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中井久夫『関与と観察』
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関与かんよ観察かんさつ

中井なかい 久夫ひさお 20051124 みすず書房しょぼう,333p.

last update:20110301

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中井なかい 久夫ひさお 20051124 『関与かんよ観察かんさつ』,みすず書房しょぼう,333p. ISBN-10:4622071754 ISBN-13: 978-4622071754  2730 [amazon][kinokuniya] ※ m.

内容ないよう

「このわたしだい5エッセイしゅう関与かんよ観察かんさつ』の特色とくしょくは、だいいち戦争せんそうかんするものをおさめたことであり、だいわたしが1963‐4ねんいた若書わかがきが挿入そうにゅうされたことであり、だいさん甲南大学こうなんだいがく在任ざいにんちゅう職場しょくばからあたえられたテーマについての文章ぶんしょうれたことであり、だいよんは、長文ちょうぶん解説かいせつてき書評しょひょうおさめたことである。だいは、2003ねんあきから2004ねん正月しょうがつにかけて、親友しんゆうつづけざまというかんじでなくしたことがあって、その祭文さいぶんあるいは追悼ついとうぶんおさめたことである」(「あとがき」より)

精神せいしん中井なかい久夫ひさおが、現代げんだい混迷こんめいする状況じょうきょうをあざやかに腑分ふわけし、世界せかい日本にっぽんおちいってしまった病巣びょうそう、そのすべてのみなもとである「人類じんるい最大さいだい災害さいがい戦争せんそう正面しょうめんからかいった問題もんだいさくひとはなぜきずつけあい、ながさなければならないのか。そのなかでねばづよ平和へいわ希求ききゅうし、それを実現じつげんしていくような方法ほうほうは、たして存在そんざいしているのか。精神せいしん医学いがくばかりでなく、軍事ぐんじ関係かんけいそれ自体じたいにもふかみ、さらには文学ぶんがく歴史れきしがくなどあらゆる人文じんぶんしょ科学かがく叡智えいち結集けっしゅうしてみちびされたこたえがここにある

中井なかい久夫ひさお
なかい・ひさお
1934ねん奈良ならけんうまれる。京都きょうと大学だいがく医学部いがくぶ卒業そつぎょう現在げんざい神戸大学こうべだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ精神せいしん著書ちょしょ中井なかい久夫ひさお著作ちょさくしゅう――精神せいしん医学いがく経験けいけんぜん6かん別巻べっかん2(岩崎いわさき学術がくじゅつ出版しゅっぱんしゃ、1984-91)『分裂ぶんれつびょう人類じんるい』(東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱんかい)『記憶きおく肖像しょうぞう』(1992)『家族かぞく深淵しんえん』(1995)『アリアドネからのいと』(1997)『最終さいしゅう講義こうぎ――分裂ぶんれつびょう私見しけん』(1998)『西欧せいおう精神せいしん医学いがく背景はいけい』(1999)『きよしかげほし』(2002)『徴候ちょうこう記憶きおく外傷がいしょう』(2004)『のしずく』(2005、以上いじょうみすず書房しょぼう)ほか。共編きょうへんちょ『1995ねん1がつ神戸こうべ』(1995)『昨日きのうのごとく』(1996、ともにみすず書房しょぼう)。訳書やくしょにエレンベルガー『無意識むいしき発見はっけん上下じょうげともやく弘文こうぶんどう、1980)のほか、みすず書房しょぼうからはサリヴァン『現代げんだい精神せいしん医学いがく概念がいねん』『精神せいしん医学いがく臨床りんしょう研究けんきゅう』『精神せいしん医学いがくてき面接めんせつ』『精神せいしん医学いがく対人たいじん関係かんけいろんである』『分裂ぶんれつびょう人間にんげんてき過程かていである』、ハーマン『しんてき外傷がいしょう回復かいふく』、バリント『いちあい精神せいしん分析ぶんせき技法ぎほう』(ともやく)、ヤング『PTSDの医療いりょう人類じんるいがく』(ともやく)、『エランベルジェ著作ちょさくしゅう』(ぜん3かん)、パトナム『解離かいり』、カーディナー『戦争せんそうストレスと神経症しんけいしょう』(ともやく)さらに『現代げんだいギリシャせん』『カヴァフィスぜん詩集ししゅう』『リッツォス詩集ししゅう 括弧かっこ』、ヴァレリー『わかきパルク/魅惑みわく』などが刊行かんこうされている。※ここに掲載けいさいする略歴りゃくれき本書ほんしょ刊行かんこうのものです。

