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内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント|好書好日
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うちなる読者どくしゃ大切たいせつに 月村げっそんりょうまもるさんがかたる「作家さっかとはなにか」 「はんくれこく刊行かんこう記念きねんトークイベント

講演こうえん音声おんせいでも

 ポッドキャストこのみしょ好日こうじつ ほんきの昼休ひるやすみ」でも、月村げっそんさんの講演こうえんをおきいただけます。以下いか文章ぶんしょう講演こうえん要約ようやく編集へんしゅうしたものです。

作家さっかとはなってしまうもの

 デビュー以来いらい精力せいりょくてき作品さくひん発表はっぴょうつづけ、日本にっぽんSF大賞たいしょう日本にっぽん推理すいり作家さっか協会きょうかいしょうなど数々かずかずしょう受賞じゅしょうしている月村げっそんさん。日頃ひごろから「どうすれば作家さっかになれるのか」という質問しつもんをよくけるそうです。

月村げっそん 大切たいせつなのはまず、とにかくくこと。各社かくしゃもうけている新人しんじんしょう応募おうぼする。落選らくせんしてもひとつの作品さくひん固執こしつしないで、つぎからつぎへといておくつづけることが、結局けっきょく一番いちばん近道ちかみちです。編集へんしゅうしゃはちゃんとんでいますから、いい作品さくひんであればかならずどこかでっかかります。そこに斟酌しんしゃくはありません。

 去年きょねん江戸川えどがわ乱歩らんぽしょう史上しじょう最年少さいねんしょうの23さい7ヶ月かげつ受賞じゅしょうされた荒木あらきあかねさんは、中学生ちゅうがくせいからずっといてきたのだそうです。「それはすでに10ねんつづけたということだ」と選考せんこう委員いいんあやつじ行人こうじんさんが指摘してきしておられ、わたし選考せんこう委員いいん一人ひとりとしてそのとおりだなとおもいました。

 いろんなしょう選考せんこう委員いいんとして新人しんじん最終さいしゅう候補こうほさく機会きかいおおいのですが、なかには「このひと、あんまりほんきじゃないんじゃないか」とおもうような作品さくひんもあります。だけどやはり作家さっかになるひとは、まずほんき。一昨日おととい日本にっぽん推理すいり作家さっか協会きょうかいしょう受賞じゅしょうしきだったんですけれども、長編ちょうへん部門ぶもん受賞じゅしょうなさった小川おがわあきらさんもご実家じっか父上ちちうえ蔵書ぞうしょがたくさんあって、手当てあてたり次第しだいんでいたとどこかでいておられました。んでくこと、小説しょうせつというものをあいしている。それがだいいちですよね。

 ただ、作家さっかが100にんいれば、そのありかたも100とおりです。「作家さっかとはなにか」といういにわたしこたえるとすれば、作家さっかとはなるものではなく、なってしまうものなのだとこたえます。わたしのようにくこと以外いがいのすべてをててもかまわないとおもつづけたひともいれば、意識いしきせずにふっとなってしまうひともいる。だから極端きょくたんなことをもうしますと、作家さっかになるひとっていうのは、デビューしていなくても作家さっかなんです。

プロットより人物じんぶつ力点りきてんくべき

 月村げっそんさんは精力せいりょくてき作品さくひん発表はっぴょうしながら、数々かずかず文学ぶんがくしょう選考せんこう委員いいんつとめています。評者ひょうしゃ立場たちばから、プロの作家さっか視点してんから、執筆しっぴつのより実践じっせんてきなポイントにみました。

月村げっそん ミステリーけいしょう選考せんこう委員いいんつとめるうちに、最終さいしゅう選考せんこうがってきた作品さくひんひとつの傾向けいこうがあることにがつきました。かなりのひとがいたずらにプロットを複雑ふくざつさせることに腐心ふしんしているんです。どうしてだろうとかんがえてみたときに、自分じぶんむかしはそうだったんですけれども、やはり新人しんじんというのは、自分じぶんいているものが本当ほんとう面白おもしろいのか不安ふあんなんですね。自信じしんがないから、複雑ふくざつなプロットにはしりがちになるのではないかとおもいました。

