 たいりつ が暴動 ぼうどう を発生 はっせい させ、2008年 ねん の暴動 ぼうどう では約 やく 1500万 まん 人 にん が死亡 しぼう した。また、国内 こくない 有数 ゆうすう の穀倉 こくそう 地域 ちいき で暴動 ぼうどう が発生 はっせい し、農業 のうぎょう 生産 せいさん が滞 とどこお ったケースもあり、国内 こくない の経済 けいざい 活動 かつどう が阻害 そがい される状態 じょうたい が続 つづ いている。そのうえ、天候 てんこう 不順 ふじゅん による災害 さいがい も続 つづ いており、2008年 ねん 、2009年 ねん には2度 ど に渡 わた る干 かん ばつを受 う け、2010年 ねん には洪水 こうずい に見舞 みま われている。
食料 しょくりょう 価格 かかく の高騰 こうとう により世界 せかい 的 てき な飢餓 きが 人口 じんこう が増加 ぞうか したが、現在 げんざい は少 すこ しずつ回復 かいふく してきている。しかし、ケニアについては以上 いじょう の点 てん から他国 たこく 以上 いじょう に複雑 ふくざつ 且 か つ深刻 しんこく な経済 けいざい ダメージを受 う けたことから未 いま だに経済 けいざい を立 た て直 なお すことに成功 せいこう しておらず、飢餓 きが 人口 じんこう も減少 げんしょう していない。
これらの4 よっ つの時期 じき は主 おも に政権 せいけん ごとに分 わ けているが、それぞれの時期 じき で経済 けいざい 成長 せいちょう の状況 じょうきょう も異 こと なることがわかる。また、第 だい 二 に 期 き 、第 だい 四 よん 期 き に見 み られるような天候 てんこう 不順 ふじゅん による影響 えいきょう が作用 さよう していることもわかる。ここから、国内 こくない の経済 けいざい 成長 せいちょう には、政府 せいふ がどのような政策 せいさく を取 と るかで大 おお きく異 こと なってくるということが分 わ かる。後 ご の項目 こうもく で、時代 じだい 的 てき な流 なが れでは直接的 ちょくせつてき につながりがあるにもかかわらず、経済 けいざい 成長 せいちょう に著 いちじる しい差 さ が生 しょう じている、ケニヤッタ政権 せいけん とモイ政権 せいけん の政策 せいさく の違 ちが いを把握 はあく し、現在 げんざい のケニア経済 けいざい を改善 かいぜん していくためにはどのような政策 せいさく が有用 ゆうよう であるかを考察 こうさつ する。
また、天候 てんこう が国内 こくない 経済 けいざい に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えていることがわかる。これにはまず、ケニア経済 けいざい において農業 のうぎょう が大 おお きな比重 ひじゅう を占 し めているということ、そして、その農業 のうぎょう は気候 きこう や世界 せかい 的 てき な情勢 じょうせい の影響 えいきょう を受 う けやすく不安定 ふあんてい であることを仮説 かせつ として挙 あ げる。
ケニア経済 けいざい において農業 のうぎょう がどれだけの比重 ひじゅう を占 し めているかということを全 ぜん 人口 じんこう に対 たい する農業 のうぎょう 人口 じんこう の比率 ひりつ と、各 かく 産業 さんぎょう のGDP構成 こうせい 比率 ひりつ を把握 はあく することで検証 けんしょう する。
2010年 ねん 現在 げんざい 、労働 ろうどう 力 りょく 人口 じんこう の約 やく 7割 わり は第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう に属 ぞく する農業 のうぎょう に従事 じゅうじ しており、産業 さんぎょう の中心 ちゅうしん は第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう にあるといえる。しかし、産業 さんぎょう 別 べつ GDP構成 こうせい 比率 ひりつ をみると、第 だい 三 さん 次 じ 産業 さんぎょう 、第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう 、第 だい 二 に 次 じ 産業 さんぎょう の順 じゅん で高 たか い割合 わりあい を示 しめ している。
産業 さんぎょう 別 べつ に見 み ていくと、第 だい 二 に 次 じ 産業 さんぎょう は安定 あんてい して20%前後 ぜんこう を推移 すいい している。第 だい 三 さん 次 じ 産業 さんぎょう は独立 どくりつ 当時 とうじ から40〜50%以上 いじょう と最 もっと も大 おお きな割合 わりあい を占 し めており、その割合 わりあい は徐々 じょじょ に増 ふ えている。一時 いちじ 1977年 ねん に40%をきったが、再 ふたた び勢 いきお いを取 と り戻 もど した。第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう は独立 どくりつ 当時 とうじ 40%を推移 すいい していたが、徐々 じょじょ に割合 わりあい は低下 ていか し、2004年 ねん 現在 げんざい 30%をきっている。
第 だい 三 さん 次 じ 産業 さんぎょう が大幅 おおはば に低下 ていか している1977年 ねん においては、第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう の比率 ひりつ が観光 かんこう 業 ぎょう を抜 ぬ いて大 おお きく上昇 じょうしょう している。GDP成長 せいちょう 率 りつ のグラフをみると、1977年 ねん は22%と高 たか い水準 すいじゅん を示 しめ している。逆 ぎゃく に、第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう が28%と低 ひく い比率 ひりつ である1991年 ねん のGDP成長 せいちょう 率 りつ はマイナスを示 しめ している。すなわち、ケニアのGDPにおいて第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう が大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えているということになる。農業 のうぎょう 人口 じんこう 比率 ひりつ の推移 すいい を見 み ても、アフリカ平均 へいきん 値 ち に対 たい し20%以上 いじょう 高 たか い水準 すいじゅん で推移 すいい をしていることがわかる。ここから、ケニアにおいて農業 のうぎょう は多 おお くの国民 こくみん の生活 せいかつ を支 ささ える、重要 じゅうよう な産業 さんぎょう であると捉 とら えることができる。
労働 ろうどう 力 りょく 人口 じんこう の大半 たいはん を占 し めている第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう がGDPにおいて大 おお きな割合 わりあい を占 し めず、第 だい 三 さん 次 じ 産業 さんぎょう が最 もっと も割合 わりあい を占 し めているのは、政府 せいふ 関係 かんけい の組織 そしき や公共 こうきょう セクターにおける生産 せいさん 活動 かつどう は第 だい 三 さん 次 じ 産業 さんぎょう に含 ふく まれ、ケニアの生産 せいさん 活動 かつどう は寡頭政治 かとうせいじ 期 き の名残 なごり もあり、現状 げんじょう として大 だい 部分 ぶぶん の組織 そしき はいまだに政府 せいふ が関 かか わっているという理由 りゆう が1 ひと つあげられる。また、農業 のうぎょう に従事 じゅうじ する人 ひと の大 だい 部分 ぶぶん は自給自足 じきゅうじそく の生活 せいかつ を送 おく っており、生産 せいさん したものを自分 じぶん で消費 しょうひ しているため、付加 ふか 価値 かち が生 しょう じることはなく、GDPには表 ひょう われてこない。よって、実際 じっさい には、数値 すうち に出 で ている国民 こくみん の70%を超 こ える人々 ひとびと が農業 のうぎょう に携 たずさ わっていることが窺 うかが える。
また、第 だい 二 に 次 じ 産業 さんぎょう の中心 ちゅうしん となっているのは食品 しょくひん 加工 かこう 、繊維 せんい 、金属 きんぞく 加工 かこう と、付加 ふか 価値 かち が低 ひく いものが多 おお い。農業 のうぎょう が産業 さんぎょう の中心 ちゅうしん となっているケニアでは、特 とく に食品 しょくひん 加工 かこう は重要 じゅうよう な産業 さんぎょう となっている。そこからも、食品 しょくひん 加工 かこう の原料 げんりょう 供給 きょうきゅう を行 おこな う農業 のうぎょう は、ケニア経済 けいざい において重要 じゅうよう な役割 やくわり を果 は たしている。
ケニア経済 けいざい において第 だい 一 いち 次 じ 産業 さんぎょう が大 おお きな影響 えいきょう 力 りょく を持 も っており、また、農業 のうぎょう を活発 かっぱつ 化 か 、安定 あんてい かさせることは食糧 しょくりょう 生産 せいさん を増加 ぞうか させ、安定 あんてい した食糧 しょくりょう 供給 きょうきゅう に貢献 こうけん することから、ケニアの農業 のうぎょう 部門 ぶもん の改善 かいぜん を目指 めざ し、食糧 しょくりょう 安全 あんぜん 保障 ほしょう の改善 かいぜん につなげていくことを提案 ていあん する。次 つぎ の項目 こうもく では、ケニアの食糧 しょくりょう 事情 じじょう と農業 のうぎょう の現状 げんじょう やその背景 はいけい 、課題 かだい を把握 はあく することで、ケニアの食糧 しょくりょう 安全 あんぜん 保障 ほしょう の改善 かいぜん 策 さく を模索 もさく することへとつなげる。
(3)ケニアの経済 けいざい 、農業 のうぎょう に関 かん する背景 はいけい ―部族 ぶぞく と土地 とち と政治 せいじ ―
ケニアには約 やく 40の部族 ぶぞく が存在 そんざい するが、中 なか でもキクユ、ルイヤ、ルオ、カレンジンの4 よっ つの民族 みんぞく が人口 じんこう の約 やく 91%を占 し めている。これらの勢力 せいりょく 構造 こうぞう がケニア国内 こくない の政治 せいじ 経済 けいざい に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えているため、4 よっ つの民族 みんぞく の概要 がいよう と勢力 せいりょく 構造 こうぞう についてここで整理 せいり を行 おこな う。
4 よっ つの部族 ぶぞく の中 なか でも人口 じんこう が最 もっと も多 おお く、勢力 せいりょく が強 つよ いのはキクユで、早 はや くから政治 せいじ 的 てき 権力 けんりょく を握 にぎ り、国内 こくない エリート層 そう を形成 けいせい している。初代 しょだい ケニヤッタもキクユの出身 しゅっしん である。また、農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち (4) が集 あつ まっているセントラル州 しゅう やリフトバレー州 しゅう を中心 ちゅうしん に居住 きょじゅう している。人口 じんこう 第 だい 2位 い のルイヤは南西 なんせい 部 ぶ 高知 こうち 西側 にしがわ の公的 こうてき 地 ち に居住 きょじゅう している。人口 じんこう は多 おお いものの、本来 ほんらい 十 じゅう 数 すう の言語 げんご 集団 しゅうだん に分 わ かれていたため結束 けっそく に時間 じかん がかかり、独立 どくりつ 後 ご 政治 せいじ 的 てき な進出 しんしゅつ に出遅 でおく れた。人口 じんこう 第 だい 3位 い のルオが政治 せいじ 的 てき な勢力 せいりょく では2番目 ばんめ の強 つよ さを誇 ほこ っている。ビクトリア湖 こ 沿岸 えんがん のニャンザ州 しゅう に居住 きょじゅう し、定住 ていじゅう 農耕 のうこう と漁業 ぎょぎょう を営 いとな んでいる。キクユと共 とも にKANU(ケニア、アフリカ人 じん 国民同盟 こくみんどうめい )を率 ひき いるエリート層 そう を形成 けいせい していたが、ケニヤッタ政権 せいけん 後期 こうき にはケニヤッタと対立 たいりつ する勢力 せいりょく となり、その後 ご 、キクユ中心 ちゅうしん の勢力 せいりょく から政治 せいじ 経済 けいざい 的 てき な礼遇 れいぐう を受 う けることとなった。4番目 ばんめ の勢力 せいりょく であるカレンジンはキクユと同 おな じくリフトバレー州 しゅう を中心 ちゅうしん に居住 きょじゅう しているが、キクユと異 こと なる点 てん は、農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち に居住 きょじゅう しているキクユに対 たい し、カレンジンはリフトバレー州 しゅう の中 なか の半 はん 乾燥 かんそう 地 ち に居住 きょじゅう しているという点 てん である。気候 きこう の条件 じょうけん により農業 のうぎょう のみの生活 せいかつ ではなく、農業 のうぎょう と共 とも に遊牧 ゆうぼく を営 いとな んで生活 せいかつ をしている。そのため民族 みんぞく が定住 ていじゅう をせず散 ち 住 じゅう しており、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 期 き にはその傘下 さんか に大 おお きくは組 く み込 こ まれなかった。この4 よっ つの部族 ぶぞく の中 なか でもっとも自然 しぜん の作用 さよう を受 う けやすく、安定 あんてい した経済 けいざい 活動 かつどう が困難 こんなん であり、貧困 ひんこん や飢餓 きが にさらされやすい状態 じょうたい である。なお、ケニアヤッタに続 つづ き国内 こくない に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えた第 だい 2代 だい 大統領 だいとうりょう であるモイはカレンジンの出身 しゅっしん である。
国内 こくない で大 おお きな勢力 せいりょく を占 し める4 よっ つの部族 ぶぞく の概要 がいよう を見 み て行 い ったが、この4 よっ つの部族 ぶぞく の中 なか だけでも民族 みんぞく の政治 せいじ 的 てき な勢力 せいりょく に大 おお きな差 さ がある。その理由 りゆう は、ケニアの地理 ちり 的 てき な性質 せいしつ と、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 期 き の支配 しはい の方法 ほうほう 、独立 どくりつ 後 ご の土地 とち 分配 ぶんぱい に要因 よういん の1 ひと つがある。
ケニアの地理 ちり 的 てき な性質 せいしつ として、土地 とち ごとに降水 こうすい 量 りょう に大 おお きな差 さ があるという点 てん が上 あ げられる。南西 なんせい 部 ぶ 、沿岸 えんがん 部 ぶ では降水 こうすい 量 りょう が多 おお く、その他 た の地域 ちいき の大 だい 部分 ぶぶん は半 はん 砂漠 さばく 、砂漠 さばく 状態 じょうたい である。また、リフトバレー州 しゅう のように高度 こうど が低 ひく く乾燥 かんそう した土地 とち と、半 はん 乾燥 かんそう 地 ち と農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち が併存 へいそん した地域 ちいき もある。こうした、その土地 とち によって気候 きこう をはじめとする自然 しぜん 環境 かんきょう が様々 さまざま であり、そういった様々 さまざま な環境 かんきょう が併存 へいそん していることが、ケニアの農業 のうぎょう 、ひいては政治 せいじ 経済 けいざい を考 かんが える上 うえ で重要 じゅうよう であり、前提 ぜんてい 条件 じょうけん である。
人々 ひとびと はより安定 あんてい した生産 せいさん を求 もと めることから農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち での居住 きょじゅう を好 この む。それは、地域 ちいき ごとの人口 じんこう 密度 みつど を比較 ひかく することで明 あき らかになる。