目次もくじ

I
精神せいしん医学いがくおよび犯罪はんざいがくから戦争せんそう平和へいわ
日本にっぽん社会しゃかいにおける外傷がいしょうせいストレス――こころのケアセンター開所かいしょしき講演こうえん
II
精神分裂病せいしんぶんれつびょう名称めいしょう変更へんこう
いまにして戦争せんそう平和へいわ
ポスト高齢こうれい社会しゃかいはどうなるのか
平成へいせいいちよんねんおく
イラク戦争せんそう開戦かいせんおも
イラク戦争せんそう終了しゅうりょうおも
グローバリズムの
がん治療ちりょう垣間見かいまみ
中東ちゅうとうかえされるにちちゅう戦争せんそう
日本にっぽん占領せんりょうとイラクの占領せんりょう
にち戦争せんそうながめなおす
〇〇よんねん歳末さいまつおも
仕掛しかけられた憎悪ぞうお火種ひだね
日本人にっぽんじんの“人間にんげん条件じょうけん”は
〇〇ねんきゅうがついちいちにち以後いご
III
現代げんだい社会しゃかいきること
現代げんだいにおけるきがい
IV
日本にっぽん家族かぞく――その近代きんだいぜん近代きんだい
生活せいかつ空間くうかん精神せいしん健康けんこう
V
土居どい健郎たけお選集せんしゅう解説かいせつ
霜山しもやま先生せんせいのお弟子でしさんたち
ロナルド・D・レイン『ひきかれた自己じこ
かわおん能平のっぺいくん少年しょうねん時代じだい
村澤むらさわ貞夫さだおおくる 2004ねん1がつ7にち
VI
須賀すか敦子あつこさんの訳詩やくしについて
「その」をおとずれざる
石川いしかわきゅう楊『日本にっぽんしょ』を

あとがき
初出しょしゅつ一覧いちらん

引用いんよう

 「精神分裂病せいしんぶんれつびょうという名称めいしょう適当てきとうであるからあらためると、ずいぶんまえ精神せいしん神経しんけい学会がっかい決議けつぎされていたが、ようやく「統合とうごう失調しっちょうしょう」にまった。正式せいしきまるのは、今年ことしはちがつ横浜よこはま開催かいさいされる世界せかい精神せいしん学会がっかいであるが、くつがえることはまずあるまい。
 名称めいしょう変更へんこう患者かんじゃかい家族かぞくかい主導しゅどうといってよい。最後さいごのこった候補こうほみっつについて、昨年さくねんいちがつ家族かぞくかいいちページだい新聞しんぶん広告こうこくち、その可否かひとよいべつあんとを公衆こうしゅううた。そのみっつとは「スキゾフレニア」「クレペリン・ブロイラー症候群しょうこうぐん」「統合とうごう失調しっちょうしょう」である。「スキゾフレニァ」は欧米おうべい使つかっているに「みぎへならえ」である。専門せんもんきだが普通ふつうひとには呪文じゅもんであろう。これを直訳ちょくやくして「精神分裂病せいしんぶんれつびょう」としていたのである。
 クレペリンとブロイラーは、この概念がいねん抽出ちゅうしゅつした二人ふたり精神せいしんである。使つかうのは「ハンセンびょう」とおな流儀りゅうぎであるが、食用しょくようにわとり飼育しいくぎょう協会きょうかいから反対はんたいがあったそうだ。結局けっきょく統合とうごう失調しっちょうしょう」がえらばれた。精神せいしん医学いがく教科書きょうかしょから法律ほうりつまでなおしてゆくことになるが、学界がっかい司法しほうかい戸惑とまどっているようだ。しかし、わたしはこの変更へんこうおおくのてん進歩しんぽであると積極せっきょくてき支持しじする。<42<
 「統合とうごう失調しっちょう」とは知情意ちじょういのまとまりのバランスがくずれるとかいしてよかろう。では躁病そうびょうふもとびょう神経症しんけいしょう精神せいしんのまとまりのバランスがくずれていないかといわれそうだ。しかし「不安ふあん」は不安ふあん神経症しんけいしょうかぎられているか。そんなことはない。病名びょうめいなにひとつの特徴とくちょう使つかうしかない。見当けんとうはずれと偏見へんけんとは当然とうぜんける。「精神分裂病せいしんぶんれつびょう」は見当けんとうはずれで偏見へんけん助長じょちょうせいがあったが、そのまえの「はやはつせい痴呆ちほう」よりはましだった。元来がんらい分裂ぶんれつ」は連想れんそう障害しょうがいしていた。ふる心理しんりがく思考しこう過程かていとは連想れんそうだとかんがえていたからだ。ユニークな精神せいしん神田かんだきょうじょうおさむが、すでにさんねんまえ精神せいしん無理むり統一とういつしようとして失調しっちょうするから「精神分裂病せいしんぶんれつびょう」でなく「精神せいしん統一とういつびょう」だとっていたのはえらい。
              *
 名前なまえわれば注目ちゅうもくてんわる。従来じゅうらいのように幻聴げんちょう妄想もうそうでなく、今後こんご思考しこう感情かんじょう意志いしのまとまり具合ぐあいやバランスに注目ちゅうもくてんうつるだろう。その失調しっちょう発病はつびょう過程かてい初期しょきこる。早期そうきづきと早期そうき治療ちりょうとにつながるだろう。回復かいふく過程かてい目安めやすとしても幻覚げんかく妄想もうそうよりよい。幻覚げんかく妄想もうそう本人ほんにん達成たっせい評価ひょうかにも努力どりょく目標もくひょうにもできない。それどころか、幻覚げんかく妄想もうそう意識いしきするとかえって長引ながびく。医師いし看護かんごも、幻覚げんかく妄想もうそう消滅しょうめつよりも知情意ちじょういのまとまりとバランスに注目ちゅうもくするほうが、よい治療ちりょうとケアができそうである。<43<
 ねんまえにはなんねん病棟びょうとう一隅いちぐうたてっていたり、奇妙きみょう姿勢しせいのまま不動ふどうひとおおかった。入院にゅういん治療ちりょうおも外来がいらい治療ちりょうしたがえだった。それに、このやまいしんきずとくけやすい状態じょうたいにする。さまざまなしんきずやめいをどれだけこじらせていただろうか。
 あたらしい名称めいしょうなおるというふくみをっている。楽観らっかん主義しゅぎてきである。楽観らっかん主義しゅぎてき医師いしのほうが悲観ひかん主義しゅぎてき医師いしよりも治療ちりょうりつたかいことが証明しょうめいきれている。世間せけん見方みかたわってくるだろう。名称めいしょう変更へんこうがどれだけのちからっかの実験じっけんである。ぜひ成功せいこうさせたい。
 しかし、すでに重症じゅうしょうのままに多年たねんおくったひと人生じんせいかえってこない。せめて生活せいかつしつ改善かいぜんつとめたい。また、このやまいともなふか恐怖きょうふ長引ながび場合ばあいの、しん萎縮いしゅく軽視けいししてはなるまい。楽観らっかん主義しゅぎ現実げんじつてき楽観らっかん主義しゅぎであってはじめてきるものだ。
                          (〇〇ねんさんがつろくにち
 
