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Du Duan - Chinese Text Project
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Chinese Text Project

獨斷どくだん - Du Duan》

[Eastern Han - Three Kingdoms] 167-258 Library Resources

まきじょう

Library Resources
1 まきのぼる:
かん天子てんし正號せいごう曰「皇帝こうてい」,自稱じしょう曰「ちん」,臣民しんみんしょう曰「陛下へいか」,其言曰「せいみことのり」,史官しかん記事きじ曰「うえ」。車馬しゃば衣服いふく器械きかいひゃくぶつ曰「輿こし」,所在しょざい曰「行在所あんざいしょ」,しょきょ曰「禁中きんちゅう」,こう曰「しょうちゅう」。しるし曰「璽」,ところいたる曰「こう」,ところすすむ曰「」。其命れいいち曰「さくしょ」,曰「せいしょ」,さん曰「詔書しょうしょ」,よん曰「戒書」。

2 まきのぼる:
皇帝こうていすめらぎおうきさきみかどみなくん也。上古じょうこ天子てんし庖犧かみみのりしょうすめらぎ。堯、しゅんしょうみかどなついんしゅうしょうおうはたうけたまわしゅうまつためかん驅除くじょ以德けんさんすめらぎこうつつみみかど并以ためごうかん高祖こうそ受命じゅめい功德くどくよろしこれいん而不あらため也。

3 まきのぼる:
王者おうじゃ至尊しそんよんごう別名べつめい

4 まきのぼる:
おう,畿內これしょたたえおうゆう天下でんかしょうおう

5 まきのぼる:
天王てんのうしょなつこれしょたたえ天下てんかこれしょ往,しょう天王てんのう

6 まきのぼる:
天子てんし夷狄いてきこれしょたたえちちてんははしょう天子てんし

7 まきのぼる:
てん百官ひゃっかん小吏しょうりこれしょたたえ天子てんしそと,以天ためしょうてん

8 まきのぼる:
天子てんし正號せいごう別名べつめい

9 まきのぼる:
皇帝こうてい至尊しそんしょうすめらぎしゃ,煌也,盛德せいとく煌煌こうこうしょあきらみかどしゃたい也。能行よしゆき天道てんとうことてんしんたいしょう皇帝こうてい

10 まきのぼる:
ちんわが也。いにしえしゃ尊卑そんぴ共之ともゆき賤不いやのりどうごう義也よしや。堯曰ちん在位ざいいななじゅう。皋陶あずかみかどしゅんげん曰「ちんごとめぐみそこぎょう」。こごめげん曰「ちん皇考こうこう」,此其義也よしやいたりしん天子あまこどく以為たたえかんいん而不あらため也。

11 まきのぼる:
陛下へいかしゃ,陛階也,所由しょゆうますどう也。天子てんし必有近臣きんしんへいひね于陛がわ以戒おそれいい陛下へいかしゃ群臣ぐんしんあずか天子てんしごと敢指斥天よびざい陛下へいかしゃ而告よし卑達みこと也。上書うわがきまた如之。及群臣ぐんしん庶相あずかげん曰殿ごう執事しつじぞくみな此類也。

12 まきのぼる:
うえしゃみこと所在しょざい也。たいれい司馬しば記事きじとうげんみかどそくたがえただし言上ごんじょう敢渫瀆言尊號そんごう尊王そんのう義也よしや

13 まきのぼる:
輿こし于律。りつ曰「敢盜じょう輿こしふく御物ぎょもつ。」いい天子てんししょふくしょくしゃ也。天子てんし至尊しそん敢渫瀆言たく于乘輿こしじょうなお也,輿こしなおくるま也。天子てんし以天ため以京宮室きゅうしつためつねしょのりとう乘車じょうしゃ輿こし以行天下でんか群臣ぐんしんたくじょう輿こし以言あるいいくるま

14 まきのぼる:
天子てんしいい曰行在所ざいしょなおげんこん雖在京師けいしくだりしょいたりみみめぐかり天下でんかしょそうごとしょみなためみや在京ざいきょう曰奏長安ながやすみやざい泰山たいざんそく曰奏たてまつ高宮たかみやただ當時とうじ所在しょざいある朝廷ちょうていまたたがえ尊者そんじゃしょれん朝廷ちょうてい以言也。親近しんきん侍從じじゅうかんしょう曰大百官ひゃっかん小吏しょうりしょう曰天

15 まきのぼる:
禁中きんちゅうしゃ門戶もんどゆうきんさむらい御者ぎょしゃとくいれ曰禁ちゅうこうもと皇后こうごうちちだい司馬しば陽平ようへいこうめいきん當時とうじ避之,曰省ちゅういまむべあらためとげ無言むごんこれしゃ

16 まきのぼる:
璽者,しるし也;しるししゃ信也しんや天子てんし璽以だま螭虎ひもいにしえしゃ尊卑そんぴ共之ともゆき。《つきれい》曰:「かたふう璽。」《春秋しゅんじゅうひだりでん》曰:「魯襄こうざいすわえ武子たけし使おおやけ冶問,璽書つい而與。」此諸こう大夫たいふしるししょう璽者也。まもるひろし曰:「はた以前いぜんみんみな以金だまためしるし龍虎りゅうこひもただ其所このみしかのりしん以來いらい天子てんしどく以印しょう璽,またどく以玉,群臣ぐんしん莫敢よう也。」

17 まきのぼる:
こうしゃむべ幸也ゆきや世俗せぞくいいこうため僥倖ぎょうこうくるましょいたり臣民しんみん其德さわ僥倖ぎょうこう幸也ゆきや先帝せんてい故事こじしょいたり見長みながさんろうかんぞく親臨しんりんのき作樂さくらたまものしょく皁帛えつはばがたな珮帶,みん爵有級數きゅうすうあるたまもの田租でんそはんいいこうみな其所とうとく而得おうなかにん曰:「君子くんしこう而有不幸ふこう小人こどもゆうこう而無不幸ふこう。」《春秋しゅんじゅうでん》曰:「みん多幸たこう國之くにゆき幸也ゆきや。」げんみんしょ不當ふとういいこうしかのりじんしゅ必慎しょ幸也ゆきや御者ぎょしゃ進也しんや,凡衣ふく于身、飲食いんしょくにゅう于口、わらわせっ于寢,みな曰御。親愛しんあいしゃみな曰幸。

