パッとしないが、実じつはすごいヤツ。令れい和わの会社かいしゃ員いん像ぞうは　鍋倉なべくら夫おっと「路傍ろぼうのフジイ」（第だい143回かい）

　一見いっけんどこにでもいそうだが、考かんがえてみるとこんな人じんはなかなかいない――。昨年さくねんから「週刊しゅうかんビッグコミックスピリッツ」（小学館しょうがくかん）で連載れんさいしている『路傍ろぼうのフジイ』（鍋倉なべくら夫おっと）が静しずかな反響はんきょうを呼よんでいる。

　藤井ふじいは40代だい独身どくしんの非ひ正規せいき社員しゃいんだ。はっきりとは書かかれていないが、「ライターやデザイナーばかり」というから、広告こうこく代理だいり店てん勤務きんむだろうか。しかし藤井ふじい自身じしんは毎日まいにちきちんとスーツを着きている総務そうむ係がかり。今いままで一いち度ども結婚式けっこんしきに呼よばれたことがないくらい存在そんざい感かんがなく、これといった取とり柄えもなく、みずから周囲しゅういに溶とけ込こもうともしない。そのため周まわりからうっすらバカにされており、「こうはなりたくない」「可哀想かわいそうな中なか年男としおとこ」と見みられている。ところが、少すこしでも深ふかく付つき合あうと、彼かれの孤独こどくでも充実じゅうじつした生いき方かたに魅了みりょうされるようになる。

　総務そうむの仕事しごとをしている一見いっけん地味じみな主人公しゅじんこうといえば、1986年ねんから「ビッグコミック」（小学館しょうがくかん）で連載れんさいされた『総務そうむ部ぶ総務そうむ課か山口やまぐち六ろく平太へいた』（林はやし律雄りつお・高井たかい研一郞けんいちろう）を思おもい出だす昭和しょうわ生うまれも多おおいかもしれない。

　大日だいにち自動車じどうしゃ総務そうむ部ぶ総務そうむ課かの六ろく平太へいたは、茫洋ぼうようとしたルックスにいつもネクタイをゆるめている冴さえないビジネスマン。そんな外見がいけんに反はんして恐おそろしく有能ゆうのうで、社内しゃないで起おこるさまざまなトラブルを何なんでも解決かいけつしてしまう。「総務そうむが天職てんしょく」と公言こうげんし、どんな仕事しごとも決けっして嫌いやがらない。恋人こいびとは美人びじんで名高なだかい社長しゃちょう秘書ひしょ。政治せいじ家かや大物おおものヤクザにもパイプを持もち、社長しゃちょうはじめ社しゃの上層じょうそう部ぶからも一目いちもく置おかれ、社内外しゃないがいで会あうすべての人ひとに好すかれている“スーパー総務そうむマン”だ。

　一見いっけんパッとしないが、実じつはすごいヤツ。こういうキャラクターにあこがれる人ひとは少すくなくないだろう。2016年ねん、作画さくが担当たんとう・高井たかい研一郞けんいちろうの急逝きゅうせいによって30年ねん続つづいた連載れんさいは終おわったが、それから8年ねんが経たつ今いまなお「マイファーストビッグ」で毎月まいつき新刊しんかんが発売はつばいされるという根強ねづよい人気にんきを誇ほこっている。

　もっとも、同おなじ総務そうむでも藤井ふじいはマジメなだけで、六ろく平太へいたのように仕事しごとぶりが評価ひょうかされているわけではない。藤井ふじいの不思議ふしぎな魅力みりょくは仕事しごとの能力のうりょくではなく、徹底的てっていてきにマイペースで泰然たいぜんとした生いき方かたそのものにあるのだ。六ろく平太へいたの時代じだいに比くらべて、人生じんせいに占しめる仕事しごとの比重ひじゅうが小ちいさくなっているのも令れい和わの現代げんだいらしい。

　読書どくしょ、昆虫こんちゅう飼育しいく、水彩すいさい画が、陶芸とうげい、ギターなど多おおくの趣味しゅみを持もつ「一人ひとり遊あそび」の達人たつじんで、親したしい友達ともだちや恋人こいびとなどいなくても実じつに前向まえむきに人生じんせいを楽たのしんでいる。不遇ふぐうな現実げんじつを静しずかに受うけ入いれ、無理むりに自分じぶんを変かえようとはしない。淡々たんたんと口くちにする「（自分じぶんのことを）みんなに理解りかいしてもらうのは難むずかしいと思おもいます。自分じぶんがわかっていればいいです」「全員ぜんいんの望のぞみが叶かのう（かな）うことは無理むりかもしれません。でも、幸しあわせに生いきることは可能かのうじゃないでしょうか」など数々かずかずの名言めいげん。