(Translated by https://www.hiragana.jp/)
清水裕貴「岸」 「気配」に迫る写真の信念伝える|好書好日
  1. HOME
  2. コラム
  3. みる
  4. 清水しみず裕貴ゆききし」 「気配けはい」にせま写真しゃしん信念しんねんつたえる

清水しみず裕貴ゆききし」 「気配けはい」にせま写真しゃしん信念しんねんつたえる

清水しみず裕貴ゆきは、1984ねんまれの写真しゃしん作家さっか。2018ねん、「さぐりの呼吸こきゅう」で「おんなによるおんなのためのR―18文学ぶんがくしょう大賞たいしょう写真しゃしん本書ほんしょから (C)Yuki Shimizu

 おおくの写真しゃしんしゅう規則きそくっている。場所ばしょひと、イベント、歴史れきしてき背景はいけいなど、それらは作者さくしゃ言葉ことば批評ひひょう解説かいせつかされ、読者どくしゃ理解りかいたすけてくれる。

 『きし』にはそういう仕掛しかけがあたらない。言葉ことばはときどき挿入そうにゅうされるうつくしい、神話しんわめいた短文たんぶんだけ。それを解釈かいしゃく糸口いとぐちとしたくなるが、著者ちょしゃ簡単かんたんにそうさせてくれない。やくじゅうねんにわたって撮影さつえいされた写真しゃしんに、なるほどみずかんじるとおもうやいなや、そうでもないかなともおもわされ、ちかづいたとおもった理解りかいふたたとおのく。なんページをしても、けむり(けむ)にかれたような感覚かんかくのこる。

 清水しみずさんは、これまでもしばしば水辺みずべや、人間にんげんではない存在そんざいをモチーフにした作品さくひん発表はっぴょうしてきた。『きし』におさめられた写真しゃしんはスナップのようにも、セットアップのようにもえる。ほんさくは「記録きろく」の集大成しゅうたいせいではなく、「写真しゃしんえがすのは、おもいがけない他者たしゃ気配けはい」だという。文章ぶんしょうは「心象しんしょう表現ひょうげん」でも「被写体ひしゃたい直接的ちょくせつてき説明せつめい」でもなく、「風景ふうけいかたなおしたもの」だという言葉ことばがわたしにはしっくりくる。「気配けはい」はえないし、えないものを写真しゃしんることはできない。それでもなお、方法ほうほう模索もさくするかのような著者ちょしゃ信念しんねんを、本書ほんしょからはかんじる。写真しゃしんることはることであると同時どうじに、きょ(い)ることでもある。もしかするとこれは、そのときその著者ちょしゃかんじた「ホールネス」を表現ひょうげんしようとする、野心やしんてきこころみなのかもしれない。せてははぐらかす「気配けはい」にゆだね、たゆたう感覚かんかくたのしんでほしい。=朝日新聞あさひしんぶん2024ねん2がつ3にち掲載けいさい

PROMOTION