18 まきのぼる:
さくしょさくしゃ,簡也。《れい》曰:「不滿ふまんひゃくたけしょ于策。」其制ちょうしゃくたんしゃはん,其次一長一短いっちょういったんりょうへん坿篆しょおこり年月日ねんがっぴしょう皇帝こうてい曰,以命諸侯しょこうおう三公みつきみ,其諸こうおう三公みつきみ薨于しゃまた以策しょ誄謚其行而賜,如諸こうこれさく三公みつきみ以罪まぬかれまたたまものさくぶんたい如上じょじょうさく,而隸しょ以尺,一木いちき兩行りょうこうただ此為ことしゃ也。

19 まきのぼる:
せいしょみかどしゃ制度せいどいのち也,其文曰制みことのり三公みつきみ赦令、贖令ぞく是也これや刺史しし太守たいしゅしょう劾奏さる下上しもかみ遷書ぶんまた如之,其徵ためきゅうきょうわか遷京近臣きんしんそくげんかんげん姓名せいめい,其免わかとくざいせい。凡制しょ有印ゆういん使遠近えんきんみな璽封,尚書しょうしょれいしるしじゅうふうじただ赦令、贖令召三公詣朝堂受制書,つかさしるしふう布下ぬのしたしゅうぐん

20 まきのぼる:
詔書しょうしょしゃみことのり誥也,ゆうさんひん。其文曰:つげぼうかんかん故事こじため詔書しょうしょ群臣ぐんしんゆうしょ奏請そうせい尚書しょうしょれいそうしもゆうせい曰:天子てんし荅之曰「」。わかしたぼうかん云云うんぬんまた曰昭しょ群臣ぐんしんゆうしょ奏請そうせい尚書しょうしょれいそうせいのり荅曰「やめそう」,如書本官ほんかんしょとういたりまた曰詔。

21 まきのぼる:
戒書,戒敕刺史しし太守たいしゅさんへん營官,敕文曰有みことのり敕某かんため戒敕也。みなめい此為さくしょしつとお矣。

22 まきのぼる:
群臣ぐんしん上書うわがき天子てんししゃゆうよんめいいち曰章,曰奏,さん曰表,よん曰駮

23 まきのぼる:
あきらしゃ,需頭,しょう稽首上書うわがき謝恩しゃおんひねごとまい闕通しゃ也。

24 まきのぼる:
奏者そうしゃまた需頭,其京かんただしげん稽首,しもげん稽首以聞,其中有ちゅううしょ請若ざいほう劾案おおやけおくだい公卿くぎょうこうじょうおく謁者だい也。

25 まきのぼる:
ひょうしゃ需頭,うえげんしんぼうげんしもげんしんぼうまこと惶誠おそれ頓首とんしゅ頓首とんしゅ死罪しざい死罪しざいひだりかた坿曰ぼうかんしんぼうかぶとじょうぶん多用たようへん兩行りょうこうぶんしょうぎょうまい尚書しょうしょどおりしゃ也。公卿くぎょうこうじょうしょしょう不言ふげんせい大夫たいふ以下いかゆう同姓どうせいかんべつしゃげんせいしょう曰報聞,公卿くぎょう使謁者はた大夫たいふ以下いかいたり吏民尚書しょうしょひだりすすむ奏聞そうもんほうおもてぶんほうやめそう如書。凡章ひょうみなけいふうじ,其言密事みつじとく皁囊もり。其有うたぐこと公卿くぎょう百官ひゃっかん會議かいぎわか臺閣たいかくゆうしょせいしょ而獨しゃ曰駮。駮議曰某かんぼうかぶと以為如是にょぜしもげんしん戇議こと,其非駮議,不言ふげんこと,其合于上意じょういしゃぶんほう曰某かんぼうかぶと

26 まきのぼる:
かんうけたまわしんほう群臣ぐんしん上書うわがきみなげん昧死ごとおう莽盜,慕古ほう昧死,曰稽くび光武みつたけいん而不あらため朝臣あそん曰稽くび頓首とんしゅ朝臣あそん曰稽くび再拜さいはい公卿くぎょうさむらいちゅう尚書しょうしょころも帛而あさ朝臣あそんしょ營校じょうはた大夫たいふ以下いかまたため朝臣あそん

27 まきのぼる:
王者おうじゃ臨撫別名べつめい天子てんし兆民ちょうみん諸侯しょこう萬民ばんみん,百乘之家曰百姓。

28 まきのぼる:
天子てんししょ曰京きょうみず也,地下ちか眾者莫過于水,地上ちじょう眾者莫過于人,きょうだい、眾也,曰京也。

29 まきのぼる:
京師けいし天子てんし畿內千里せんりぞう日月じつげつ日月じつげつ躔次千里せんり

30 まきのぼる:
天子てんし命令めいれい別名べつめいいち曰命,曰令,さん曰政。

31 まきのぼる:
天子てんしちちごとてんははごと兄事けいじ,姊事がつつね以春ぶん朝日あさひ于東もんそとしめせゆうしょみことくんじん民事みんじくん道也みちやあきゆう朝月あさつき于西もんそとべつ陰陽いんよう義也よしや

