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パワハラとは何か? どうしたら防げるのか? ――『パワハラ上司を科学する』より|じんぶん堂
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パワハラとはなにか? どうしたらふせげるのか? ――『パワハラ上司じょうし科学かがくする』より

記事きじ筑摩書房ちくましょぼう

「やっていないつもり」は、通用しない ♛HRアワード2023 書籍部門優秀賞受賞作
「やっていないつもり」は、通用つうようしない ♛HRアワード2023 書籍しょせき部門ぶもん優秀ゆうしゅうしょう受賞じゅしょうさく

パワハラをこのからなくしたい

 わたし現在げんざい神奈川かながわ県立けんりつ保健ほけん福祉ふくし大学だいがく大学院だいがくいんヘルスイノベーション研究けんきゅう社会しゃかい疫学えきがく行動こうどう科学かがく産業さんぎょう保健ほけんがくおしえています。研究けんきゅうしゃとしてたずさわっている研究けんきゅう内容ないようは、職業しょくぎょうせいストレス、労働ろうどう時間じかん、ジェンダー、暴力ぼうりょく産後さんごうつ、健康けんこう行動こうどう変容へんようとう多岐たきにわたるのですが、わたし原点げんてんでありライフワークとなっているのが、パワハラや上司じょうしのリーダーシップにかんする研究けんきゅうです。
 わたしがパワハラにかんする研究けんきゅうや、企業きぎょう自治体じちたいでの講演こうえん研修けんしゅう・コンサルティングに熱心ねっしんんでいる理由りゆうは、「あやまった指導しどうをしてしまっている上司じょうし一人ひとりでもらしたいから」、そして「パワハラをこのからなくしたいから」というつよ気持きもちからです。

 実生活じっせいかつでパワハラと出会であったのは、大学生だいがくせいときです。あるとき大学だいがく講義こうぎ夕方ゆうがた)からの勤務きんむ可能かのうで、時給じきゅう1700えんという破格はかくのアルバイト募集ぼしゅうをある中小ちゅうしょう企業きぎょうがしているのをつけました。あこがれの営業えいぎょうしょく、しかも反響はんきょう営業えいぎょうという手法しゅほうで、資料しりょう請求せいきゅうをしてくださったほうたいしてかえ電話でんわをかけ、その契約けいやくるという営業えいぎょうスタイルでしたので、年齢ねんれいてきわかさがマイナスになることもありません。経験けいけん不問ふもんで、契約けいやくれればさらにインセンティブがもらえるのも魅力みりょくでした。
 面接めんせつったところ、いかにもあたまれそうな女性じょせい部長ぶちょう対応たいおうしてくれました。部長ぶちょう物腰ものごしはやわらかいですがハキハキとしていて、電話でんわをかけたらかなら契約けいやくまでんでしまうようなスキルのぬしでした。「このひとなら、営業えいぎょうのスキルアップにもまなぶことがおおそうだ。ぜひ一緒いっしょはたらきたい」とつよかんじたところ、さいわ部長ぶちょうわたしのことをってくださり、学業がくぎょうとの両立りょうりつ関係かんけい半年はんとしあいだしかはたらけない状況じょうきょうであったにもかかわらず、こころよ採用さいようしてくださったのです。

 はじめてその会社かいしゃ出勤しゅっきんしたとき光景こうけいは、いまでもよくおぼえています。一般いっぱんてき職場しょくばおなじように一人ひとりひとつのつくえならんでいるなか、そのすぐそばのかべには職員しょくいん名前なまえられており、そのよこあかはながいくつかけられていました。「このおはなは、なにですか?」と部長ぶちょういたところ、「契約けいやくれたら、名前なまえよこはながつくのよ」という回答かいとうでした。
 「ああ、これがうわさの、営業えいぎょう成績せいせきか!」と、なんだかみょう興奮こうふんしたのをおぼえています。そう、それはいわゆる〝営業えいぎょう成績せいせきボード〞とばれるもので、だれなんけん契約けいやくったのか、すべての職員しょくいんにわかるようになっていたのです。
 その会社かいしゃは、ほとんどの職員しょくいんがアルバイトでしたが、社員しゃいんめいいました。アルバイトがはたら部屋へや社員しゃいんはたら部屋へやかれていたので、会話かいわわす機会きかいがなく、たまに廊下ろうかですれちがったさい挨拶あいさつするくらいでした。
 勤務きんむ時間じかんちゅう一本いっぽんでもおおくの電話でんわをかけなければならないのであまり余裕よゆうがなかったのですが、ちかくのせきすわっている部長ぶちょう様子ようすだけはわかります。部長ぶちょうはよく、社員しゃいんがお客様きゃくさまにかけている電話でんわ電話でんわいていて、契約けいやくれなかったことがわかるやいなとなり部屋へやき、「いま電話でんわ契約けいやくれないってどういうこと⁉ 営業えいぎょうのセンスがないんじゃない⁉」「ばかなの⁉」と怒鳴どなっていました。

 またあるは、ある社員しゃいん部長ぶちょう別室べっしつれていかれて、そのまま長時間ちょうじかんもどってこなかったこともありました。会話かいわ内容ないようまではわかりませんでしたが、怒鳴どなっているようなこえがうっすらとこえたため、「部長ぶちょう、ちょっとやりすぎなのでは……」とかんじましたが、大学生だいがくせいのアルバイトの分際ぶんざい部長ぶちょう注意ちゅういすることなど、当時とうじわたしにはできませんでした。
 そんなつづいたのち、ある廊下ろうかでばったりとった社員しゃいんかおて、わたしうたがいました。かおしろで、生気せいきがなく、無精ぶしょうひげがえたままだったのです。からかんがえてみれば、それは典型てんけいてきなうつびょう状態じょうたいでした。

