2018年4月、熊本市に誕生した小さな学校、WING SCHOOL。オルタナティブスクール(学校教育法第一条に定められている「一条校」やフリースクールとは別の「もう一つの学校」)の一つだ。立ち上げたのは、熊本市の公立中学校の英語教員だった田上善浩さん(54歳)。遡ること12年前、当時担任をしていた生徒達と、毎日昼休みに夢について語るおしゃべり会を開き、そのなかで「子ども達が自分達で修学旅行などを企画運営するような学校になったらいいよね」という自分のビジョンを語っているうちに、その想いが止まらなくなり、理想の学校を立ち上げたという。いったいどんな学校なのか。学校を立ち上げるまでのストーリーとその先に描く夢について聞いた。
「子ども達が幸せな未来を築く力をつける学校を創りたい!」との想いが溢れて走り出す
物心ついたときには、「自分は学校の先生になる」と決めていたという田上さん。自分はいい教師になると思っていたのに、実際に中学校の英語教師になってからは、理想と現実のはざまで苦しんだそうです。というのも、授業のやり方も学級運営の仕方もわからず、いきなり現場に放り出されたようなものだったから。失敗を繰り返しながら、工夫に工夫を重ね、やがて子ども達が楽しく参加する英語の授業ができるようになってきました。
そして、現職教員として現場に立つ傍ら、よりよい教育を求めてサークルをつくり、毎月1回の定例会(現在の「子ども達の幸せな未来を築くための教育の集い」)を続け、全国でセミナーを主催して講師として飛び回り、執筆活動を通して、子ども達が輝く教育の方法を伝えるようになっていったのです。
そして、子ども達と夢を語り合ううちに、「子ども達が幸せな未来を築く力をつける学校を創りたい!」との想いが止まらなくなった田上さん。友人知人に相談すると、「そんな学校が子ども達の未来のために必要だ!」「ぜひ、創ろう!」という声が高まって「熊本に理想の学校を創る会」が立ち上がり、具体的な準備を始めたのが、設立2年前の16年のことでした。
県庁や市の教育委員会に学校設立に向けて話をしに行き、17年からサタデースクールを月2回始め、そこに通う子どもの様子が変わったことを実感してくれた親達から「子どもを通わせたい!」という申し出があり、予想を超えた52名が集まって開校にこぎつけたのです。
場所は、熊本市中央区出水。自然環境に恵まれ、アクセスもよい理想的な場所に奇跡的に出た物件は、元地元企業の社長宅。しかし、資金のない田上さん達には到底手が届きません。そんなときに、現れた支援者が、国内最大手のカレーチェーン店「CoCo壱番屋」を展開する株式会社壱番屋を創業した宗次德二氏でした。
熊本地震の際に復興支援をしてくれた宗次氏に、思いの丈を綴った手紙を書いたところご縁がつながり、実際に会いに行って熱い思いをぶつけた結果、不動産の購入を申し出てくださったのだそうです。
こうして、一教師の「子ども達が幸せな未来を築く力をつける学校を創りたい!」という熱い思いから始まった理想の学校は、現職の教師を辞めて集まった志ある教員と、保健・給食・事務など含めて十数名のスタッフと52人の生徒によってスタートしました。
不登校の子は、そのレストランはまずいから行きたくないと思っているだけ
開校から3年たった今、小学1年生から中学3年まで64人が在籍。そのうち中学生が24人で、7割が既存の学校に通えなくなっていたいわゆる不登校の子ども達。小学生の3割が元不登校だそうです。
WING SCHOOLは学校法人ではないので、子どもたちは住民票のある地域のいずれかの学校に籍を置く形になりますが、熊本市内の生徒は、教育委員会との連携があり、市内どこの学校であっても一律出席扱いになります。ほかには、近隣の県から高速バスや新幹線を使って通学する生徒や、ウイークデイは熊本に住み週末家に帰る生徒、一家で熊本に移住してきた生徒などさまざまです。
「9割以上の大人が自分の好きな分野でやりたい仕事をしていないとか、3割の若者が就職して3年で辞めてしまうという話があります。3割といったら、40人学級のうち12人が辞めてしまうということ。これは、不登校の数より多いです。私も長い間、さまざまな問題を抱えている子ども達を見てきました。しかし、そんな子ども達も、授業を工夫していけばいきいきと輝きだします。このような教育が広まることで、いきいきと生きる若者が増えていき、新しい時代がつくられるような変革を、教育界から起こしたい」(田上さん)