32 まきのぼる:
天子てんしちちごとさんろうしゃてきなり天地人てんちじん也。兄事けいじ五更ごこうしゃくんひん也。さらしゃちょう也,さらしょうだいいたり也。のう以善どうあらためさらおのれ也。またさんろうろういい久也ひさやきゅう也、ことぶき也,みなくびつま男女だんじょかんしゃいにしえしゃ天子てんしおや袒割牲,醬而饋,さん公設こうせつ几,きゅうきょうせいくつ使者ししゃやすしゃ輭輪送迎そうげい而至其家,天子あまこどくはい于屏,其明だん三老詣闕謝,以其れいあつ也。また五更ごこうあるため叟,叟、ろうたたえ與三よぞうろうどう義也よしや

33 まきのぼる:
さんだいたて正之まさゆき別名べつめいなつじゅうさんがつためただしじゅうすんためじゃくりつ中大ちゅうだいまぶしげん萬物始蔟而生,以為正也まさや

34 まきのぼる:
いんじゅうがつためただしきゅうすんためじゃくりつちゅう大呂おおろげん陰氣いんき大勝たいしょうじょ鍾宣萬物ばんぶつせい以為正也まさや

35 まきのぼる:
しゅうじゅういちがつためただしはちすんためじゃくりつちゅう鍾,げん陽氣ようきかかと黃泉よみ而出,以為正也まさや

36 まきのぼる:
さんだいねん歲之としゆき別名べつめいからおそれ曰載,とし也,げん一歲莫不覆載,曰載也。なつ曰歲,いち曰稔也。しょう曰祀,しゅう曰年。

37 まきのぼる:
閏月じゅんげつしゃ所以ゆえん小月おづきこれげん,以正としすうさんねんいちうるうねんさいうるう

38 まきのぼる:
天子てんし諸侯しょこう后妃こうひ夫人ふじん別名べつめい天子てんしきの曰后,きさきげん也。諸侯しょこうこれ曰夫じんおっとげん扶也。大夫たいふ曰孺じん,孺之げんぞく也。婦人ふじんげんふく也。庶人曰妻,つまげんひとし也。おおやけこう有夫ゆうふじんゆうゆうつまゆうわらわ皇后こうごうあか綬玉璽,貴人きじん緺綟きんしるし,緺綟しょくみどり

39 まきのぼる:
天子てんしきさきりつろくみや別名べつめいさん夫人ふじんみかど嚳有よん以象后妃こうひよんほし,其一あかりしゃため正妃せいひさんしゃ為次ためじ也。きゅう嬪、なつきさきぞうさんさん而九,ごうじゅうにん春秋しゅんじゅう天子てんしいちじゅうなつせい也。じゅうななせいいんじんまたぞうさんきゅうじゅうななごうさんじゅうきゅうにんはちじゅういちおんなしゅうじんじょうほうみかど嚳正またきゅうきゅうためはちじゅういちぞうごうひゃくじゅうにん也。天子てんしいちじゅうじょぞうじゅうがつさん夫人ふじんきゅう嬪。諸侯しょこういちきゅうじょぞう九州きゅうしゅういちつまはちわらわきょう大夫たいふいちつまわらわいちつまいちわらわ

40 まきのぼる:
王者おうじゃ子女しじょふう邑之みかどじょ曰公ぬし諸侯しょこうみかど姊妹曰長公主こうしゅ諸侯しょこうおう異姓いせい婦女ふじょ恩澤おんたくふうしゃ曰君,ちょう公主こうしゅ

41 まきのぼる:
天子てんし諸侯しょこう宗廟そうびょう別名べつめいひだり宗廟そうびょうひがし曰左,みかど牲牢さんがつ在外ざいがいろういちがつ在中ざいちゅうろういちがつざいあかりろういちがついいきんあかりどう也。三月さんがつ一時已足肥矣,徙之さんがつしめせ其潔也。みぎ社稷しゃしょく西にし曰右,宗廟そうびょう社稷しゃしょくみな在庫ざいこもん內、雉門そと天子てんし三昭三穆與太祖之廟七,ななびょういちだんいち墠,曰考びょう皇考こうこうびょうあらわこうびょうこうびょう皆月みなづきさい諸侯しょこう二昭二穆與太祖之廟五。びょういちだんいち墠,曰考びょうおうこうびょう皇考こうこうびょう皆月みなづきさい

42 まきのぼる:
大夫たいふ以下いかびょう別名べつめい大夫たいふ一昭一穆與太祖之廟三,さんびょういちだんこうびょうおうこうびょうよんさい也。いちびょうくだ大夫たいふ也。上士じょうしびょういちだんこうびょうおうこうびょうまたよんさい而已。自立じりつ二祀曰門曰行。下士かしいちびょう曰考びょうおうこうびょう而祭所謂いわゆるしょう曰廟しゃ也,またたてまつあずか上士じょうしどう以下いかゆう爵命,ごうため庶人,及庶じんみなびょうよんさい于寢也。

43 まきのぼる:
しゅう文武ぶんぶため祧,よんさい而已。祧為だんだんため墠,ゆう禱焉,さい禱乃どめ墠曰おにだんいいちくおこりどう,墠謂ちく而無屋者やじゃ也。

44 まきのぼる:
こも考妣こうひ于適これしょまつりはるこもにらたまごなつこもむぎぎょあきこもきびぶたふゆこもいねかりせい無常むじょう牲,あずかしん物相もっそうむべ而已。

45 まきのぼる:
天子てんしむねしゃ曰泰しゃ天子てんし所為しょいぐんせいりつしゃ也。天子てんししゃ曰王しゃいち曰帝しゃいにしえしゃゆういのち將行まさゆき,必于此社授以せい。《尚書しょうしょ》曰:「用命ようめいしょう于祖,用命ようめい戮于しゃ。」

46 まきのぼる:
諸侯しょこうため百姓立社曰國社,諸侯しょこうしゃ曰侯しゃ

47 まきのぼる:
亡國ぼうこくしゃいにしえしゃ天子てんしまた亡國ぼうこくしゃ以分諸侯しょこう使つかいためしゃ以自儆戒,掩其上使じょうし不通ふつうてんしば其下使不通ふつうあずか天地てんちぜっ也,めん北向きたむきかげしめせ滅亡めつぼう也。