 オイゲン・ブロイラーがきていたら、「統合とうごう失調しっちょうしょう」に賛成さんせいするだろう。かれ弟子でしがまとめたブロイラーの基本きほん障害しょうがいであるよっつのAすなわちAmbivalenz(りょうあたいせい)は対立たいりつする概念がいねんの、いち段階だんかいたかいレベルにおけ<44<る統合の失調であり、Assoziationslockerung(連合弛緩)は概念から概念への(主として論理的な)「わたり」を行うのに必要な統合の失調を、Affektstorung(感情障害)は要するに感情の統合の失調を、そして自閉(Autismus)は精神心理的地平を縮小することによって統合をとりもどそうと試みて少なくとも当面は不成功に終わっていることをそれぞれ含意しているからである。ブロイラーがこのように命名しなかったのは、よいギリシャ語を思いつかなかったという単純な理由もあるのかもしれない。「統合失調症」を試みにギリシャ語にもとずく術語に直せば、syntagmataxisiaかasyntagmatismusとなるであろう。dyssyntagmatismusのほうがよいかもしれない。「統合失調症」は「スキゾフレニア」の新訳であるということになっているが無理がある。back translation(逆翻訳)を行えばこうだと言い添えるほうが(一時は変なギリシャ語
だとジョークのたねになるかもしれないが)結局けっきょく日本にっぽん術語じゅつご先進せんしんせいしめすことになるとおもうが、どうであろうか。(pp42-5)

