クラシックオーケストラ、なぜ超ちょう厳格げんかくな感染かんせん対策たいさく？ウーバーイーツで生計せいけいを維持いじする音楽家おんがくかも

　東京とうきょう2020オリンピック競技きょうぎ大会たいかいが開幕かいまくし、日本にっぽん選手せんしゅのメダルラッシュに僕ぼくも感動かんどうの毎日まいにちです。新型しんがたコロナウイルスの感染かんせんが拡大かくだいするなかで大会たいかいが開催かいさいされたことについて、各かくメダリストがインタビューの際さいに感謝かんしゃの言葉ことばを述のべていることにも心しんが動うごかされます。

　スポーツ選手せんしゅも、オリンピック開催かいさい前まえの中止ちゅうし論議ろんぎのなかでトレーニングを積つむのは、苦くるしい時間じかんだったと思おもいます。かく言いう指揮しき者しゃの僕ぼくも、特とくに昨年さくねん、コンサートがキャンセル続つづきだった頃ころには本当ほんとうに参まいりました。

　開催かいさいされるかわからないコンサートのために、なんとかモチベーションを保たもちながら、必死ひっしに一いち日にち中ちゅうスコアを勉強べんきょうする日々ひびがずっと続つづき、公演こうえんギリギリになって、マネージャーからコンサート中止ちゅうしの連絡れんらくが届とどく。僕ぼくはがっくりと肩かたを落おとして、勉強べんきょうをしていたスコアを楽譜がくふ棚だなに戻もどす――。そんなことが連続れんぞくしました。

　それは、ほかの指揮しき者しゃや、朝あさから晩ばんまで練習れんしゅうをしているソリスト、オーケストラの団員だんいんや歌手かしゅも同おなじだったと思おもいます。

　運うん悪わるく感染かんせんしてしまったら仕方しかたがないわけですが、同おなじく怖こわいのは濃厚のうこう接触せっしょく者しゃになることです。2週間しゅうかんの外出がいしゅつ自粛じしゅくとなり、感染かんせんしていなくても仕事しごとはすべてキャンセル。もちろん、指揮しき者しゃやソリストは収入しゅうにゅうがゼロになります。そんなわけで、音楽家おんがくかの感染かんせん症しょう対策たいさくは一般いっぱんの方ほうよりもしっかりとやっているように思おもいますし、僕ぼくが知しる限かぎり、日本人にっぽんじんの指揮しき者しゃやソリストで新型しんがたコロナに感染かんせんした人ひとはいません。

　これはオーケストラ楽員がくいんも同おなじです。それこそ本番ほんばん直前ちょくぜんになって、特とくに管かん打楽器だがっき奏者そうしゃの1人ひとりでも欠かけてしまったらオーケストラは演奏えんそうできなくなるだけでなく、そもそもコンサート自体じたいも中止ちゅうしになってしまいます。

オーケストラの感染かんせん対策たいさく

　もちろん現在げんざいでは、新型しんがたコロナ感染かんせん症しょうへの対処たいしょ法ほうもわかってきたので、オーケストラも盛さかんに演奏えんそうを繰くり広ひろげて多おおくの音楽おんがくファンの耳みみを楽たのしませていますが、読者どくしゃの皆様みなさまがオーケストラコンサートに行いかれた場合ばあい、「ちゃんと感染かんせん症しょう対策たいさくをしているの？」と疑問ぎもんに感かんじるかもしれません。

　会場かいじょうに着ついた観客かんきゃくは、チケットの半はん券けんを自分じぶんでちぎって所定しょていの箱はこに入いれるだけでなく、別紙べっしに住所じゅうしょや電話でんわ番号ばんごうを座席ざせき番号ばんごうと一緒いっしょに書かいて提出ていしゅつし、プログラムすらも自分じぶんで取とるので、ホール係員かかりいんとの接触せっしょくはありません。入場にゅうじょうする際さいの検温けんおん消毒しょうどくは言いうまでもなく、演奏えんそう会かい中ちゅうもマスク着用ちゃくようが求もとめられます。そんななか、ステージを見みてみると、オーケストラはマスクもなく、これまで通とおり密集みっしゅうして弾ひいているように見みえるのです。