48 まきのぼる:
大夫たいふ以下いかなりぐんりつしゃ曰置しゃ大夫たいふとく特立とくりつしゃあずか民族みんぞく百姓ひゃくしょう以上いじょうのりどもいちしゃいまさとしゃ是也これや天子てんし社稷しゃしょくだんかたこうたけ諸侯しょこうはん

49 まきのぼる:
天子てんし社稷しゃしょくみなふとしろう諸侯しょこう社稷しゃしょくみなしょうろう

50 まきのぼる:
天子てんしためぐんせいりつななまつこれ別名べつめい:曰司いのち、曰中霤、曰國ぎょう、曰國もん、曰泰厲、曰戶、曰竈。

51 まきのぼる:
諸侯しょこうため國立こくりつまつこれ別名べつめい:曰司いのち、曰中霤、曰國もん、曰國ぎょう、曰公厲。

52 まきのぼる:
大夫たいふ以下いか自立じりつさんまつこれ別名べつめい:曰族厲、曰門、曰行。

53 まきのぼる:
まつこれ別名べつめいもんあきためしょうかげ,其氣おさむなりまつこれ于門。まつもんれい北面ほくめんしつらえしゅ于門ひだりくるるはるためしょう,其氣はじめ出生しゅっしょうやしなえまつこれ于戶。まつれい南面なんめんしつらえしゅ于門內之西行さいぎょうふゆため太陰たいいんもりさむためみずまつこれ于行,ざいびょう門外もんがい西にし,拔壤あつしゃくこうしゃくよんしゃく北面ほくめんしつらえしゅ于拔じょうかまどなつため太陽たいよう,其氣ちょうやしなえまつこれ于竈。まつかまどれいざいびょう門外もんがいひがし先帝せんてい于門奧西おくにしひがししつらえしゅ于竈陘也。ちゅう霤:季夏きかこれがつ土氣つちけはじめもり,其祀ちゅう霤,霤神在室ざいしつまつちゅう霤,しつらえしゅ于牖也。

54 まきのぼる:
方正ほうせいしん別名べつめい東方とうほうかみ,其帝ふとひろし,其神すすき南方なんぽうかみ,其帝かみみのり,其神祝融しゅくゆう西方せいほうかみ,其帝しょうひろし,其神蓐收。北方ほっぽうかみ,其帝顓頊,其神げんめい中央ちゅうおうかみ,其帝みかど,其神きさき

55 まきのぼる:
ろくかみ別名べつめい風伯ふうはくしんほし也,其象在天ざいてんのうきょうふう雨師あめししん、畢星也,其象在天ざいてんのうきょう明星みょうじょうしんいち曰靈ぼし,其象在天ざいてんきゅうせつ曰:れいぼし火星かせい也,いち曰龍ぼしため天田あまだ,厲山ばしら及后きびのうふえひゃくこく以利天下でんかほこら此三神以報其功也。《漢書かんしょしょうだかみかどねんはつおけれいかんほこらきさきほこらざいみずのえ

56 まきのぼる:
しゃしんぶたどもこう龍也たつや能平のっぺいすいみかど顓頊舉以ためただし天下てんかよりゆき其功,堯祠以為しゃ。凡樹しゃしゃよくれい萬民加肅敬也,かく以其しょむべこれ以名其社及其ざいきびしんぶた厲山ばしら也,はしらのうふえひゃくこくみかど顓頊舉以為田ためだただし天下てんかよりゆき其功。しゅう棄亦播殖ひゃくこく,以稷五穀之長也,いん以稷めい其神也。しゃきび二神にかみいさおどうどうどうべつだん,俱在くらい土地とち廣博こうはく不可ふか徧覆,ふう社稷しゃしょくこれしゃ,必受しも以達天地てんちこれしゃみこと而表使つかいじん望見ぼうけんそく畏敬いけい也。

57 まきのぼる:
さき農神のうじんさきのうしゃぶたしんのうかみかみ農作のうさく耒耜,きょうみんこうのういたりしょうひろしこれせいおけ九農之官如左。

58 まきのぼる:
はる扈氏のうただしおもむきみんこうしゅなつ扈氏のうただしおもむき民芸みんげいじょあき扈氏のうただしおもむきみん收斂しゅうれんふゆ扈氏のうただしおもむきみんぶたぞうとげ扈氏のうただしつねいいかやいち曰掌じんひゃくはてくだり扈氏のうただしひるためみんとりよい扈氏のうただしよるためみんししくわ扈氏のうただしおもむきみん養蠶ようさんろう扈氏のうただしおもむきみんおさむむぎ

59 まきのぼる:
疫神:みかど顓頊ゆうさんなま而亡ためおに,其一しゃきょすいため瘟鬼;其一しゃきょ若水わかみずため魍魎もうりょう;其一者居人宮室樞隅處,ぜんおどろき小兒しょうに。于是いのちかたしょう黃金おうごんよんもくこうむ以熊がわげんころもしゅほこあげだてつね以歲竟じゅう二月從百隸及童兒,而時儺以さく宮中きゅうちゅう,敺疫おに也。ももとげだんしゃ以赤まる,五穀播灑之以除疫殃,やめ而立じりつももじんあしさく,儋牙とらしん荼、うつるい以執,儋牙とらしん荼、うつるい二神海中有度朔之山,うえゆう桃木もものきわだかまこごめさん千里せんり卑枝,東北とうほくゆう鬼門きもんまんおにしょ出入でいり也。かみ荼與うつるい神居かむい其門,しゅ閱領しょおに,其惡がいおに以葦さくしょくとらじゅうがつとし竟,つね以先臘之よる逐除也,乃畫荼壘并懸あしさく門戶もんこ以禦きょう也。