田上さんはそれをレストランにたとえて、「不登校の子は、そのレストランはまずいから行きたくないと思っているだけだけれど、学校は、発達障害で味覚がおかしいから食べられないとか、しつけができていないから別室で食べさせるというように、ちょっと偉そうなレストランになっている。でも、休日に行くレストランには、子どもは喜んで行くから親としてはモヤモヤしている」と言います。
確かに、生徒をお客様だと捉えれば、そのお客のニーズに合わせた料理を提供できないというのは、学校の課題です。
さらに、「これまでは『学校は嫌でも行くもの。勉強は、将来のために嫌でもやるもの』と先生も親も思い込んできたところがあります。『子どもが喜んでいく学校。休みたくない学校』なんてイメージできないのです。でも、ここにはそういう姿があります。子どもがいきいきと変化する様子を見てもらうことで、マインドを変えていきたい」と田上さん。
知性を育てる授業と感性や創性を育む自然体験とプロジェクト学習
では、WING SCHOOLではどのような教育が行われているのでしょう。
午前は熊本市立の学校が採択している教科書を併用しつつ知性を育てる授業。午後はプロジェクト学習にあてています(小学3年生は午後自然活動。小学1・2年生は午前自然体験・午後授業)安心できる環境のもと、感性・知性・創性を育み、子どもたちが幸せな未来を築く力を育てることを教育の目標に置いています。
これまでの教育は、知性のところが大きすぎる。受験勉強はするが、その割には本当の知性が身につかない。また、学校行事も先生が決めてしまって生徒は参加するだけで、創造性を発揮する機会がない。
反対に、多くのフリースクールでは、感性を育てる部分が大きすぎて、授業で知性を育てる時間が少ないから学力が身につかないため、自己肯定感が下がる様子がみられる。一方
WING SCHOOLでは、生徒と先生が上下関係でなく、ニックネームで呼びあうフラットな関係性の中で、自分らしさを発揮できる環境を用意し、自然体験の中で感性を磨き、授業等を通して知性を磨き、イベントや行事を子どもが企画運営していく中で、夢を実現していく力を身につけていくのです。
動画で中学生の英語の授業の様子を見せてもらいましたが、生徒たちがドラマ仕立ての寸劇を自ら創りとても楽しそうに演じていました。
「全員が元不登校で、合わないレストラン(学校)に無理やり頑張って行こうとして苦しんでいたが、自分に合うレストラン(WING SCHOOL)に出合えて輝けた。こんなに感性豊かな子が引きこもっていたら社会の損失だ」(田上さん)
その話を聞いて、安心できる環境のなかで、感性が開かれた上で知性が身につくと、こんな空気感が生まれるのかと、びっくりしました。帽子やマスクを身につけないと不安で居られないという子どもが、ここではそれも許され、特別視されず安心して過ごしているうちに、自然とマスクも帽子もいらなくなる。そんな例は後をたたないのだとか。「多様な子がいるのに、同じ環境に押し込めているのが今の学校だ」という話を聞いて、それが当たり前と思い込んでいるところが、自分にもあるなと改めて自覚しました。日本はまだまだ、一律すぎるのかもしれません。
子どもが主体のプロジェクト学習
WING SCHOOLのもう一つの大きな特徴が、プロジェクト学習です。子ども達が、自主的にイベントや行事の企画をし、その運営を通して、起業家スピリットや夢を実現する力を身につけていきます。
スクール内外で、お店を出してものを売るマルシェプロジェクト。ペットボトル筏で川下りプロジェクト。最長片道切符で、北海道から山口まで移動するプロジェクト。劇を作って発表する演劇プロジェクトなど、これまでに生徒発案のプロジェクトがいくつも立ち上がり、それをやりたいという異学年の生徒が集まって、実現に向けて活動をしています。
「京都まで歩いていく」というプロジェクトが立ち上がったときも、最初からそれは無理だと止めません。最終的には、「京都で歩こう」というプロジェクトに収まったそうですが、実行に関しても教師は一切口を出さず、現地でも生徒の引率についていったそうです。その結果、ホテルの予約が翌月になっていたというハプニング付きになったそうですが、「そういうやらかし、失敗の経験から掴んだことが身になるのです」と田上さん。
私も、修学旅行を生徒に企画させる学校をいくつか知っていますが、これこそ企画実行力を身につける絶好の機会です。しかし、多くの学校では、教師がお膳立てしたものに生徒が乗るだけ。「なぜなら、教師は、子どもに任せるのが怖いから」と言う田上さん。失敗を恐れる文化も根強いなと感じました。
