元もと厚労省こうろうしょうキャリア官僚かんりょうが見みた“ブラック霞かすみが関せき”の本当ほんとうの問題もんだい点てん…長時間ちょうじかん残業ざんぎょう＆官邸かんてい主導しゅどうの弊害へいがい

　過労かろう死しラインとされる月つき80時じ間あいだを優ゆうに超こえる残業ざんぎょうは当あたり前まえ、予測よそく不能ふのうな国会こっかい対応たいおうなどでテレワークは一向いっこうに進すすまない……。今いま、霞かすみが関せきで働はたらく官僚かんりょうの多おおくは過重かじゅう労働ろうどうを強しいられ、離職りしょく者しゃの数かずは増加ぞうかの一途いっとをたどっているという。

　そんな中なか、元もとキャリア官僚かんりょうの視点してんから、霞かすみが関せきで常態じょうたい化かしている過酷かこくな労働ろうどうの実態じったいや構造こうぞう的てきな問題もんだいを炙あぶり出だした『ブラック霞かすみが関せき』（新潮社しんちょうしゃ）が話題わだいを集あつめている。著者ちょしゃの千せん正せい康裕やすひろ氏しに、本書ほんしょに込こめた思おもいや官僚かんりょうの働はたらき方かたが変かわるために必要ひつようなことについてうかがった。

千せん正ただしさんにもドクターストップが

『ブラック霞かすみが関せき』というタイトルだけを見みると、官僚かんりょうの働はたらき方かたに対たいするネガティブな記述きじゅつに大だい部分ぶぶんが割さかれ、霞かすみが関せきの過酷かこくな労働ろうどう環境かんきょうを告発こくはつすることに主眼しゅがんが置おかれた本ほんだと想像そうぞうする人ひとも多おおいだろう。

　しかし、本書ほんしょは霞かすみが関せきの労働ろうどう実態じったいを伝つたえるルポタージュとしてだけでなく、世間せけんに知しられていない官僚かんりょうという仕事しごとのディテールや魅力みりょくが余あますところなく描写びょうしゃされており、その仕事しごとの真髄しんずいを読よみ取とることもできる。

　著者ちょしゃは18年ねん半はんもの間あいだ、厚生こうせい労働省ろうどうしょうの職員しょくいんとして数多すうたの法律ほうりつ改正かいせいに携たずさわった経験けいけんの持もち主ぬしだが、どのような経緯けいいで官僚かんりょうの道みちに進すすむことになったのだろうか。

「僕ぼくは物心ぶっしんついた頃ころから、クラスで起おこっている問題もんだいは直接ちょくせつ自分じぶんと関係かんけいなくても解決かいけつしないといけないと思おもい込こんでいた、俗ぞくに言いう“ガキ大将がきだいしょう”タイプでした。その後ごも、学級がっきゅう委員いいん長ちょうや部活ぶかつのキャプテンをやるなど常つねにみんなのことを考かんがえているというのが自然しぜんでした。自分じぶんのコアな部分ぶぶんとギャップの少すくない仕事しごとに就つこうと思おもいました。『利益りえきを気きにせず、24時じ間あいだ365日にち、常つねにみんなのことを考かんがえて仕事しごとができる』という点てんに惹ひかれて、キャリア官僚かんりょうを志こころざしました」（千せん正ただし氏し）

　千せん正ただし氏しは2001年ねんに厚労省こうろうしょうに入省にゅうしょう後ご、医療いりょう、年金ねんきん、子育こそだて、女性じょせい活躍かつやく、働はたらき方かたなどさまざまな分野ぶんやの法ほう改正かいせいに従事じゅうじ。月つき100時間じかん以上いじょうの残業ざんぎょうが当あたり前まえの環境かんきょう下かでも、楽たのしく充実じゅうじつした日々ひびを過すごしていたという。

　2019年ねんには「医師いしの働はたらき方かた改革かいかく」という難むずかしいプロジェクトのマネジメントを任まかされるが、人員じんいん不足ふそくなどにより、夜中よなかの1時じ、2時じまで仕事しごとをして朝あさ6時じ台だいに起おきる日々ひびが続つづき、重要じゅうような政策せいさくの進行しんこうを一身いっしんに背負せおうプレッシャーも相あいまって、体力たいりょくは限界げんかいを迎むかえた。

「最終さいしゅう的てきにはドクターストップがかかり、約やく3カ月かげつの休養きゅうようを取とることになりました。それまでは官僚かんりょうとして充実じゅうじつしていたし、厚労省こうろうしょうのことも大好だいすきでした。周まわりにもそういう仲間なかまがたくさんいたこともあり、組織そしきの明あかるい面めんばかり見みえていました。復帰ふっきしたときに、多おおくの同僚どうりょうが『あなただけがつらいんじゃない』と僕ぼくを気遣きづかって言いってくれたのだと思おもいますが、『実じつは自分じぶんも倒たおれる寸前すんぜんだった』『あの部署ぶしょでも何人なんにんも休職きゅうしょく者しゃが出でた』といった話はなしをしてくれました。このままだと組織そしきとして国民こくみんの期待きたいに応こたえられなくなってしまうのではないか、という危機きき感かんを持もちました。それから、同おなじような問題もんだい意識いしきを持もつ他た省庁しょうちょうの仲間なかまともどんどんつながりました。厚労省こうろうしょうだけじゃなくて、霞かすみが関せき全体ぜんたいの構造こうぞう問題もんだいだということがわかってきました」（同どう）