 そういう場合ばあい、「みすぎ」「消化しょうか不良ふりょう」「中途半端ちゅうとはんぱ」という印象いんしょうになります。そこでわたし選評せんぴょうくのは「人物じんぶつ力点りきてんくべき」ということです。人物じんぶつがはっきりえがかれていれば、プロットはからついてきます。物語ものがたりというのは、プロットがストレートであればあるほど感動かんどうおおきくなりますから。

 6ねんほどまえ大沢おおさわ在昌ありまささんや今野こんのさとしさんが、文芸ぶんげい各誌かくし同時どうじ多発たはつてきに「プロット不要ふようろん」を提唱ていしょうされたことがありました。ちなみに、わたしはプロットをいています。A4用紙ようしに6まい程度ていどで、編集へんしゅうしゃによれば標準ひょうじゅんてきりょうらしいですね。わたし執筆しっぴつをはじめるまでに時間じかんがかかるのですが、プロットがあると着手ちゃくしゅしやすいんです。

 今野こんのさんは「プロットをつくるのは小説しょうせつまずしくする」とおっしゃっていました。わたしつくるので質問しつもんしたところ、今野こんのさんは「おまえ最初さいしょから最後さいごまでプロットどおりにいているのか」とわれました。「いや、全然ぜんぜんそのとおりにはなりません」と正直しょうじきにおこたえしたところ、「じゃあおまえはそれでいいんだ」と。

 今野こんのさんは、「自分じぶんはずっとれずになんじゅうねんもやってきたけど、心理しんり描写びょうしゃちかられるようになってからきゅうれた」ともおっしゃっていました。それはさきほどもうしました、プロットを複雑ふくざつさせるのではなく人物じんぶつ力点りきてんくべきというはなしにもつうじるでしょう。

くことはまったくにならない

 話題わだい2人ふたり青年せいねん主人公しゅじんこう日本にっぽん社会しゃかいゆがみをえがいた最新さいしんさくはんくれこく』へとおよびます。

月村げっそん 『はんくれこく』は週刊しゅうかんでの連載れんさいでした。「週刊しゅうかん大衆たいしゅう」という、ヤクザ業界ぎょうかいほうにとっての一流いちりゅうでの連載れんさいです。このまえには「アサヒ芸能げいのう」で、「弁護人べんごにん」という小説しょうせつ連載れんさいしていました。わたし出版しゅっぱんしゃほうとのわせでは、まず「どんな作品さくひんをおのぞみですか」とおうかがいして、できるだけ要望ようぼう沿った作品さくひんきます。「アサヒ芸能げいのう」の担当たんとうしゃからは「うちはヤクザとエロの雑誌ざっしだから、ヤクザでおねがいします」とわれました。当時とうじは、暴力団ぼうりょくだん排除はいじょ条例じょうれい(暴排条例じょうれい)や暴力団ぼうりょくだん対策たいさくほう暴対法ぼうたいほう)、貧困ひんこん問題もんだいなどがあたまなか渦巻うずまいていて、その結果けっかできたのが『弁護人べんごにん』でしたね。

 「週刊しゅうかん大衆たいしゅう」の編集へんしゅうしゃにも要望ようぼういたところ、「うちもヤクザとエロなんで、ヤクザでおねがいします」とわれました(笑)。それから、どんな作品さくひんがいいかかんがえるんです。たまたま、すこまえはんグレを特集とくしゅうしたドキュメンタリー番組ばんぐみあたまのこっていました。そこでは、女性じょせいだましながらも逮捕たいほされなかった学生がくせいが、「ではできない社会しゃかいてき経験けいけんができたから、これをかしてステップアップにつなげたい」と平然へいぜんい、だい企業きぎょう就職しゅうしょくしていました。『はんくれこく』にいたとおりのことをっていたわけですね。

 たとえ逮捕たいほされたとしても、起訴きそになれば履歴りれきしょ必要ひつようがありません。前科ぜんかはつかず、拘束こうそくされることもない。これは一体いったいどういうことかと発想はっそうふくらませて、原型げんけいとなるプロットができました。