　しかしながら、それは見みた目めだけです。もし、ドローンで上うえから眺ながめたとしたら、しっかりと感染かんせん症しょう対策たいさくが施ほどこされていることに気きづくでしょう。

　まず、オーケストラの場合ばあいは楽員がくいん全員ぜんいんが指揮しき者しゃを向むいて演奏えんそうしているので、楽員がくいん同士どうしは対面たいめんしません。弦楽器げんがっきや打楽器だがっき奏者そうしゃであっても政府せいふ基準きじゅんの1m程度ていどの間隔かんかくをあけ、楽器がっきに呼気こきを吹ふき込こむ管楽器かんがっき奏者そうしゃは1.5m程度ていどの間隔かんかくを取とることが多おおいのです。これは通常つうじょうの配置はいちよりもかなり広ひろげているため、演奏えんそうに支障ししょうが出でるか出でないかギリギリで、最初さいしょのころは戸惑とまどいも多おおくありました。オーケストラを使つかった実証じっしょう実験じっけんでは、演奏えんそうを通とおして、それほど飛沫しぶきが飛とばないことがわかっているのですが、やはり念ねんには念ねんを入いれて厳きびしい対策たいさくをしています。

　ただ、例外れいがいは指揮しき者しゃで、すべての楽員がくいんと対面たいめんすることになるので、オーケストラとは2m近ちかく距離きょりを取とることとなり、普段ふだんよりも孤独こどく感かんが増ましています。

　オーケストラは一般いっぱん的てきに、演奏えんそう会かい中ちゅうには会話かいわをしないためマスクを着用ちゃくようしていないのですが、時ときにはマスクをしなくてはならないコンサートもあり、見みていると苦くるしそうです。音楽おんがくも体力たいりょく勝負しょうぶなのです。

　もちろんリハーサル中ちゅうには、マスクをすると演奏えんそうが不可能ふかのうな管楽器かんがっきも、自分じぶんの出番でばんではない時ときにはできるだけマスクをします。ステージ以外いがいでは一般いっぱん社会しゃかいと同おなじようにマスク着用ちゃくようしていることは言いうまでもありません。会場かいじょう入いりする際さいの検温けんおん・消毒しょうどくはもちろん、本番ほんばん直前ちょくぜんの舞台裏ぶたいうらでは、まるでスーパーマーケットのレジ前まえのように、楽員がくいんが間隔かんかくをあけて並ならんでいます。管楽器かんがっき奏者そうしゃはステージにタオルなどを持もっていき、そのタオルで楽器がっきにたまった水分すいぶんを吸すい取とり、決けっして舞台ぶたい上じょうには落おとさないくらいの徹底てっていぶりなのです。

　舞台ぶたいスタッフも、演奏えんそう前後ぜんこうに楽員がくいんが使用しようする椅子いすの消毒しょうどくに大忙おおいそがしです。病院びょういんほどではないにせよ、かなり厳きびしい基準きじゅんを設もうけており、オーケストラ内ないでの感染かんせん拡大かくだいの例れいは、日本にっぽんで聞きいたことがありません。そんな努力どりょくのお陰かげで、毎晩まいばんのように日本にっぽんのどこかで大だい感動かんどうのオーケストラコンサートが繰くり広ひろげられているのです。

音楽家おんがくかの目めに見みえない”報酬ほうしゅう”

