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私わたしの母ははは狂人きょうじんだった。私わたしが母ははに母ははらしい親したしみを最後さいごに感かんじたのはいつだったか。

この人ひとが母親ははおやであることが嫌いやだなと思おもったのは、中学校ちゅうがっこうの三さん者しゃ面談めんだんの時ときに、

私わたしが担任たんにんに褒ほめられるとみるや否いなや、

「うちの子こは親おやの敷しいたレールの上うえをただ走はしってるだけですから」

とい放いはなった日ひのことだ。

私わたしも担任たんにんの先生せんせいも目めを丸まるくして驚おどろいた。

思おもえば中学ちゅうがくくらいから母はははおかしかった。

きっとその前まえからおかしかったのだろうが、中学ちゅうがくくらいからはっきり「この人ひとはおかしい人じんだ」と思おもうようになった。

私わたしが少すこし学校がっこうのことで愚痴ぐちを言いえば、学校がっこうにクレームを入いれた。

私わたしが「学校がっこうの先生せんせいには電話でんわしないで。家いえで文句もんく言いってるだけだから」と言いっても、

学校がっこうにクレームの電話でんわをかけた。

困こまった私わたしは次つぎの年としに担任たんにんになった先生せんせいに

「母ははは私わたしの言いったちょっとしたことをわざわざ学校がっこうに電話でんわをするところがあるから、

もし母ははが電話でんわをかけてきたら話はなしだけ聞きいて、あとは無視むしして、私わたしに電話でんわがあったことを教おしえてください」

とお願ねがいをした。

その年としは3回かい、担任たんにんから「カーチャンから電話でんわがあったぞ」と言いわれた。

大学だいがくで一人暮ひとりぐらしを始はじめようというときに、私わたしは新居しんきょに向むかう道みちに迷まよってしまった。

母ははに「マンションって駅えき出でてどっちの方向ほうこうに向むかって歩あるけばつくんだっけ？」と電話でんわしたら

「はぁ？あんた何なに意味いみの分ぶんからないことを言いってるの？」と言いわれた。

確かくかに自分じぶんがこれから住すむ家いえへの道みちのりを忘わすれる私わたしも私わたしなので、

「ごめん、分わかんなくなっちゃって。私わたし方向ほうこう音痴おんちだし」と応おうじたが、

「何なに言いってるの？意味いみの分ぶんからないことを言いわないで」とよく分わかからない回答かいとう。

その後ご何なん度ど状況じょうきょうを説明せつめいしても、

「意味いみが分ぶんからないわよ」「道みちが分ぶんからないって何なに」「どういう意味いみなの」

と全まったく会話かいわにならない。

怖こわくなったので適当てきとうな方向ほうこうに歩あるくことにして電話でんわを切きった。

家いえには無事ぶじたどり着ついたが、その後ご、「道みちは分わかったの？」と聞きかれて、ますます怖こわくなった。

「なんであんな訳わけの分ぶんからない対応たいおうしたの？」と聞きいても、「別べつに」としか言いわなかった。

本格ほんかく的てきにおかしくなったのはそれから2年ねんくらい経たってから。

父ちちの転勤てんきんで両親りょうしんはまた新あたらしい土地とちで暮くらしていた。

だが、その土地とちは父ちちにも母ははにも、合あっていないようだった。

よく二に人にんからその土地とちの悪口わるぐちを聞きいた。

あるとき帰省きせいをしたら、母ははが運転うんてん中なかにこんな話ばなしをし始はじめた。

「私わたしの通かよってるジムのインストラクターさんがね、私わたしのことを好すきになっちゃったみたいで困こまってるの」

「20代だいの子こなんだけどね、ほら、私わたしって楽たのしそうに何なんでもするでしょう。

だから、それがすごく良よかったみたいなの」

「でもね、そのインストラクターさんには婚約こんやく者しゃの人ひとがいてね。

だから私わたしに嫉妬しっとして、いろんな人ひとを使つかってあとを付つけ回まわすようになったのよ」