官邸かんてい主導しゅどうで官僚かんりょうの負担ふたんが増大ぞうだい

　千せん正ただし氏しが若手わかて官僚かんりょうだった20年ねん前まえは組織そしき全体ぜんたいにゆとりがあり、職場しょくばにいる時間じかんは長ながかったが、時間じかんあたりの業務ぎょうむ量りょうはそこまで多おおくなく、先輩せんぱいたちが若手わかてに目配めくばりする余裕よゆうがあったという。しかし、現在げんざいは求もとめられる政策せいさくの検討けんとうスピードが上あがっており、若手わかてから管理かんり職しょくに至いたるまで毎日まいにち目めの回まわるような忙いそがしさで仕事しごとをしている上うえ、誰だれかに急きゅうに指示しじされて対応たいおうする仕事しごとに追おわれて、自分じぶん発はつで政策せいさくを考かんがえる時間じかんが少すくなくなってきた。

「僕ぼくが若手わかての頃ころは、いわゆる官僚かんりょう主導しゅどうの時代じだい。官僚かんりょうが政策せいさくの中身なかみを考かんがえ、各かく方面ほうめんの意見いけんの調整ちょうせいも行おこなっていたので、自みずから責任せきにんを持もって無理むりのないスケジュールを計画けいかく的てきに組くむことが可能かのうでした。キャリア官僚かんりょうの人事じんじ異動いどうは毎年まいとし7月がつに行おこなわれるのですが、その時点じてんで翌年よくねんの1月がつから始はじまる通常つうじょう国会こっかいに提出ていしゅつする法案ほうあんは役所やくしょとしては決きめていて、それに基もとづいて適切てきせつな人事じんじ配置はいちを行おこないます。たとえば、年金ねんきんの法律ほうりつ改正かいせいには莫大ばくだいな仕事しごと量りょうが生しょうじるため、準備じゅんび段階だんかいから十分じゅうぶんな人材じんざいを投入とうにゅうしておく、という判断はんだんを下くだすわけです。

　ところが、年々ねんねん、政治せいじ主導しゅどう・官邸かんてい主導しゅどうが強つよくなり、各省かくしょうが予定よていしていなかった法案ほうあんを急きゅうに出ださないといけないことも増ふえた。『急きゅうピッチでこれを仕上しあげろ』という形かたちで、もともと予定よていしていなかった政策せいさくの立案りつあんや法律ほうりつの改正かいせいをするケースが格段かくだんに増ふえました。それによって、担当たんとう省庁しょうちょうは当然とうぜん忙いそがしくなるのですが、省庁しょうちょうごとに縦割たてわりで人員じんいんが決きめられているので、急きゅうに人ひとは増ふやせない。結果けっか的てきに、現場げんばの官僚かんりょう一いち人にんひとりの負担ふたんがどんどん増ふえています」（同どう）

　千せん正ただし氏しによると、このような事態じたいは民間みんかんの企業きぎょうと異ことなる霞かすみが関せきの組織そしき管理かんりの問題もんだいだという。

「民間みんかんの組織そしきであれば、『この事業じぎょうに社運しゃうんをかけて取とり組くもう』という意思いし決定けっていと『必要ひつようなマンパワーの配置はいち』がセットで行おこなわれるのが当あたり前まえです。新あらたな顧客こきゃくのニーズに対応たいおうする新しん事業じぎょうを立たち上あげるとき、それを確実かくじつに形かたちにできる体制たいせいをつくりますよね。他たの部署ぶしょから特定とくていの部署ぶしょにスタッフを集あつめたり、中途ちゅうと採用さいようしたり、場合ばあいによっては外部がいぶコンサルタントや他社たしゃと組くむこともあります。

　他方たほうで、霞かすみが関せきでは重要じゅうような政策せいさく決定けっていの権限けんげんが各かく省庁しょうちょうから官邸かんていに移うつったにも関かかわらず、人員じんいんの配置はいちは省庁しょうちょうごとに定員ていいんが決きまっているため、官邸かんていが主導しゅどうしなければ、省庁しょうちょうの壁かべを超こえて適切てきせつな人材じんざいを配置はいちすることが難むずかしいのです。これが、いわゆる人員じんいん配置はいちの『縦割たてわり』です。重要じゅうようなプロジェクトの意思いし決定けっていが官邸かんていに集中しゅうちゅうする一方いっぽうで、人員じんいん配置はいちの権限けんげんをセットで官邸かんていに集中しゅうちゅうさせることができていない。片かた輪わ走行そうこうの官邸かんてい主導しゅどうが霞かすみが関せきの現場げんばを疲弊ひへいさせるのです。

　これは、コロナで忙いそがしくなった厚労省こうろうしょうだけではないのです。菅かん政権せいけんの重要じゅうよう政策せいさくとなった気候きこう変動へんどうを担当たんとうする環境省かんきょうしょうも、急きゅうに極端きょくたんな人手ひとで不足ふそくに陥おちいっています。人手ひとでが必要ひつような省庁しょうちょうにスタッフを増ふやそうとすると、同時どうじに他たの省庁しょうちょうの人員じんいんを減へらす必要ひつようがあるので、減へらされる方ほうは確実かくじつに反対はんたいします。要ようは横よこで話はなし合あっていたら事態じたいは進すすまず、事業じぎょう部門ぶもんの長ちょうよりも上うえの立場たちばの人間にんげんが意思いし決定けっていをしないとまとまらないのですが、現状げんじょうではそのような体制たいせいが整ととのっていないのです」（同どう）

※後編こうへんへ続つづく