州 しゅう ・地域 ちいき
全 ぜん 面積 めんせき (km2)
構成 こうせい 比 ひ
農 のう 牧 まき 地 ち /全 ぜん 面積 めんせき (%)
好適 こうてき 農地 のうち /農 のう 牧 まき 地 ち (%)
人口 じんこう (人 ひと )
構成 こうせい 比 ひ (%)
人口 じんこう 密度 みつど (%)
セントラル州 しゅう
13,220
2.3
73.0
94.2
3,724,159
13.0
281.7
ニャンザ州 しゅう
12,546
2.2
99.8
97.3
4,392,196
15.3
350.1
ウエスタン州 しゅう
8,263
1.4
89.7
100.0
3,358,776
11.7
406.5
リフトバレー州 しゅう
182,538
31.4
84.2
19.7
6,987,036
24.4
38.3
好適 こうてき 地域 ちいき
13,662
2.3
84.1
100.0
2,945,287
10.3
215.6
中間 ちゅうかん 地域 ちいき
57,458
9.9
82.4
35.9
3,041,288
10.6
52.9
乾燥 かんそう 地域 ちいき
111,418
19.2
85.1
1.8
1,000,461
3.5
9.0
イースタン州 しゅう
153,472
264.0
92.2
3.6
4,631,779
16.1
30.2
中間 ちゅうかん 地域 ちいき
12,409
2.1
72.8
34.0
1,858,522
6.5
149.8
乾燥 かんそう 地域 ちいき
141,063
24.3
93.9
1.5
2,779,257
9.7
19.7
コースト州 しゅう
82,816
14.2
82.5
5.5
2,487,264
8.7
30.0
ノースイースタン州 しゅう
128,124
22.0
99.0
0.0
962,143
3.4
7.5
ナイロビ特別 とくべつ 市 し
696
0.1
77.6
29.6
2,143,254
7.5
3,079.4
ケニア総計 そうけい
581,675
100.0
89.5
13.0
28,686,607
100.0
49.3
高橋 たかはし 基樹 もとき 著 ちょ 『開発 かいはつ と国家 こっか 』参照 さんしょう
人口 じんこう 密度 みつど は1999年 ねん 時 じ にアフリカ平均 へいきん で27.8人 にん /km2、ケニア平均 へいきん で49.3人 にん /km2であるが、南西 なんせい 部 ぶ では164.3人 にん /km2、その中 なか でも農業 のうぎょう に適 てき しているとされる地域 ちいき では、平均 へいきん 302.4人 にん km2にも達 たっ している。人口 じんこう 密度 みつど と農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち の比率 ひりつ には一定 いってい の相関 そうかん 関係 かんけい が見 み られる。上 うえ の表 ひょう から、農 のう 牧 まき 地 ち に占 し める好適 こうてき 農地 のうち の比率 ひりつ と人口 じんこう 密度 みつど の相関 そうかん を見 み ると、その値 ね は0.94と強 つよ い相関 そうかん があることが確認 かくにん できる。これは、植民 しょくみん 地 ち 時代 じだい 以前 いぜん にさかのぼるが、人々 ひとびと は居住 きょじゅう と農耕 のうこう に適 てき した土地 とち を選 えら び取 と り、生活 せいかつ をしてきたということになる。
しかし、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい の時代 じだい に突入 とつにゅう すると、近代 きんだい 西欧 せいおう に特有 とくゆう である排他 はいた 的 てき な土地 とち 所有 しょゆう 権 けん が導入 どうにゅう され、登記 とうき 制度 せいど が導入 どうにゅう された。そして、独立 どくりつ 後 ご のケニアもその制度 せいど を引 ひ き継 つ ぐことになる。今 いま まで自由 じゆう に土地 とち の移動 いどう を行 おこな ってきたそれぞれの民族 みんぞく が、土地 とち 所有 しょゆう 権 けん の導入 どうにゅう と統治 とうち の効率 こうりつ 化 か のために居住 きょじゅう 地 ち の移動 いどう を制限 せいげん されるようになった。現在 げんざい も民族 みんぞく ごとに固 かた まって居住 きょじゅう する傾向 けいこう があるのは植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 時 じ の名残 なごり である。
1964年 ねん にケニア共和 きょうわ 国 こく として独立 どくりつ を果 は たした。建国 けんこく の父 ちち として初代 しょだい 大統領 だいとうりょう に就任 しゅうにん したのは、キクユ出身 しゅっしん のケニヤッタであった。彼 かれ はその後 ご 自 みずか らの手 て で政策 せいさく を推 お し進 すす めていくのだが、まず行 い ったのが土地 とち の再 さい 分配 ぶんぱい である。ヨーロッパ入植 にゅうしょく 者 しゃ が所有 しょゆう していた土地 とち を買 か い上 あ げ、有償 ゆうしょう での配分 はいぶん を行 おこな った。これは、当時 とうじ からエリート層 そう を確立 かくりつ していたキクユに有利 ゆうり な製作 せいさく であった。すなわち、すでに植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい の段階 だんかい で、キクユは他 た 民族 みんぞく を圧倒 あっとう するほどの権力 けんりょく を握 にぎ っていた。キクユがそこまで勢力 せいりょく を強 つよ めた理由 りゆう に触 ふ れる。植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい が始 はじ まったとき、前述 ぜんじゅつ のようにキクユは好 こう 適地 てきち を中心 ちゅうしん に居住 きょじゅう していた。植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい は好 こう 適地 てきち を中心 ちゅうしん に行 おこな われたため、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい の影響 えいきょう を最 もっと も被 こうむ った民族 みんぞく である。しかし一方 いっぽう で、ヨーロッパ人 じん のコミュニティーに接 せっ する機会 きかい も多 おお く、居住 きょじゅう 地区 ちく にはキリスト教 きりすときょう 学校 がっこう も設立 せつりつ されたため、教育 きょういく 水上 すいじょう が他 た 民族 みんぞく に比 くら べ格段 かくだん に高 たか くなった。その結果 けっか 、国内 こくない エリート層 そう を形成 けいせい 、政治 せいじ 的 てき 勢力 せいりょく を握 にぎ るに至 いた ったのである。すなわち、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい が始 はじ まったときにどこに住 す んでいたか、好 こう 適地 てきち かそうでないかによって、支配 しはい 期 き の民族 みんぞく の扱 あつか いやヨーロッパ人 じん コミュニティーとの関 かか わり方 かた も異 こと なった。その結果 けっか 、独立 どくりつ 時 じ には民族 みんぞく ごとに勢力 せいりょく の格差 かくさ が広 ひろ がり、さらにケニヤッタの土地 とち 再 さい 分配 ぶんぱい 政策 せいさく によって、その格差 かくさ はより広 ひろ がることとなったのである。
土地 とち の再 さい 配分 はいぶん をめぐり、民族 みんぞく 間 あいだ の関係 かんけい は緊張 きんちょう 状態 じょうたい が現在 げんざい まで続 つづ いている。特 とく に他 た 民族 みんぞく はキクユに対 たい して強 つよ い反感 はんかん を持 も っており、政治 せいじ 史 し の中 なか でも度々 たびたび キクユ出身 しゅっしん の政治 せいじ 家 か に対 たい し反発 はんぱつ する他 た 民族 みんぞく の政治 せいじ 家 か が度々 どど 現 あらわ れる。しかし、キクユ出身 しゅっしん の政治 せいじ 家 か らによる一 いち 党 とう 独裁 どくさい 政権 せいけん 期 き には、そうした政治 せいじ 家 か が暗殺 あんさつ される事件 じけん などが生 しょう じており、民族 みんぞく 間 あいだ の関係 かんけい はより悪化 あっか したものになった。2002年 ねん より複数 ふくすう の政党 せいとう が連合 れんごう をとる形 かたち での政権 せいけん 運営 うんえい が選挙 せんきょ によって決 き まり、憲法 けんぽう の改正 かいせい なども通 つう じて、民主 みんしゅ 化 か が進 すす んでいるが、民族 みんぞく 間 あいだ の対立 たいりつ による暴動 ぼうどう は現在 げんざい でも起 お こり続 つづ けている。その源流 げんりゅう は、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 独立 どくりつ 直後 ちょくご の政策 せいさく 、ひいては植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 期 き の支配 しはい の仕方 しかた にある。
2.農業 のうぎょう 生産 せいさん に関 かか わる問題 もんだい
前述 ぜんじゅつ のように、農業 のうぎょう はケニア経済 けいざい を構成 こうせい する大 おお きな要素 ようそ の1 ひと つである。食料 しょくりょう 生産 せいさん を行 おこな う産業 さんぎょう が大 おお きな比率 ひりつ で国内 こくない 産業 さんぎょう を占 し めている一方 いっぽう で、飢餓 きが 人口 じんこう はアフリカ諸国 しょこく 平均 へいきん と同 どう 水準 すいじゅん 、むしろアフリカ平均 へいきん は減少 げんしょう 傾向 けいこう にあるが、ケニアは減少 げんしょう していない。そこで、ケニア農業 のうぎょう の課題 かだい についてここでは整理 せいり を行 おこな い、改善 かいぜん の方法 ほうほう を模索 もさく する。
前 ぜん 項目 こうもく で示 しめ したように、ケニアには地理 ちり 、気候 きこう の条件 じょうけん 、特 とく に地域 ちいき ごとに降水 こうすい 量 りょう の差 さ があり、乾燥 かんそう 地域 ちいき 、半 はん 乾燥 かんそう 地域 ちいき の比率 ひりつ も高 たか いことから、農業 のうぎょう に適 てき しているとされる農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち は限 かぎ られている。しかし、グラフを見 み ると、国土 こくど 面積 めんせき に対 たい する農業 のうぎょう 面積 めんせき の比率 ひりつ は他 た のアフリカ諸国 しょこく に比 くら べ高 たか いということが分 わ かる。ケニアは農業 のうぎょう 人口 じんこう の比率 ひりつ が高 たか いことにより、農業 のうぎょう に使用 しよう する面積 めんせき が多 おお いということと、好 こう 適地 てきち 以外 いがい での農業 のうぎょう を余儀 よぎ なくされている人々 ひとびと が存在 そんざい するということが要因 よういん として挙 あ げることができる。
ケニアは降水 こうすい が不安定 ふあんてい であり、度々 たびたび 干 かん ばつに襲 おそ われている。また、乾燥 かんそう 地 ち 、半 はん 乾燥 かんそう 地 ち では農業 のうぎょう 用水 ようすい の確保 かくほ が困難 こんなん である。安定 あんてい して農業 のうぎょう 用水 ようすい を確保 かくほ するには灌漑 かんがい 設備 せつび が有用 ゆうよう である。しかしケニアは、他 た のアフリカ諸国 しょこく 、サブサハラ以南 いなん の国々 くにぐに の平均 へいきん と比較 ひかく しても、農業 のうぎょう 面積 めんせき に占 し める灌漑 かんがい 面積 めんせき の比率 ひりつ が低 ひく いことが分 わ かる。アフリカ平均 へいきん は6〜7%代 だい 、サブサハラ以南 いなん 平均 へいきん は2〜3%代 だい を推移 すいい しているのに対 たい し、ケニアは0〜2%代 だい と非常 ひじょう に低 ひく い水準 すいじゅん での推移 すいい である。
この事 こと は穀物 こくもつ 生産 せいさん 量 りょう の増加 ぞうか 率 りつ に結果 けっか となって現 あらわ れている。下 した のグラフを見 み てみると、ケニアの増加 ぞうか 率 りつ の推移 すいい の幅 はば が明 あき らかに大 おお きいことが分 わ かる。特 とく に大 おお きな干 かん ばつに見舞 みま われた1984年 ねん には−36.2%と大 おお きな現象 げんしょう となっている。これは、同 おな じように干 かん ばつの被害 ひがい を受 う けたサブサハラ地域 ちいき の国々 くにぐに の平均 へいきん である−9.2%を大 おお きく下回 したまわ っている。そして、その次 つぎ の年 とし である1985年 ねん には前年 ぜんねん 大 おお きく減少 げんしょう した分 わか 大 おお きな回復 かいふく を見 み せている。
このように、灌漑 かんがい 設備 せつび 整備 せいび の遅 おく れによって、気候 きこう 変動 へんどう の影響 えいきょう を受 う けやすく、安定 あんてい した農業 のうぎょう 生産 せいさん を行 おこな えていないことがケニア農業 のうぎょう の大 おお きな課題 かだい である。2008年 ねん 、2009年 ねん とケニアは再 ふたた び干 かん ばつの被害 ひがい を受 う け、さらに2010年 ねん には洪水 こうずい の被害 ひがい を受 う けており、データとしての確認 かくにん は現在 げんざい できていないが、既存 きそん の灌漑 かんがい をはじめとするインフラの荒廃 こうはい 、農業 のうぎょう 生産 せいさん の減少 げんしょう 、飢餓 きが 人口 じんこう 比率 ひりつ の増加 ぞうか は避 さ けられない事態 じたい として予想 よそう することができる。
もう1 ひと つ大 おお きな課題 かだい として挙 あ げることができるのは、民族 みんぞく 間 あいだ の対立 たいりつ による政情 せいじょう 不安 ふあん である。2008年 ねん 、上述 じょうじゅつ の通 とお り、ケニアは干 かん ばつの被害 ひがい を受 う けたが、同 おな じように被害 ひがい を受 う けたはずの周辺 しゅうへん 国 こく の平均 へいきん 値 ち は減少 げんしょう していない。ケニアには干 かん ばつのほかに穀物 こくもつ 生産 せいさん 量 りょう を現象 げんしょう させる要因 よういん があったということである。それは、大統領 だいとうりょう 選挙 せんきょ に伴 ともな う民族 みんぞく 間 あいだ 闘争 とうそう により、本来 ほんらい 農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち であるリフトバレー州 しゅう での農業 のうぎょう 生産 せいさん が不可能 ふかのう になったということである。リフトバレー州 しゅう は、"パンのバスケット"と呼 よ ばれるほど多 おお くの穀物 こくもつ 収穫 しゅうかく 量 りょう を誇 ほこ る地域 ちいき で、長 なが い雨 あめ とともに到来 とうらい する収穫 しゅうかく 期 き には、国内 こくない 生産 せいさん の80%以上 いじょう の穀物 こくもつ や豆類 まめるい が生産 せいさん されている。その地域 ちいき の人々 ひとびと は、生計 せいけい を立 た てるのに、前述 ぜんじゅつ のような商品 しょうひん 作物 さくもつ を生産 せいさん すること、自分 じぶん たちが食 た べる分 ぶん の食料 しょくりょう を小規模 しょうきぼ に生産 せいさん すること、畜産 ちくさん をすることに依存 いぞん してきた。しかしそこは複数 ふくすう 民族 みんぞく の地域 ちいき であるため、大統領 だいとうりょう 選挙 せんきょ 時 じ に暴動 ぼうどう の矛先 ほこさき となり、約 やく 162000世帯 せたい が強制 きょうせい 退去 たいきょ を余儀 よぎ なくされ、人々 ひとびと は家畜 かちく とともに難民 なんみん キャンプに移動 いどう した。その結果 けっか 、農業 のうぎょう 生産 せいさん は不可能 ふかのう 、国内 こくない 生産 せいさん されるはずだった穀物 こくもつ の多 おお くが失 うしな われたことになり、国内 こくない 穀物 こくもつ 市場 いちば は混乱 こんらん 状態 じょうたい に陥 おちい った。