「ほら、この後うしろの車くるまもそう。」

母ははは著いちじるしく車くるまの速度そくどを落おとして、バックミラーを睨にらみつけた。

「あなたも一緒いっしょににらみつけてやってよ。」

私わたしには、時速じそく50kmは出だすような道みちで、時速じそく20kmで走はしられて困こまってる老ろう夫婦ふうふがいるようにしか思おもえなかった。

私わたしは「ねぇ、そんな遅おそく走はしるの逆ぎゃくに危あぶないよ。事故じこに遭うからやめなよ」と言いったが、

「何なに言いってんの、あいつらは私わたしに嫌いやがらせをしてるのよ！」と言いって聞きかなかった。

「いや、他たの車くるまの迷惑めいわくだからやめなって」と言いうと、母はははしぶしぶ普通ふつうの速度そくどで運転うんてんをし始はじめた。

「あの人ひとたちがその婚約こんやく者しゃの人ひとの仲間なかまだなんて証拠しょうこあるの？」と聞きいても、

「私わたしには分わかるのよ」としか答こたえてくれない。

家いえに帰かえってもその話はなしは続つづく。

「その婚約こんやく者しゃはね、嫉妬しっとから呪のろいをかけてね、電球でんきゅうの中なかに狐きつねを送おくり込こんできたの。

見みてごらんなさい、狐きつねがいるでしょう」

どれどれ、と家いえの電球でんきゅうをのぞき込こんだが、私わたしには狐きつねを見みつけることはできなかった。

暗くらくなって、部屋へやの中なかに車くるまのライトが入はいってくると、「きゃあ！」と母ははが叫さけんだ。

「狐きつね、狐きつねよ！ほら、狐きつねの目めを光ひからせているのよ！」

「車くるまのライトだよ」と言いっても、狐きつねだと言いって聞きかない。

「こうやってね、光ひかりを部屋へやの中なかに入いれて、私わたしのことを焼やいてくるのよ』

「ほら、みて、これが光ひかりで焼やけたあとよ！」

そう言いって、どう考かんがえても腕うでに出来できた老化ろうかによるシミを見みせられた。

たまりかねた父ちちが「そんな光線こうせんなんて送おくれるわけがないだろう！そんな装置そうちは何なん億おくとお金かねがかかるんだ！」と怒おこった。

母ははは負まけじと「そうよ、その婚約こんやく者しゃはお金かね持もちだから、何なん億おくでも使つかって私わたしに嫌いやがらせをするのよ！」とい返いかえした。

「お金かねを積つんだってなかなか手てに入はいらないだろそんなもの。あなたの肌はだだけを焼やく装置そうちなんてありえない。

そんなものはNASAとかそういうところでしか作つくられないんだ！」

どうして父ちちがアメリカの航空こうくう宇宙うちゅう局きょくの名前なまえを出だしたのか、あまりに脈絡みゃくらくがなくて不思議ふしぎに思おもった。

父ちちは父ちちなりに、母ははにも分わかる「なんだかすごいところ」の名前なまえを出だして、説得せっとくしようと必死ひっしだったのだろう。

父ちちの努力どりょくもむなしく、母ははは「私わたしはNASAに狙ねらわれるほどの特別とくべつな人物じんぶつだ」と豪語ごうごしていた。

私わたしは一人暮ひとりぐらしの家いえに帰かえるときに、父ちちに「病院びょういんに連つれてった方ほうがいいよ」と伝つたえた。

数カ月すうかげつくらいで、母ははは変へんなことは言いわなくなった。

あれから何なん年ねんたっただろうか。

それなりに穏やかに暮くらしていた母ははから、こんな連絡れんらくが来きた。

「向むかいかいの家いえの大学だいがく生なまの男おとこの子こに、一いち日にち中ちゅうずっと部屋へやを覗のぞかれてるみたい」

もし忘わすれていられるとすれば、私わたしは母ははのことを忘わすれていたいと思おもっている。

遠とおくに住すんで、たまにおしゃべりするだけの存在そんざいだったらどんなに楽らくかと思おもう。

でもどうやらそれは難むずかしいようだ。

Permalink | 記事きじへの反応はんのう(12) | 15:10

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