「死しねない理由りゆう」ヒオカさんインタビュー　貧困ひんこん家庭かてい出身しゅっしん、一人暮ひとりぐらしで“推おし活かつ”→世界せかいの見みえ方かたが変かわった

生いきたいわけじゃない。でもまだ「死しねない」

───「生いきる理由りゆう」という言葉ことばはよく見聞みききしますが、本書ほんしょのタイトルはなぜ『死しねない理由りゆう』なのでしょうか？

　最初さいしょの本ほんは『死しにそうだけど生いきてます』でした。タイトルに「生いきてます」とありますけど、私わたしは小ちいさい頃ころから生いきることにポジティブになれないんです。小学生しょうがくせいの高学年こうがくねんくらいからずっとその気持きもちがありました。家いえに帰かえれば父ちちが母ははに暴力ぼうりょくを振ふるっていて、学校がっこうに行いっても先生せんせいに嫌きらわれたりいじめられたり。常つねに頭あたまのどこかで「早はやく死しにたい」と思おもっていたんです。

　続編ぞくへんともいえる本ほん作さくでは、そういったバックグラウンドを抱かかえた貧困ひんこん家庭かてい出身しゅっしんのフリーライターとして、女性じょせいとして、また虚弱きょじゃく体質たいしつと共ともに生いきる当事とうじ者しゃとしての経験けいけん談だんや、その視点してんから見みた社会しゃかいについて書かきました。

　また「この人ひとがいる世界せかいならもっと見みてみたい」と思おもわせてくれた“推おし”との出会であいや、少すこしずつ経済けいざい的てきに安定あんていしてきたことで実現じつげんできた“推おし活かつ”という文化ぶんか的てきな喜よろこびについても、ありったけの愛あいを込こめて書かいています。

「生いきることは素晴すばらしい！」みたいなキラキラした言葉ことばには共感きょうかんできないのですが、今いままでに出会であった人ひとや大好だいすきな“推おし”を想おもったときに、「まだ死しねないな」と。「生いきたい」とは少すこし違ちがう気持きもちで、死しに吸すい寄よせられていく私わたしを「ちょっと待まった」と引ひき留とめてくれている人ひとたちがそこにいる感かんじですね。

“推おし活かつ”という文化ぶんか的てき生活せいかつ

─── 本書ほんしょでは、主おもに「生いきていくための経済けいざい的てき基盤きばん」と「生いきていくための文化ぶんか的てき経験けいけん」の二ふたつに光ひかりが当あてられています。憲法けんぽうにも「国民こくみんは健康けんこうで文化ぶんか的てきな最低さいてい限度げんどの生活せいかつを営いとなむ権利けんりを有ゆうする」とありますが、まだまだ世間せけんでは、生いきていくためには「最低限さいていげんの経済けいざい的てき基盤きばんが整ととのえば良よい」と考かんがえている人ひとが多おおく「文化ぶんか的てき経験けいけん」には理解りかいが進すすんでいないように思おもいます。

　最低限さいていげんの経済けいざい的てき基盤きばんに関かんしては多少たしょうのコンセンサス（合意ごうい）があると思おもいますが、経済けいざい的てき格差かくさに伴ともなう、経験けいけんの格差かくさや文化ぶんか資本しほんの乏まずしさに大おおきな課題かだいを感かんじます。

　例たとえば、私わたしが中高生ちゅうこうせいの頃ころに部活ぶかつに入いれなかったことに対たいして、SNSでは「親おやが稼かせいでないんだから仕方しかたないでしょ」と言いわれることも少すくなくないですし、現在げんざいのフリーライターという働はたらき方かたに対たいしても「贅沢ぜいたくだ」「早はやく会社かいしゃ員いんになれよ」「自分じぶんで貧困ひんこんを選えらんでる」などの鋭利えいりな言葉ことばが飛とんでくることも珍めずらしくありません。

　貧困ひんこんによって制限せいげんされた選択肢せんたくしの中なかでなんとか生活せいかつしている人ひとには「頑張がんばっているね」と同情どうじょうするのに、そこを出でて文化ぶんか的てきな経験けいけんを求もとめはじめた途端とたんに「身みの程知ほどしらず」と叩たたかれてしまう。