ロナルド・D・レイン『ひきかれた自己じこ
             1
 またしても、レインについてけというおはちがまわってきた。これでさん度目どめである。だいいちかいは、レインがコート・ダジュールのサントロペでテニスちゅう急死きゅうししたいちきゅうはちきゅうねんなつであって、まだそのころまであったのかといまおどろかれる『朝日あさひジャーナル』のもとめにおうじていた「追悼ついとうぶん」であった。このときすでに、わたしがレインの追悼ついとうぶんくということ自体じたい徴候ちょうこうてきなことであった。ついじゅうすうねんまえ、レインがぶようにれた、その時代じだい訳者やくしゃ紹介しょうかいしゃ現存げんそんしておられた(る) のに、その方々かたがたはもはやくことをこのまれないらしかった。
 そして、レインの自叙伝じじょでん『わが半生はんせい』が岩波書店いわなみしょてんどう時代じだいライブラリーにおさめられたときに、この追悼ついとうぶんをもとにして解説かいせつ羽目はめになった。やはり、じんがいないのであった。このように、『ひきかれた自己じこ』の解説かいせつ依頼いらいは、なんことわってもわたしのところにもどってくるのであった。最後さいごには、わたしわか友人ゆうじんわたしやめいをおもんばかって、『わが半生はんせい』の解説かいせつをリライトしてわたしします<244<ということになりかけた。しかし、いくらやめいのであっても、ゴースト・ライターにたのむのは、わたし我慢がまんゆるさない。
 フランス語ふらんすごでrevenant(もどってくるもの)とは「おけ」のことである。ときあたかも、○○○ねんはちがついちにち世紀せいき最後さいごのおぼんである(原稿げんこう執筆しっぴつ)。セイロンや日本にっぽん座禅ざぜんしたレインであるが、きっとレインは成仏じょうぶつしていなくて、どうしてだろうか、ゴースト・ライター志望しぼうしゃ郵便ゆうびんによってわたしのところにもどってきた。レインが死後しごいちねん以上いじょう成仏じょうぶつできないのは、それだけの理由りゆうがあるのであろう。ゴースト(幽霊ゆうれい)をゴースト・ライターがいたとなればシャレにもならない。わたしはレインのゴーストの供養くようのために『ひきかれた自己じこ』についてくことをけた。これでかれ成仏じょうぶつするとはおもわないが、この一文いちぶん施餓鬼せがきほどのちからがあることをのぞむものである。
 なぜレインは成仏じょうぶつしないのであろうか。レインが成仏じょうぶつしていないとはどういうことであろうか。
 ひとつには、レィンによって精神せいしん医学いがくこころざした世代せだい精神せいしんたましい成仏じょうぶつしていないのであろう。精神せいしん闘争とうそう研究けんきゅう否定ひていはん精神せいしん医学いがく、ベトナム反戦はんせんなどなどののちいちきゅうはちねん米国べいこくでDSM‐Ⅲが公刊こうかんされると、この黒船くろふねによって、日本にっぽん精神せいしん医学いがくはがらりとわった。本質ほんしつてきにクレペリン精神せいしん医学いがくによってち、クルト・シュナイダーK.schneiderの操作そうさ主義しゅぎとエルンスト・クレッチマーE.Kretschmerの多次元たじげん診断しんだんによって補強ほきょうされたDSM体系たいけいは、日本にっぽん精神せいしん医学いがく風土ふうどえた。いちきゅうなな年代ねんだいにレイン、クーパーなどによって精神せいしんになった人々ひとびとは、これに対抗たいこうする精神せいしん医学いがくっていなかった。しかし、それについてわたしなにうつもりもない。<246<
あるいは、レインによって精神せいしん医学いがくこころざした世代せだい精神せいしん治療ちりょうされた患者かんじゃとその家族かぞくたちが成仏じょうぶつしていないのかもしれない。精神せいしん医療いりょう抑圧よくあつ手段しゅだんあるいははしてき存在そんざいしないといい、精神せいしん患者かんじゃへの差別さべつ糾弾きゅうだんし、精神せいしん病院びょういん廃止はいしするのが最良さいりょう手段しゅだんであるということはやさしい。しかし、精神せいしん患者かんじゃは、差別さべつされたくも、拘禁こうきんされたくもないが、また、保護ほごされ、治療ちりょうされ、患者かんじゃでなくなりたいのである。
 「たたか医師いし」たちが精神せいしん患者かんじゃ先頭せんとうててたたかっていたときわたしはかって学生がくせい時代じだいにみた、在日ざいにち朝鮮ちょうせんじん先頭せんとうてて警官けいかんたい衝突しょうとつしていた日本人にっぽんじんデモたい姿すがたかさわせてしまう。もういちいちげるにはおよぶまい。レインのレの学会がっかいかれなくなってからねん、なおレインの『ひきかれた自己じこ』がれ、わたしなどにレインについてくようにもとめられるのは、生物せいぶつがくてき精神せいしん医学いがく進歩しんぽにもかかわらず、明証めいしょう(エピデンス)にもとづく精神せいしん医学いがく唱導しょうどうにもかかわらず、治療ちりょうにおけるアルゴリズムの普及ふきゅう運動うんどうにもかかわらず、精神せいしん医療いりょう自体じたいがまだ成仏じょうぶつしていないのであろう。いいかえれば、レインは否認ひにんされたけれども、現在げんざい精神せいしん医学いがくは、レインの批判ひはん事実じじつもっ十分じゅうぶんこたえていないということなのであろう。
 実際じっさいに、精神せいしん医学いがく首尾しゅびよくそのようないろのバラになるかどうかはわたし予見よけん能力のうりょくえているけれども、わたしのところなどによわ幽霊ゆうれいレインのために、この幽霊ゆうれいとおったあと辿たどって現在げんざいまでの精神せいしん医学いがく見直みなおしてみよう。せめて、かれただしく位置いちづける努力どりょくによって鎮魂ちんこんはかろう。エルシノーアじょうにおける亡霊ぼうれい以上いじょうのことをレインの幽霊ゆうれいたのむまい。だいいちわたしはハムレットではない。<246<