ここからケニア農業 のうぎょう の問題 もんだい 点 てん として、本稿 ほんこう では大 おお きく以下 いか の3点 てん を挙 あ げる。
農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち が限 かぎ られているため、安定 あんてい した農業 のうぎょう 生産 せいさん を大 だい 規模 きぼ に行 おこな うのが困難 こんなん
好 こう 適地 てきち 以外 いがい での農業 のうぎょう 生産 せいさん は灌漑 かんがい 設備 せつび が整 ととの っていないために、干 かん ばつなどの気候 きこう 変動 へんどう による影響 えいきょう を受 う けやすく不安定 ふあんてい
本来 ほんらい 好 こう 適地 てきち である土地 とち でさえも、民族 みんぞく 間 あいだ の対立 たいりつ による政情 せいじょう 不安 ふあん により安定 あんてい 的 てき な農業 のうぎょう 生産 せいさん ができないケースが存在 そんざい
これらの問題 もんだい 点 てん から、好 こう 適地 てきち 以外 いがい の地域 ちいき での灌漑 かんがい など農業 のうぎょう 設備 せつび の整備 せいび を進 すす めることにより気候 きこう の変動 へんどう による影響 えいきょう を受 う けにくい安定 あんてい 的 てき な農業 のうぎょう 生産 せいさん を目指 めざ すこと、民族 みんぞく 対立 たいりつ の早期 そうき 解決 かいけつ を目指 めざ すこと、民族 みんぞく 対立 たいりつ が農業 のうぎょう を滞 とどこお らせることがないようガイドラインを策定 さくてい するなど農業 のうぎょう 部門 ぶもん を保護 ほご するような制度 せいど を確立 かくりつ することを第 だい 一 いち に取組 とりく み、農業 のうぎょう 環境 かんきょう を整 ととの えることがケニア農業 のうぎょう には必要 ひつよう であると主張 しゅちょう する。
3.ケニア農業 のうぎょう と政策 せいさく の関係 かんけい 性 せい
ケニア農業 のうぎょう には上記 じょうき のような問題 もんだい 点 てん があることがわかった。これらの問題 もんだい 点 てん はケニア独立 どくりつ 後 ご 、あるいはその以前 いぜん から続 つづ くものであり、農業 のうぎょう に関 かか わる環境 かんきょう は基本 きほん 的 てき に大 おお きい変化 へんか はない。そこで、ケニア独立 どくりつ 後 ご から現在 げんざい に至 いた るまでの農業 のうぎょう の状況 じょうきょう と、そのとき政府 せいふ がどのような政策 せいさく を採 と っていたかを把握 はあく し、政府 せいふ の動 うご きが国内 こくない の農業 のうぎょう と経済 けいざい にどのような影響 えいきょう を与 あた えるかということを考察 こうさつ する。前述 ぜんじゅつ で、政府 せいふ の政策 せいさく がGDPを指標 しひょう とする国内 こくない 経済 けいざい に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えるということと、農業 のうぎょう がケニア経済 けいざい において大 おお きな比重 ひじゅう を占 し めているということを示 しめ した。そこから、政府 せいふ がどのような政策 せいさく を採 と るかが農業 のうぎょう に大 おお きな影響 えいきょう を及 およ ぼし、ケニア経済 けいざい を大 おお きく左右 さゆう すると考 かんが えられる。過去 かこ のGDP推移 すいい を見 み てみると、前述 ぜんじゅつ のとおり、1964年 ねん から1983年 ねん までのケニヤッタ政権 せいけん 期 き は実質 じっしつ GDP成長 せいちょう 率 りつ の平均 へいきん は6.2%を示 しめ している。一方 いっぽう で、1983年 ねん から2004年 ねん までのモイ政権 せいけん 期 き は、平均 へいきん GDP成長 せいちょう 率 りつ は1.6%と低迷 ていめい している。対照 たいしょう 的 てき なこの2 ふた つの期間 きかん においてどのような政策 せいさく が採 と られ、農業 のうぎょう にどのような成果 せいか があったのかを見 み ていくこととする。
1968年 ねん から1980年 ねん までの農業 のうぎょう 部門 ぶもん の年 とし 平均 へいきん 成長 せいちょう 率 りつ は4.2%である。アフリカ諸国 しょこく 平均 へいきん は2%代 だい と低迷 ていめい していたことから、世界 せかい 的 てき な好 こう 況 きょう や良好 りょうこう な交易 こうえき 条件 じょうけん によるものではないことがわかる。
上 うえ のグラフは穀物 こくもつ 生産 せいさん 量 りょう と収穫 しゅうかく 面積 めんせき の推移 すいい を表 あらわ したものである。1970年代 ねんだい 後半 こうはん までの生産 せいさん 量 りょう の急速 きゅうそく な伸 の びが見 み て取 と れる。その期間 きかん でのピークは1976年 ねん で、1961年 ねん から1976年 ねん までの生産 せいさん 量 りょう の増加 ぞうか 率 りつ は、年 とし 平均 へいきん で5.9%と、同期 どうき 間 あいだ のサブサハラ以南 いなん 地域 ちいき 平均 へいきん が2.2%であることから大 おお きく平均 へいきん を上回 うわまわ っている。同様 どうよう に、1970年 ねん までの穀物 こくもつ 収穫 しゅうかく 面積 めんせき の拡大 かくだい も急速 きゅうそく であり、1961年 ねん から1969年 ねん までの収穫 しゅうかく 面積 めんせき 拡大 かくだい 率 りつ は平均 へいきん 約 やく 6.2%と高 たか い水準 すいじゅん を示 しめ している。同期 どうき 間 あいだ の年 とし 平均 へいきん 人口 じんこう 増加 ぞうか 率 りつ は3.0%であることから、この収穫 しゅうかく 面積 めんせき の増加 ぞうか は、単 たん に労働 ろうどう 投入 とうにゅう 量 りょう の増加 ぞうか や需要 じゅよう の増加 ぞうか によるもののみではないことがわかる。
1962年 ねん から1970年 ねん にかけて「100万 まん エーカー計画 けいかく 」という、旧 きゅう ヨーロッパ系 けい 大 だい 農場 のうじょう を小農 しょうのう に配分 はいぶん し、入植 にゅうしょく させる政策 せいさく が採 と られたのをはじめ、アフリカ系 けい 農民 のうみん の土地 とち 所有 しょゆう 権 けん の取得 しゅとく が進 すす んだ。そのことは、入植 にゅうしょく 者 しゃ の増産 ぞうさん 意欲 いよく を高 たか めたと考 かんが えることができ、生産 せいさん 量 りょう が急速 きゅうそく に伸 の びた理由 りゆう 付 づ けの1 ひと つとすることができる。それは他 た のアフリカ諸国 しょこく の独立 どくりつ 時 じ にもこのような理由 りゆう により農業 のうぎょう 生産 せいさん が増加 ぞうか している例 れい は多 おお くあるが、ケニヤッタ期 き の成長 せいちょう のもう1 ひと つの理由 りゆう として、市場 いちば 向 む け農業 のうぎょう 生産 せいさん を促 うなが すための投資 とうし 、インフラ整備 せいび が進 すす められたことを挙 あ げることができる。
ケニアの農業 のうぎょう の特徴 とくちょう は、植民 しょくみん 地 ち 時代 じだい にヨーロッパ系 けい 入植 にゅうしょく 者 しゃ によって形作 かたちづく られた市場 いちば 指向 しこう 型 がた の農業 のうぎょう が継承 けいしょう されたために、生産 せいさん の構成 こうせい において商品 しょうひん 作物 さくもつ の比率 ひりつ が比較的 ひかくてき 高 たか いこと、および食料 しょくりょう 生産 せいさん の市場 いちば 化 か がケニヤッタ期 き においてかなり進 すす んでいたことである。その商品 しょうひん 作物 さくもつ の例 れい としてコーヒーや茶 ちゃ の生産 せいさん を挙 あ げることができる。ケニヤッタは独立 どくりつ 後 ご 、インフラの整備 せいび や小農 しょうのう の支援 しえん を行 おこな ったが、その好例 こうれい が茶 ちゃ の生産 せいさん である。茶 ちゃ の生産 せいさん は、茶 ちゃ 葉 は の摘 つ み取 と りが年間 ねんかん を通 つう じて可能 かのう であるという利点 りてん があるが、その一方 いっぽう で、茶 ちゃ 樹 じゅ の栽培 さいばい や、摘 つ み取 と り後 ご の流通 りゅうつう ・加工 かこう に高 たか い技術 ぎじゅつ と組織 そしき 性 せい を必要 ひつよう とすることから、植民 しょくみん 地 ち 時代 じだい には困難 こんなん であると考 かんが えられていた。しかし、植民 しょくみん 地 ち 時代 じだい 末期 まっき から独立 どくりつ 後 ご にかけて、小農 しょうのう の茶 ちゃ 生産 せいさん 促進 そくしん のための背 せ 策 さく が進 すす められた。独立 どくりつ 直後 ちょくご の1964年 ねん には、それまでの組織 そしき を再編 さいへん して、「ケニア茶 ちゃ 開発 かいはつ 公社 こうしゃ (以下 いか 、KTDA)」が設立 せつりつ された。ケニヤッタの意思 いし を反映 はんえい し、KTDAは世界銀行 せかいぎんこう の巨額 きょがく の融資 ゆうし を用 もち いて、小農 しょうのう 生産 せいさん の振興 しんこう を行 おこな った。政府 せいふ の茶 ちゃ 精算 せいさん 振興 しんこう 政策 せいさく において柱 はしら となったのは、高 たか い品質 ひんしつ を守 まも るための農民 のうみん への技術 ぎじゅつ 指導 しどう 、生産 せいさん 物 ぶつ ・投入 とうにゅう 物 ぶつ の流通 りゅうつう 等 とう に関 かか わる支援 しえん に加 くわ えて、加工 かこう 施設 しせつ 及 およ び同 どう 施設 しせつ までの道路 どうろ 網 もう の整備 せいび である。茶 ちゃ の特性 とくせい 上 じょう 、摘 つ み取 と り後 ご の茶 ちゃ 葉 は の集荷 しゅうか や加工 かこう を迅速 じんそく 化 か しなければならないが、そのために小農 しょうのう の茶 ちゃ 生産 せいさん 地区 ちく に加工 かこう 施設 しせつ が作 つく られると共 とも に「茶道 さどう 路 ろ 」と呼 よ ばれる輸送 ゆそう 路 ろ が建設 けんせつ された。キクユなど、ヨーロッパ居住 きょじゅう 地区 ちく 周辺 しゅうへん に居住 きょじゅう していた人々 ひとびと は植民 しょくみん 地 ち 時代 じだい の早 はや い時期 じき からそうした商品 しょうひん 作物 さくもつ に触 ふ れ、生産 せいさん のための知識 ちしき を身 み につけていたため、市場 いちば 向 む け生産 せいさん への高 たか い意欲 いよく を持 も っていた。政府 せいふ はそうした意欲 いよく に対 たい し、小農 しょうのう 向 む けのインフラ投資 とうし を通 つう じて応 こた えることが重要 じゅうよう な課題 かだい であり、ケニヤッタ政権 せいけん はその課題 かだい を政策 せいさく に反映 はんえい させた。そして小農 しょうのう もまた、そうした政府 せいふ の積極 せっきょく 的 てき な支援 しえん に応 こた えて茶 ちゃ をはじめとする生産 せいさん を急速 きゅうそく に増 ふ やしていった。そして、そうした商品 しょうひん 作物 さくもつ を中心 ちゅうしん とする農業 のうぎょう 部門 ぶもん の成長 せいちょう は、ケニア経済 けいざい 全体 ぜんたい に好影響 こうえいきょう を与 あた えた。まず製造 せいぞう 業 ぎょう 製品 せいひん に対 たい する需要 じゅよう が伸 の び、輸入 ゆにゅう 代替 だいたい 工業 こうぎょう 化 か が推進 すいしん された。1968年 ねん から1980年 ねん にかけての家計 かけい 最終 さいしゅう 消費 しょうひ 支出 ししゅつ は年 とし 平均 へいきん 約 やく 6.6%の増加 ぞうか を示 しめ した。また、農家 のうか の子 こ どもたちの教育 きょういく への投資 とうし が進 すす み、学校 がっこう 教育 きょういく を受 う けた人々 ひとびと がナイロビなどの年 とし に移動 いどう し、都市 とし ・工業 こうぎょう 部門 ぶもん での労働 ろうどう 需要 じゅよう の拡大 かくだい に応 こた えた。別 べつ の面 めん から見 み れば、都市 とし 部 ぶ に職 しょく を求 もと めた人 ひと たちの多 おお くは失業 しつぎょう せずに都市 とし の産業 さんぎょう 部門 ぶもん に雇用 こよう された。
そのような都市 とし 部門 ぶもん での成長 せいちょう は、法人 ほうじん 税 ぜい などの増収 ぞうしゅう からケニヤッタ政権 せいけん の財源 ざいげん 確保 かくほ に寄与 きよ し、政府 せいふ の歳入 さいにゅう の拡大 かくだい と安定 あんてい をもたらした。1970年代 ねんだい 、ケニア政府 せいふ の経常 けいじょう 予算 よさん は黒字 くろじ であった。このことが、農村 のうそん ・農業 のうぎょう 部門 ぶもん へのインフラ投資 とうし をはじめとする農業 のうぎょう 環境 かんきょう の整備 せいび を容易 ようい にした。ようするに、当時 とうじ のケニアでは、農業 のうぎょう 部門 ぶもん の発展 はってん が工業 こうぎょう 部門 ぶもん の成長 せいちょう を支 ささ え、工業 こうぎょう 部門 ぶもん の成長 せいちょう は政府 せいふ 歳入 さいにゅう の拡大 かくだい に貢献 こうけん し、それが政府 せいふ の農業 のうぎょう 部門 ぶもん へのインフラ投資 とうし を促 うなが すという、資源 しげん の好 こう 循環 じゅんかん が成 な り立 た っていたのである。そしてその循環 じゅんかん の源 みなもと は政府 せいふ のインフラ投資 とうし の成果 せいか による農業 のうぎょう 部門 ぶもん の発展 はってん であることを心 しん に留 と めておく必要 ひつよう がある。
ケニヤッタ期 き の政策 せいさく には以上 いじょう のような優 すぐ れた成果 せいか をもたらしたという事実 じじつ があるが、その一方 いっぽう で、前述 ぜんじゅつ で、独立 どくりつ 時 じ の土地 とち 配分 はいぶん の方法 ほうほう に一定 いってい の民族 みんぞく に優位 ゆうい に働 はたら くような要素 ようそ があると示 しめ したが、同様 どうよう に、インフラ整備 せいび を中心 ちゅうしん とする投資 とうし には地域 ちいき による格差 かくさ が存在 そんざい した。
1978 年 とし
1993 年 とし
増加 ぞうか 率 りつ (%)
州 しゅう
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
舗装 ほそう 率 りつ (%)
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
舗装 ほそう 率 りつ (%)
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
セントラル州 しゅう
1,125
5,862
19
1,944
7,736
25
73
32
コースト州 しゅう
312
3,106
10
653
5,246
12
109
69
イースタン州 しゅう
501
10,081
5
1,097
12,991
8
119
29
ノースイースタン州 しゅう
―
―
―
3,694
25,973
14
―
―
ニャンザ州 しゅう
508
5,461
9
747
7,200
10
47
32
リフトバレー州 しゅう
1,332
10,102
13
3,169
18,668
17
138
85
ウエスタン州 しゅう
269
2,951
9
405
4,049
10
51
37
高橋 たかはし 基樹 もとき 著 ちょ 『開発 かいはつ と国家 こっか 』参照 さんしょう
