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新鋭・岩井圭也が渾身の力で挑む、博物学者・南方熊楠のすべて――新連載「われは熊楠」 岩井圭也「われは熊楠」#001 | ためし読み - 本の話

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新鋭・岩井圭也が渾身の力で挑む、博物学者・南方熊楠のすべて――新連載「われは熊楠」

新鋭しんえい岩井いわいけい也が渾身こんしんちからいどむ、博物学はくぶつがくしゃ南方みなかた熊楠くまぐすのすべて――しん連載れんさい「われは熊楠くまぐす

岩井いわい けい

岩井いわいけい也「われは熊楠くまぐす」#001

出典しゅってん : #WEB別冊べっさつ文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう
ジャンル : #小説しょうせつ

奇人きじん才人さいじん南方みなかた熊楠くまぐすかた言葉ことばはたくさんある。 しかしたして、かれ生涯しょうがいしてもとめたものとは一体いったいなにだったのか!? 新鋭しんえい岩井いわいけい也が渾身こんしんちからいどむ、博物学はくぶつがくしゃ南方みなかた熊楠くまぐすのすべて。

岩井いわいけい也、南方みなかた熊楠くまぐすいどむ! 博覧強記はくらんきょうき才人さいじんが、生涯しょうがいしてもとめたものとは――しん連載れんさい「われは熊楠くまぐす」にせて はこちら


だいいちしょう みどりりよくじゆ

 うたうらうらにはさわやかなかぜいていた。
 梅雨つゆ名残なごり一掃いっそうするような快晴かいせいであった。へんかたおとこなみなみ砂浜すなはまには漁網ぎょもうひろげられ、そのよこ壮年そうねん漁師りょうしけむりかんキセル使つかっている。和歌川わかがわ河口かこうかぶいもうといもやまやまには夕刻ゆうこく日差ひざしがりそそぎ、おおたからほうとうとうまばゆらしていた。
 妹背山しはいやまからまちほどの距離きょりに、ろうろうはしばしというはしかっている。きのしゅうしゆうとくとくかわがわいえたびたびところしよかうためのなりなりみちみちとして、さんじゅうすうねんまえ建造けんぞうされたものであった。ゆみなりにった石橋いしばしで、こうらんらんには湯浅ゆあさ名工めいこうによって見事みごとくもられている。
 そのくもに、みなみみなほうかたくまくまくすのきぐすはまたがっていた。
 よわいよわいじゅうかすりかすり浴衣ゆかたこしあたりにまとわりついているだけで、もろはだあらわになっていた。かたうで筋肉きんにくがり、普段ふだんからよく身体しんたい使つかっているのが一目いちもくでわかる。坊主ぼうずあたまには大粒おおつぶあせかんでいた。
 中学ちゅうがく無断むだん欠席けっせきしている。こんな晴天せいてんした校舎こうしゃじこもってくだらぬ授業じゅぎょういているなどもったいない——というのが、当人とうにんのいいぶんである。
 熊楠くまぐすはぐいっとかおちかづけ、こぼれちそうなほどいてきむかなたらいだらいのなかをつめている。そこにはうごめくいちひきかにがいた。一寸いっすんほどの身体しんたい海水かいすいひたしたてんほろびかにがには、いにおおきな右手みぎてやっとこをひょこひょことうごかしている。甲羅こうらあしくろいが、一際ひときわおおきなやっとこだけはしろまっている。このかにはつい先刻せんこく不老ふろうきょうのたもとでつかまえたばかりだった。
 やがて金盥かなだらいからかおはなした熊楠くまぐすは、腕組うでぐみをして「むう」とうなる。
 ——こいつはなにしょるんじゃ。
 かにみぎひだりへちょこまかとうごきながら、たびたびやっとこげていた。仲間なかまへの合図あいずだろうか。あるいは、かくしているのか。実際じっさいのところはわからぬが、わからぬなりに熊楠くまぐす対話たいわこころみる。
はらったか」
 びかけにおうじるように、かに右手みぎてをひょいとげた。うわは、とわらごえれる。
 ——めんおもしろしやいやっちゃ。
 むねにかゆみをおぼえ、無造作むぞうさつめてて搔く。はだ潮風しおかぜでべたついていた。このところ、連日れんじつ和歌浦わかうらふとし海岸かいがんかけているせいで、あたまてんてつあたりぺんからほぞへそのあたりまですっかりけている。
 熊楠くまぐす脳裏のうりには、いくつものこえ同時どうじいていた。
 ——ぼやぼやしてんと、はやうに採集さいしゅうぞくきせんならん。
 ——おもねあつほけぽけ。まだかにはなしとんじゃ。
 ——しお塩梅あんばい水位すいいこうたこうなっとる。ようりやん。
「もうええ、もうええ!」
 熊楠くまぐすは、勝手かってなことをせんのたまのうない声々こえごえ一喝いっかつした。ぼうりのおとこ仰天ぎょうてんしてかえったが、そんなことはかいさぬ。こめかみのあたりにぎゅっとちかられ、あつめる。そうすると、こえすこしだけちいさくなった。
「やかましわ。ちっとだまっとき」
 ぶつくさと文句もんくいながら、熊楠くまぐすかに観察かんさつ再開さいかいした。
 明治めいじじゅういちはちはちねん初夏しょかのことであった。