まず、『ひきかれた自己じこ』とはどのようなほんであったか。このいにいくぶんなりともこたえるためには世紀せいき初頭しょとうから当時とうじまでの英国えいこく精神せいしん医学いがく念頭ねんとうかなければならない。
 この時期じきにおける英国えいこく精神せいしん医学いがく衰微すいびは、ヒューリングズ・ジャクソンJ.H.Jackson、ヘンリー・ヘッドH.Headをはじめとする英国えいこく神経しんけいがく隆盛りゅうせいくらべてあまりに対照たいしょうてきである。英国えいこく神経しんけいがく英国えいこく経験けいけんろんてき実証じっしょう主義しゅぎ精華せいかである。世紀せいき初期しょき精神せいしん医学いがく神経しんけいがくとの距離きょりは、いまよりももっとちかいとかんじられていた。英国えいこく精神せいしん医学いがく当時とうじ衰微すいび自他じたともに自覚じかくされなかったのは、まずはそのためである。
 しかし、欠陥けっかんひとつは英国えいこく医学いがく教育きょういく制度せいどにあった。英国えいこく医学いがく制度せいどは、精神せいしん医学いがく大学だいがくから排除はいじょしていた。とくにイングランドにおいては、ケンブリッジ、オックスフォードのだい大学だいがく医学部いがくぶなんいちきゅうなな年代ねんだいまで精神せいしん医学いがくいていた。
 ひとつには、ドイツのクレペリーンE.Kraepelin、スイスのブロイラーE.bleulerの精神せいしん医学いがく体系たいけいが、「統合とうごう失調しっちょうしょう」の導入どうにゅうによって、旧来きゅうらいの(いちきゅう世紀せいきフランスの)体系たいけい刷新さっしんしたのが、だいいち大戦たいせん前夜ぜんやであり、その普及ふきゅう大戦たいせんちゅうであったこともあるであろう。英国えいこくはドイツと死闘しとうつづけていた。スイスは敵国てきこくでなかったが、ブロイラーはドイツ著述ちょじゅつしていた。
 いちきゅう世紀せいき後半こうはん欧米おうべいだい不況ふきょうによって、精神せいしん医療いりょう安価あんか精神せいしん病院びょういん中心ちゅうしん医療いりょうとなり、きわめて<247<閉鎖的な精神病院は退院率を急激に低下きせ、生涯退院率を一〇パーセント以下、かっての数分の一とした。ここで統合失調症は患者集団の中から「析出」し、精神病理学者がその予後の悪さを精密に理論づけ、合理化した。
 英国えいこくにおいては、さらにベンサムJ.Benthamらの社会しゃかい進化しんかろんにもとづいて、優勝劣敗ゆうしょうれっぱいによる淘汰とうた法則ほうそく社会しゃかい進歩しんぽさせるとされた。精神病せいしんびょう患者かんじゃ淘汰とうたされるべきものであり、社会しゃかいかれらからまもられるべきものであった(もっとも、英国えいこく精神せいしん病院びょういんにおける患者かんじゃ処遇しょぐうは、階級かいきゅうによっておおいにことなった)。英国えいこくにおいて精神せいしん医学いがくは、伝統でんとうてきに、宗教しゅうきょうてきマイノリティ、とく長老ちょうろう教会きょうかいるスコットランド(レインはスコットランドじん長老ちょうろう教会きょうかい家庭かていそだった)およびフレンド協会きょうかい(いわゆるクエーカー教徒きょうと)のになうものであった。産業さんぎょう革命かくめいによる都市とし生活せいかつ精神病せいしんびょう増加ぞうか貢献こうけんしているとするクエーカー教徒きょうとたちがみずかつくったヨーク退すさいきしょはじめたモーラル・トリートメント(人間にんげんてき―または社会しゃかいてき治療ちりょう)は、いちきゅう世紀せいき前半ぜんはんにおけるフランス、米国べいこく、ドイツの精神せいしん病院びょういん治療ちりょう原理げんりとなった。
 しかしまた、英国えいこく精神せいしん病院びょういんは、その帝国ていこく主義しゅぎぜん時代じだいつうじて、軍事ぐんじとの関係かんけいふかい。ナポレオン戦争せんそう時期じきつうじて、歴史れきしほこる(と同時どうじ悪名あくめいたかい)ロンドンのべドラム病院びょういん英国えいこく海軍かいぐん専用せんよう精神せいしん病院びょういんとなっていた。ナポレオン戦争せんそうさん年間ねんかんつうじて、軍艦ぐんかん乗組のりくみいん強制きょうせい徴募ちょうぼすなわち無理無体むりむたい青年せいねん拉致らちによって調達ちょうたつしてきた英国えいこく海軍かいぐん水兵すいへい反乱はんらんなやまされるが、反乱はんらんしゃ容赦ようしゃなく帆桁ほげたるされた。このような過酷かこく軍隊ぐんたい生活せいかつ反乱はんらんしゃだけでなく、多数たすう精神病せいしんびょう患者かんじゃをもんだのであろう。
 英国えいこくは、だいいち大戦たいせんにおいて、ふたたび、大量たいりょう精神せいしん神経症しんけいしょう兵士へいしなやむことになる。これにたいする英国えいこく軍医ぐんいの「治療ちりょう」は威圧いあつ脅迫きょうはく虐待ぎゃくたいによるタカてきなものであった。
 また、戦勝せんしょうこくきょう失業しつぎょうは、敗戦はいせんこくよりも強力きょうりょく欲求よっきゅう不満ふまん誘導ゆうどうする。ドイツが悪性あくせいインフレーションからなおって、復興ふっこう景気けいき賠償ばいしょう景気けいきいていたとき英国えいこく国家こっか基盤きばんるがすほどのすみ鉱夫こうふだい争議そうぎ直面ちょくめんしていた。
 英国えいこくにおいて欧州おうしゅう精神せいしん医学いがくからのおくれが徐々じょじょ意識いしきされたのは、いちきゅうさん年代ねんだいである。長引ながび不況ふきょうが、精神病せいしんびょう問題もんだい深刻しんこくにきせたのかもしれない。イングランドにおいても、スコットランドにおいても、ナチス政権せいけんきらって亡命ぼうめいしてきたドイツじん教授きょうじゅによってドイツ精神せいしん医学いがくのもとに再建さいけんはかられた。マイャー=グロースw.Mayer-Grossの『精神せいしん医学いがく教科書きょうかしょ』は、英国えいこく経験けいけんろん消化しょうかされたドイツ精神せいしん医学いがく精髄せいずいであって、めい教科書きょうかしょとうたわれ、きゅうソ連それんはロシアやくして大学だいがく教科書きょうかしょもちいた。