60 まきのぼる:
よんだいたたえ臘之別名べつめいなつ曰嘉ひらめいん曰清まつしゅう曰大蜡,かん曰臘。

61 まきのぼる:
五帝臘祖之別名:あおみかど以未臘卯あかみかど以戍臘午しろみかど以丑臘卯くろみかど以辰臘子みかど以辰臘未

62 まきのぼる:
天子てんしだい蜡八しん別名べつめい:蜡之げんさく也,祭日さいじつさく此八神而祭之也。大同小異だいどうしょういため位相いそう對向たいこうしゅく曰,はん其宅,みず其壑,昆蟲こんちゅう毋作,豐年ほうねんわかうえさいせんひゃく

63 まきのぼる:
さき嗇、つかさ嗇、のう、郵表なわて、貓虎、ぼうみずいさお昆蟲こんちゅう

64 まきのぼる:
まつこれ別名べつめいほうほどこせ于民そくまつ,以死つとむことそくまつ,以勞定國さだくにそくまつのう禦大わざわいそくまつのう扞大患則まつ

65 まきのぼる:
ろくごう別名べつめいかみごうみこと其名さらため美稱びしょうわか曰皇てん上帝じょうてい也。おにごうわか皇祖こうそはくぼう,祇號わか曰后土地とち祇也。牲號、うしいちげん大武おおたけひつじ曰柔ぞく也。ひとしごうきび曰薌あいりょう曰香萁之ぞく也。ぬさごうたま曰嘉だまぬさ曰量ぬさぞく也。

66 まきのぼる:
凡祭宗廟そうびょうれい牲之別名べつめいうしいちげん大武おおたけいのこ曰剛たてがみぶた曰腯こえひつじ曰柔,雞曰翰音,いぬ曰羹けんじ,雉曰疏趾,うさぎ曰明

67 まきのぼる:
凡祭ごう牲物于人しゃ所以ゆえんみこと鬼神きじん也。脯曰いんさい,槀魚曰商さい鮮魚せんぎょ曰脡さいみず曰清滌,さけ曰清しゃくきび曰薌あいりょう曰香萁,いね曰嘉疏,しお曰鹹鹺,たま曰嘉だまぬさ曰量ぬさ

68 まきのぼる:
ふとししゅくてのひらろくしゅくじゅんしゅくねがい豐年ほうねん也,ねんしゅくもとめなが也,つげしゅくいのりぶくさち也,しゅく、弭災へい也,みずしゅくぎゃく時雨しぐれやすしふうひでり也,さくしゅくとおざいびょう也。

69 まきのぼる:
宗廟そうびょうしょ別名べつめい:《きよしびょう》、一章いっしょうはちらく既成きせい諸侯しょこう朝見ちょうけんむねまつぶんおうこれしょ也。《維天いのち》、一章いっしょうはちつげ太平たいへい于文おうこれしょ也。《維清》、一章いっしょうそうぞう武之たけゆきしょ也。《れつぶん》、一章いっしょうじゅうさんなりおうそくせい諸侯しょこう助祭じょさいこれしょ也。《てんさく》、一章いっしょうななしゅくさき王公おうこうこれしょ也。《ひろしてんゆうなりいのち》、一章いっしょうなな,郊祀天地てんちこれしょ也。《わがしょう》、一章いっしょうじゅうまつぶんおう于明どうこれしょ也。《とき邁》、一章いっしょうじゅうじゅんもり告祭こくさいしばのぞむこれしょ也。《きおい》、一章いっしょうじゅうよんまつたけおうこれしょ也。《おもえぶん》、一章いっしょうはちまつきさききびはいてんこれしょ也。《しんこう》、一章いっしょうじゅう諸侯しょこう助祭じょさいこれ于廟これしょ也。《噫嘻》、一章いっしょうはちはるなついのりこく上帝じょうていこれしょ也。《さぎ》、一章いっしょうはち,二王之後來助祭之所歌也。《豐年ほうねん》、一章いっしょうなな,烝嘗秋冬あきふゆこれしょ也。《ゆう瞽》、一章いっしょうじゅうさんはじめ作樂さくらごうしょらく而奏これしょ也。《せん》、一章いっしょうろく季冬きとうこもぎょはるけんじまぐろこれしょ也。《雍》、一章いっしょうじゅうろく,禘太これしょ也。《》、一章いっしょうじゅうよんしょほうはじめ于武おうびょうこれしょ也。《ゆうきゃく》、一章いっしょうじゅうさんほろ來見くるみ祖廟そびょうこれしょ也。《たけ》、一章いっしょうななそう大武おおたけあまねたけ所定しょてい一代之樂之所歌也。《閔予しょう》、一章いっしょうじゅういちなりおうじょおうはたはじめそくせいあさ于廟これしょ也。《おとずれ落》、一章いっしょうじゅうなりおうはかりごとせい于廟これしょ也。《敬之たかゆき》、一章いっしょうじゅう群臣ぐんしんしん戒嗣おうこれしょ也。《しょう毖》、一章いっしょうはち,嗣王もとめ忠臣ちゅうしんすけおのれこれしょ也。《芟》、一章いっしょうさんじゅういちはる耤田いのり社稷しゃしょくこれしょ也。《りょう耜》、一章いっしょうじゅうさんあきほう社稷しゃしょくこれしょ也。《いところも》、一章いっしょうきゅう,繹賓しかばねこれしょ也。《しゃく》、一章いっしょうきゅうつげなり大武おおだけげんのうしゃく先祖せんぞみち以養天下でんかこれしょ也。《桓》、一章いっしょうきゅうさいこうたけるい禡之しょ也。《賚》、一章いっしょうろくだいふう于廟、たまもの有德うとくこれしょ也。《般》、一章いっしょうななじゅんかりまつよんだけかわうみこれしょ也。みぎさんじゅういちしょうみな天子てんし禮樂れいがく也。