 あたまのなかで複数ふくすうこえわめきだすのは、いつものことだった。べつ人格じんかくというのではない。こえあるじはいずれも熊楠くまぐす自身じしんであり、声々こえごえあいだ主従しゅうじゅうべつはない。熊楠くまぐすはこの現象げんしょうに「かちどきときこえ」とをつけていた。
 記憶きおくにあるかぎり、最初さいしょにはっきりと「ときこえ」を経験けいけんしたのはじゅうねんまえだった。それまでも、おなじような現象げんしょうがなかったわけではない。ただ、言語げんご能力のうりょくいついていなかった。そのため幼時ようじ熊楠くまぐすのうないには、つねあおむらさき深紅しんくうすみどり想念そうねんがもやもやとただよっているだけであった。
 当時とうじ熊楠くまぐすさんよんさいだった。いま南方なんぽうんでいるよせよりごうあいまちまちさん番地ばんち屋敷やしき転居てんきょするまえで、徒歩とほふんほどの距離きょりにあるはしはしちょうちようまいをかまえていた。南方なんぽう家業かぎょう両替りょうがえしょうけん金物かなものだが、隣家りんかろうしょくそくやらジョウロやらをっている荒物屋あらものやであった。
 その叔母おばかれて散歩さんぽしていた熊楠くまぐすは、隣家りんか軒先のきさきひもしばられたはんふるのようなものをつけた。よくれば、その反古ほごにはべんはなえがかれ、よこには文字もじらしきものもしるされていた。そのあつみから、かみたば書籍しょせきるいであることはわかった。
 おのれうちからこる明瞭めいりょうこえいたのは、そのときであった。いろのついたけむりのようなものから、ぱっと言葉ことばまれた。
 ——あれ、しなぁ。
 いったん言葉ことばになると、いろけむりつぎからつぎへと言葉ことばわっていった。
 ——るんやから、もらいもろたらええよし。
 ——しょうない。そがなもんどうする。
 ——どうするかはもらえてからかんがえたらええ。
 突如とつじょあたまのなかではなしはじめたこえれに、熊楠くまぐすおそれおののいた。耳元みみもとすうじゅうにんどもがわめらしているような心持こころもちになり、熊楠くまぐす叔母おばはらって、両手りょうてみみいだ。それでもこええず、こえをあげてした。
「なんや、どないしたん」
 おろおろする叔母おばまえに、熊楠くまぐす軒先のきさきゆびさした。ゆびさきに、反古ほごとしかえないかみたばがあることにいた叔母おばは「もらえてきちゃろか?」とった。熊楠くまぐすきながらうなずいた。どうしてそんなものがしくなったのかわからない。ただ、内側うちがわからのこえいてはじめて、おのれ書籍しょせきしかったんや、といた。いえにも書籍しょせきがないではなかったが、自分じぶん専用せんよう書籍しょせきつのはこれがはじめてであった。
 熊楠くまぐす隣家りんかからもらった書籍しょせきかかえ、部屋へやはいってうきうきした気分きぶんひらいた。それは躑躅つつじつつじさつきつきつき品種ひんしゅ解説かいせつ、ならびに栽培さいばい方法ほうほうしるされた『さんさんはなるいるいようしゅうしゆう』であった。おさな熊楠くまぐすはまだまともに文字もじむことができなかったが、絵図えずながめているだけでむねおどった。そこにはたこともないはなしるされていた。和歌山わかやまにわではたこともない植物しょくぶつに、りょう釘付くぎづけになった。
 ——一生いっしょうかけてもようやんもんを、これいちさつれる。
 未知みち知識ちしきが、大挙たいきょしてあたまのなかにながんでくる。おさな熊楠くまぐすはそのうずなか陶然とうぜんとしていた。全身ぜんしん逆流ぎゃくりゅうするような興奮こうふんうごかされ、書物しょもつをめくった。あの声々こえごえはいつからかしずかになっていた。
 ——もらえてよかったやいて。なぁ?