   3

 レインの『ひきかれた自己じこ』の社会しゃかいてき背景はいけいは、精神せいしん病院びょういん劣悪れつあく英国えいこく精神せいしん医学いがく停滞ていたい英国えいこく軍医ぐんい精神せいしん医学いがくのタカてき伝統でんとうだいいち大戦たいせんきょうによる欲求よっきゅう不満ふまん戦争せんそう神経症しんけいしょうてき雰囲気ふんいきである。レインの民族みんぞくてき背景はいけいは、スコットランド・カルヴィニストの倫理りんりであり、またさん〇〇ねんまえのカロー<250<デンのたたかいにおける敗北はいぼく以来いらい、イングランドの「対抗たいこう文化ぶんか」となって、イングランドを凌駕りょうがしようとしつつ、つねにイングランドに寄与きよしてきたスコットランドの歴史れきしである。そのなかでフロイディズムの受容じゅようおこなわれていった。治療ちりょう共同きょうどうたいもスコットランドの伝統でんとうつものである。
 さらに個人こじんてき背景はいけいがある。いちきゅうななねんにスコットランドにまれ、思春期ししゅんきちちうつびょう発症はっしょう際会さいかいし、グラスゴウ大学だいがく医学部いがくぶ入学にゅうがくして、手術しゅじゅつ残酷ざんこくる。スイス在住ざいじゅうのヤスパースK.Jaspersのもとに留学りゅうがくしようとするこころみは、当時とうじ英国えいこくにおけるドイツけん精神せいしん医学いがく威信いしんしめす(ヤスパースはマックス・ウェーバーを経由けいゆしてカルヴィニズムに親近しんきんてきであった)。この留学りゅうがく成功せいこうしていたらどうなったであろうか。
 つぎに、だい大戦たいせん軍医ぐんいとなって、患者かんじゃかたりかけることをきんじるような英国えいこく軍医ぐんい精神せいしん医学いがくあじわう。この「ネグレクトによる治療ちりょう」は、だいいち大戦たいせんにおけるこう電圧でんあつじゃく電力でんりょく口腔こうくうへのあつ抵、絶対ぜったい暗室あんしつへの拘禁こうきんなどの戦争せんそう神経症しんけいしょうしゃたいするタカてき治療ちりょう伝統でんとうつものである。
 ところが、だい大戦たいせんによって、英国えいこく軍事ぐんじ精神せいしん医学いがく経験けいけんした応召おうしょう精神せいしん医師いしなかおおきな変化へんかしょうじた。実際じっさい英国えいこくにとって国力こくりょくかたむけたそう力戦りきせんであっただい大戦たいせんにおいてほとんどの精神せいしん軍医ぐんいあるいは軍事ぐんじ精神せいしん病院びょういんとなっている。レインもその経験けいけんしゃであるが、はやくもいちきゅう年代ねんだいに、マックスウェル・ジョーンズM.Jpnesは、戦時せんじ戦争せんそう神経症しんけいしょう治療ちりょう戦後せんご英国えいこくへいもと捕虜ほりょ治療ちりょう経験けいけんから「治療ちりょう共同きょうどうたい」を創設そうせつし、実践じっせんしていた。これはレインの実験じっけん病棟びょうとうよりもはやく、かつ永続えいぞくせいのあるものだった。徹底的てっていてき個人こじん主義しゅぎ建前たてまえとする英国えいこくであるが、その反面はんめん、ヨーク退すさいき<250<所以来の伝統、広くは理想的共同体を構想した生活協同組合の始祖ロバート・オウエンR.Owen以来の伝統もある。
英国えいこくは、戦時せんじちゅうに、画期的かっきてき国民こくみん保健ほけん制度せいど発足ほっそくさせた。それはGP(一般いっぱん開業医かいぎょうい)と専門せんもん病院びょういんほんてであって、GPはおのれの限界げんかいえた疾病しっぺい専門せんもん病院びょういん紹介しょうかいし、他方たほう専門せんもん病院びょういんはGP経由けいゆでなければ患者かんじゃけず、また回復かいふくすればGPにもどすという制度せいどである。これは初期しょきから、とく精神せいしん医学いがくかんしては、専門せんもん病院びょういんからただちに一般いっぱんであるGPに一民かずたみすところに無理むりがあった。治療ちりょう共同きょうどうたい創設そうせつされたのは、この空隙くうげきめる緊急きんきゅう実際じっさいてき必要ひつようがあってのことでもある。
また、えいべいけん戦後せんごになって、大陸たいりく精神せいしん医学いがくひらはじめた。ヤスパースの『精神病せいしんびょう理学りがく総論そうろん』、ブロイラーの『精神分裂病せいしんぶんれつびょう統合とうごう失調しっちょうしょう)』が翻訳ほんやくされ、さらに北欧ほくおう諸国しょこく文献ぶんけんをもふく大陸たいりく精神せいしん医学いがく文献ぶんけんしゅう出版しゅっぱんされた。米国べいこくはもちろん、英国えいこくにおいても、大陸たいりくからの亡命ぼうめい精神せいしんふく力動りきどう精神せいしん医学いがく台頭たいとうし、英国えいこくでは対象たいしょう関係かんけいろん学派がくは形成けいせいされた。しかし、英国えいこく精神せいしん医学いがくのエスタブリッシュメントは、米国べいこくのようにヤワではなく、マイャー=グロースの弟子でしたちを中心ちゅうしんとして正統せいとう精神せいしん医学いがく維持いじし、生物せいぶつがくてき精神せいしん医学いがく社会しゃかい精神せいしん医学いがくとを発展はってんさせた。