上 うえ の表 ひょう は、ナイロビとモンバサという2大都市 だいとし を除 のぞ いた、ケニアの各州 かくしゅう における全 ぜん 道路 どうろ 、舗装 ほそう 道路 どうろ の総 そう 延長 えんちょう を示 しめ したものである。1978年 ねん におけるセントラル州 しゅう の優位 ゆうい が見 み て取 と れる。この2 ふた つの州 しゅう はキクユが居住 きょじゅう している地域 ちいき で、道路 どうろ の整備 せいび は1 ひと つの例 れい に過 す ぎないが、ケニヤッタ政権 せいけん において財政 ざいせい 資源 しげん 配分 はいぶん に偏 かたよ りがあったことを示唆 しさ している。このことが、後 のち に民族 みんぞく 間 あいだ の格差 かくさ から民族 みんぞく 間 あいだ の対立 たいりつ へと発展 はってん し、現在 げんざい の政情 せいじょう 不安 ふあん へと続 つづ いている。
1978年 ねん にケニヤッタが死去 しきょ すると、続 つづ いて当時 とうじ 副 ふく 大統領 だいとうりょう であったモイが大統領 だいとうりょう に就任 しゅうにん した。2004年 ねん までのモイ政権 せいけん 期 き のGDPは前述 ぜんじゅつ の通 とお り、平均 へいきん 1.6%と低迷 ていめい している。農業 のうぎょう はどうだろうか。構造 こうぞう 調整 ちょうせい が開始 かいし された1980年 ねん から、複数 ふくすう 政党 せいとう 制 せい が採用 さいよう される1992年 ねん までの期間 きかん 、農業 のうぎょう 部門 ぶもん の年 とし 平均 へいきん 成長 せいちょう 率 りつ は2.7%と、ケニヤッタ期 き の4.2%から大 おお きく下降 かこう している。また、穀物 こくもつ 生産 せいさん 量 りょう の伸 の びはケニヤッタ期 き に比 くら べ0.4%の伸 の びに留 とど まっており、同 どう 時期 じき のサブサハラ以南 いなん 地域 ちいき の平均 へいきん 値 ち が2.1%であることからその平均 へいきん を大 おお きく下回 したまわ っている。また、ケニヤッタ期 き の穀物 こくもつ 生産 せいさん の最大 さいだい 量 りょう は1977年 ねん の約 やく 318万 まん トンであるが、その後 ご 2002年 ねん までの間 あいだ に上回 うわまわ ったのは5 いつ つの年 とし のみである。商品 しょうひん 作物 さくもつ の売上 うりあげ 高 だか については、1977年 ねん が同 おな じくケニヤッタ期 き の最 さい 高値 たかね であるが、その後 ご 2002年 ねん までこの値 ね を上回 うわまわ る売上 うりあげ 高 だか は記録 きろく されていない。その理由 りゆう は、工業 こうぎょう 部門 ぶもん と農業 のうぎょう 部門 ぶもん の双方 そうほう にある。まず、石油 せきゆ 危機 きき やレーガノミクスに端 はし を欲 ほっ する世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう と、さらに製品 せいひん の仕向 しむ け先 さき ともなってきた近隣 きんりん 諸国 しょこく との東 ひがし アフリカ共同 きょうどう 体 たい が、タンザニアとの外交 がいこう 的 てき な軋轢 あつれき により崩壊 ほうかい が重 かさ なり製造 せいぞう 業 ぎょう 部門 ぶもん が低迷 ていめい した。農業 のうぎょう 部門 ぶもん は前述 ぜんじゅつ のように、1980年 ねん と1984年 ねん に干 かん ばつの被害 ひがい を受 う け、食糧 しょくりょう 危機 きき も深刻 しんこく なものであった。農業 のうぎょう 部門 ぶもん の停滞 ていたい が国内 こくない 需要 じゅよう を抑制 よくせい することとなり、製造 せいぞう 業 ぎょう 部門 ぶもん の低迷 ていめい が決定的 けっていてき なものになった。そしてそのことが政府 せいふ の財政 ざいせい 収支 しゅうし の悪化 あっか につながった。このように、ケニヤッタ期 き に作 つく り上 あ げられた資源 しげん の好 こう 循環 じゅんかん が大 おお きく崩 くず れたことがモイ期 き の経済 けいざい 成長 せいちょう 低迷 ていめい の大 おお きな要因 よういん である。しかし、このような世界 せかい 的 てき な状況 じょうきょう の中 なか で、1990年代 ねんだい 前半 ぜんはん から多 おお くのアフリカ諸国 しょこく は少 すこ しずつ回復 かいふく 基調 きちょう に入 はい っていく。しかしケニアの低迷 ていめい は21世紀 せいき に入 はい ってからも続 つづ いていることから、これらの要因 よういん のみでは説明 せつめい がつかない。そこで、同 どう 時期 じき の農業 のうぎょう の状態 じょうたい とそこで採 と られた政策 せいさく を追 お うことで、ケニア農業 のうぎょう が置 お かれた状況 じょうきょう を把握 はあく し、低迷 ていめい の要因 よういん について考察 こうさつ を行 おこな う。モイ期 き の政治 せいじ と農業 のうぎょう 、経済 けいざい の関係 かんけい 性 せい を見 み るためには、まず土地 とち の問題 もんだい について把握 はあく していく必要 ひつよう がある。
上 うえ のグラフを見 み ると、穀物 こくもつ 収穫 しゅうかく 面積 めんせき は1977年 ねん を1 ひと つのピークに迎 むか え、その後 ご モイ政権 せいけん 末期 まっき の2001年 ねん までこれを上回 うわまわ ることはなかった。この間 あいだ も農業 のうぎょう 人口 じんこう は増 ふ え続 つづ けていることから、人口 じんこう の増加 ぞうか に対応 たいおう する土地 とち の拡大 かくだい が限界 げんかい に近 ちか づいたとも見 み られる。この現象 げんしょう はアフリカ全体 ぜんたい で見 み られるものだが、同時 どうじ に、農地 のうち のかなりの部分 ぶぶん が休閑 きゅうかん 状態 じょうたい や非 ひ 効率 こうりつ な遊休 ゆうきゅう 状態 じょうたい にある(5) ということを留保 りゅうほ する必要 ひつよう がある。遊休 ゆうきゅう 状態 じょうたい の最 もっと も重要 じゅうよう 視 し しなければならない点 てん は、その大 だい 部分 ぶぶん が大 だい 土地 とち 所有 しょゆう の下 した にあり、その土地 とち が必 かなら ずしも人口 じんこう 増加 ぞうか に対応 たいおう して極限 きょくげん まで効率 こうりつ 的 てき に利用 りよう されるに至 いた っていないということである。
耕作 こうさく 可能 かのう な土地 とち の拡大 かくだい 限界 げんかい の直面 ちょくめん は、人口 じんこう 稠密 ちゅうみつ な地域 ちいき から始 はじ まり、前述 ぜんじゅつ のような人口 じんこう の移動 いどう に伴 ともな って他 た の地域 ちいき に及 およ んだと推測 すいそく することができる。前述 ぜんじゅつ の通 とお り、植民 しょくみん 地 ち 自体 じたい の名残 なごり で同 おな じ地域 ちいき に同 おな じ民族 みんぞく が集 あつ まって居住 きょじゅう していることから、人口 じんこう の移動 いどう の際 さい に、外 そと の地域 ちいき を故 こ 地 ち とする民族 みんぞく 集団 しゅうだん が、人口 じんこう 密度 みつど の低 ひく い地域 ちいき に流入 りゅうにゅう することになる。その際 さい に「よそ者 もの 」が侵入 しんにゅう してきたとみなされやすく、従来 じゅうらい 居住 きょじゅう してきた者 もの と、流入 りゅうにゅう してきた者 もの の間 あいだ には軋轢 あつれき や摩擦 まさつ が起 お きる可能 かのう 性 せい が高 たか くなる。実際 じっさい に、ニャンザ州 しゅう からリフトバレー州 しゅう へと進入 しんにゅう したキクユ、ルイヤ、ルオと、先住 せんじゅう 者 しゃ であるカレンジンやマサイの間 あいだ では、土地 とち についての考 かんが え方 かた に大 おお きな食 く い違 ちが いがみられ、リフトバレー州 しゅう では、前者 ぜんしゃ と後者 こうしゃ との間 あいだ に暴力 ぼうりょく を伴 ともな う紛争 ふんそう がみられた。そうした紛争 ふんそう が政治 せいじ へと影響 えいきょう し、大 だい 規模 きぼ 化 か したのが、2008年 ねん に起 お きた暴動 ぼうどう である。そこには、アフリカ人 じん が本来 ほんらい 繰 く り返 かえ してきた移動 いどう の論理 ろんり と、植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい によってもたらされた近代 きんだい ヨーロッパの考 かんが え方 かた である、排他 はいた 的 てき な土地 とち 所有 しょゆう 権 けん 制度 せいど との間 あいだ に生 しょう じた軋轢 あつれき が深 ふか く根付 ねつ いている。
そうした民族 みんぞく 間 あいだ の土地 とち をめぐる軋轢 あつれき が深 ふか まる中 なか で、モイ政権 せいけん は統治 とうち を変質 へんしつ させていった。前述 ぜんじゅつ の通 とお り、ケニヤッタはキクユへと資源 しげん を集中 しゅうちゅう させ、政治 せいじ エリート層 そう を築 きず き、寡頭支配 しはい を行 おこな っていったが、一転 いってん してもモイは、自分 じぶん の出身 しゅっしん であるカレンジンをはじめとする「忘 わす れられた人々 ひとびと 」の利益 りえき 擁護 ようご を打 う ち出 だ した。また、大臣 だいじん 等 とう 政府 せいふ 要職 ようしょく にはキクユ人 じん に代 か わって徐々 じょじょ にカレンジンの人々 ひとびと が就 つ き、ケニヤッタ期 き の部族 ぶぞく 主義 しゅぎ 的 てき な性格 せいかく は、モイ期 き により強化 きょうか されたと見 み ることができる。また、農業 のうぎょう 関連 かんれん の開発 かいはつ の例 れい として、穀物 こくもつ 集荷 しゅうか 施設 しせつ の増設 ぞうせつ を挙 あ げることができる。穀物 こくもつ 流通 りゅうつう に関 かか わる後者 こうしゃ を統合 とうごう 再編 さいへん し、カレンジンの居住 きょじゅう 地 ち であるリフトバレー州 しゅう に穀物 こくもつ 集荷 しゅうか 施設 しせつ を急激 きゅうげき に増加 ぞうか させ、同時 どうじ に雇用 こよう を3倍 ばい に拡大 かくだい させた。
また、カレンジン擁護 ようご の政策 せいさく はインフラ整備 せいび の点 てん からも確認 かくにん することができる。
1978 年 とし
1993 年 とし
増加 ぞうか 率 りつ (%)
州 しゅう
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
舗装 ほそう 率 りつ (%)
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
舗装 ほそう 率 りつ (%)
舗装 ほそう 道路 どうろ
全 ぜん 道路 どうろ
セントラル州 しゅう
1,125
5,862
19
1,944
7,736
25
73
32
コースト州 しゅう
312
3,106
10
653
5,246
12
109
69
イースタン州 しゅう
501
10,081
5
1,097
12,991
8
119
29
ノースイースタン州 しゅう
―
―
―
3,694
25,973
14
―
―
ニャンザ州 しゅう
508
5,461
9
747
7,200
10
47
32
リフトバレー州 しゅう
1,332
10,102
13
3,169
18,668
17
138
85
ウエスタン州 しゅう
269
2,951
9
405
4,049
10
51
37
高橋 たかはし 基樹 もとき 著 ちょ 『開発 かいはつ と国家 こっか 』参照 さんしょう
表 ひょう を見 み ると、ケニヤッタ期 き の1978年 ねん からモイ期 き の1993年 ねん にかけて、セントラルの優位 ゆうい は変 か わらないものの、リフトバレー州 しゅう における舗装 ほそう 道路 どうろ および全 ぜん 道路 どうろ の総 そう 延長 えんちょう の伸 の びの著 いちじる しさが目立 めだ つ。これはモイ政権 せいけん が自 みずか らの民族 みんぞく 集団 しゅうだん に利益 りえき 誘導 ゆうどう 的 てき な財政 ざいせい 支出 ししゅつ 配分 はいぶん をした結果 けっか ということができる。
もう1 ひと つ注目 ちゅうもく すべきなのは、農業 のうぎょう 部門 ぶもん への開発 かいはつ 支出 ししゅつ はケニヤッタ期 き に比 くら べ低 てい 水準 すいじゅん 且 か つ不安定 ふあんてい になっていることである。これは、世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう により財政 ざいせい 状況 じょうきょう が悪化 あっか したことが上 あ げられるが、不 ふ 況 きょう もう1 ひと つの原因 げんいん として、一般 いっぱん 行政 ぎょうせい 向 む け開発 かいはつ 支出 ししゅつ というあいまいな項目 こうもく の拡大 かくだい を挙 あ げることができる。基本 きほん 的 てき にこの項目 こうもく は大刀 たち 慮 おもんばか 以下 いか の政権 せいけん 中枢 ちゅうすう の最良 さいりょう に任 まか されている部分 ぶぶん が多 おお く、政治 せいじ 的 てき 配慮 はいりょ によって非 ひ 生産 せいさん 的 てき に費消 ひしょう されている場合 ばあい がしばしばだと思 おも われる。いずれにせよ、モイ政権 せいけん の下 した では、ケニヤッタ政権 せいけん に見 み られるような、目覚 めざま しい生産 せいさん 拡大 かくだい 効果 こうか を持 も った政府 せいふ 開発 かいはつ 支出 ししゅつ やインフラ向 む け投資 とうし は行 おこな われなかったと考 かんが えられる。
ケニヤッタ期 き とモイ期 き の経済 けいざい ・農業 のうぎょう 状況 じょうきょう と、そのとき採 と られた政策 せいさく をここまで見 み てきて明 あき らかになったことは、まず政策 せいさく が農業 のうぎょう に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えるということ、そしてケニアにおいては農業 のうぎょう 部門 ぶもん の発展 はってん と安定 あんてい が直接 ちょくせつ 国内 こくない 経済 けいざい の発展 はってん と安定 あんてい につなげるということである。ケニヤッタ期 き においては独立 どくりつ 後 ご の国 くに づくりの時期 じき ということもあり農家 のうか のインセンティブも高 たか かったことが成功 せいこう の要因 よういん の1 ひと つとして考 かんが えられるが、同時 どうじ に、民族 みんぞく 間 あいだ の格差 かくさ など、現在 げんざい にまで残 のこ る問題 もんだい が、政策 せいさく の採 と られ方 かた によって生 しょう じてしまうということも明 あき らかになった。モイ期 き では、世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう の影響 えいきょう を受 う ける中 なか で、本来 ほんらい であるならば国内 こくない 経済 けいざい の状況 じょうきょう を正確 せいかく に把握 はあく し、政府 せいふ が対策 たいさく を講 こう じるべきであったが、政治 せいじ 的 てき な意図 いと が政策 せいさく に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた え、その判断 はんだん に歪 ゆが みが生 しょう じた。政策 せいさく の重要 じゅうよう 性 せい が改 あらた めて明 あき らかになった。
また、ケニヤッタ政権 せいけん とモイ政権 せいけん に共通 きょうつう して言 い えることは、自分 じぶん の民族 みんぞく 集団 しゅうだん への優遇 ゆうぐう 政策 せいさく が横行 おうこう しているということである。そうした政策 せいさく が一部 いちぶ の民族 みんぞく に恩恵 おんけい を与 あた え格差 かくさ を生 う み出 だ すと共 とも に、政権 せいけん が代 か わるたびに政策 せいさく の方向 ほうこう 性 せい が大 おお きく変 か わることから、国内 こくない 経済 けいざい の安定 あんてい 性 せい を期待 きたい することはできない。