　私わたしは取材しゅざいのときは大好だいすきな服ふくを纏まつわって“武装ぶそう”するので、今日きょうの私わたしの姿すがたを見みたら「カラコン（カラーコンタクト）や髪かみをブリーチするお金かねがあるんですね」と叩たたく人ひともいるかもしれませんね。

　でも、やっぱり人間にんげんが生いきるためには身体しんたい的てきな安全あんぜんと文化ぶんか的てきな豊ゆたかさが必要ひつようじゃないですか。屍かばねの様ように生いき永ながらえることはできても、好すきなものに手てを伸のばせなかったり、自己じこ表現ひょうげんが許ゆるされなかったりするままでは、意志いしを持もって生いきられないと思おもうんです。

─── 文化ぶんか的てきな豊ゆたかさで言いうと、“推おし活かつ”もヒオカさんが「死しねない理由りゆう」のひとつだと書かかれていましたね。

　そうなんです！　少すくなからず文化ぶんか的てきな体験たいけんを求もとめられるようになったことは、人ひとによっては当あたり前まえのことかもしれませんが、私わたしの場合ばあいそれができない時期じきも長ながかったので、今いまの私わたしが持もつ社会しゃかい的てき特権とっけんだとも自覚じかくしています。ライブに行いくなんて過去かこの私わたしは想像そうぞうできなかったですし、チケット抽選ちゅうせんに参加さんかしてるなんて自分じぶんでもびっくりです。

　極端きょくたんな例れいかもしれませんが、過去かこに激げき安やすシェアハウスに住すんでいた頃ころは、隣となりの部屋へやの音おとが漏もれる環境かんきょうだったので、少すこしでも物音ものおとを立たてれば壁かべを大おおきな音おとで何なん度ども叩たたかれていて......。幼少ようしょう期きの家庭かてい内ない暴力ぼうりょくのトラウマも重かさなり、推おし活かつどころではなくて、毎日まいにち怯おびえて暮くらしていました。

　今いまでは、なんとか一人暮ひとりぐらしをして、部屋へやで中川なかがわ家かのラジオを聞きいて大笑おおわらいしたり、ちゃんみな（ラッパー）のライブ映像えいぞうに熱狂ねっきょうしたり、羽生はぶ結ゆい弦つるくんのパフォーマンス映像えいぞうに悶もだえたりできるようになったわけです。今いまでも決けっして余裕よゆうがあるわけではありませんが、以前いぜんのような極限きょくげん状態じょうたいを抜ぬけ出だしたからできることだと思おもいます。　

　羽生はぶくんが表紙ひょうしを飾かざった雑誌ざっしを購入こうにゅうして部屋へやに飾かざれる喜よろこびたるや......！　もちろん極限きょくげんの状態じょうたいで音楽おんがくに救すくわれることもありますけど、それは味あじわう、楽たのしむとは少すこし違ちがうものかなと思おもいます。

「貧困ひんこんでも夢ゆめを諦あきらめなくていい」

─── 「貧困ひんこんでも夢ゆめを諦あきらめなくていい」という言葉ことばも印象いんしょう的てきでした。貧困ひんこん世帯せたい出身しゅっしんでフリーライターになったヒオカさんは、夢ゆめを追おいかけるのも大変たいへんだったのでしょうか。

　経済けいざい的てきな理由りゆうで、多おおくの人ひとと同おなじ土俵どひょうに上あがれない人ひとたちがたくさんいます。社会しゃかいは、そんな環境かんきょうでも夢ゆめを叶かなえた人ひとには「貧まずしい中なかでよく頑張がんばった」「素晴すばらしい」と評価ひょうかしますが、その途中とちゅうにいる人ひとや目標もくひょうまで辿たどりつかなかった人ひとは「貧困ひんこんを選えらんでる」「だから言いわんこっちゃない」とボコボコにされてしまう。

　でも、誰だれでも夢ゆめを目指めざす権利けんりは平等びょうどうにあるわけです。別べつに叶かなうかどうかではなくて、極端きょくたんな話はなし、夢ゆめを追おいながらワナビーのまま死しんだっていいはずなんです。