WING SCHOOLの実践を公教育に還元していきたい
現在は、いわゆるオルタナティブ教育という範疇に入るWING SCHOOLですが、目指しているのは学校法人化です。「我々は、オルタナティブスクールをやりたいわけではなく、ここでの実践を公教育に還元し、多くの子どもが通う公教育自体が豊かな畑になり、子ども達がその子らしく育つ場所になることを目指している。そうならないと子どもが救われません。
オーガニックレストランも、最初はアトピーなど特別な事情がある人のために作られたが、やがて健康志向の人に広まっていった。そして、消費者マインドが変われば一般化します。学校も同じで、不登校で悩むのではなく、消費者である子どもたちが普通にほしい教育を選べるような流れをつくっていきたい」とその思いはもっと先にあるようです。
不登校が18万人を超える日本。しかし、「不登校という言葉自体もおかしい」と田上さん。今、学校に行かないという選択をしている子どもたちが、フリースクールという受け皿に物足りず、オルタナティブスクールやN高校はじめ通信制の学校に流れ込んでいる。そして、そこで輝く親子が増えるなかで、その流れが最初は私学、そして公教育に還元されていくのではと考えているそうです。
ただ、システムが変わっても教師のマインドやスキルが伴わないと絵に描いた餅になってしまいます。そのあたりについて田上さんは、教員養成課程と教員の配置システムを変えていく必要があるといいます。
どういうことかというと、そもそもインターシップ期間が数週間しかないこと自体が問題で、授業の組み立て方や1年間の構成もわからないまま、闇雲に素人が現場に出ている状態がまかり通っているのが、今の教員養成システム。教員というのは、非常に専門性が高い職であるにもかかわらず、初任時はレシピ見ながら料理を作っているレベルで、しかもほかの先生の授業を見て学ぶ機会もほとんどありません。
「いきなり素人がコックになって、まずい料理が出されているのに生徒のほうが怒られるというおかしな状況になっているし、教員側も、わずか1年目で辞める教師が右肩上がりに増えている。これも、教員養成過程の組み立てがおかしいからだ」という田上さん。本来はプロとしてデビューする前にしっかりとした研修をして、多様なお客さんに合わせて料理を作れるレベルにしてから現場に出るべきなのです。
また、いくら素晴らしい事例があってもそれが広がらないのは、校長は2~4年くらいで転勤があり、その校長が去れば元に戻ってしまうから。次期社長を育てないまま、まったく違う理念の経営者(校長)やってくるようなもので、現在の公教育の配置システムに問題があると指摘します。
同じ想いを持つ人とつながり、熊本市から日本中に緑の芽ネットワークを広げたい
そんな田上さんのもう一つの夢は、保育園から大学までつくること。小学校の練習のための保育園や幼稚園ではなく、原体験をたっぷりやる幼児教育と学校をハブとして温かい地域をつくるコミュニティをつくりたい。そして、新しい教職過程を備えた大学もつくりたいと想いは止まりません。もちろん一人では実現できないだろうけれど、同じ想いを持つ緑の芽ネットワークが広がって、日本中に花が咲き、豊かな春が訪れるイメージを持っていると語ってくれました。
実際、佐賀県鳥栖市にもWING SCHOOLをつくるプロジェクトが立ち上がっているようですし、地元熊本市は、文科省出身の遠藤洋路教育長のもと、公教育の改革にも力を入れていて、教育委員会の職員数名がWING SCHOOLを訪ねて子どもたちの話に耳を傾けるなど、良好な関係のなか、情報共有もされているそうなので、今後の熊本市の教育改革の取り組みも注目したいところです。
多くのオルタナティブスクールが、公教育以外の立場の人によって運営されているのと比べて、WING SCHOOLは、公立中学の教員だった田上さんがつくったということ、現状の教科学習も否定せず取り入れていることなどが、教育委員会にも受け入れやすい理由ではないかと、インタビューを通して感じました。
コロナ禍で、学校現場を預かる先生方も大変ですが、その一方で、教育改革の動きがさまざまな形で起きています。それらが共鳴しあい、大きく山が動いていくのも間近かもしれません。
(文=中曽根陽子/教育ジャーナリスト、マザークエスト代表