ケニア政府 せいふ は、国内 こくない 経済 けいざい において大 おお きな比重 ひじゅう を占 し めている農業 のうぎょう 部門 ぶもん への投資 とうし を積極 せっきょく 的 てき に行 おこな う必要 ひつよう がある。特 とく に、限 かぎ られた農業 のうぎょう 用地 ようち を効率 こうりつ 的 てき に利用 りよう するための灌漑 かんがい や流通 りゅうつう の効率 こうりつ 化 か を促 うなが す道路 どうろ 設備 せつび や制度 せいど などのインフラ整備 せいび が重要 じゅうよう で、それも投資 とうし を行 おこな う際 さい には、その対象 たいしょう を、民族 みんぞく の違 ちが いではなく、投資 とうし を行 おこな うことによって得 え られる成果 せいか やその必要 ひつよう 性 せい により優先 ゆうせん 順位 じゅんい をつけ行 おこな うべきであると主張 しゅちょう する。
4.農村 のうそん 開発 かいはつ に関 かか わる活動 かつどう を行 おこ なう組織 そしき
今 いま までのところで、ケニア農業 のうぎょう の課題 かだい と、過去 かこ にどのような政策 せいさく が採 と られてきたかを見 み てきた。そして、ケニアにおいて、農業 のうぎょう と経済 けいざい と政治 せいじ が深 ふか く関 かか わっていることが明 あき らかになった。ここでは、現在 げんざい 実際 じっさい に農業 のうぎょう 分野 ぶんや の根本 こんぽん 的 てき な単位 たんい である農村 のうそん の開発 かいはつ に携 たずさ わる活動 かつどう を行 おこ なっている組織 そしき の活動 かつどう の内容 ないよう の例 れい や組織 そしき の特徴 とくちょう を把握 はあく することで、ケニア農業 のうぎょう 分野 ぶんや 発展 はってん を目指 めざ した連携 れんけい の枠組 わくぐ みの中 なか でプレーヤーになりうる組織 そしき の特徴 とくちょう を知 し り、連携 れんけい のあり方 かた について考 かんが える要素 ようそ の1 ひと つとする。
当 あ たり前 まえ のことではあるが、もっとも国内 こくない の状況 じょうきょう に精通 せいつう しており、現状 げんじょう を把握 はあく しているのはケニア政府 せいふ である。農務 のうむ 省 しょう という農業 のうぎょう 専 せん 門 もん の省庁 しょうちょう が存在 そんざい し、国内 こくない 農業 のうぎょう の発展 はってん を目指 めざ した活動 かつどう を行 おこ なっている。2008年 ねん 6月 がつ に、「ケニア・ビジョン2030」という長期 ちょうき 開発 かいはつ 戦略 せんりゃく を打 う ち立 た て、a)経済 けいざい :年間 ねんかん 10%平均 へいきん の経済 けいざい 成長 せいちょう 率 りつ の達成 たっせい とその2030年 ねん までの維持 いじ b)社会 しゃかい :清潔 せいけつ で安全 あんぜん な環境 かんきょう における構成 こうせい 且 か つ公平 こうへい な社会 しゃかい 開発 かいはつ c)政治 せいじ :課題 かだい 達 たち 成型 せいけい 、人々 ひとびと が中心 ちゅうしん 、結果 けっか 重視 じゅうし 且 か つ説明 せつめい 責任 せきにん のある民主 みんしゅ システムの実現 じつげん を目指 めざ している。政府 せいふ による活動 かつどう の長所 ちょうしょ は、まず権力 けんりょく 性 せい があり、国内 こくない で大 だい 規模 きぼ な活動 かつどう を行 おこな うことができる点 てん である。また、企業 きぎょう と異 こと なり、利益 りえき の追求 ついきゅう をしないために、長期間 ちょうきかん にわたったビジョンに基 もと づきプロジェクトを策定 さくてい できる点 てん も挙 あ げることができる。しかし同時 どうじ に、プロジェクト策定 さくてい から実施 じっし までにかなりの時間 じかん を有 ゆう する短所 たんしょ がある。時間 じかん がかかることで、支援 しえん 活動 かつどう の必要 ひつよう なタイミングや効果 こうか 的 てき なタイミングを逃 のが すケースが考 かんが えられるということ、軌道 きどう を修正 しゅうせい するのにもまた時間 じかん がかかることが挙 あ げられる。また、利益 りえき を追求 ついきゅう しないがために生 しょう じる隙 すき 、現場 げんば への対応 たいおう 力 りょく の弱 よわ さ、コストパフォーマンスの悪 わる さも指摘 してき できる。
国連 こくれん の活動 かつどう は、国 くに を越 こ えた世界 せかい 規模 きぼ での活動 かつどう を行 くだり なえること、専門 せんもん 家 か やプロジェクトに関 かか わる人材 じんざい を、国 くに を越 こ えて優 すぐ れた人材 じんざい を集 あつ めることができること、そういった体制 たいせい が整 ととの っていることを長所 ちょうしょ として挙 あ げることができる。同時 どうじ に、ある一定 いってい の国 くに での活動 かつどう は、その国 くに の政府 せいふ の要請 ようせい が必要 ひつよう であること、また、国家 こっか 間 あいだ の中立 ちゅうりつ 的 てき な立場 たちば である必要 ひつよう があり、1 ひと つの国 くに に偏 かたよ った活動 かつどう を行 おこ なえないといった短所 たんしょ を挙 あ げることができる。
企業 きぎょう は、利潤 りじゅん の追求 ついきゅう を行 おこな うことで経済 けいざい 的 てき に持続 じぞく 可能 かのう な活動 かつどう のノウハウを持 も ち、より効率 こうりつ 的 てき な活動 かつどう を常 つね に目指 めざ している性質 せいしつ を長所 ちょうしょ として捉 とら えることができる。しかし一方 いっぽう でその性質 せいしつ が、利潤 りじゅん の追求 ついきゅう が最大 さいだい の目的 もくてき であるがために、必 かなら ずしもその活動 かつどう が公 おおやけ の福祉 ふくし につながるとは限 かぎ らない、時 とき には経済 けいざい 的 てき なリスクを負 お う立場 たちば が生 しょう じる可能 かのう 性 せい があるという短所 たんしょ につながる。
現地 げんち で活動 かつどう しているNGOの長所 ちょうしょ として、その団体 だんたい の活動 かつどう 内容 ないよう やその方法 ほうほう 、規模 きぼ により差異 さい はあるが、草 くさ の根 ね 的 てき な活動 かつどう を行 おこ なっている団体 だんたい については、現地 げんち 住民 じゅうみん のニーズに対 たい し、よりきめ細 ささ やかな支援 しえん が可能 かのう ということ、より住民 じゅうみん に近 ちか い組織 そしき であり、顔 かお と顔 かお が見 み える関係 かんけい である場合 ばあい が多 おお いため、信頼 しんらい 関係 かんけい を築 きず きやすいことが大 おお きな長所 ちょうしょ である。しかし一方 いっぽう で、経済 けいざい 的 てき に活動 かつどう を持続 じぞく させるのが困難 こんなん である場合 ばあい が多 おお かったり、そういった経済 けいざい 的 てき な面 めん から大 だい 規模 きぼ なプロジェクトの実施 じっし は困難 こんなん であるという短所 たんしょ を挙 あ げることができる。また、住民 じゅうみん に近 ちか いがゆえに客観 きゃっかん 性 せい に欠 か ける可能 かのう 性 せい があるといった点 てん も考 かんが えることができる。
以上 いじょう のように、それぞれの組織 そしき の活動 かつどう には長所 ちょうしょ がある一方 いっぽう で、短所 たんしょ も存在 そんざい する。これらの組織 そしき が互 たが いの短所 たんしょ を補 おぎな うと同時 どうじ に、長所 ちょうしょ を相乗 そうじょう 的 てき に伸 の ばすことを連携 れんけい による活動 かつどう を行 おこ なうことで期待 きたい する。
3章 しょう 2 ふた つの事例 じれい を結 むす びつける
1.農村 のうそん 開発 かいはつ に向 む けた連携 れんけい のあり方 かた
前 ぜん 項目 こうもく で、ケニアにおいて諸 しょ 団体 だんたい がケニア農業 のうぎょう 及 およ び飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に関連 かんれん した課題 かだい を改善 かいぜん すべく、どのような活動 かつどう をしているのかを見 み てきた。それぞれの活動 かつどう には長所 ちょうしょ があり、同時 どうじ に弱点 じゃくてん もある。そのような弱点 じゃくてん を上手 うま く補 おぎな い合 あ うような連携 れんけい をどのような形 かたち で組 く み立 た てていくべきか、その枠組 わくぐ みを単純 たんじゅん 化 か した形 かたち で考 かんが える。その際 さい に、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける連携 れんけい のケースを参考 さんこう に、各 かく 組織 そしき がどのような目的 もくてき でその枠組 わくぐ みに参加 さんか し、どのような役割 やくわり を果 は たしていくべきかということについてここでは言及 げんきゅう する。
下 した の図 ず は前述 ぜんじゅつ でも用 もち いた、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける連携 れんけい の概念 がいねん をまとめた図 ず である。この連携 れんけい において重要 じゅうよう なことは、行政 ぎょうせい 、NGO、企業 きぎょう など様々 さまざま な組織 そしき が1 ひと つのプロジェクトに携 たずさ わり、それを作 つく り上 あ げていること、もう1 ひと つは、それぞれの組織 そしき が存在 そんざい することで1 ひと つのイベントが成 な り立 た っているという点 てん である。
横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタでの連携 れんけい をケニアの農業 のうぎょう 部門 ぶもん 改善 かいぜん に向 む けた連携 れんけい に投影 とうえい するとき、前者 ぜんしゃ でのそれぞれの組織 そしき を後者 こうしゃ の場合 ばあい はどういった組織 そしき がどのような立場 たちば で担 にな っていくことになるかということをまず考 かんが える。そこで、このイベントにおける連携 れんけい の中 なか で活動 かつどう している組織 そしき と、それぞれの活動 かつどう の役割 やくわり について整理 せいり を行 おこ なう。
主催 しゅさい 組織 そしき は、連携 れんけい 全体 ぜんたい のコーディネートや、それぞれのニーズの把握 はあく 、イベントに対 たい する評価 ひょうか を把握 はあく し、次 じ 年度 ねんど 以降 いこう のイベント運営 うんえい に反映 はんえい させる。連携 れんけい に携 たずさ わる諸 しょ 組織 そしき への情報 じょうほう 提供 ていきょう を行 おこな い、諸 しょ 組織 そしき が連携 れんけい に関 かん する活動 かつどう を適切 てきせつ に行 おこな えるよう促 うなが す役割 やくわり も果 は たす。主催 しゅさい 組織 そしき の裁量 さいりょう が1 ひと つのプロジェクトの成果 せいか を大 おお きく変 か える。出展 しゅってん 団体 だんたい は、イベントになくてはならないプレーヤーである。それぞれの団体 だんたい の活動 かつどう 次第 しだい でプロジェクトの成果 せいか が変 か わってくる。そのため、それぞれはこのプロジェクトの目的 もくてき をよく理解 りかい し活動 かつどう することが重要 じゅうよう である。ボランティアスタッフは、もっとも実務 じつむ 的 てき な、イベント開催 かいさい に伴 ともな う直接的 ちょくせつてき な作業 さぎょう を行 おこな う立場 たちば である。1 ひと つ1 ひと つの作業 さぎょう は大 おお きくなくとも、1 ひと つ1 ひと つの活動 かつどう の成果 せいか がプロジェクト全体 ぜんたい に作用 さよう してくる。企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい は外部 がいぶ からの協力 きょうりょく を行 おこな う。技術 ぎじゅつ や情報 じょうほう の提供 ていきょう により、課題 かだい の解決 かいけつ や改善 かいぜん に寄与 きよ する。スポンサーは資金 しきん 面 めん での協力 きょうりょく を担 にな う。プロジェクトを始 はじ めるにはまとまった資金 しきん が必要 ひつよう となる。そうなった場合 ばあい 不可欠 ふかけつ な存在 そんざい である。一般 いっぱん 来場 らいじょう 者 しゃ は、最終 さいしゅう 的 てき な受益 じゅえき 者 しゃ であり、この受益 じゅえき 者 しゃ のためにプロジェクトを実施 じっし しているということになる。よって、プロジェクトを行 おこな う際 さい はその受益 じゅえき 者 しゃ のニーズを正確 せいかく に捉 とら え、真摯 しんし にそれに応 こた えることが最 さい 優先 ゆうせん である。そのニーズをどのようにとらえるかが1 ひと つの大 おお きなポイントとなってくる。
立場 たちば
役割 やくわり
よこはま国際 こくさい フェスタ2010では
主催 しゅさい 組織 そしき
連携 れんけい 全体 ぜんたい のコーディネート、調整 ちょうせい
Yokohama C Plat
出展 しゅってん 団体 だんたい
連携 れんけい の中 なか で活動 かつどう を行 おこ なうプレーヤー
NGO、国連 こくれん 、行政 ぎょうせい 、学校 がっこう 、企業 きぎょう
ボランティアスタッフ
もっとも直接的 ちょくせつてき な、具体 ぐたい 的 てき な作業 さぎょう をこなす
e-vo(=市民 しみん )
企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい
技術 ぎじゅつ 、情報 じょうほう 提供 ていきょう 、外部 がいぶ からの協力 きょうりょく
企業 きぎょう 、行政 ぎょうせい 、市民 しみん 活動 かつどう 団体 だんたい
スポンサー
資金 しきん 提供 ていきょう 、投資 とうし
外部 がいぶ 機関 きかん
一般 いっぱん 来場 らいじょう 者 しゃ
最終 さいしゅう 的 てき な受益 じゅえき 者 しゃ
市民 しみん
それぞれの役割 やくわり をケニアにおける連携 れんけい を考 かんが えた場合 ばあい 、どのような組織 そしき に当 あ てはまるか、当 あ てはめていくべきかを考 かんが える。
横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタ
ケニア
主催 しゅさい 組織 そしき
連携 れんけい 全体 ぜんたい のコーディネート、調整 ちょうせい
政府 せいふ (+国連 こくれん )
出展 しゅってん 団体 だんたい
連携 れんけい の中 なか で活動 かつどう を行 おこ なうプレーヤー
政府 せいふ 、国連 こくれん 、企業 きぎょう 、NGO
ボランティアスタッフ
もっとも直接的 ちょくせつてき な、具体 ぐたい 的 てき な作業 さぎょう をこなす
市民 しみん 、それぞれの組織 そしき のメンバー
企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい
技術 ぎじゅつ 、情報 じょうほう 提供 ていきょう 、外部 がいぶ からの協力 きょうりょく
企業 きぎょう 、海外 かいがい 政府 せいふ 、国連 こくれん 、研究 けんきゅう 機関 きかん
スポンサー
資金 しきん 提供 ていきょう 、投資 とうし
先進 せんしん 国 こく 政府 せいふ 、国連 こくれん 、海外 かいがい 企業 きぎょう
一般 いっぱん 来場 らいじょう 者 しゃ
最終 さいしゅう 的 てき な受益 じゅえき 者 しゃ
国民 こくみん