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 当時とうじだいであったレインは「おくれてきた青年せいねん」であるが、英国えいこくにはちんらしく、大陸たいりく思想しそう哲学てつがく精神せいしん医学いがくをよく勉強べんきょうしている精神せいしんであった。知的ちてき公衆こうしゅうのための「ペリカン」叢書そうしょ岩波いわなみしん<251<しょのモデルとなったものであるが、発行はっこうもとのワイデンフェルド.アンド・ニコルソンという出版しゅっぱんしゃが、わかきレインを起用きようして『ひきかれた自己じこ』をかせた。これは大当おおあたりだった。
 叢書そうしょ性質せいしつじょう、このほんあたらしいものはない。しかし、統合とうごう失調しっちょうしょう患者かんじゃは、今日きょうかんがえられないほど重症じゅうしょう不治ふち疾患しっかんとされ、その内面ないめん理解りかいはできないものとされており、医学いがく教育きょういくもそのようになされていた。大陸たいりく精神せいしん医学いがく、アメリカ精神せいしん医学いがく実存じつぞん哲学てつがく現象げんしょうがく分裂ぶんれつ気質きしつろん(ドイツ・チュービンゲン学派がくは主流しゅりゅうのハイデルベルク学派がくはたいする対抗たいこう精神せいしん医学いがく―からった)、対人たいじん関係かんけいろんかれはサリヴァンをおおんでいる)、さらに家族かぞく精神せいしん医学いがく集約しゅうやくし、インパクトのつよ文章ぶんしょういたこのほんは、たん出版しゅっぱんしゃ期待きたいじゅうふんこたえただけでなく、わたしよりひと世代せだいぞくするおおくの精神せいしん開眼かいがんてき体験たいけんあたえた。
 かりにレインがスコットランド人的じんてき上昇じょうしょう志向しこうささえられて本書ほんしょ執筆しっぴつ開始かいししたとしても、本書ほんしょあたらしいものがないとしても、かれは、見事みごとに、それまで潜在せんざいし、散在さんざいしていたしょ傾向けいこう総合そうごうして、毒性どくせいつよころ文句もんくによって、精神せいしん医学いがくエスタブリッシュメントを攻撃こうげきし、精神せいしん医療いりょう雰囲気ふんいきえた。フーコーM.Foucaultとともにかれひとつのだい転回てんかいつくるきっかけとなった。
 患者かんじゃははじめてその「弁護士べんごし」をた。いわく、社会しゃかい抑圧よくあつによって「ニセ」自己じこ形成けいせいし、病者びょうしゃみちはいる。また統合とうごう失調しっちょうしょう資本しほん主義しゅぎ社会しゃかい無意識むいしき共謀きょうぼうによる。さらに患者かんじゃ家族かぞくのスケープゴートである。しかし、統合とうごう失調しっちょうしょうはより積極せっきょくてきせいへの旅路たびじでもあるとし、医療いりょうしゃ患者かんじゃとの区別くべつ撤廃てっぱいし、共生きょうせいする住居じゅうきょ設立せつりつした。時代じだいはあたかも、精神せいしん病院びょういんから進行しんこうせいあさかゆ消滅しょうめつしつつ<252<あり、統合とうごう失調しっちょうしょう患者かんじゃ入院にゅういん患者かんじゃ多数たすうとなりつつあって、その患者かんじゃも、いまよりもずっとわか患者かんじゃりつおおかった時期じきである。レインの主張しゅちょう時代じだいった。
 レインのその生涯しょうがい幸福こうふくではなかった。出版しゅっぱんしゃはまだ執筆しっぴつしていない著作ちょさく印税いんぜいとしてポンドさつかれまえげ、できるがはやいか生煮なまにえの原稿げんこうったといた。悪意あくいのこもったこのうわさ真偽しんぎはともかく、レィンが、だい多数たすう患者かんじゃりにしてスターになったのは不幸ふこうであった。そもそも精神せいしんはスターになるべきではない。かれ東京とうきょう下水げすいのドブネズミとしてにたいとかたったこともあり(これはつげ義春よしはる連想れんそうさせる)、しばしばセイロンと日本にっぽん座禅ざぜんし、テニスちゅう心臓しんぞうわった。サリヴァンとことなって「しん自己じこ」と「ニセ自己じこ」とを区別くべつしたかれは、おのずと求道きゅうどうしゃたらざるをなかったであろう。
 レインの初期しょき影響えいきょうは、精神せいしん罪悪ざいあくかん刺激しげきしたことであった。それは、いちきゅうろくはちねん世界せかい同時どうじてき学生がくせい反乱はんらんおな背景はいけいつ。わがくにでは、原題げんだいDivided selfが「分割ぶんかつされた自己じこ」でなく、「ひきかれた自己じこ」と強調きょうちょうしてやくされたために、そのインパクトは強烈きょうれつであり、精神せいしんたちは一時いちじ精神せいしんであること自体じたいが「うしろめたい」存在そんざいであると公言こうげんするにいたった。