 プロットはすぐにできて、版元はんもとのOKもいただきました。わたしはプロですから、これで1ねん連載れんさいすることも可能かのうです。でも、「ちょっとてよ」とおもったんですね。なにかがりない。これでは自分じぶんうちなる読者どくしゃ納得なっとくしない、と。それで担当たんとう編集へんしゅうほう連絡れんらくし、夜中よなかにもう一度いちどわせをしました。この時点じてんでは自分じぶんでもうまく言語げんごができていませんでしたが、はなしいてもらい、編集へんしゅうしゃほうから的確てきかくかえしをいただくうちに、核心かくしんとなるテーマがはっきりと言語げんごできたんです。そのから執筆しっぴつ着手ちゃくしゅして、やく1ねん、ほぼなん苦労くろうもなく毎週まいしゅうくことができましたね。

 作品さくひんには苦労くろうしながらくパターンと、まったく苦労くろうなくけるパターンがあるのですが、『はんくれこく』は苦労くろうがないパターンでした。ここでいう苦労くろうとは、取材しゅざいむずかしいとか、いくら調しらべても情報じょうほう入手にゅうしゅできないとかのことで、執筆しっぴつ自体じたいはどの作品さくひんでもになりません。これは作家さっかでありつづけるための大事だいじなポイントだとおもっています。

小説しょうせつくことの醍醐味だいごみ

 執筆しっぴつにならない。ではなにくるしいのか。作家さっかにとって大事だいじ精神せいしんせいを、月村げっそんさんがかたります。

月村げっそん 本当ほんとう作家さっかというのは、他人たにん才能さいのうみとめるんです。ねたみややっかみの感情かんじょういだひとは、プロのなかにはすくないんじゃないでしょうか。いい作品さくひんてくればくやしいとおもうことはあるかもしれない。だけどそこでけないようにいいのをこうとおもうのが作家さっかなんです。

 わたしにはこう不幸ふこうねたみの感情かんじょうはありませんでした。もしもあったら、デビューするまでのなが年月としつきえられなかったでしょう。作家さっか目指めざなかでメンタルをやられるひとすくなくありません。わがながらよくえられたとおもいます。

 デビューからこのいたるまで、おかげさまで毎日まいにちつづけることができています。それは作家さっかにとって一番いちばんよろこびです。というのも、自分じぶんなかにある衝動しょうどうかたちにするがないことが、一番いちばんつらいことだからです。本当ほんとうに、あのころ七転八倒しちてんばっとうするぐらいにくるしかった。むねなかさかっているものをからだからせないくるしみにくらべたら、執筆しっぴつ苦労くろうなんて苦労くろうじゃないですよね。よろこびでしかありません。

 最後さいご月村げっそんさんがおはなししたのは、小説しょうせつくことの醍醐味だいごみについてでした。

月村げっそん 『はんくれこく』をれいにしてはなすと、おおまかなはなしはプロットどおりなのですが、執筆しっぴつ途中とちゅうからニュアンスや、まれているテーマがわっていきました。

 なぜそうなったかというと、わたしはただ主人公しゅじんこううし姿すがたっていったんです。主人公しゅじんこう自分じぶんはしっていって、みちつくって、それがストーリーになる。連載れんさいをしながら毎週まいしゅう一生懸命いっしょうけんめいいかけていくと、「きみ、そっちにくの」とか、「いままでわなかったけど、きみはそういうひとだったんだね」とか、そんなおどろきの連続れんぞくでした。それもまた小説しょうせつくことの醍醐味だいごみでしょう。きながらそうおもえるようになれば、そのひとはすでに作家さっかなのだとおもいます。

現地げんちけない場合ばあい取材しゅざい方法ほうほう

 質疑しつぎ応答おうとうでは、月村げっそんさんの作品さくひん世界せかいささえる取材しゅざいについて質問しつもんせられました。海外かいがい危険きけん地域ちいき舞台ぶたいにした作品さくひんでの緻密ちみつ描写びょうしゃは、どのようにえがかれているのでしょうか?