まず、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおいては主催 しゅさい 組織 そしき の役回 やくまわ り、連携 れんけい の目的 もくてき を定 さだ め、その方向 ほうこう 性 せい を決 き めていく役割 やくわり を果 は たし、連携 れんけい 全体 ぜんたい のコーディネートを行 おこな い、それぞれの活動 かつどう の調整 ちょうせい を行 おこな うことで連携 れんけい が成果 せいか をあげるよう活動 かつどう を行 おこ なうべきなのは、ケニア政府 せいふ である。国 くに 全体 ぜんたい を統括 とうかつ し、国民 こくみん の生活 せいかつ を国 くに という大 おお きな存在 そんざい で支 ささ えるべき組織 そしき であり、その権利 けんり と義務 ぎむ を有 ゆう する唯一 ゆいいつ の組織 そしき だからである。しかし、前述 ぜんじゅつ の通 とお り、ケニア政府 せいふ には課題 かだい が残 のこ されている。1 ひと つは民族 みんぞく の問題 もんだい である。過去 かこ には、大統領 だいとうりょう が自分 じぶん の出身 しゅっしん の民族 みんぞく に有利 ゆうり なような政策 せいさく を採 と り、民族 みんぞく 間 あいだ の格差 かくさ へと発展 はってん している。現在 げんざい は複数 ふくすう 政党 せいとう 制 せい を採用 さいよう し、以前 いぜん のような寡頭状態 じょうたい は緩和 かんわ されたが、以前 いぜん 民族 みんぞく 間 あいだ の政治 せいじ 的 てき 権力 けんりょく の差 さ は存在 そんざい している。複数 ふくすう の民族 みんぞく が居住 きょじゅう している国家 こっか の政府 せいふ であるからには、政府 せいふ 内部 ないぶ における民族 みんぞく の差異 さい はなくしていかなければならない。また、汚職 おしょく が横行 おうこう しているが、その温床 おんしょう は行政 ぎょうせい にある。莫大 ばくだい な不正 ふせい な資金 しきん の流 なが れがある限 かぎ り、生産 せいさん 的 てき な投資 とうし は行 おこな われにくい。そういった政府 せいふ に対 たい し、助言 じょげん や監督 かんとく を行 おこな うのが国連 こくれん の役割 やくわり である。各国 かっこく 政府 せいふ の連携 れんけい 機関 きかん である国連 こくれん は、政府 せいふ に対 たい してある程度 ていど の介入 かいにゅう を行 おこな うことができる。国内 こくない の農業 のうぎょう 部門 ぶもん 発展 はってん に向 む けたプロジェクトを立 た ち上 あ げる際 さい に国連 こくれん も携 たずさ わり、公平 こうへい 性 せい のある計画 けいかく なのか、実現 じつげん 可能 かのう なのか、客観 きゃっかん 的 てき な立場 たちば からの監督 かんとく が必要 ひつよう であると考 かんが える。
出展 しゅってん 団体 だんたい の役回 やくまわ りであり、連携 れんけい の中 なか でそれぞれ目的 もくてき 達成 たっせい に向 む けた活動 かつどう を行 おこ なうのは、政府 せいふ 、国連 こくれん 、国内 こくない 企業 きぎょう 、NGOである。前 ぜん 項目 こうもく のように、それぞれの組織 そしき にはそれぞれ活動 かつどう に対 たい する長所 ちょうしょ や短所 たんしょ を持 も ち合 あ わせている。それぞれがどのような活動 かつどう を連携 れんけい の中 なか で行 おこ なっていくことが有効 ゆうこう 的 てき か、それぞれの組織 そしき 間 あいだ での合意 ごうい や協調 きょうちょう をする必要 ひつよう がある。また、連携 れんけい を行 おこな い実施 じっし するプロジェクトの目的 もくてき などの情報 じょうほう を共有 きょうゆう しあう必要 ひつよう がある。その合意 ごうい 形成 けいせい や情報 じょうほう 共有 きょうゆう の場 ば を連携 れんけい 内 ない でコーディネートするのは、政府 せいふ の役割 やくわり である。もっとも直接的 ちょくせつてき で具体 ぐたい 的 てき な作業 さぎょう を行 おこな う役割 やくわり を荷 にな っている、ボランティアスタッフに当 あ たる役割 やくわり を果 は たすのは、それぞれの組織 そしき に所属 しょぞく するメンバーと、国民 こくみん 自身 じしん である。そうした組織 そしき に所属 しょぞく しているメンバーは国民 こくみん である可能 かのう 性 せい が高 たか いので、結局 けっきょく は国民 こくみん が国民 こくみん のためのプロジェクト実施 じっし に尽力 じんりょく を注 そそ ぐのが理想 りそう 的 てき である。そうした考 かんが え方 かた が、海外 かいがい からの支援 しえん に依存 いぞん しない、自立 じりつ した開発 かいはつ 、自発 じはつ 可能 かのう な開発 かいはつ を行 おこな う上 うえ でなくてはならない。よって、彼 かれ らはそれぞれの組織 そしき から与 あた えられた作業 さぎょう を坦々 たんたん とこなすのではなく、プロジェクトの目的 もくてき を理解 りかい し、自 みずか らがどのような活動 かつどう をすれば成果 せいか が上 あ がるのかを考 かんが え、行動 こうどう すべきである。
外部 がいぶ からの協力 きょうりょく を行 おこな うのは、企業 きぎょう 、海外 かいがい 政府 せいふ 、国連 こくれん 、研究 けんきゅう 機関 きかん である。企業 きぎょう は、専門 せんもん 的 てき なノウハウを提供 ていきょう することで、持続 じぞく 可能 かのう な開発 かいはつ を目指 めざ す。海外 かいがい 政府 せいふ 、国連 こくれん 、研究 けんきゅう 機関 きかん 、特 とく に先進 せんしん 国 こく のそうした機関 きかん には最先端 さいせんたん の技術 ぎじゅつ が集 あつ まる可能 かのう 性 せい が高 たか い。そうした技術 ぎじゅつ を提供 ていきょう することで、連携 れんけい 内 ない の活動 かつどう の促進 そくしん を可能 かのう にする。資金 しきん 的 てき な支援 しえん は先進 せんしん 国 こく 政府 せいふ 、国連 こくれん 、海外 かいがい 企業 きぎょう が中心 ちゅうしん となって行 おこな うことになる。途上 とじょう 国 こく 政府 せいふ は財政 ざいせい に余裕 よゆう がなく、大 だい 規模 きぼ なプロジェクトを行 おこな う際 さい には外部 がいぶ からの資金 しきん 提供 ていきょう に頼 たよ らざる得 え ない部分 ぶぶん がある。しかし、それはプロジェクトの序盤 じょばん のみとし、終始 しゅうし 外部 がいぶ からの資金 しきん に依存 いぞん することは避 さ けなくてはならない。経済 けいざい 的 てき に持続 じぞく 可能 かのう な開発 かいはつ を実現 じつげん する必要 ひつよう がある。また、特 とく に海外 かいがい 企業 きぎょう による投資 とうし を期待 きたい する場合 ばあい 、投資 とうし 先 さき としての魅力 みりょく が必要 ひつよう である。投資 とうし 先 さき としての魅力 みりょく とは、将来 しょうらい 性 せい である。将来 しょうらい 国内 こくない 市場 いちば が発展 はってん し、新 あら たな市場 いちば として評価 ひょうか できるようになると思 おも えるような状況 じょうきょう でないと、投資 とうし 先 さき としてのリスクが高 たか い。そのため、国内 こくない の市場 いちば 環境 かんきょう や効率 こうりつ 性 せい を高 たか めることが政府 せいふ の役割 やくわり になってくる。また、そういった点 てん でも、国内 こくない の汚職 おしょく など、不透明 ふとうめい な資金 しきん の動 うご きはなくしていかなければならない。投資 とうし した資金 しきん が効率 こうりつ 的 てき に利用 りよう されないところに投資 とうし 先 さき としての期待 きたい をすることは出来 でき ないからである。最後 さいご に、最終 さいしゅう 的 てき な受益 じゅえき 者 しゃ は国民 こくみん である。国民 こくみん は受益 じゅえき 者 しゃ であり、同時 どうじ にプレーヤーでもある。彼 かれ らには、ニーズを伝 つた えたり、自分 じぶん 達 たち の状況 じょうきょう を改善 かいぜん するにはどうすればいいのか自 みずか ら考 かんが え提案 ていあん したりする責任 せきにん がある。最終 さいしゅう 的 てき なプロジェクトの目的 もくてき の先 さき には国民 こくみん が存在 そんざい することから、最 もっと も重要 じゅうよう な存在 そんざい なのは受益 じゅえき 者 しゃ である国民 こくみん である。
ここまで、それぞれの組織 そしき がどのような役割 やくわり をどのように果 は たすべきか考 かんが えてきた。それらをまとめたのが下 した の図 ず である。
新 あら たに、農村 のうそん 、地域 ちいき コミュニティーと、地方 ちほう 行政 ぎょうせい の存在 そんざい を加 くわ えた。農村 のうそん は農業 のうぎょう 部門 ぶもん で市民 しみん が活動 かつどう を行 おこ なう最小 さいしょう の単位 たんい であり、その管理 かんり は地方 ちほう 行政 ぎょうせい が担当 たんとう する。地方 ちほう 行政 ぎょうせい は市民 しみん の生活 せいかつ にもっとも近 ちか い行政 ぎょうせい 機関 きかん であり、市民 しみん のニーズを把握 はあく しやすい長所 ちょうしょ を持 も つ。
ケニアの農村 のうそん 部門 ぶもん 発展 はってん のための農村 のうそん 開発 かいはつ プロジェクトを策定 さくてい することを仮定 かてい し、プロジェクト策定 さくてい から実行 じっこう 、その評価 ひょうか など流 なが れに沿 そ って、この連携 れんけい の図 ず を参考 さんこう に、それぞれの組織 そしき の活動 かつどう とその連携 れんけい のあり方 かた を考 かんが える。
まず、プロジェクトの立 た ち上 あ げから考 かんが える。政府 せいふ が立 た ち上 あ げたプロジェクトであることを仮定 かてい する。策定 さくてい にあたり、その対象 たいしょう 地域 ちいき を定 さだ める必要 ひつよう がある。その際 さい に留意 りゅうい することは、前述 ぜんじゅつ のように、過去 かこ のケニアの各 かく 政権 せいけん は、政治 せいじ 勢力 せいりょく の強 つよ い民族 みんぞく が居住 きょじゅう している地域 ちいき に、インフラ整備 せいび などの投資 とうし が行 おこな われる傾向 けいこう にあった。しかし、その地域 ちいき が必 かなら ずしもインフラ整備 せいび が最 もっと も必要 ひつよう な地域 ちいき 、整備 せいび をすることで成果 せいか をあげる地域 ちいき であるとはいえない。そこで、統計 とうけい 局 きょく が作成 さくせい している統計 とうけい 資料 しりょう の利用 りよう はもちろん、地域 ちいき 研究 けんきゅう 家 か などによる各 かく 地域 ちいき の現状 げんじょう の分析 ぶんせき を行 おこな い、優先 ゆうせん 的 てき に改善 かいぜん すべき地域 ちいき 、あるいは改善 かいぜん することでより大 おお きな成果 せいか をあげ、国内 こくない 全体 ぜんたい の活性 かっせい 化 か につながるような地域 ちいき を対象 たいしょう 地域 ちいき に定 さだ めるべきである。その際 さい に、政府 せいふ をはじめ、国連 こくれん の専門 せんもん 機関 きかん や国内外 こくないがい の研究 けんきゅう 機関 きかん が連携 れんけい して活動 かつどう することが望 のぞ ましい。対象 たいしょう 地域 ちいき の選定 せんてい が住 す んだところで、さらにその地域 ちいき の置 お かれている状況 じょうきょう や問題 もんだい 点 てん を把握 はあく する必要 ひつよう がある。その際 さい には、前述 ぜんじゅつ のような統計 とうけい データのような客観 きゃっかん 的 てき な数値 すうち に基 もと づいた分析 ぶんせき も必要 ひつよう であるが、同時 どうじ に、その地域 ちいき の住人 じゅうにん のニーズをまず把握 はあく する必要 ひつよう がある。その地域 ちいき によって人々 ひとびと の生活 せいかつ は異 こと なり、全 すべ て数値 すうち で判断 はんだん することは困難 こんなん であるからである。その作業 さぎょう で活躍 かつやく するのが、地方 ちほう 行政 ぎょうせい や現地 げんち で活動 かつどう しているNGOである。地方 ちほう 行政 ぎょうせい は前述 ぜんじゅつ の通 とお り、国民 こくみん の生活 せいかつ により近 ちか い行政 ぎょうせい という性質 せいしつ があり、国民 こくみん との距離 きょり が近 ちか い。その点 てん を活 い かし、普段 ふだん の業務 ぎょうむ で国民 こくみん が抱 かか えている問題 もんだい の内容 ないよう やその状況 じょうきょう を把握 はあく することができる。また、その団体 だんたい の活動 かつどう 方法 ほうほう や規模 きぼ により差異 さい はあるが、草 くさ の根 ね 的 てき な支援 しえん 活動 かつどう を行 おこ なっている団体 だんたい はその地域 ちいき の住民 じゅうみん と直接的 ちょくせつてき なやりとりのなかで活動 かつどう を行 おこ なっており、彼 かれ らが日々 ひび どのような生活 せいかつ を送 おく り、問題 もんだい 点 てん を抱 かか えているか把握 はあく しやすい立場 たちば にある。特 とく に、普段 ふだん 表 ひょう に出 で ることのない、社会 しゃかい 的 てき に弱 よわ い立場 たちば である女性 じょせい や子 こ どもの状況 じょうきょう やニーズを把握 はあく することが可能 かのう な立場 たちば であり、農村 のうそん での開発 かいはつ に当 あ たり、そういった立場 たちば の人々 ひとびと のニーズは重要 じゅうよう 視 し すべきであるため、貴重 きちょう な存在 そんざい である。そのため、政府 せいふ はそのような組織 そしき とのやり取 と りを行 おこな い、その地域 ちいき でどのようなプロジェクトを実施 じっし すべきか決 き めることが望 のぞ ましい。また、その際 さい に直接 ちょくせつ 住民 じゅうみん にアンケート調査 ちょうさ を行 おこな い、プロジェクトの方向 ほうこう 性 せい を決 き めることも望 のぞ ましい。プロジェクトを実際 じっさい に進 すす めていく際 さい に、定期 ていき 的 てき な会議 かいぎ を開 ひら き、そこにはなるべく多 おお くの立場 たちば のメンバーを出席 しゅっせき 対象 たいしょう にすべきである。プロジェクトの目的 もくてき や、実施 じっし 状 じょう 況 きょう の把握 はあく 、その成果 せいか を共有 きょうゆう する場 ば とし、それぞれが意見 いけん 交換 こうかん を行 おこな うことで、より成果 せいか が上 あ がると思 おも われる方法 ほうほう を模索 もさく していくことができる。度々 たびたび さまざまな組織 そしき が意見 いけん 交換 こうかん をし、意思 いし 決定 けってい を行 おこな っていくことは時間 じかん がかかる上 うえ 、困難 こんなん である。しかし、その会議 かいぎ には必 かなら ず地域 ちいき 住民 じゅうみん の代表 だいひょう が参加 さんか することとし、最終 さいしゅう 的 てき な決定 けってい は住民 じゅうみん が行 おこな うことが望 のぞ ましいと考 かんが える。プロジェクトの最終 さいしゅう 的 てき な受益 じゅえき 者 しゃ は住民 じゅうみん であり、彼 かれ らの生活 せいかつ にそのプロジェクトが必要 ひつよう なのか、どうすれば有効 ゆうこう 的 てき なのかを判断 はんだん すべきなのは住民 じゅうみん である。具体 ぐたい 的 てき なプロジェクト実施 じっし に当 あ たり、技術 ぎじゅつ 的 てき な支援 しえん 、その運営 うんえい 方法 ほうほう 、資金繰 しきんぐ りなど、行政 ぎょうせい だけではなく民間 みんかん 企業 きぎょう や研究 けんきゅう 機関 きかん などが協力 きょうりょく を行 おこな うことで、行政 ぎょうせい の短所 たんしょ である、作業 さぎょう 効率 こうりつ の悪 わる さや経済 けいざい 的 てき な持続 じぞく 力 りょく の面 めん での問題 もんだい が緩和 かんわ される。その際 さい に注意 ちゅうい すべき点 てん は、官 かん と民 みん ではプロジェクト行 おこな うスピードが異 こと なるという点 てん である。国 くに の事業 じぎょう となれば支払 しはら い面 めん でのリスクはないが、行政 ぎょうせい の短所 たんしょ の1 ひと つとして、実施 じっし に時間 じかん がかかるという点 てん がある。企業 きぎょう はある程度 ていど の段階 だんかい で成果 せいか を出 だ さなければ採算 さいさん が合 あ わない。また、経済 けいざい 的 てき に持続 じぞく 可能 かのう な開発 かいはつ をしようと試 こころ みるのであれば、コストの回収 かいしゅう は不可欠 ふかけつ である。行政 ぎょうせい はより柔軟 じゅうなん な対応 たいおう を可能 かのう とするような体制 たいせい 作 づく りを心 こころ がけ、スピードアップを図 はか ることが必要 ひつよう だ。
