「天高く馬肥ゆる秋」(杜 審言)
誰もが知っているこのフレーズは、7世紀に唐の時代の中国で活躍した詩人・杜審言(と・しんげん)が、友人の詩人である蘇味道(そ・みどう)に送った「蘇味道に贈る」の一節「秋深塞馬肥」を、日本人の感性に合うように翻訳したものです。
10月は気候が良く収穫の季節であり、夏バテも回復するなど、まさに食の季節です。秋を代表する食材として、昨年のサンマ、先月のナスに続き、今回はマッシュルームを取り上げてみたいと思います。
マッシュルームの原産地はヨーロッパです。17世紀のフランスで食用として栽培が始まり、その後ヨーロッパ各国やアメリカに広がりました。日本に入ってきたのは明治時代で、もともとキノコ好きな日本人は大正時代には人工栽培に取りかかりました。
マッシュルームは、サラダにしても、和食にしても、洋食にしても、日本人の大好きなカレーライスに入れても、食感が失われることなく楽しめる優れた食材です。日本は年間を通して温暖湿潤であるため、さまざまなキノコが自然発生します。そのためか、日本人は世界のなかでも多種類のキノコを食べる民族です。
我々が目にする機会が多いキノコは、シイタケやシメジ、エノキですが、世界的には、さまざまな気候環境で比較的安定して生育するマッシュルームが圧倒的に消費されています。
マッシュルームのガーリックオイル焼き(撮影=筆者)
疲労回復や集中力の維持に効果も
最近は、料理を写真に撮ると自動的にカロリーが計算されるアプリが登場するほど、多くの人がカロリーを気にする時代です。マッシュルームは歯ごたえがあるため量のわりに食べ応えがあり、しかもカロリーが低いので、現代においてはとても重宝する食材といえます。
栄養成分としては、チアミン(ビタミンB1)、リボフラビン(ビタミンB2)、ナイアシン(ビタミンB3)、パントテン酸(ビタミンB5)を豊富に含みます。これらは、糖質や脂質から効率よくエネルギーをつくり出したり、細胞が健全に増殖するためのエネルギーを供給したりするためには欠かせないビタミンです。
摂取することによって体の中からパワーがみなぎり、疲労回復、集中力の維持、イライラ解消など、ビジネスパーソンが日頃感じている“モヤモヤ”を改善する効果が期待できます。また、皮膚や髪など、常に新しい細胞がつくり出される部分では、肌の美しさを維持したり健やかな髪の成長を助けたりします。
マッシュルームのビタミンの中ではもっとも多く、0.3%含まれるナイアシン(ビタミンB3)の構造式。糖質や脂質を分解してエネルギーに変え、臓器の働きを促進する
マッシュルームが橋や道路を勝手に修復?
マッシュルームといえば「食べるもの」という認識が一般的ですが、最近は、その画期的な使い方が注目されています。
アメリカのラトガース大学とニューヨーク州立大学ビンガムトン校の共同研究チームが、インフラの修理に使えるマッシュルームを発見したのです。現在、アメリカでは古い橋やダムなど社会インフラの落橋や崩壊が相次いでおり、今後「数万の橋が崩れる可能性がある」と指摘されているほか、その経済的損失を「4兆ドル」とする見積もりもあります。
コンクリートの主成分は炭酸カルシウムですが、ある種のマッシュルームはコンクリート上でも生育し、さらに炭酸カルシウムを分泌することで道路や橋を勝手に修復してくれる可能性があることが発見されたのです。
かつて、鉱物を生成するバクテリアで「コンクリートの修復ができるのではないか」と研究された時代がありました。しかし、バクテリアは鉱物以外にもアンモニアなど多数の物質を生成し、それがコンクリートや自然環境に悪影響を与えることがわかったため、研究の熱意は一気に失われていました。
そんな折に登場したのが、マッシュルームです。勝手に増殖し、食べ物なので人の健康や自然環境に悪影響を与えるような物質も生成されない。「そんなマッシュルームでインフラ修復が解決するなら」と、多くの関係者が興味を持っています。
インフラ修復に役立つとされるマッシュルームは、「トリコデルマ・リーゼイ」という品種です。コンクリートを練るときに菌類の胞子を添加し、コンクリートの中でマッシュルームを眠らせておけば、必要なタイミングで発芽・成長を開始、炭酸カルシウムを分泌してヒビがふさがるという仕組みです。
マッシュルームがつくった炭酸カルシウムがコンクリートのすき間を埋めている電子顕微鏡写真(「CORNELL UNIVERSITY LIBRARY」より)
今後、「マッシュルームの胞子がコンクリートの中でどのくらいの期間、休眠できるか」など調べなければならない問題は多いものの、環境に優しいインフラ修復法は、さらに研究が進められる価値がありそうです。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)
【参考資料】
「Screening of Fungi for Self-Healing of Concrete Cracks」(CORNELL UNIVERSITY LIBRARY)
「FoodLog」
「食品成分データベース」(文部科学省)
『エリオット 生化学・分子生物学 第3版』(東京化学同人)