イカの活き造り(撮影=筆者)
初夏から、イカの最盛期となります。俳句の世界でも「イカ」は初夏、太陽暦5月の季語です。
「イカ売りの 声まぎらわし ホトトギス」
これは、各地を旅した徘徊する俳諧師・松尾芭蕉が晩年、1690年頃の江戸の風景を軽快に詠んだものです。
イカは、その異世界生物的な見た目が原因で文学的ではない生き物とされ、俳句の世界に登場することはほとんどありません。ですが、芭蕉のこの句では、風流な季語の代表ともいえるホトトギスとのコンビネーションのミスマッチが、独特の雰囲気を醸し出しています。
この句の意味は、「初夏のイカ売りの威勢の良い売り声で、ホトトギスの消え入るような鳴き声が聞こえない」というものです。江戸の人々がこの季節のイカを好んで食べていたことが、庶民の生活を単刀直入にイキイキと詠む軽い(かろい)句から感じ取ることができます。
イカは非常に無駄のない食品で、ほとんど捨てるところがありません。そして、イカからしか取ることができない食材であり、独特の風味でファンが多いのがイカスミです。
仕事帰りにワタ入り丸干しイカ炙りで一杯頂く時間は、その日のつらさもすべて忘れ去る至福の時だ……と感じる方も多いのではないでしょうか?
さて、このイカスミですが、当然のことながらイカが「自分をおいしく食べてもらおう」という人間への心配りでつくり出しているわけではありません。イカは、敵に襲われた時にこのスミを吐き出して逃げます。
イカのスミは粘り気が強いため海中でもすぐには拡散せず、しばらくの間かたまり状になって漂っています。そのため、イカスミの効果はダミー、つまり自分の分身をつくり出して敵の前に差し出すもので、敵がそれに気を取られている間に逃げる。そんな作戦を取っているのではないかと考えられています。
ちなみに、タコも襲われるとスミを吐きますが、タコのスミはサラサラで海中に速やかに拡散し、煙幕の役目を果たします。似たような生物が吐き出す、似たようなスミが、機能の点ではまったく異なるという事実は、進化の不思議を感じさせます。
さて、このイカスミ、成分はどうなっているのでしょうか。非常にたくさんの化学物質の混合物ですが、スミを黒くしている色素は「セピオメラニン」と呼ばれる化学物質です。その名の通り、日本人の髪や目を黒くしているメラニン色素の仲間です。
人間のメラニン色素は紫外線から身を守る作用がありますが、イカのメラニンは敵から身を守ります。