70 まきのぼる:
五等爵ごとうしゃく別名べつめい三公みつきみしゃ天子てんしあいしょうじょ也,じょ天下でんか,其地方ちほうひゃくさとほうしゃこう也,逆順ぎゃくじゅん也,其地方ちほうひゃくさとはくしゃ白也はくや明白めいはく于德,其地方ちほうななじゅうさとしゃしげる也,奉天ほうてんおうおんとく,其地方ちほうじゅうさとおとこしゃにん也,たて功業こうぎょう以化みん,其地方ちほうじゅうさと

71 まきのぼる:
もりしゃはたおけ也。はたけん天下てんかおけさん川守かわもりかわらく也。かんあらため曰河みなみもりたけみかどかい太守たいしゅせい河陽かわようあらため曰正。

72 まきのぼる:
諸侯しょこう大小だいしょう諸侯しょこうおう皇子おうじふうため王者おうじゃしょう曰諸こうおうてっこう群臣ぐんしん異姓いせい有功ゆうこうふうしゃしょう曰徹こう。避武みかどいみなあらため曰通こうある曰列こう也。ちょうこう諸侯しょこう有功ゆうこうとくしゃ天子てんし特命とくめい為朝ためともこうしょきょう

73 まきのぼる:
王者おうじゃこう耤田別名べつめい天子てんしさん推,さんおおやけ推,きょう諸侯しょこうきゅう推。

74 まきのぼる:
さんだい學校がっこう別名べつめいなつ曰校,いん曰序,しゅう曰庠,天子てんし曰辟雍,いい流水りゅうすいよんめん如璧,以節かんしゃ諸侯しょこう曰頖みや,頖、げんはん也,また如上じょじょう

75 まきのぼる:
みかどさんだいらく別名べつめいみかど曰《くももん》,顓頊曰《ろくくき》,みかど嚳曰《えい》,堯曰《咸池》,しゅん曰《だい韶》,いち曰《だい招》,なつ曰《だいなつ》,いん曰《だい濩》,しゅう曰《大武おおたけ》。天子てんしはち佾,はちはちろくじゅうよんにんはちしゃぞうはちふう所以ゆえん風化ふうか天下でんか也。おおやけらくろく佾》,ぞうろくりつ也。ほうらくよん佾》,ぞうよん也。

76 まきのぼる:
ちょうきょうあさほうひだりきゅうとげきょう大夫たいふ也,群臣ぐんしんざい其後。みぎきゅうとげおおやけこうはくおとこ也,ぐん吏在其後。さんえんじゅ、三公之位也,しゅうちょう眾庶ざい其後。

77 まきのぼる:
よんだいごく別名べつめいからおそれ曰士かん,《史記しき》曰皋すえため,《尚書しょうしょ》曰皋すえさくなつ曰均だいしゅう囹圄れいごかん曰獄。

78 まきのぼる:
よんえびすらく別名べつめい王者おうじゃ必作四夷之樂以定天下之歡心,祭神さいじん明和めいわ而歌,以管らく為之ためゆきごえ東方とうほう曰韎,南方みなかた曰任,西方せいほう曰侏はなれ北方ほっぽう曰禁。

まき

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1 まき:
えき》曰:「みかど乎震。」ふるえしゃ也,げん虙犧はじめ以木德王とくおう天下でんか也。せい虙犧歾,かみみのり以火とくまましこれ生土いきどかみみのり歾,みかど以土とくまましこれ土生はぶきんみかど歾,しょうひろし以金とくまましこれきむ生水なまみずしょうひろし歾,顓頊以水とくまましこれ水生すいせい顓頊歾,みかど嚳氏以木とくまましこれせいみかど嚳氏歾,みかど堯氏以火とくまましこれ生土いきどみかどしゅん以土とくまましこれ土生はぶきんなつ禹氏以金とくまましこれきむ生水なまみずいん以水とくまましこれ水生すいせいしゅうたけし以木とくまましこれせい高祖こうそ以火とくまましこれ

2 まき:
虙犧ためふとひろしほのおみかどためかみみのりみかどためのきながえしょうひろしためきむたかし,顓頊ためだかようみかど嚳為だかからしみかど堯為すえとうみかどしゅんためゆうおそれなつ禹為なつきさきためいんしょうたけおうためしゅう高祖こうそためかんこうみかどめぐみみかどりょきさき攝政せっしょうぶんみかどけいみかどたけみかどあきらみかどせんみかどもとみかどなりみかどあいみかどひらみかどおう莽、ひじりこう光武みつたけあきらみかどあきらみかどかずみかど、殤帝、やすみかどじゅんみかどおきみかどしつみかど、桓帝、れいみかどしたがえだかみかどいたり桓帝,さんひゃくはちじゅうろくねんじょおう莽、りゅうきよしおおやけさんひゃくろくじゅうろくねんしたがえ高祖こうそ乙未おとみいたりこんみずのえとしよんひゃくいちじゅうねんりょきさきおう莽不いれすうこうみかど以甲うまとし即位そくい,以乙ためもと

3 まき:
みかど嫡妃曰皇后こうごうみかどはは皇太后こうたいごうみかど祖母そぼ曰太皇太后こうたいごう,其眾ごうみな如帝しょうはたかん以來いらいしょうみかど即位そくいきさきだい攝政せっしょうしょう皇太后こうたいごうみことのり不言ふげんせいかんきょうめぐみみかどくずれしょうみかどひろりつふとしきさき攝政せっしょうあいみかどくずれひらみかどようこうもとおう皇后こうごう以太皇太后こうたいごう攝政せっしょうみかどくずれ,殤帝くずれやすみかどようかず憙鄧皇后こうごう攝政せっしょうこうじゅんくずれおきみかどしつみかど、桓帝みなようじゅんれつはりきさき攝政せっしょう。桓帝くずれ今上きんじょう即位そくい,桓思竇后攝政せっしょうきさき攝政せっしょうそくきさき臨前殿どのあさ群臣ぐんしんきさき東面とうめんしょうみかど西にしめん群臣ぐんしんそうごと上書うわがきみなためりょうつう,一詣太后,いちまいしょうみかど一世いっせいせいさんせいよんせいせいろくせいななせいはちせいきゅうせいじゅうせいじゅういちせいじゅうせいじゅうさんせいじゅうよんせいじゅうせいじゅうろくせい