プロジェクトを進 すす めていく中 なか で、定期 ていき 的 てき にプロジェクトに対 たい する評価 ひょうか を出 だ す必要 ひつよう がある。そうすることでプロジェクトの現状 げんじょう やその成果 せいか をより具体 ぐたい 的 てき に把握 はあく することができ、その後 ご の活動 かつどう に活 い かすことができるからである。その評価 ひょうか は、前述 ぜんじゅつ と同様 どうよう 、なるべく多 おお くの立場 たちば からの評価 ひょうか を見 み ていく必要 ひつよう があるが、やはり一番 いちばん 重視 じゅうし すべきなのは住民 じゅうみん の評価 ひょうか である。政府 せいふ はじめプロジェクト実施 じっし 側 がわ には、その評価 ひょうか を真摯 しんし に受 う け止 と め、それに応 こた える責任 せきにん があり、一方 いっぽう で住人 じゅうにん には、公平 こうへい で具体 ぐたい 的 てき な評価 ひょうか をし、伝 つた え、どうすべきか、どうしたいかの提案 ていあん をする責任 せきにん がある。
最終 さいしゅう 的 てき にプロジェクト完了 かんりょう 時 じ には、その成果 せいか を客観 きゃっかん 的 てき に分析 ぶんせき することが必要 ひつよう であると同時 どうじ に、そのアフターケアの方法 ほうほう を定 さだ めておく必要 ひつよう がある。アフターケアに努 つと める必要 ひつよう があるのはその住民 じゅうみん である。そして、その住民 じゅうみん の活動 かつどう に対 たい して地方 ちほう 行政 ぎょうせい や地元 じもと 企業 きぎょう やNGO団体 だんたい が協力 きょうりょく し、プロジェクト完了 かんりょう 後 ご も連携 れんけい 体制 たいせい が構築 こうちく され、住民 じゅうみん の生活 せいかつ が成 な り立 た っていくことが望 のぞ ましい。
ケニアの場合 ばあい には、干 かん ばつや洪水 こうずい によって灌漑 かんがい 設備 せつび などが崩壊 ほうかい し、農業 のうぎょう 生産 せいさん が不可能 ふかのう になっている農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち を優先 ゆうせん 的 てき にその対象 たいしょう とし、インフラ整備 せいび を中心 ちゅうしん としたプロジェクト策定 さくてい が有効 ゆうこう であると考 かんが える。灌漑 かんがい 整備 せいび だけでなく、農業 のうぎょう 生産 せいさん 物 ぶつ の輸送 ゆそう に必要 ひつよう な道路 どうろ の整備 せいび 、市場 いちば 環境 かんきょう の整備 せいび 、情報 じょうほう 通信 つうしん 設備 せつび の整備 せいび 、加 か 工場 こうじょう の整備 せいび など、大 だい 規模 きぼ なハードの面 めん での実施 じっし が予想 よそう される。その他 た 、住民 じゅうみん への技術 ぎじゅつ 支援 しえん や公共 こうきょう サービスの充実 じゅうじつ などソフトの面 めん では行政 ぎょうせい やNGOなどがきめ細 ささ やかな支援 しえん を行 おこな うことが望 のぞ ましい。
このモデルはケニアの現状 げんじょう や世界 せかい の動 うご きをかなり単純 たんじゅん 化 か したもので、実際 じっさい の現場 げんば での実現 じつげん をするには本稿 ほんこう では取 と り上 あ げていない数 すう 多 おお くの要素 ようそ が関 かか わってくることが容易 ようい に予想 よそう される。しかし、ケニアの農業 のうぎょう 部門 ぶもん の発展 はってん を目的 もくてき とした活動 かつどう への大 おお きな考 かんが え方 かた の1 ひと つとしてこの概念 がいねん を提案 ていあん する。また、地域 ちいき によっておかれた状況 じょうきょう や抱 かか える問題 もんだい は様々 さまざま であり、その改善 かいぜん 策 さく も様々 さまざま である。よって、その地域 ちいき にあわせたプロジェクト策定 さくてい が必要 ひつよう であり、そのためには現状 げんじょう の分析 ぶんせき だけではなく、その地域 ちいき の文化 ぶんか 的 てき 、歴史 れきし 的 てき 背景 はいけい も含 ふく めた理解 りかい が必要 ひつよう である。
2.連携 れんけい に向 む けた世界 せかい の動 うご き
今 いま までのところで、それぞれの組織 そしき がケニアの農業 のうぎょう 部門 ぶもん に関 かか わる活動 かつどう を行 おこ なっており、本稿 ほんこう ではリフトバレー州 しゅう における農村 のうそん 開発 かいはつ を目的 もくてき とした連携 れんけい の枠組 わくぐ みのモデルを、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける連携 れんけい を参考 さんこう にし、組 く み立 た てた。実際 じっさい に現在 げんざい 、世界 せかい ではこうした連携 れんけい の動 うご きが注目 ちゅうもく され始 はじ めている。例 たと えば、2010年 ねん の世界 せかい 食料 しょくりょう デーは、「United Against Hunger(飢餓 きが に結束 けっそく する)」をテーマとして掲 かか げられており、FAOを中心 ちゅうしん として国連 こくれん 、各国 かっこく 政府 せいふ が活動 かつどう を始 はじ めている。2002年 ねん に開催 かいさい された世界 せかい 食料 しょくりょう サミット五 ご 年 ねん 後 ご 会合 かいごう においては、飢餓 きが を失 しつ くすための世界 せかい 的 てき な連携 れんけい の必要 ひつよう 性 せい が指摘 してき され、これを受 う けて、2003年 ねん に国際 こくさい 的 てき な枠組 わくぐ みであるInternational Alliance Against Hunger(IAAH)が設立 せつりつ された。それに伴 ともな い、国内 こくない の連携 れんけい のフレームワークであるAlliance Against Hunger and Malnutrition(AAHM)が設立 せつりつ され、世界 せかい 26ヶ国 かこく においてその活動 かつどう が行 おこ なわれている。このIAAHとAAHMが双方 そうほう での連携 れんけい を行 おこな うことで、世界 せかい の国々 くにぐに が飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた包括 ほうかつ 的 てき な活動 かつどう を行 おこ なうことが可能 かのう になる。しかし、ケニアも日本 にっぽん もその動 うご きに遅 おく れており、AAHMの立 た ち上 あ げに至 いた っていないのが現状 げんじょう である。
AAHMの日本 にっぽん での立 た ち上 あ げは今年 ことし の3月 がつ に予定 よてい されている。現在 げんざい 予定 よてい されている活動 かつどう の内容 ないよう としては、ウェブサイトの立 た ち上 あ げを行 おこな い、NGO/NPO、その他 た 市民 しみん 組織 そしき 、農業 のうぎょう 組織 そしき 、民間 みんかん 企業 きぎょう 、農業 のうぎょう 関連 かんれん 研究 けんきゅう 機関 きかん 、開発 かいはつ 援助 えんじょ 機関 きかん 、国際 こくさい 機関 きかん 、政府 せいふ 関係 かんけい 機関 きかん 等 とう のメンバー団体 だんたい 間 あいだ の情報 じょうほう 共有 きょうゆう や一般 いっぱん 市民 しみん への情報 じょうほう 発信 はっしん をすること、開発途上国 かいはつとじょうこく 支援 しえん 、セミナー、国内 こくない 啓発 けいはつ 活動 かつどう などの共同 きょうどう イベントの実施 じっし 、学校 がっこう 等 とう と連携 れんけい した開発 かいはつ 教育 きょういく への参画 さんかく 、飢餓 きが ・栄養 えいよう 不良 ふりょう 問題 もんだい に関連 かんれん する国内 こくない 活動 かつどう 、FAO世界 せかい 食料 しょくりょう 安全 あんぜん 保障 ほしょう 委員 いいん 会 かい への参加 さんか などが挙 あ げられる。いずれも従来 じゅうらい からFAO日本 にっぽん 事務所 じむしょ の業務 ぎょうむ 内容 ないよう と重 かさ なる部分 ぶぶん があるが、様々 さまざま な組織 そしき が共通 きょうつう した活動 かつどう を行 おこ なうことで、より多角 たかく 的 てき で幅広 はばひろ い情報 じょうほう 提供 ていきょう や、状況 じょうきょう にあった融通 ゆうずう の聞 き く途上 とじょう 国 こく 支援 しえん が可能 かのう になる。飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう において先進 せんしん 国 こく がすべきことは、途上 とじょう 国 こく のそうした飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた活動 かつどう に協力 きょうりょく すること、そうした枠組 わくぐ みに参加 さんか し、技術 ぎじゅつ や資金 しきん などの面 めん からの支援 しえん を行 おこな うことと、国内 こくない において一般 いっぱん 市民 しみん に対 たい し情報 じょうほう 提供 ていきょう を行 おこな い、より多 おお くの市民 しみん がそうした現状 げんじょう を知 し る機会 きかい を提供 ていきょう することである。そうした役割 やくわり を、様々 さまざま な組織 そしき が果 は たすことを促進 そくしん するのがこのAAHMという枠組 わくぐ みである。
一方 いっぽう 、ケニアでのAAHMの立 た ち上 あ げの情報 じょうほう は入 はい ってきていない。国内 こくない での課題 かだい を抱 かか える国 くに でこそ、そうした枠組 わくぐ みを築 きず き、状況 じょうきょう の改善 かいぜん を目指 めざ すメカニズムを構築 こうちく していくことを期待 きたい する。連携 れんけい の枠組 わくぐ みを築 きず いていくには大 おお きな労力 ろうりょく と時間 じかん 、資金 しきん が必要 ひつよう になることが考 かんが えられる。そこで、その枠組 わくぐ みを作 つく る課程 かてい で、国連 こくれん や先進 せんしん 国 こく をはじめとする各国 かっこく 政府 せいふ 、企業 きぎょう 等 とう が協力 きょうりょく していくような動 うご きが起 お こることが望 のぞ ましい。今後 こんご そういった動 うご きを作 つく り出 だ していくのが、途上 とじょう 国 こく 政府 せいふ であることが望 のぞ ましいが、困難 こんなん である場合 ばあい は国連 こくれん 、あるいは先進 せんしん 国 こく 政府 せいふ が先頭 せんとう を切 き ってそういった枠組 わくぐ みが作 つく られていくような流 なが れを作 つく っていくことが必要 ひつよう である。そうした動 うご きが世界 せかい では起 お こりつつある。
また、FAOのほかに、UNDPをはじめとして、官民 かんみん 連携 れんけい の活動 かつどう が注目 ちゅうもく されはじめている。JICAの活動 かつどう もその1 ひと つであり、その例 れい の1 ひと つとして、ソニー、JICA,UNDPが共同 きょうどう プロジェクトとして、ガーナやカメルーンでのHIV/AIDSの蔓延 まんえん の対策 たいさく を目的 もくてき とした活動 かつどう を行 おこ なっている。
今後 こんご さらに官民 かんみん 連携 れんけい をはじめとした、諸 しょ 組織 そしき の連携 れんけい が注目 ちゅうもく を高 たか めていくと予想 よそう する。
結論 けつろん
【横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタにおける組織 そしき 連携 れんけい 】
横浜 よこはま および周辺 しゅうへん 地域 ちいき に活動 かつどう 拠点 きょてん を置 お いている、国際 こくさい 協力 きょうりょく 、国際 こくさい 交流 こうりゅう 、在住 ざいじゅう 外国 がいこく 人 じん 支援 しえん に取 と り組 く むNGO/NPO、行政 ぎょうせい 機関 きかん 、国際 こくさい 機関 きかん 、学校 がっこう 、企業 きぎょう 等 とう の活動 かつどう を市民 しみん に紹介 しょうかい することと、出展 しゅってん 団体 だんたい 同士 どうし が連携 れんけい ・ネットワークを図 はか ることを大 おお きな目的 もくてき として、年 とし に1回 かい 、2日間 にちかん 開催 かいさい されているイベントが横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタである。このイベントはその母体 ぼたい である国際 こくさい 協力 きょうりょく NGO祭 さい が開催 かいさい されてからよこはま国際 こくさい フェスタ2010が14回 かい 目 め の開催 かいさい である。当初 とうしょ は横浜 よこはま 市 し の行政 ぎょうせい が市内 しない の国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワーク化 か を目的 もくてき に開催 かいさい したイベントであったが、主催 しゅさい 組織 そしき にNGOのスタッフや市民 しみん ボランティア、イベント開催 かいさい の中 なか で誕生 たんじょう した横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい などが加 くわ わるようになり、徐々 じょじょ に行政 ぎょうせい の手 て から自立 じりつ し、市民 しみん によるイベント開催 かいさい が行 おこな われるようになってきた。また、イベント開催 かいさい を重 かさ ねるにつれ、当初 とうしょ の目的 もくてき であった国際 こくさい 協力 きょうりょく 団体 だんたい のネットワークが進 すす み、イベントの目的 もくてき は市民 しみん に対 たい する情報 じょうほう 発信 はっしん の場 ば の提供 ていきょう へと変化 へんか していった。イベントの沿革 えんかく を見 み ていくことで、1 ひと つのプロジェクトの中 なか で時 とき が経 た つにつれその目的 もくてき は変化 へんか すること、そうした変化 へんか によりそれぞれの組織 そしき の関係 かんけい 性 せい も変化 へんか するということが明 あき らかになった。
それぞれの組織 そしき にはイベント内 ない での立 た ち位置 いち によってイベント参加 さんか への目的 もくてき が異 こと なっている。主催 しゅさい 組織 そしき には、出展 しゅってん 団体 だんたい の活動 かつどう PRの場 ば の提供 ていきょう 、市民 しみん への情報 じょうほう 提供 ていきょう という目的 もくてき があり、出展 しゅってん 団体 だんたい には団体 だんたい により差異 さい はあるが共通 きょうつう するところは、自分 じぶん 達 たち の団体 だんたい の活動 かつどう PR、活動 かつどう 資金 しきん を得 え るための活動 かつどう の場 ば 、活動 かつどう 支援 しえん 者 しゃ の獲得 かくとく などの目的 もくてき 、企画 きかく 協力 きょうりょく 団体 だんたい には、イベント協力 きょうりょく を通 つう じた活動 かつどう PRなどの目的 もくてき がそれぞれにある。主催 しゅさい 組織 そしき はそれらの組織 そしき がどれだけイベントで目的 もくてき を達成 たっせい しているのか、イベントを評価 ひょうか しているのかをアンケートを中心 ちゅうしん に評価 ひょうか し、次 じ 年度 ねんど 以降 いこう のイベント開催 かいさい へと役立 やくだ てている。主催 しゅさい 組織 そしき に必要 ひつよう なことは、それらの組織 そしき の目的 もくてき を把握 はあく し、それらを達成 たっせい するためにはどのようなイベント開催 かいさい を行 おこな うべきなのかを考 かんが え、実現 じつげん していくことである。そして出展 しゅってん 団体 だんたい には、自分 じぶん 達 たち の目的 もくてき 、イベントに対 たい しどのような評価 ひょうか をしているのかを主催 しゅさい 組織 そしき に伝 つた える義務 ぎむ がある。