　やっと通常つうじょうに戻もどってきつつあるオーケストラですが、この1年間ねんかん、音楽おんがくだけでなく演劇えんげきも含ふくめた舞台ぶたい芸術げいじゅつは大おおきな打撃だげきを受うけ続つづけました。今年ことし2月がつまでの1年間ねんかんで公演こうえん中止ちゅうし、入場にゅうじょう者しゃ制限せいげんにより失うしなわれた売うり上あげは、音楽おんがくで3800億おく円えん、演劇えんげきやミュージカルのステージでは1600億おく円えんに上のぼります（ぴあ総研そうけん調査ちょうさ）。これは大おおきな打撃だげきで、音楽おんがくは90％、舞台ぶたいでは76％の収入しゅうにゅうが失うしなわれたことになります。

　僕ぼくも回答かいとうした昨年さくねん秋あきに行おこなわれた文化庁ぶんかちょうのアンケート集計しゅうけいでは、昨年さくねん3月がつから8月がつの間あいだ、収入しゅうにゅうがまったくなくなった文化ぶんか芸術げいじゅつ関係かんけい者しゃは40％にも上のぼり、79.8％は「決きまっていた仕事しごとがなくなった」と回答かいとうしたそうで、フリーの音楽家おんがくかはウーバーイーツなどで配達はいたつをしながら、食くいつないでいると聞きくことがあります。

　指揮しき者しゃも、基本きほん的てきにはフリーの音楽家おんがくかです。ソリストはそもそも独ひとりぼっちです。音楽おんがく事務所じむしょに所属しょぞくしていても、そこから毎月まいつきの給料きゅうりょうをもらうのではなく、演奏えんそう会かいがなければ収入しゅうにゅうはゼロ。演奏えんそう会かいのための楽譜がくふ代だい、研究けんきゅう費ひ、リハーサル場じょうレンタルなどの必要ひつよう経費けいひをどこかに請求せいきゅうできるわけでもありません。

　もし演奏えんそう会かいの準備じゅんびとして研究けんきゅうや練習れんしゅう時間じかんに長ながい時間じかんを費ついやしたとしても、その分ぶんを時給じきゅう換算かんさんして報酬ほうしゅうとして得えられるわけではありませんし、あくまでもコンサート出演しゅつえん料りょうが唯一ゆいいつの収入しゅうにゅうです。つまり、コンサートがキャンセルとなることは、演奏えんそうができないというだけでなく、収入しゅうにゅうがなくなるどころか、むしろマイナスとなるのが指揮しき者しゃやソリストという職業しょくぎょうなのです。

　給料きゅうりょう、ボーナス、退職たいしょく金きんなどフリーの音楽家おんがくかには無縁むえんですし、定休ていきゅう日びや有給ゆうきゅう休暇きゅうかに至いたってはなんのことやら。深夜しんやになるまで必死ひっしで練習れんしゅうしても、タイムカードがあるわけでもありません。仮かりにあったとしても、当然とうぜんながら残業ざんぎょう代だいが出でるわけではないのです。

　しかし、そんな大変たいへんな仕事しごとをなぜ続つづけているのかといえば、目めに見みえない報酬ほうしゅうがあるからなのです。特とくに現在げんざい、なんとかコンサートを開催かいさいできたときに、これまでとは違ちがう強つよい観客かんきゃくの反応はんのうや、なかには涙なみだぐむ人ひとまでいるのを見みていると、心しんが震ふるえるくらい感動かんどうします。そんな観客かんきゃくの方々かたがたためにも今いまこそがんばろうと思おもいますし、観客かんきゃくの感動かんどうが、出演しゅつえん料りょうにも増まして大おおきなご褒美ほうびであり、舞台ぶたい芸術げいじゅつ家かの役得やくとくでもあります。

　それでも、ひとつだけ会社かいしゃ員いんの方ほうをうらやましく思おもうことがあります。指揮しき者しゃは個人こじん事業じぎょう主おもである以前いぜんに、そもそも定年ていねんがないので、退職たいしょく金きんは最初さいしょから考かんがえていませんが、一いち度どくらいはボーナスをもらってみたいものです。
（文ぶん＝篠崎しのざき靖男やすお／指揮しき者しゃ）