4 まき:
ぶんみかどおとうと雖在さんれい兄弟きょうだいあいためぶんみかどそく高祖こうそ,于惠みかど兄弟きょうだい也,不為ふためめぐみみかど而為おとうとせんみかどおとうと次昭つぐあきみかど皇孫こうそん之子ゆきこ,于昭みかどためけいまご以係とくじょうあずかちちひとしためななせい光武みつたけ雖在じゅう,于父子ふしつぎ,于成みかどため兄弟きょうだいため于哀みかどためしょちち,于平みかどため父祖ふそみな不可ふか為之ためゆきうえいたるもとみかど光武みつたけためちちうえまましもとみかど而為きゅうせいかわ》曰赤,きゅうせいかいあきらいいこう武也たけやじゅうせい以光,いいこう明也あきやじゅういち以興,いい孝章たかあき也。なり雖在きゅうあい雖在じゅうひら雖在じゅういちしょう

5 まき:
宗廟そうびょうこれせい古學こがく以為じんくんぜんゆうあさこうゆうおわりそくまえせいびょう以象あさせい以象びょう以藏ぬしれつあきらきよしゆう衣冠いかん几杖,ぞうせいそういいみや。《つきれい》曰:「さきこもびょう。」《うん:「おおやけこうみや。」《頌》曰:「びょう奕奕。」げんしょうれん也,みな文也ふみやはかさいいたりはたはじめすめらぎ起居ききょ于墓がわかんいん而不あらためこんりょうじょうしょう寢殿しんでんゆう起居ききょ衣冠いかんぞうせい備,みな也。きょ西都さいとこうみかど以下いかまいみかどかくべつりつびょうがつ備法ゆう衣冠いかんまた未定みてい迭毀れいもとみかど丞相じょうしょうただし衡、大夫たいふみつぎ禹乃以經しょただしやめゆう衣冠いかん,毀先帝せんていおやつきびょうこうみかどためふとし孝文たかふみためふとそうこうたけためむねこうせんためちゅうむね祖宗そそうびょうみな世世よよたてまつほこら,其餘めぐみけい以下いかみな毀,ねん而稱いんさいなおいにしえ禘祫也,いんさいそく及諸毀廟,いんさいそく祖宗そそう而已。光武みつたけ中興ちゅうこう洛陽らくよう,乃合高祖こうそ以下いかいたりひらみかどためいちびょうぞうじゅういちみかどぬし于其ちゅうもとみかど光武みつたけため禰,雖非むね而不毀也。後嗣こうし遵承,とげつね奉祀ほうし光武みつたけ舉天以再受命じゅめいふくかん祚,さらおこりびょうしょう孝明たかあき臨崩のこみことのり遵儉毋起びょう藏主くらぬし于世祖廟そびょう孝章たかあき敢違,遵承藏主くらぬし于世祖廟そびょうみな如孝あかりれい,而園りょうみなおこりびょう孝明たかあき曰顯むね孝章たかあき曰肅むねかかとまえ孝和こうわ曰穆むね孝安たかやす曰恭むねこうじゅん曰敬むねこう桓曰むねただ殤、おきしつさんしょうみかどみな以未踰年而崩,れつ宗廟そうびょう。四時就陵上祭寢而已。こん洛陽らくようしょりょうみな以晦もち二十四氣にじゅうしきふくしゃ臘及よんじょうめし大官たいかんおくようえんれいしょくかんてんしょう其親りょうしょ宮人みやびとずいまくらたらいすいちんいわお天子てんし正月しょうがつ五日畢供後上原陵,以次しゅう徧,公卿くぎょう百官ひゃっかんみなしたがえ四姓しせいしょうこう諸侯しょこう,凡與先帝せんていさききさきゆうふりかずらしゃ,及諸こうおう大夫だいぶぐんこくけい吏、匈奴きょうどあさしゃ西にし國侍くにざむらいみなかい尚書しょうしょかんぞく,陛西じょ先帝せんてい神座かんざこう大夫たいふけい吏皆とう軒下のきしたうらない其郡こく四方しほうわざわいことよくみな使先帝せんていたましいかみ聞之,とげ于親りょうかくたまものけい吏而遣正月しょうがつ上丁うえていほこら南郊なんこうれい畢,北郊ほっこうあかりどうこう祖廟そびょう祖廟そびょういいきょうきょう畢,以次じょうりょう也。四時宗廟用牲十八太牢,みなゆうふくせがれ西にしびょう五主ごぬしこうみかどぶんみかどたけみかどせんみかどもとみかど也。こうみかどため高祖こうそぶんみかどためふとそうたけみかどためむねせんみかどためちゅうむね,其廟みな毀。こうもとこううすとう毀,光武みつたけふく天下でんかぞくおとうと于元みかどため,以元みかどため禰廟,れつ祖宗そそう後嗣こうしいんうけたまわとげ毀也。

6 まき:
ひがしびょうななぬし光武みつたけあきらみかどあきらみかどかずみかどやすみかどじゅんみかど、桓帝也。光武みつたけためあきらみかどため顯宗けんそうあきらみかどため肅宗,かずみかどためきよしそうやすみかど為恭ためちかそうじゅんみかどためけいむね,桓帝ためむねびょうみな毀。しょうみかど踰年而崩,みな不入ふにゅうびょう,以陵ためびょうしゃさん:殤帝やすしりょうおきみかどふところりょうしつみかどせいりょう是也これや追號ついごうためきさきしゃさんあきらみかどそう貴人きじん曰敬かくれきさきそうきたりょうやすみかど祖母そぼ也。清河きよかわ孝德たかのり皇后こうごうやすみかどはは也。あきらみかどはり貴人きじん曰恭ふところきさきそう西陵せいりょうかずみかどはは也。やすみかどちょう貴人きじん曰恭さとしきさきそうきたりょうじゅんみかどはは也。