 それでもしつこくこえるこえに、熊楠くまぐすは「そうやな」とこたえた。あからんだかおほんみ、ひとごとくちにする熊楠くまぐすて、とおりかかったはちさいじょうあに気味悪きみわるそうなかおをした。長男ちょうなんであるあに生来せいらい学問がくもんるいにとんと関心かんしんがないひとであった。
 以後いごたびたび、あたまのなかでこえこえるようになった。前触まえぶれのようなものはなく、ふいにわっとこえくのがつねである。ただし調子ちょうしなみはある。ひとつきなりをひそめていることもあれば、あさからばんまでがなりてることもあった。
 このこえは、熊楠くまぐす神経しんけいをずいぶんむしばんだ。なにせこえはいつも唐突とうとつあらわれ、蟬時のごとき騒音そうおんとなるのである。
 たとえば、ゆうゆう刺身さしみよるがあった。なんぎょだろう、とおもあいだもなくれいこえこえる。あぶらいてうまそうやして。こがなもんうたらはらンなかにむしく。海水浴かいすいよくつかまえたしょうさかなはなんちゅう名前なまえやったか。
「やかましい!」
 うるささにえかね、ぜんまえさけした熊楠くまぐす家族かぞくはぎょっとする。ちちはは困惑こんわくがおをしている。あにうつうつとうとうしそうに熊楠くまぐすにらむ。おさなおとうといもうと次兄じけい怒声どせいおびえおびえて始末しまつ。そこにまたこえう。はやうにめしいよし。退屈たいくつじゃのう。おちちはんのかおてみ、面白おもしろかおじゃ。
けしえちゃれ、えちゃれ!」
 ついに熊楠くまぐすのどしゃがれれるほどのいきおいで絶叫ぜっきょうし、たたみうえにひっくりかえってした。じたばたとらしたあしぜんたってひっくりかえり、わんさらちゅうう。さかなちちがくにぺたりとりつき、あに頭髪とうはつ飯粒めしつぶりそそぐ。汁物しるものぜんっかかり、はは悲鳴ひめい弟妹ていまい嗚咽おえつがこだまする。おだやかな晩餐ばんさんおもねはなさけべきようかんへと一変いっぺんする。
 このようなことが再々さいさいあり、家族かぞくからの熊楠くまぐす評価ひょうかさだまった。
熊楠くまぐすはどえらいかんかんしゃくしやくちのあばれんぼうやんちやくれや」
 熊楠くまぐす内心ないしん反発はんぱつおぼえた。たしかに、かけじょういてさけんであばれることは癇癪かんしゃくかもしれない。しかし耳元みみもとでいきなりがなりてられれば、だれでもこうなるではないか。そうかんがえつつ、熊楠くまぐすくちにはしなかった。こんなことを主張しゅちょうしたところで、だれにも理解りかいしてもらえないだろうと幼心おさなごころおもったからだ。
 そういう次第しだいで、熊楠くまぐすなにかと癇癪かんしゃくこした。寺子屋てらこや学友がくゆうはんきかけ、店先みせさきならんだなべ殴打おうだして傷物きずものにし、叔母おばおそわった謡曲ようきょくをがむしゃらにうたいながら往来おうらいあるいた。近隣きんりんひとびとから奇異きいられたが、それよりも、こえをかきすほうが熊楠くまぐすにとっては大事だいじであった。
 だがゆうおの小学校しょうがっこうはいってしばらくして、あることにいた。なにかに没頭ぼっとうしているあいだこえこえないのである。『さんはなるいしゅう』を夢中むちゅうんでいるとき。からあり行列ぎょうれつ凝視ぎょうししているとき。手習てならいに熱中ねっちゅうしているとき。おのれうちからいてくるこえはふっとえ、静寂しじまおとずれる。
 ——こいは、いかな道理どうりじゃ。
 熊楠くまぐすはこの不思議ふしぎ現象げんしょうについて、ありったけのおあたまつむ使つかってかんがえた。こえ熊楠くまぐす思考しこうすきうように、ひびく。しかし集中しゅうちゅうしているあいだは、思考しこうすきがぴたりとめられ、こえ余地よちがなくなる。つまり、常時じょうじ何事なにごとかに没頭ぼっとうしていれば、このかまびすしい声々こえごえいてこない。熊楠くまぐすはほくそえんだ。

 

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