　私わたしは「自衛隊じえいたいに入はいれば衣食住いしょくじゅうを整ととのえてもらえますよ」といわれたことが何なん度どかあって、それが善意ぜんいでいわれていることが怖こわいなと思おもいます。必要ひつようなのは「貧困ひんこん家庭かてい出身しゅっしんの人ひとでも、他たの人ひとと同おなじ選択肢せんたくしを持もてる環境かんきょうを整ととのえること」であって、「（限かぎられた）その手札しゅさつの中なかでどうにか生いきろ」と突つき放はなすことではありません。

　経済けいざい環境かんきょうに関かかわらず、夢ゆめに向むかう若者わかものを応援おうえんできない、夢ゆめを叶かなえた人ひとだけを評価ひょうかする結果けっか至上しじょう主義しゅぎの社会しゃかいってなんだか寂さびしいですよね。もしかしたら、叩たたいている人ひとには「挑戦ちょうせん的てきな生いき方かたをしたかったな」みたいな憧あこがれや嫉妬しっともあるのかもしれません。

　推おし活かつの話はなしに戻もどりますが、私わたしにとっての推おしは、社会しゃかいからのいろんな圧あつがある中なかで「自分じぶんの生いき方かたに率直そっちょくな人生じんせい」を送おくっていて、その生いき方かたを通とおして、「本当ほんとうはどういきたいの？」って私わたしに問といかけてくれる。その答こたえを自分じぶんの中なかから引ひき出だしてくれる存在そんざいでもあるんです。

──“推おし”の生いき方かたそのものが、ヒオカさんを鼓舞こぶしてくれる。

　こんな風ふうに話はなしていますが、やっぱり気負きおいけしそうになることも結構けっこうあるんですよ（笑）。

　もちろん、フリーライターとして以前いぜんよりも少すこし安定あんていした生活せいかつができているのも、今いままで出会であってきた経歴けいれきや肩書かたがきで人ひとを判断はんだんしない、結果けっか至上しじょう主義しゅぎではない人ひとたちの存在そんざいがあってこそです。私わたしがまだ派遣はけんすら断ことわられるようなフリーターだった頃ころから「夢ゆめを目指めざしてるあなたはクール」「バックグランドを隠かくさないあなたはロック」と言いってくれた人ひとや、今いまは読者どくしゃとしても応援おうえんしてくれる人ひとたちにすごく感謝かんしゃしています。

「自己じこ責任せきにん論ろん」は社会しゃかいのバグ

─── 貧困ひんこん家庭かてい出身しゅっしんという立場たちばから見みる「“普通ふつう”の生活せいかつ水準すいじゅん」のほか、慢性まんせい的てきに不調ふちょうに悩なやまされる立場たちばから見みた「健康けんこうな人ひとをベースに作つくられた社会しゃかい」など、見みえにくい特権とっけんや優位ゆうい性せいも本書ほんしょの裏うらテーマで、ヒオカさんの言語げんご化かによって可視かし化かされています。生うまれた時代じだいや性別せいべつも含ふくめて、私わたしたちが自身じしんの特権とっけんを自覚じかくするにはどうしたらいいのでしょうか？

　みんな「よーいどん」で同おなじところから走はしってるわけじゃない。一人ひとりは裸足はだしだし、一人ひとりは高機能こうきのうシューズを履はいてるし、一人ひとりはトラックの周回しゅうかい遅おくれでスタートするし、なんなら地面じめんがドロドロでトラックを埋うめ立たてるところから始はじめてる人ひともいる。そういう環境かんきょうの違ちがう人ひとたちが、共通きょうつうのゴールに到達とうたつすることを求もとめられている。よく「チャンスは平等びょうどう」と言いわれますが、そこに辿たどり着つくまでのスタートはそもそも平等びょうどうじゃないんです。平等びょうどうなものはひとつとしてないと思おもっています。

─── 自分じぶんはどこから始はじめられたのか、自みずからの環境かんきょうを問とい直なおすことが大切たいせつだと。

　まずは「努力どりょくを過信かしんしないこと」が大切たいせつだと思おもいます。努力どりょく自体じたいは素晴すばらしいことですし、人ひとに変化へんかをもたらすような価値かちのあることです。

　例たとえば、ネズミが努力どりょくして体からだを大おおきくしても、ゾウになれるわけではありません。ネズミが努力どりょくでなれるのは、マッチョなネズミでしかないんです。その人ひとの中なかで能力のうりょくを最大さいだい化かすることはできても、もともとの最大さいだい容積ようせきは決きまっていて、そこには限界げんかいがある。