 その世代せだいさいだいになっている現在げんざいからかえってみると、レインの主張しゅちょうは、うすまって(より現実げんじつてきかたちで)精神せいしん医学いがく全体ぜんたいひろがっているとわたしおもう。そのてんではレインは安心あんしんして瞑目めいもくしてよいであろう。『わが半生はんせい』の解説かいせつわたしはそのようにしるした。しかし、レインがそれによって成仏じょうぶつしなかったとすれば、どういうことであろうか。たしかに、「自己じこがバラバラになっている」とか<253<「自己の死」とか、軽々しく言ってよいものだろうか。レインは問題の重大さを強調するあまり、患者を絶望させ、また深刻好きの精神科医を悪く刺激したところはないだろうか。レインの亡霊は、それを匡したいのであろうか。
 もうひとつ、このほんが、結果けっかてきに、いちきゅうななねん以後いご一般いっぱんてきばっせい強調きょうちょう社会しゃかいてき雰囲気ふんいき精神せいしん医学いがくたすけになったことは単純たんじゅんこうえない。精神せいしん疾患しっかんみずからの欠陥けっかんとするそれ以前いぜん精神せいしん医学いがくよりも、の(家族かぞくの、社会しゃかいの)せいにすることは、病者びょうしゃ気持きもちを一時いちじかるくするであろう。そもそも病気びょうきでないとする、病気びょうき否認ひにんはさらにかたかるくするかもしれない。しかし、この軽快けいかい一時いちじてきなものであり、現実げんじつ苦悩くのうらない(現在げんざいのトピックである、しんてき外傷がいしょう米国べいこくにその徴候ちょうこうるように単純たんじゅんばっせいへの傾向けいこう潜在せんざいさせている。わたしたちはいちきゅうななねんよりすこかしこくなっているであろうか)。
 わたしたちはただ、現実げんじつ原則げんそくにのっとって一歩一歩いっぽいっぽ前進ぜんしんするほかはないのである。
 しかし、精神せいしん患者かんじゃは、ともすれば、わすれられがちな存在そんざいである。からればわすれたい存在そんざいであり、社会しゃかい経済けいざいてきには手抜てぬきにされやすい存在そんざいである。わたしたちが油断ゆだんすれば精神せいしん医療いりょうかなら空洞くうどうする。なるほど、生物せいぶつ学的がくてきには精神せいしん医学いがく隆盛りゅうせいかうであろう。しかし、生物せいぶつがくてき精神せいしん医学いがく主流しゅりゅうとなったとき精神せいしんこころざ医師いしのタイプは、わってくるであろう。患者かんじゃ生物せいぶつがくてき治療ちりょうされて、なおればよし、なおらなければ「それはおどく」となるかもしれない。あるいは、精神せいしん医療いりょうは、心理しんりやナースや作業さぎょう療法りょうほううつり、精神せいしんは、診断しんだんし、処方しょほうし、診断しんだんしょき、保険ほけん会社かいしゃいんに「指導しどう」される存在そんざいとして片隅かたすみいやられるかもしれない。この傾向けいこうは、すでに世界せかい各地かくちで<0254<見られていると思う。しかし、天の下に新しいものはそれほどない。それは、一九世紀末精神医療の、より洗練された繰り返しである。そうなれば五〇年後、一〇〇年後に新しいレインの出現が待たれる事態となるかもしれない。レィンが容易に成仏しないのはそのためかもしれない。」(中井[2005:245-255])
 なるほど、生物せいぶつ学的がくてきには精神せいしん医学いがく隆盛りゅうせいかうであろう。しかし、生物せいぶつがくてき精神せいしん医学いがく主流しゅりゅうとなったとき精神せいしんこころざ医師いしのタイプは、わってくるであろう。患者かんじゃ生物せいぶつがくてき治療ちりょうされて、なおればよし、なおらなければ「それはおどく」となるかもしれない。あるいは、精神せいしん医療いりょうは、心理しんりやナースや作業さぎょう療法りょうほううつり、精神せいしんは、診断しんだんし、処方しょほうし、診断しんだんしょき、保険ほけん会社かいしゃいんに「指導しどう」される存在そんざいとして片隅かたすみいやられるかもしれない。この傾向けいこうは、すでに世界せかい各地かくちで<0254<見られていると思う。しかし、天の下に新しいものはそれほどない。それは、一九世紀末精神医療の、より洗練された繰り返しである。そうなれば五〇年後、一〇〇年後に新しいレインの出現が待たれる事態となるかもしれない。レィンが容易に成仏しないのはそのためかもしれない。」(中井[2005:245-255])

書評しょひょう紹介しょうかい

言及げんきゅう



作成さくせい三野みの 宏治こうじ
UP:20110301 REV:20110511
中井なかい 久夫ひさお  ◇精神せいしん障害しょうがい精神せいしん医療いりょう  ◇身体しんたい×世界せかい関連かんれん書籍しょせき  ◇BOOK
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