月村げっそん げる場所ばしょがソマリア、チェチェン、ミャンマーなどけないところばかりなので、現地げんち取材しゅざいくことはありません。香港ほんこん空港くうこういた途端とたん拘束こうそくされてしまう可能かのうせいのあることは否定ひていできません。

 ではどうするかというと、できるかぎ資料しりょうあつめます。Google Earthで現地げんち様子ようすをつかむこともよくしていますね。ただ、舞台ぶたいがロンドンなどの都市としならまだしも、ロシアの郊外こうがいなどになるとなにてきません。ミャンマーだと、そもそも地図ちずがないですね。その場合ばあい担当たんとう編集へんしゅうにおねがいしたり、自分じぶんでもいろいろあたってなんまい入手にゅうしゅしたりします。ただ、わせてみると全部ぜんぶちがっているんですよ。軍事ぐんじてき意図いとからかくしている場合ばあいもあるでしょうし、それまでなかったみち急遽きゅうきょつくられた、はいどうになったということもあるでしょう。

 ここからある地点ちてんまでくのにどんなルートをとおるのか、そのあいだなにがあるのかなど、決定的けっていてき情報じょうほうがない。最終さいしゅうてきには入手にゅうしゅできるかぎりの地図ちずわせて、部分ぶぶんてきには推測すいそくまじえながらきました。まあ、これだけ調しらべてわからないということは、おそらく日本にっぽん国内こくないにそれがちがっていると指摘してきできるひとはいませんから。ロシアの警察けいさつ組織そしきかんしても同様どうようですね。

 内容ないようのディテールには使つかっています。そうしないと、うちなる読者どくしゃ納得なっとくしないわけです。よくわたしは「たんなるミリタリーマニアじゃないか」「武器ぶききたいからこういう小説しょうせついているんだろう」とわれるのですが、軍事ぐんじ知識ちしきはほとんどありません。こういう題材だいざい作品さくひんときは、このレベルのリアリティーがないといけないという基準きじゅんがあって、それをクリアできるようにいているだけです。だから武器ぶき軍事ぐんじてき知識ちしきも、受験じゅけん勉強べんきょうおなじでわったらわすれてしまいます。

もっともっと時間じかんがほしい

 質疑しつぎ応答おうとう最後さいごには、「アニメや映画えいが、ドラマなど色々いろいろ媒体ばいたいがあるなかで、小説しょうせつ意義いぎは?」と質問しつもんがありました。月村げっそんさんが小説しょうせつにかけるおもいとともにこたえます。

月村げっそん とくにスティーブン・キング以降いこう顕著けんちょだとおもいますが、現在げんざい作家さっかはいろんなメディアからの影響えいきょうけられません。大事だいじなのは、いまがどういう時代じだいであるのか意識いしきすることです。ぎゃくうと、その意識いしきなしに現代げんだいという時代じだいけるのか、わたし大変たいへん疑問ぎもんおもいます。ただ、それはのメディアに迎合げいごうすることを意味いみしているわけではけっしてないことを強調きょうちょうしておきます。

 わたしはともかく小説しょうせつのことだけをかんがえて、どうすればより作品さくひんになるのかを意識いしきしています。自作じさく映画えいがについてもかれることがありますが、かりにそういうことがあったとしても、わたしかかわることはないでしょう。企画きかく段階だんかいでチェックをして、注文ちゅうもんしたり却下きゃっかしたりすることはありますけれども、それだけです。

 きびしい状況じょうきょうにある出版しゅっぱん業界ぎょうかいには日々ひび危機ききかんかんじていて、なにとかてていかないといけません。自分じぶんはなんて力不足ちからぶそくなんだと日々ひび痛感つうかんします。もっともっとわかころ古典こてん名作めいさくんでおけばよかったとおもいます。いまは2ばいでも3ばいでも時間じかんしい、その時間じかん勉強べんきょうてて、そしてとにかくいい作品さくひんきたい。そうおもいながら、日々ひび小説しょうせつっています。

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