判決い渡し後、2人の被告人はそれぞれ、裁判長に向かって口を開いた。
「生涯、この事を後悔するよ」
こういった主旨の言葉を口にしたのは、五代目工藤會総裁、野村悟被告人。
「足立さん」と裁判長に向かって名前で呼びかけて、「あんたひどいな〜」といった旨の言葉を発したのは、五代目工藤會会長、田上不美夫被告人だった。
厳正な法廷の場で、裁判長に対して脅迫とも受け取れるような発言をすれば、通常は法廷侮辱罪(正確には、法廷等の秩序維持に関する法律違反)などが適応され、新たな刑罰が加えられるところだろう。だが、2人の被告人の刑罰がこれ以上重くなることはない。なぜならば、2人にい渡された判決は、死刑と無期懲役という厳刑だったからだ。
午前10時から開廷した判決公判は、俗に言う「主文後回し」というものであった。この瞬間に、死刑を求刑されていた野村被告の判決は、求刑通りの極刑が予想された。そして、一審判決は死刑だった。
本来、判決をい渡す際、先に刑期をい渡してから、その後に判決理由を述べるが通例なのだが、死刑に対してだけは、主文を後回しにすることが多い。その理由は、先に死刑をい渡してしまえば、後に続く判決理由が、被告人の頭に入っていかないからだ。
工藤會といえば、権力に対しての強い反骨心を持つ組織として知られ、摘発された組員は、警察官の取り調べに対して、容疑の認否どころか、自身の名前する黙秘するという姿勢を貫くとまで言われてきた。逆に、取り調べに従順に応じでもすれば、処分の対象になるとまで噂されてきたのだ。
だが、そうした姿勢がさらに警察当局の怒りを増幅させ、両者は全面的に衝突することになったのだ。結果、工藤會は日本で唯一の特定危険指定暴力団に指定され、その活動が厳しく制限されることになった。工藤會が起こす事件は「国家に対する挑戦」「社会に対するテロ」とまで解釈されるようになったのだ。2010年以降、暴対法に基づいた暴力団排除条例が全国で成立・施行されるという機運を高めたのも、工藤會の存在が大きいとまでいわれたほどだ。
今回の裁判でも事実認定された「カタギ(一般市民)にすら危害を加える」という工藤會の凶悪なイメージは、国家による同組織への厳罰化を激しく進めるだけにとどまらなかった。そのイメージを利用した連中が、組員でもないのに工藤會の名を使い、悪事を働く事案まで起きてしまうのである。
それに連れ、工藤會の存在は社会として絶対に受け入れがたいものになり、当局も威信をかけて同組織の壊滅へと乗り出したのである。その最大の施策が、今回の「頂上作戦」だった。そして、工藤會の実質的トップである野村被告に死刑をい渡すところまで追い詰めたのだ。
無論、この判決は一審でのこと。今後、高裁、最高裁と進み、判決が異なってくることも考えられる。だが、当局が一連の事件を「国家に対する挑戦」「社会に対するテロ」と受け止めている以上は、今後の裁判も、工藤會サイドにとって相当厳しいことが予想される。
退廷時、2人の被告人が裁判長に向かって吐き捨てるように口を開いたあと、弁護団の中には、頭を抱える弁護士もいたそうだ。その姿は、そのように反発心を真っ向からぶつけてしまうからこそ、権力のみならず、社会すら敵に回し、凶悪なイメージが払拭されないまま、自身を不利な状況に追い込んでしまうのだよ、とでも言いたかったのかもしれない。