 それからまもなく、その社員しゃいん退職たいしょくしたといううわさきました。わたしがその会社かいしゃ勤務きんむしていたたった半年はんとしあいだで、なんと部長ぶちょうふくにんいた社員しゃいんが、さんにんめてしまったのです。部長ぶちょうほかのこった一人ひとりは、営業えいぎょう成績せいせきいリーダーてき社員しゃいんでした。
 社員しゃいん半分はんぶん以上いじょうめてしまったのに、部長ぶちょうにはわるびれる様子ようすまったられませんでした。むしろまえよりも笑顔えがおえ、「会社かいしゃのお荷物にもつがいなくなってラッキー」くらいにおもっているような印象いんしょうけました。そしてわたしには相変あいかわらずやさしく、質問しつもんにも丁寧ていねい対応たいおうしてくれるのでした。

 この状況じょうきょうて、強烈きょうれつ違和感いわかんおぼえました。「いくら営業えいぎょう成績せいせきくなかったといって、ひとつぶしていい理由りゆうにはならない」、「せっかく投資とうししてそだてたひとつぶしてしまうのは、会社かいしゃとしての損失そんしつおおきいはずだ」、「ポジティブな指導しどう方法ほうほうによってひと成長せいちょうさせる方法ほうほうが、絶対ぜったいにあるはずだ」とうと、色々いろいろかんがえがあたまなかめぐりました。
 しかし当時とうじわたしには、その解決かいけつさくおもいつくことができませんでした。「この状況じょうきょう絶対ぜったいにおかしい」という確信かくしんだけはあるものの、部長ぶちょうに「こういう指導しどうをしたら、営業えいぎょう成績せいせきがあがって、会社かいしゃとしてもげをげることができる」というべつ方法ほうほう提案ていあんできない自分じぶんに、強烈きょうれつくやしさと不全ふぜんかんおぼえました。それと同時どうじに、もしかしたら、会社かいしゃでもこういったマネジメントがまかりとおっているのではないか?  と心配しんぱいになったのです。

パワハラが発生はっせいしやすい職場しょくばとは?

 その大学院だいがくいん進学しんがくし、パワハラにかんする国内外こくないがい文献ぶんけんさがしたところ、日本にっぽんではとく医学いがく疫学えきがく分野ぶんやにおいて、ほとんど研究けんきゅうおこなわれていないことに気付きづきました。当時とうじ(2008ねん)はまだ、全国ぜんこくでどのくらいのひとがパワハラをけているかの実態じったい調査ちょうさおこなわれていなかったのです。
 そこでわたしは、まずパワハラを測定そくていする尺度しゃくど開発かいはつするところから研究けんきゅう開始かいしし、どのくらいのひとけているのか、どういうひと行為こういしゃとなっているのかをあきらかにすることにしました。その、どのような上司じょうしがパワハラをしやすいのか、けるとどのような健康けんこう影響えいきょうるのか、どのような職場しょくばだと発生はっせいしやすいのかとう次々つぎつぎ調査ちょうさし、論文ろんぶんにまとめてきました。だれかを説得せっとくするには、「データ」によって裏付うらづけされた「科学かがくてき根拠こんきょ(エビデンス)」がつよちからになるとおもったのです。このほんなかでは、そういった根拠こんきょとなるデータをふんだんに紹介しょうかいしていきます。

津野香奈美『パワハラ上司を科学する』(ちくま新書)
津野つの香奈美かなみ『パワハラ上司じょうし科学かがくする』(ちくま新書しんしょ

 これまで10ねん以上いじょうにわたり、実証じっしょう研究けんきゅうによってあきらかになった科学かがくてき根拠こんきょ使つかい、全国ぜんこく各地かくち企業きぎょう自治体じちたい管理かんりしょくけの研修けんしゅう講演こうえん実施じっししてきました。そこでいつもかんじるのは、「パワハラにならない指導しどう仕方しかた誤解ごかいがある」というてんです。
  たとえば、「部下ぶかなかければ、パワハラにならない」とおもっている管理かんりしょくうことがあります。研究けんきゅうでわかっていることは、じつはそのぎゃくです。「上司じょうし部下ぶかなかすぎたり、職場しょくば雰囲気ふんいきがくだけすぎたりしている職場しょくばでは、パワハラがこりやすい」ことがわかっています。
  ほかにも、わたし研修けんしゅうけたある管理かんりしょくから「最近さいきんは、なんでもハラスメントとわれてしまう。だからぼくは、もう部下ぶかとは積極せっきょくてきかかわらないことにめました。そうすれば、ハラスメントになりようがないでしょう」とわれたことがあります。いいえ、ぎゃくです。じつは、部下ぶか積極せっきょくてきかかわらない、放任ほうにんがた上司じょうしがいる職場しょくばでは、パワハラが発生はっせいしやすいことがわかっています。部下ぶかかかわろうとしないことが、むしろパワハラを誘発ゆうはつしてしまうのです。
 このように、パワハラ対策たいさくやパワハラにならない部下ぶか指導しどうは、個々人ここじん経験けいけんかんたよりにっていると、らずらずのうちにあやまった対応たいおうになりがちです。パワハラにならないようにけているはずなのに、結果けっかてきになってしまっていたり、部下ぶか反発はんぱつんでしまったりするのは、悲劇ひげきでしかありません。
 パワハラがこるメカニズムや、「より指導しどう」の方法ほうほう経営けいえいしゃ管理かんりしょく一人ひとりでもえることで、すこしでも部下ぶかとのかかわりがらくになり、パワハラをしない上司じょうしえることを期待きたいしています。また、本書ほんしょにより、職場しょくば科学かがくてき知見ちけんもとづいた効果こうかてきなパワハラ防止ぼうし対策たいさく実施じっしされることにつながることをねがっています。

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