そして1 ひと つのプロジェクトを実現 じつげん させていくために重要 じゅうよう なことは、それぞれの組織 そしき が、そのプロジェクトに対 たい する共通 きょうつう した1 ひと つの目標 もくひょう を持 も ち、それを共有 きょうゆう することと、それぞれがそのプロジェクトに持 も っている目的 もくてき をそれぞれが認識 にんしき し、互 たが いの目的 もくてき を達成 たっせい するための方法 ほうほう をそのプロジェクトの中 なか で模索 もさく することである。そのためには中心 ちゅうしん となる組織 そしき 、このイベントでいう主催 しゅさい 組織 そしき がその連携 れんけい の枠組 わくぐ みの中 なか の隅々 すみずみ にまで情報 じょうほう を提供 ていきょう し、常 つね に情報 じょうほう 共有 きょうゆう 、情報 じょうほう 交換 こうかん できる場 ば を提供 ていきょう するということが重要 じゅうよう である。情報 じょうほう 共有 きょうゆう が互 たが いの信頼 しんらい へと結 むす びつき、1 ひと つのプロジェクトの成功 せいこう へとつながる。そうした考 かんが え方 かた は、近年 きんねん 、途上 とじょう 国 こく における開発 かいはつ や援助 えんじょ をする際 さい に、その開発 かいはつ や援助 えんじょ がきちんと現地 げんち で機能 きのう するか、成果 せいか を出 だ すのかといった議論 ぎろん を行 おこな う際 さい に重要 じゅうよう 視 し されている、ソーシャルキャピタルの考 かんが え方 かた に共通 きょうつう する。
【ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた連携 れんけい のあり方 かた 】
ケニアは20年間 ねんかん 、飢餓 きが 人口 じんこう 比率 ひりつ は30%前後 ぜんこう の水準 すいじゅん を保 たも っており、他 た のアフリカ諸国 しょこく では飢餓 きが 人口 じんこう 減少 げんしょう の傾向 けいこう があるが、ケニアはその減少 げんしょう に至 いた っていない。植民 しょくみん 地 ち 支配 しはい 独立 どくりつ 後 ご のケニアは年 とし 平均 へいきん 経済 けいざい 成長 せいちょう 率 りつ が10%を越 こ え、「アフリカの優等生 ゆうとうせい 」と呼 よ ばれていた。しかし1980年代 ねんだい に突入 とつにゅう して現在 げんざい まで、経済 けいざい 成長 せいちょう 率 りつ は2%を割 わ るほど低迷 ていめい を続 つづ けている。前者 ぜんしゃ の時期 じき はケニヤッタが政権 せいけん を担 にな い、独立 どくりつ 後 ご の土地 とち 分割 ぶんかつ や、それに伴 ともな う小農 しょうのう への支援 しえん 、商品 しょうひん 作物 さくもつ 生産 せいさん の効率 こうりつ 性 せい を高 たか めるインフラをはじめとする環境 かんきょう 整備 せいび により、農業 のうぎょう 部門 ぶもん での大 おお きな成長 せいちょう が見 み られる。農業 のうぎょう 部門 ぶもん の成長 せいちょう が国内 こくない 需要 じゅよう を牽引 けんいん し、同時 どうじ に製造 せいぞう 業 ぎょう 部門 ぶもん も発展 はってん 、そのことによる税収 ぜいしゅう により政府 せいふ の財政 ざいせい は安定 あんてい した。ここから、ケニア経済 けいざい において農業 のうぎょう 部門 ぶもん の発展 はってん が重要 じゅうよう であることが明 あき らかになった。一方 いっぽう でモイ政権 せいけん 期 き は、世界 せかい 的 てき な不 ふ 況 きょう と、2度 ど に渡 わた る干 かん ばつの被害 ひがい を受 う け、農業 のうぎょう 部門 ぶもん と製造 せいぞう 業 ぎょう 部門 ぶもん の双方 そうほう の成長 せいちょう が低迷 ていめい した。また、ケニヤッタ期 き のような大 おお きな成果 せいか を上 あ げるような開発 かいはつ 支援 しえん 、インフラ整備 せいび は行 おこな われず、穀物 こくもつ 生産 せいさん 量 りょう 成長 せいちょう 率 りつ はわずか0.4%に留 とど まった。ここから、農業 のうぎょう 部門 ぶもん において、政策 せいさく が大 おお きな影響 えいきょう 力 りょく を持 も っていることが明 あき らかになった。また、前者 ぜんしゃ と後者 こうしゃ の政権 せいけん 期 き 双方 そうほう において、大統領 だいとうりょう の出身 しゅっしん の民族 みんぞく 集団 しゅうだん に優位 ゆうい な政策 せいさく を採 と ることにより、民族 みんぞく 間 あいだ に格差 かくさ が生 しょう じ、大 おお きな軋轢 あつれき となっている。その軋轢 あつれき が現在 げんざい にまで残 のこ り、民族 みんぞく 間 あいだ の暴力 ぼうりょく を伴 ともな う衝突 しょうとつ が生 しょう じている。このことは農業 のうぎょう 部門 ぶもん にも負 まけ の影響 えいきょう を与 あた えており、農業 のうぎょう 部門 ぶもん の安定 あんてい した成長 せいちょう のためにはそうした政情 せいじょう 不安 ふあん も早期 そうき に解決 かいけつ する必要 ひつよう がある。また、ケニア農業 のうぎょう にはそうした民族 みんぞく 間 あいだ の問題 もんだい と、土地 とち による制約 せいやく の問題 もんだい がある。まず、気候 きこう の条件 じょうけん により農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち が限 かぎ られる。また、干 かん ばつなどの気候 きこう 変動 へんどう の影響 えいきょう を受 う けやすく、農業 のうぎょう 生産 せいさん は不安定 ふあんてい である。そこで、灌漑 かんがい などのインフラを整備 せいび することで土地 とち を有効 ゆうこう 的 てき に使 つか うこと、気候 きこう による影響 えいきょう を受 う けにくくし、安定 あんてい した農業 のうぎょう 生産 せいさん を可能 かのう にすることが重要 じゅうよう である。
現在 げんざい 、ケニアにおいて様々 さまざま な組織 そしき が農業 のうぎょう 環境 かんきょう 整備 せいび に関 かん する活動 かつどう を行 おこ なっているが、その連携 れんけい の枠組 わくぐ みは存在 そんざい しない。連携 れんけい の枠組 わくぐ みを作 つく り、より効果 こうか 的 てき な整備 せいび 活動 かつどう を行 おこ なうことを提案 ていあん する。
その枠組 わくぐ みは常 つね に政府 せいふ が中心 ちゅうしん となり、コーディネートしていくことが望 のぞ ましい。そして、各 かく 組織 そしき の長所 ちょうしょ を活 い かし、同時 どうじ に短所 たんしょ を補 おぎな う連携 れんけい を目指 めざ すべきだ。その連携 れんけい を考 かんが える際 さい に、横浜 よこはま 国際 こくさい フェスタの事例 じれい を挙 あ げた。同 おな じイベント内 ない でもそれぞれの組織 そしき には共通 きょうつう の目標 もくひょう と、異 こと なった目的 もくてき があった。その共通 きょうつう 点 てん 、相違 そうい 点 てん を互 たが いに認識 にんしき し、協調 きょうちょう しあうことが1 ひと つのプロジェクトを行 おこな う際 さい の連携 れんけい に最 もっと も必要 ひつよう なことである。そのためには、連携 れんけい の中心 ちゅうしん である主催 しゅさい 組織 そしき 、すなわちケニアの場合 ばあい 、政府 せいふ がいかに舵 かじ を取 と り、連携 れんけい をいい方向 ほうこう に進 すす めるかが重要 じゅうよう である。また、それぞれの長所 ちょうしょ をプロジェクトの要所 ようしょ で活 い かし、最終 さいしゅう 的 てき には現地 げんち 住民 じゅうみん のニーズや評価 ひょうか を重要 じゅうよう 視 し することが必要 ひつよう である。現在 げんざい 世界 せかい では、飢餓 きが など、世界 せかい が直面 ちょくめん している深刻 しんこく な問題 もんだい に対 たい し、結束 けっそく しようという動 うご きが活発 かっぱつ 化 か している。2010年 ねん の世界 せかい 食料 しょくりょう デーは「United Against Hunger(飢餓 きが に結束 けっそく する)」をテーマとして掲 かか げられており、その一環 いっかん としてFAOにおいて飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん に向 む けた世界 せかい 的 てき な連携 れんけい の枠組 わくぐ みが立 た ち上 あ げられたのが大 おお きな例 れい の1 ひと つである。今後 こんご 、そのような枠組 わくぐ みが構築 こうちく されていく中 なか で、1 ひと つモデルとなるケースが誕生 たんじょう し、そのケースを参考 さんこう に連携 れんけい が活発 かっぱつ 化 か していくことを期待 きたい する。
本稿 ほんこう で組 く んだモデルはかなり単純 たんじゅん 化 か されたもので、現実 げんじつ 化 か するにはより複雑 ふくざつ で規模 きぼ の大 おお きなプロジェクトになることは容易 ようい に予想 よそう される。しかし、ケニアの飢餓 きが 人口 じんこう 削減 さくげん を目的 もくてき とする、農業 のうぎょう 部門 ぶもん 発展 はってん に向 む けた活動 かつどう における大 おお きな考 かんが え方 かた の1 ひと つとして、本稿 ほんこう での連携 れんけい のケースを提案 ていあん し、最終 さいしゅう 的 てき には世界 せかい の飢餓 きが 人口 じんこう の削減 さくげん につながっていくことを期待 きたい する。
参考 さんこう 資料 しりょう ・文献 ぶんけん 、情報 じょうほう 提供 ていきょう 元 もと 一覧 いちらん
高橋 たかはし 基樹 もとき 著 ちょ 『開発 かいはつ と国家 こっか アフリカ政治 せいじ 経済 けいざい 論 ろん 序説 じょせつ 』 勁草書房 しょぼう 2010年 ねん
FAOプレスリリース No.177 2010/10/6
国際 こくさい 協力 きょうりょく マガジン 2008年 ねん 4月 がつ 号 ごう
百 ひゃく 嶋 しま 徹 とおる (2009.8)『CSRの実践 じっせん を促 うなが すソーシャル・キャピタル〜経済 けいざい 的 てき リターンと社会 しゃかい 的 てき リターンの好 こう 循環 じゅんかん を促 うなが す触媒 しょくばい 機能 きのう 〜』ニッセイ基礎研究所 にっせいきそけんきゅうしょ
Henri Carsalade(2003.4)『FIELD PROGRAMME CIRCULAR』FAO
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http://africa-rikai.net/edudata/KENYA.html ケニア共和 きょうわ 国 こく :アフリカ教育 きょういく 情報 じょうほう
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国連 こくれん 世界 せかい 食糧 しょくりょう 農業 のうぎょう 機関 きかん (FAO)日本 にっぽん 事務所 じむしょ
駐 ちゅう 日 にち ケニア大使館 たいしかん
非 ひ 営利 えいり 活動 かつどう 法人 ほうじん 横浜 よこはま NGO連絡 れんらく 会 かい
バオバブの会 かい
ピース・オブ・ケニア
非 ひ 営利 えいり 活動 かつどう 法人 ほうじん アフリカ日本 にっぽん 協議 きょうぎ 会 かい
(1) ミレニアム開発 かいはつ 目標 もくひょう Millennium Development Goals, MDGs
2000年 ねん に189の国連 こくれん 加盟 かめい 国 こく 代表 だいひょう により採択 さいたく された「国連 こくれん ミレニアム宣言 せんげん 」を契機 けいき に作成 さくせい された、途上 とじょう 国 こく の開発 かいはつ 課題 かだい 解決 かいけつ に向 む けた国際 こくさい 社会 しゃかい 共通 きょうつう の開発 かいはつ 目標 もくひょう であり、2015年 ねん を達成 たっせい 期限 きげん とした8つの目標 もくひょう 、18のターゲット、48の指標 しひょう が定 さだ められている。8つの目標 もくひょう は以下 いか の通 とお りである。(1)極端 きょくたん な貧困 ひんこん を解消 かいしょう (2)初等 しょとう 教育 きょういく の普及 ふきゅう (3)男女 だんじょ 平等 びょうどう と女性 じょせい のエンパワーメントを図 はか る (4)幼児 ようじ 死亡 しぼう 率 りつ の低下 ていか (5)妊産婦 にんさんぷ の健康 けんこう 状態 じょうたい の回復 かいふく (6)HIV/AIDS えいず 、マラリア等 とう の病気 びょうき と闘 たたか う (7)環境 かんきょう の持続 じぞく 可能 かのう 性 せい を確保 かくほ (8)開発 かいはつ のためのグローバルパートナーシップの構築 こうちく > 本文 ほんぶん へ
(2) 2015年 ねん まで飢餓 きが 人口 じんこう 半減 はんげん
2000年 ねん 当時 とうじ 、世界 せかい の飢餓 きが 人口 じんこう は8億 おく 3000〜4000万 まん 人 にん に達 たっ しており、2015年 ねん までに4億 おく 人 にん まで減 へ らすという目標 もくひょう が立 た てられた。 > 本文 ほんぶん へ
(3) 公益 こうえき 財団 ざいだん 法人 ほうじん 横浜 よこはま 国際 こくさい 交流 こうりゅう 協会 きょうかい (YOKE)
市民 しみん の国際 こくさい 交流 こうりゅう 、国際 こくさい 協力 きょうりょく 活動 かつどう 支援 しえん を目的 もくてき に1981年 ねん に設立 せつりつ した法人 ほうじん 。現在 げんざい は、市内 しない 在住 ざいじゅう の外国 がいこく 人 じん 向 む けの相談 そうだん コーナーの運営 うんえい や、市内 しない 国際 こくさい 交流 こうりゅう ラウンジの支援 しえん 、日本語 にほんご 教室 きょうしつ の実施 じっし などの事業 じぎょう を展開 てんかい し、国際 こくさい 化 か が進 すす む横浜 よこはま において「多 た 文化 ぶんか 共生 きょうせい のまちづくり」を目指 めざ している。 > 本文 ほんぶん へ
(4) 農業 のうぎょう 好 こう 適地 てきち
ここでは、ケニア政府 せいふ により農業 のうぎょう ポテンシャルが高 たか いとされた、平均 へいきん 年間 ねんかん 降水 こうすい 量 りょう 857.5mm以上 いじょう の農 のう 牧 まき 地 ち を指 さ す。 > 本文 ほんぶん へ
(5) 遊休 ゆうきゅう 状態 じょうたい
CSB/SA[1977]によれば、大 だい 規模 きぼ 農場 のうじょう の総 そう 面積 めんせき のうち、約 やく 74.9%が未 み 耕作 こうさく の牧草 ぼくそう 地 ち となっている。また、耕作 こうさく 済 ず みの農地 のうち もその約 やく 26.1%が休閑地 きゅうかんち とされている。 > 本文 ほんぶん へ
*このファイルは文部 もんぶ 科学 かがく 省 しょう 科学 かがく 研究 けんきゅう 費 ひ 補助 ほじょ 金 きん を受 う けてなされている研究 けんきゅう (基盤 きばん (B)・課題 かだい 番号 ばんごう 16330111 2004.4〜2008.3)の成果 せいか /のための資料 しりょう の一部 いちぶ でもあります。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm