「仕事と読書を両立するのは難しい」。でも、だからこそなんとかしたい! と思っている人も多いのではないでしょうか。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社新書)著者で、文芸評論家の三宅香帆さんが、働きながら読書する日々を綴り、「働いているからこそ面白く読める本」を紹介します。最終回の今回は「格差社会を考える」3冊を取り上げます。
(写真:takasu/stock.adobe.com)
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5月某日
現在進行形で起こっている戦争のニュースにどこか慣れた自分に気づき、そんな自分自身にも幻滅する5月である。そんな暗い気分とは裏腹に、とてもいい気候で日々が過ぎていく。GWは東京も京都も人でにぎわっていた。ただでさえインバウンドで人が多い観光地、どうなっているんだろうな、と考えるだけでまたしても憂鬱な気分になってくる。
そんな折に読んだのが、講談社現代新書から刊行されている、今井悠介さんの『
体験格差
』。
『体験格差』(今井悠介/講談社現代新書)
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著者は家庭の経済格差による子どもの教育格差解消を目指した活動をしている方だが、親の生活が困窮しているがゆえに「習い事」や「旅行」といった体験そのものが削られている子どもたちの話はとてもつらい。なにより胸に迫るのは、ひとり親家庭、なかでもシングルマザー家庭が昨今の物価高で本当に厳しい思いをしているという話。母も子もしんどいのは当然だ。どうにかできることはないのだろうか、と思うと、他の国の戦争で苦しんでいる子どもたちがいるのと同時に、こうしてあまりニュースにならないけれど、私たちのすぐ隣で苦しんでいる子どもたちがいるんだよなあ……と考え込んでしまった。とりあえず、オンライン書店を運営しているVALUE BOOKSさんで『体験格差』が5冊購入されるたびに、寄付になるキャンペーンをしているようなので、紙でもう一冊買った。
5月某日
最近、新刊関係のイベントやら取材やらで、延々と東京と京都を往復する日々が続いている。へろへろである。しかし東京は行くたびに人が増えている気がする。さすがに気のせいだとは思うけれど。東京に一極集中する傾向は続くのだろうか。
ちくま新書から刊行されている松岡亮二さんの『
教育格差─階層・地域・学歴
』を読み返した。出身家庭や地域による教育格差を暴き出した本書は、大変な労作であり、名著だと思う。新書というかたちで、手にとりやすく読みやすいパッケージで存在していることが素晴らしい。たくさんの人に読まれてほしい一冊だ。
『教育格差─階層・地域・学歴』(松岡亮二/ちくま新書)
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本書は幼稚園から大学まで、それぞれの教育課程において、出身家庭の経済格差や地域格差あるいはジェンダー格差によってどのような差異が生まれているのかを説いている。「親ガチャ」という言葉が流行して久しいが、親の経済状況が子どもの学歴や就職状況に、如実に影響をもたらしている。その事実が身も蓋もなくデータで示されている。こういう本を読むと、「学校って何なんだろう」「親による階級格差を固定しているだけなんじゃないのか」と暗たんたる気持ちにもなってくる。東京に生まれた裕福な家庭の子が、東京の「いい大学」に進学する、そんな現象だけが進んでいるのではないのかと思えてしまう。
では、どうすればいいのか? その問いは、これからの自分たちの世代にゆだねられているんだろうな、となんとなく感じる。京都という場所が私は好きだし、ひとまず関西という場所の良さを発信していきたいが、そういうことではないんだろうな。
5月某日
週に1度、午後は大学で教えている。忙しい。大学の授業って案外教える側も疲れるもんだな。ていうか大学って授業長いよな、と授業をする側になってみて思った。そして今教えている子たちはもはや自分より10歳下、いわゆるZ世代なのである。Z世代を知るための本はいろいろ出ているが、そういう本を読むと、つい大学の教えている子たちを思い浮かべてしまう。
古屋星斗さんの『
なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか “ゆるい職場”時代の人材育成の科学
』(日本経済新聞出版)は、若者論でありビジネス書であるのだが、“「Z世代」は存在しない”という刺激的な見出しから始まる本である。
『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか 〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学』(古屋星斗/日本経済新聞出版)
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今の時代、叱っちゃだめなどと言われるが、かといってやさしいだけではだめで、成長している実感を与えたほうがいいんですよ、という話。そして若者論にとどまらず、組織論や職場論にもなっているところが魅力的な一冊だ。こういう本を読むたび、中間管理職って本当にきつい仕事だよな、としみじみ思う。会社勤めていた時、上司は大変だっただろうな……。お世話になりました……、すいませんでした……、と心の中でざんげ。
格差は広がるばかりだし、なかなか社会は明るいニュースが少ないけれど、それでも成長しようともがいている人はたくさんいるということだろう。別に成長なんてしなくてもいいのだが、それでも自分ができることを増やせるように明日も頑張ろう、と思うのだった。
さて、半年続いてきた本連載も、今回で終了となりました。半年間読んでくださった皆様、ありがとうございました! またどこかでお会いしましょう! これからも読む日々は続くのです。