東京とうきょうでの仕事場しごとばを兼かねて、娘むすめ夫婦ふうふと共有きょうゆうで新築しんちくした自宅じたくバルコニーで、ビールを手てに桜さくら並木なみきを眺ながめている夏樹なつき静子しずこ――。

「この土地とちを購入こうにゅうするにあたって、桜さくら並木なみきは非常ひじょうに大おおきな魅力みりょくだったんですね。目めが覚さめると桜さくらが見みえるという生活せいかつは、わたしの夢ゆめでしたから」

（「オール讀物よみもの」平成へいせい十じゅう二に年ねん＝二に〇〇〇年ねん五ご月がつ号ごう）

　腰痛ようつうで悪夢あくむのような数すう年間ねんかんをすごした後のちの、くつろいだ表情ひょうじょうが印象いんしょう的てきである。

　昭和しょうわ十じゅう三さん年ねん（一いち九きゅう三さん八はち年ねん）東京とうきょう生うまれ。慶応義塾大学けいおうぎじゅくだいがく在学ざいがく中ちゅうに書かいた「すれ違ちがった死し」が江戸川えどがわ乱歩らんぽ賞しょう候補こうほとなる。その後ご、夏樹なつきしのぶの名前なまえで小説しょうせつを発表はっぴょうするが、昭和しょうわ三さん十じゅう八はち年ねん、大学だいがく卒業そつぎょう後ごすぐに結婚けっこん。夫おっとは出光いでみつ佐三さぞうの甥おいであった。九州きゅうしゅうに移うつり住すみ、しばらく主婦しゅふ業ぎょうに専念せんねんする。しかし、長女ちょうじょ出産しゅっさん後ご、「天使てんしが消きえていく」を執筆しっぴつ。昭和しょうわ四よん十じゅう四よん年ねん、夏樹なつき静子しずこの名前なまえで再ふたたび江戸川えどがわ乱歩らんぽ賞しょうの候補こうほ作さくとなる。

　昭和しょうわ四よん十じゅう八はち年ねん、「蒸発じょうはつ」で日本にっぽん推理すいり作家さっか協会きょうかい賞しょうを受賞じゅしょう。アメリカの作家さっかエラリー・クイーンと親交しんこうがあり、有名ゆうめいな「Xの悲劇ひげき」「Yの悲劇ひげき」「Zの悲劇ひげき」のタイトルをまねた「Wの悲劇ひげき」がクイーンの了解りょうかいを得えた上うえで、昭和しょうわ五ご十じゅう七なな年ねんに出版しゅっぱんされる。作品さくひんは薬師丸やくしまるひろ子こ主演しゅえんで映画えいが化かされ大だいヒットし、以後いご、何なん度ども映像えいぞう化かされている。昭和しょうわ五ご十じゅう九きゅう年ねん、ノンフィクション「妻つまたちの反乱はんらん」がベストセラーとなる。

　平成へいせい九きゅう年ねん（一いち九きゅう九きゅう七なな年ねん）、「椅子いすがこわい　私わたしの腰痛ようつう放浪ほうろう記き」（文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう）を上梓じょうし、三さん年間ねんかんに渡わたる自みずからの腰痛ようつうの治療ちりょう体験たいけんを綴つづり、日本にっぽんで心療内科しんりょうないかが普及ふきゅうするきっかけのひとつとなったとされる。

「自分じぶんが心身しんしん症しょうに罹かか（かか）っていたということが、いまだに信しんじられないような気きがする時ときもある」　「この経験けいけんから何なにを学まなんだかと問とわれれば、私わたしはまず二ふたつのことを頭あたまに浮うかべる。いわゆる心身しんしん相関そうかん、心しんと身体しんたいがいかに密接みっせつに関かかわっているか。いまひとつは、人間にんげんの中なかには自分じぶんの知しらない自分じぶんが潜ひそんでいて、その自分じぶん（潜在せんざい意識いしき）が人間にんげん全体ぜんたいを支配しはいすることもあるということ。

　それに気きづかされるまでに私わたしは三さん年ねんかかったわけで、最もっとも自分じぶんとして認みとめにくかった自分じぶんを認みとめた瞬間しゅんかんから、治癒ちゆが始はじまったのではないだろうか」（「あとがき」より）

　平成へいせい二に十じゅう八はち年ねん三さん月がつ、心不全しんふぜんにより亡なくなる。