(Translated by https://www.hiragana.jp/)
要人への攻撃 人びとの対応、社会の姿映す 日本女子大名誉教授・成田龍一|好書好日
  1. HOME
  2. コラム
  3. ひもとく
  4. 要人ようじんへの攻撃こうげき ひとびとの対応たいおう社会しゃかい姿すがたうつす 日本女子大にほんじょしだい名誉めいよ教授きょうじゅ成田なりた龍一りゅういち

要人ようじんへの攻撃こうげき ひとびとの対応たいおう社会しゃかい姿すがたうつす 日本女子大にほんじょしだい名誉めいよ教授きょうじゅ成田なりた龍一りゅういち

事件じけんかたひとびとの対応たいおうに、その社会しゃかい姿すがたがみえてくる

 安倍晋三あべしんぞうもと首相しゅしょうが、狙撃そげきされた事件じけん衝撃しょうげきであった。政界せいかい財界ざいかい要人ようじん危害きがいくわえる事件じけんは、歴史れきしじょうこうたない。今回こんかい事件じけんはまだ詳細しょうさい不明ふめいであり、テロリズムかかを判断はんだんするには、なお時間じかんようする。要人ようじんへの攻撃こうげきをテロリズムというときには、その定義ていぎもとめられるとともに、より繊細せんさい考察こうさつ必要ひつようであろう。事件じけんかたひとびとの対応たいおうに、その社会しゃかいしつ姿すがたがみえてくることを、歴史れきししめしている。

 テロリズムを(のちに紹介しょうかいする久野くのおさむしたがい)「思想しそう外側そとがわからの権力けんりょくあつりょくによって始末しまつすることができるとしんじる」かんがかた、と把握はあくしたうえで、1920~30年代ねんだい日本にっぽん議論ぎろん様相ようそうさぐってみよう。

 21ねん実業じつぎょう安田やすだ善次郎ぜんじろうが、またすう週間しゅうかんには首相しゅしょうはらたかし相次あいついで暗殺あんさつされた。さらに、関東大震災かんとうだいしんさい(23ねん)のさなかに大杉おおすぎさかえらがころされ、29ねんには代議士だいぎし山本やまもと宣治のぶはる刺殺しさつされた。安田やすだ刺殺しさつ実行じっこうはんたいし、おりからデモクラシーを吉野よしの作造さくぞうは、きゅう時代じだいの「古武士こぶしてき精神せいしん」とともに「とみ配分はいぶんかんするあたらしき理想りそう」を見出みだし(みいだ)し、煩悶はんもん(はんもん)する青年せいねん行為こういとした。テロリズムを、その内面ないめんからさぐるのである。

ふたつの観点かんてんから

 他方たほう、(治安ちあん維持いじほう改正かいせい反対はんたいする)山本やまもと刺殺しさつされたときには、憲法けんぽう学者がくしゃ美濃部みのべ達吉たつきちは「世相せそう険悪けんあくたいだいなるいきどおりとうれいとをかんずる」「反対はんたい思想しそうたいする寛容かんよう態度たいどが、一般いっぱんうしなわれて、思想しそうじょうそう(あらそい)からとげ(つい)にるにいたった」(『現代げんだい憲政けんせい評論ひょうろん』、国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかんデジタルコレクションで公開こうかい)とべた。社会しゃかい状況じょうきょうから、テロリズムにっている。かくして、ふたりのデモクラットによって、テロリズムにたいするよう考察こうさつがなされていった。

 歴史れきしたちも、同様どうようである。こののちも事態じたい悪化あっかし、32ねんには血盟けつめいだんがうごき、さらに5・15事件じけん、2・26事件じけんへとつづくが、やはりよう考察こうさつとして提供ていきょうされている。すなわち、橋川はしかわ文三ぶんぞう昭和しょうわ維新いしん試論しろん』は前者ぜんしゃ手法しゅほうで、安田やすだ刺殺しさつしゃを「大正たいしょうデモクラシーを陰画いんがてき表現ひょうげんした人間にんげん」と解析かいせきする。一方いっぽう後者こうしゃ社会しゃかい推移すいいは、松本まつもと清張せいちょう昭和しょうわ発掘はっくつ』がえがく。松本まつもとは、軍部ぐんぶ若手わかて将校しょうこうたちをひとつのじくとし、36ねんの2・26事件じけんにいたるながれとして、さまざまな事件じけんつづり(つづ)りごう(あわ)せていく。20年代ねんだいうごきが、30年代ねんだいにさらに不安ふあんかもし、おおがかりとなることが、橋川はしかわ松本まつもとのそれぞれの考察こうさつによってえがきだされる。なお、鈴木すずき邦男くにおへん『テロル』(あきらほししゃ)は、テロリズムに関与かんよした当事とうじしゃ手記しゅきなどを集成しゅうせいし、20世紀せいき日本にっぽんのテロリズムのドキュメントとなっている。

民主みんしゅ主義しゅぎ核心かくしん

 ふたつのことを、くわえておこう。ひとつは、かかる1920~30年代ねんだい経験けいけんは、敗戦はいせんて、戦後せんごにおけるデモクラシーの核心かくしんつくすこととなったことである。テロリズムにたいして、きっぱりと対応たいおうする姿勢しせいみだされる。たとえば、哲学てつがくしゃ久野くのおさむは、60ねん安保あんぽ闘争とうそうに、社会党しゃかいとう委員いいんちょう浅沼あさぬま稲次郎いねじろう刺殺しさつされたときに、ただちに「民主みんしゅ主義しゅぎ原理げんりへの反逆はんぎゃく」(『憲法けんぽう論理ろんり所収しょしゅう)をしたためる。「日本にっぽん戦前せんぜん戦中せんちゅうをふかく支配しはいしたあく伝統でんとう」として「思想しそう暴力ぼうりょくてき処分しょぶん」をたどりなおし、思想しそう自由じゆうのもつ重要じゅうようせいく。そして、「思想しそうには思想しそうをもってあらそう原則げんそく」とともに「思想しそう抹殺まっさつてき態度たいどへの徹底的てっていてき寛容かんよう」を確立かくりつするようにう。

 いまひとつは、21世紀せいき現在げんざい、テロリズムの概念がいねんそのものが、9・11事件じけん(2001ねん)あたりをきっかけに、わってきていることである。テロをめぐる議論ぎろんには以前いぜんにもまして、繊細せんさい複雑ふくざつ思考しこうもとめられている。=朝日新聞あさひしんぶん2022ねん7がつ16にち掲載けいさい

PROMOTION