児童じどう文学ぶんがく作家さっか・岩瀬いわせ成子しげこさん「まだら模様もようの日々ひび」インタビュー　今いまも抱かかえる「チグハグ感かん」

　なぜ子こどものころの記憶きおくがこんなにも鮮明せんめいなのか。事細ことこまかにメモを取とっていたのか。

　「母親ははおやとのやりとりで悔くやしい思おもいをしたとき、『これは大人おとなになるまで絶対ぜったいに覚おぼえていてやる』って思おもったんです。すべて覚おぼえているわけじゃないけど、目めに浮うかぶように情景じょうけいが残のこっているんです」

　山口やまぐち県けん岩国いわくに市しで児童じどう文学ぶんがくを書かき続つづける。今いま作さくにはこの街まちと周辺しゅうへんで過すごした幼少ようしょう期きをつづるエッセー１１編へんと、家族かぞくがテーマの連作れんさく短編たんぺんを収おさめた。

　神社じんじゃのお祭まつりでサーカスの象ぞうの背せに乗のったとき、恐怖きょうふと痛やめさで泣なきだした自分じぶんを父母ちちははが笑わらって見みていたこと。自宅じたくの一角いっかくの事務所じむしょで母ははと働はたらいていたのは、博識はくしきでやさしい渡部わたなべさん、足あしが不自由ふじゆうな藤波ふじなみさん、よく笑わらう河野こうのさん――。

　「日差ひざしで紙かみやインクが焼やけたような事務所じむしょのにおいも覚おぼえています。根ねっこにあるのは、子こどものときに感かんじた『わからなさ』や『チグハグ感かん』。いまもうまく解消かいしょうできなくて、だからもう一度いちど書かいておきたいと思おもったんです」

　自身じしんの体験たいけんは、心しんが微妙びみょうに揺ゆれ動うごく主人公しゅじんこうを描えがいた作品さくひん群ぐんにも色濃いろこくにじんでいる。

　８歳さいのころ、父ちちがくも膜まく下か出血しゅっけつで急逝きゅうせいした。父ちちは大阪おおさかや福岡ふくおかに出張しゅっちょうに行いくたびに本ほんを買かってきてくれた。不思議ふしぎの国くにのアリス、若草わかくさ物語ものがたり、赤毛あかげのアン……。名作めいさくが多おおく、父ちちの死後しご、読よみふけった。「母はははいつも私わたしに『素直すなおじゃない』と口くちうるさくて。本ほんを読よむことで母ははとの間あいだに壁かべを作つくろうとしていたんでしょうね」

　２５歳さいになり、児童じどう文学ぶんがく作家さっかの今こん江こう祥智よしともさんに４００字じで２０枚まいほどの原稿げんこうを見みてもらった。第一声だいいっせいは「古ふるいなあ。明治めいじ時代じだいの童話どうわみたい」。でも「３００枚まい書かいたら面白おもしろくなる」と言いわれ、書かき進すすめた。それがデビュー作さく『朝あさはだんだん見みえてくる』になった。　

７３歳さいのいま、年としに２、３冊さつの新作しんさくを送おくり出だす。編集へんしゅう者しゃには「６０代だいを過すぎてギアが上あがった」と言いわれた。秋あきには学校がっこうで「わかんないちゃん」といじめられる小学しょうがく４年ねんの女おんなの子こが主人公しゅじんこうの新作しんさくを出だす。

　「美談びだんとか、やさしさとか、子こどもは大人おとなのウソを見抜みぬく。自分じぶんにとって切実せつじつなことを書かくしかないんです」（文ぶん・写真しゃしん　伊藤いとう宏樹ひろき）＝朝日新聞あさひしんぶん2024年ねん8月がつ3日にち掲載けいさい

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