　努力どりょくは、ネズミがゾウに「転生てんせい」するためのものではなく、あくまでも「最大さいだい化か」するためのものだと思おもいます。「努力どりょくで変かえられる」経験けいけんをした人ひとたちの多おおくは、逆ぎゃくに「結果けっかが出でてないのは努力どりょく不足ふそくだよね」という考かんがえ方かたをしてしまいかねません。

─── その人ひとの特性とくせいに合あっていて、努力どりょくできる環境かんきょうがある場合ばあいに、結果けっかにつながりやすい。当あたり前まえのことにも思おもえますが、その大前提だいぜんていへの理解りかいが足たりない。

　例たとえば「経済けいざい的てきに恵めぐまれている」特権とっけんを持もった人ひとと、その特権とっけんを持もっていない人ひとが同おなじ夢ゆめを掲かかげたとします。前者ぜんしゃは学まなぶための場所ばしょも、教材きょうざいも体験たいけんもすべて手しゅに入はいりますが、後者こうしゃが持もてる手札しゅさつは前者ぜんしゃとは雲泥うんでいの差さです。そこで二人ふたりが同おなじ熱量ねつりょうで夢ゆめに向むかって努力どりょくしたとしても、高こう確かく率りつで夢ゆめを叶かなえられるのは「経済けいざい的てきに恵めぐまれている」人にんですよね。

　もちろん教育きょういく虐待ぎゃくたいなどの問題もんだいもあるので、単純たんじゅん化かしたり優劣ゆうれつがあると言いいたかったりするわけではありません。しかし、経済けいざい力りょくがあることがアドバンテージであることに変かわりありません。まずは感情かんじょうと切きり離はなして、その特権とっけん性せいを認みとめた上うえで議論ぎろんしなければ、経済けいざい的てきに恵めぐまれていないがゆえに同おなじ結果けっかに辿たどり着つけなかった人ひとに 「努力どりょく不足ふそくだ」とい放いはなつような暴力ぼうりょく的てきな結論けつろんに至いたってしまうことが多おおい。

　そういう人ひとに「努力どりょく不足ふそく」と一蹴いっしゅうされると、正直しょうじき強つよい違和感いわかんを覚おぼえますね。むしろ「俺おれ恵めぐまれてるからさ」と言いってくれたほうが「ムカつくけどいい奴やつだな」って思おもいます。自己じこ責任せきにん論ろんって、そもそも努力どりょくや個人こじんの裁量さいりょうを見み誤あやまっているので、単純たんじゅんにバグなんですよ。

貧困ひんこん出身しゅっしん、欲望よくぼうに真まっ直すぐに生いきる

─── 本書ほんしょでは、死し、メディア、ルッキズムなどについての考かんがえなど、WebメディアやSNSでは書かいていない内容ないようも書かいていますね。

　Webの記事きじには匿名とくめい性せいを担保たんぽにしたヘイトコメントもたくさん来くるので、怖こわくて書かけないことも多おおいんです。本ほんの場合ばあいは、何なにかを学まなんだり得とくたりするきっかけとして手てに取とってくださると思おもうので、ネットでは書かけないセンシティブな内容ないようを書かき下おろしにたくさん詰つめました。

　実じつは一いち冊さつ目めの時ときは、体調たいちょうの描写びょうしゃがグロすぎて表現ひょうげんやボリュームを調整ちょうせいしたのですが、今回こんかいの書かき下おろしは綺麗事きれいごとや建前たてまえは取とっ払ばらって書かいているので、そういった本音ほんねや素直すなおさが伝つたわる本ほんになっているかなと思おもいます。

　何なによりこの本ほんには「貧困ひんこんでもどんな生おい立たちでも、欲望よくぼうに真まっ直すぐ生いきる自由じゆうは誰だれにでもある」「バックグラウンドで生いき方かたを制約せいやくされる必要ひつようはない」という想おもいを込こめました。私わたしも引ひき続つづき、文化ぶんかを楽たのしむフリーライターとして、ときに貧困ひんこん家庭かてい出身しゅっしんらしからぬド派手はでなファッションで武装ぶそうをしながら社会しゃかいについて考かんがえ、学まなび、言葉ことばにしていきたいと思おもいます。