2024.06.22 『「喜劇きげき」の誕生たんじょう』書評しょひょう 一人ひとりの役者やくしゃの足跡あしあとで描えがく近代きんだい史し 評者ひょうしゃ: 保阪ほさか正ただし康やすし / 朝あさ⽇新聞しんぶん掲載けいさい:2024年ねん06月がつ22日にち 「喜劇きげき」の誕生たんじょう:評伝ひょうでん・曾我廼家そがのや五郎ごろう 著者ちょしゃ:日比野ひびの 啓けい 出版しゅっぱん社しゃ:白水しろみず社しゃ ジャンル:演劇えんげき・舞台ぶたい ISBN: 9784560092798 発売はつばい⽇: 2024/04/01 サイズ: 19.4×2.7cm/280p 『「喜劇きげき」の誕生たんじょう』 [著ちょ]日比野ひびの啓けい 喜劇きげき役者やくしゃ・曾我廼家そがのや五郎ごろうの評伝ひょうでんという形かたちをとりながら、近代きんだい日本にっぽんの「喜劇きげき」の変遷へんせんを辿たど(たど)る。今いまや知しる人ひとも少すくない役者やくしゃだが、明治めいじ、大正たいしょう、昭和しょうわと大衆たいしゅう演劇えんげきの中なかにひとつのジャンルを確立かくりつした。著者ちょしゃはその足跡あしあとを追おい、日本にっぽん社会しゃかいを喜劇きげきという視点してんから分析ぶんせきする。 評伝ひょうでんの書かき方かたとしては極きわめて原則げんそく的てきだ。自伝じでん、他た伝つてを再検さいけん証あかし、五郎ごろうや、ともに劇団げきだんをつくった曾我廼家そがのや十郎じゅうろうらの活動かつどうや個人こじん史しを確認かくにん、整理せいりし、執筆しっぴつしている。五郎ごろうの生おい立たちや、五郎ごろうと十郎じゅうろうの出会であいにも、事実じじつ誤認ごにんがあると書かく。真偽しんぎという点てんでは安心あんしん感かんを与あたえる書しょである。 五郎ごろうらの劇団げきだんは、西洋せいよう演劇えんげきを日本にっぽんに導入どうにゅうした「新劇しんげき」とは異ことなる歴史れきしをつくる。戦前せんぜんの新劇しんげき人口じんこうは約やく3千せん人にん、五郎ごろう劇げきの観客かんきゃく動員どういんは年間ねんかん約やく30万まん人にん、まさに日本にっぽん近代きんだい演劇えんげきの中核ちゅうかくを成なしていた。 1905年ねん以降いこうの五郎ごろう・十郎じゅうろう一座いちざの爆発ばくはつ的てきな人気にんきは、有ゆう楽座らくざや帝国ていこく劇場げきじょうなど洋風ようふう劇場げきじょうの開場かいじょうにつながり、喜劇きげき団だんブームも生うむ。松竹しょうちくの大谷おおや竹次郎たけじろうなど興行こうぎょう資本しほんも乗のりだしてくる。そのような歴史れきしが具体ぐたい的てきに整理せいりされていて、「喜劇きげき王おう」の背景はいけいに広ひろがる近代きんだい史しが本書ほんしょの強つよみである。 軍国ぐんこく主義しゅぎの時代じだいには、率先そっせんして国策こくさくに協力きょうりょくし、義理ぎり人情にんじょうや封建ほうけん道徳どうとくに伝統でんとう回帰かいきするのだが、当局とうきょくには冷遇れいぐうされる。あまりにも「浪花節なにわぶしの世界せかい」で、革新かくしん官僚かんりょうの歓迎かんげいするところではなかったからだとの指摘してきは、一考いっこうに値あたいする。 第だい四よん章しょう「『喜劇きげき』の変質へんしつ」では、30年代ねんだいに五ご郎ろうが2度目どめの全集ぜんしゅう(全ぜん12巻かん)を刊行かんこうしたことにふれている。推薦人すいせんにんには、宗教しゅうきょう団体だんたい「国くに柱ばしら会かい」の創設そうせつ者しゃ・田中たなか智学ちがくから、警視総監けいしそうかんの丸山まるやま鶴吉つるきちまで26人にんが名なを連つらねる。演劇えんげき人じんは少すくない。「五郎ごろうは演劇えんげき人じんとしてではなく、国民こくみん作家さっかとして自分じぶんを売うろうとしていた」と著者ちょしゃは見みる。庶民しょみんの「喜劇きげき」が変質へんしつしたのは、五郎ごろうの側がわに責任せきにんがあると示唆しさされる。歴史れきし上じょうの存在そんざいが希薄きはくになったのも頷(うなず)ける。 ◇ひびの・けい 1967年ねん生うまれ。成蹊大せいけいだい教授きょうじゅ(演劇えんげき史し・演劇えんげき理論りろん)。著書ちょしょに『アメリカン・ミュージカルとその時代じだい』など。