後悔でつむぐ繭 : Karen Russellの〝Reeling for the Empire"と「逆回転」の戦略

石川 まりあ

doi:10.14943/rjgsl.15.l69

カレン・ラッセルの短篇たんぺん〝Reeling for the Empire"（2013）は，歴史れきし的てき事実じじつとファンタジーの混まじりあう，一種いっしゅ怪奇かいき的てきな作品さくひんである。舞台ぶたいは，殖産しょくさん興業こうぎょうによって近代きんだい化かを推おし進すすめる明治めいじ日本にっぽん。官制かんせいの製糸せいし工場こうじょうに集あつめられた貧まずしい少女しょうじょたちは，帝国ていこくの斡旋あっせん人じんに騙だまされて奇妙きみょうなお茶ちゃを飲のまされ，みずからの腹はらで絹糸けんしを生産せいさんする蚕かいこと人間にんげんの「あいのこ」に変身へんしんさせられてしまう。設定せっていの奇想きそう性せいをおけば，その筋立すじだて上じょうは，工場こうじょうに拘束こうそくされ搾取さくしゅされるヒロインが抵抗こうの道みちをみいだし，自由じゆうの獲得かくとくをめざすという，古典こてん的てきな主題しゅだいが目めを惹ひくかもしれない。ただし，伝統でんとう的てきなフェミニズムの枠組わくぐみを援用えんようしつつも，ラッセルは，「過去かこの選択せんたく」をめぐるより普遍ふへん的てきな問題もんだいを描えがきだしているのではないだろうか。自みずからの悲惨ひさんな境遇きょうぐうを決定けっていづけてしまった労働ろうどう契約けいやくの瞬間しゅんかんを悔くやみ，自責じせきに苦くるしむ主人公しゅじんこうキツネの姿すがたからは，取とり返かえしのつかない過去かこといかに向むかいきあって生いきていくか，という根本こんぽん的てきな主題しゅだいが浮うかび上あがる。それを考かんがえる手てがかりとなるのは，物語ものがたりの中核ちゅうかくをなす「糸繰いとくり」（reeling）のモチーフに織おりこまれた，過去かこ－現在げんざい－未来みらいの関係かんけい性せいである。女工じょこうたちが日々ひびを費ついやす糸いと繰くり作業さぎょうの一方いっぽう方向ほうこうの回転かいてん運動うんどうは，時間じかんの不ふ可逆かぎゃく性せいとリンクし，二度にどと過去かこには戻もどれないという絶望ぜつぼうを生うむ。しかし，この力学りきがくを通常つうじょうの糸繰いとくり作業さぎょうならば故障こしょうとみなされる「逆ぎゃく回転かいてん」へと反転はんてんさせたとき，「間あいだ違ちがった方向ほうこう」であるはずのその現象げんしょうこそが，過去かことの関係かんけいにおいては有効ゆうこうな生存せいぞん戦略せんりゃくとなる。キツネと仲間なかまの女工じょこうたちは，糸繰いとくりをつうじて，三みっつの過去かことの向むきあいかたを試行しこうする―􌖨過去かこの一いち点てんをひたすら反復はんぷくすること，動うごきを停止ていしさせること，そして，過去かこと現在げんざいとを往復おうふくするように絶たえず動うごきつづけること。最終さいしゅう的てきにいきつくのは，新あらたな自分じぶんへと生うまれ変かわるため，過去かこに戻もどることで前まえに進すすむむ，という特別とくべつな「糸繰いとくり」のしかたである。

後悔こうかいでつむぐ繭まゆ : Karen Russellの〝Reeling for the Empire"と「逆ぎゃく回転かいてん」の戦略せんりゃく

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