7 まき:
りょうびょうじゅうぬしさんしょうみかど三后さんこうようじゅう八太はったろう也。

8 まき:
かん不言ふげん禘祫,ねん而再いんさいのり西にしびょうめぐみみかどけいあきらみなべつほこらなりあいひら三帝以非光武所後,藏主くらぬし長安ながやすこうびょうよんほこら于東びょうきょう兆尹侍祠衣冠車服,如太つねほこらぎょうりょうびょうれいじゅんみかどははうんせいあるせいはり高祖こうそとく天下でんか,而父ざいじょう尊號そんごう曰太上皇じょうこう不言ふげんみかど天子てんし也。こうせんつぎ孝昭たかあきみかど,其父曰史皇孫こうそん祖父そふ曰衛太子たいし太子たいし以罪はい,及皇まごみなせんみかどただしおこりえんりょうちょううけたまわたてまつもり敢加尊號そんごう于祖ちち也。光武みつたけつぎこうもとまた敢加尊號そんごう父祖ふそ也。祖父そふみなみとみくん皇考こうこう鉅鹿じょう皇祖こうそ曾祖そうそうつりん太守たいしゅ曰皇曾祖そうそ高祖こうそうすりょうふしこう曰皇高祖こうそおこりりょうびょうおけあきらりょう以奉ほこら而已。いたり殤帝くずれ子弟していやすみかど以和みかど兄子せこしたがえ清河きよかわ王子おうじそく尊號そんごうこうみかど尊父そんぷためふとし上皇じょうこうよし追號ついごうちち清河きよかわおう曰孝とくすめらぎじゅんみかどくずれおきみかど子弟していたてらくやす王子おうじためしつみかどみかど偪于じゅんれつはりきさきちち大將軍だいしょうぐんはり冀未とくみこと其父而崩。桓帝以蠡われこうそくみことつい尊父そんぷ蠡吾さきこう曰孝たかしすめらぎははただし太夫たゆうじん曰孝たかしきさき祖父そふ河間こうまこうおう曰孝きよしすめらぎ祖母そぼ曰孝きよしきさき。桓帝くずれ今上きんじょう即位そくいつい尊父そんぷかい犢侯曰孝じんすめらぎははただし夫人ふじん曰孝じんきさき祖父そふ河間こうまけいおう曰孝もとすめらぎ祖母そぼなつ曰孝もときさき

9 まき:
天子てんし大社たいしゃ,以五しょくためだん皇子おうじふうため王者おうじゃ,受天しゃ以所ふうこれかたしょく東方とうほう受青,南方みなかた受赤,如其かたしょく,苴以白茅ちがや授之,かく以其しょふうじかたいろ歸國きこく以立しゃいい受茅かんきょう皇子おうじふうため王者おうじゃとくちがや,其地功臣こうしん及鄉てい他姓たせいおおやけこうかく以其戶數こすう租入ためげん受茅まただてしゃ也。

10 まき:
かんせい皇子おうじふうため王者おうじゃ,其實諸侯しょこう也。しゅうまつ諸侯しょこうあるしょうおう,而漢天子てんし皇帝こうていためたたえ以王ごうそうめい諸侯しょこうおう子弟していふうためこうしゃいい諸侯しょこう群臣ぐんしん異姓いせい有功ゆうこうふうしゃいいてっこうこう避武みかどいみなあらため曰通こう法律ほうりつみな曰列こう功德くどくゆうもり朝廷ちょうていしょことしゃたまもの特進とくしんざいさんおおやけ。其次あさこうきゅうきょうみなひら冕文ころもさむらいほこら郊廟,しょうさむらいほこらこう。其次下士かしただしさむらいほこらちょうつぎ小國しょうこくこう,以肺腑はいふ宿衛しゅくえいおや公主こうしゅ子孫しそんたてまつ墳墓ふんぼ在京ざいきょうしゃまた隨時ずいじかいいい猥朝こう也。

11 まき:
めぐかりこうりょうかえ公卿くぎょう以下いかひね洛陽らくようていまえがいじょうじょう輿こしいた公卿くぎょうはい天子てんし下車げしゃ公卿くぎょうおや識顏しょくしかかえみや古語こご曰:「ざいくるまそく。」おもんみ此時施行しこう

12 まき:
正月しょうがつ朝賀ちょうが,三公奉璧上殿,こう御座ぎょざ北面ほくめんふとしつねさん曰:「皇帝こうていためくんきょう三公みつきみふく皇帝こうていすわ,乃進璧。」古語こご曰:「すわのりおこり。」此之いい也。きゅうさんおおやけ以下いかがつあさはぶけつねろくがつついたちじゅうがつついたちだんあさまた盛暑せいしょしょうろくがつあさこんどく以為正月しょうがつじゅうがつついたちあさ也。冬至とうじ陽氣ようきはじめおこりおうしか鹿しかかいかくへいよくやすしこころざしよくしず聽事,送迎そうげいにち,臘者,さいおわり大祭たいさいたて吏民えんいんむかえただしおくむかえ正月しょうがつとしくびまた如臘冬至とうじ陽氣ようきおこりきみ道長みちなが夏至げし陰氣いんきおこりくんどうおとろえつづみ以動眾,かね以止眾。よるつきのりおこりひるつきかねのりいき也。

13 まき:
天子てんしくるまおとうといい鹵簿ろぼゆうだいゆうしょうゆうほうだいのり公卿くぎょうたてまつ大將軍だいしょうぐんまいりじょうふとしぼくぞくしゃはちじゅういちじょう,備せんじょうまんざい長安ながやすほこらてん于甘いずみ備之,ひゃく官有かんゆう其儀ちゅうめい曰甘いずみ鹵簿ろぼ中興ちゅうこう以來いらいまれよう先帝せんてい備大上原うえはらりょう常用じょうようただ大喪たいそう,乃施ほう公卿くぎょう不在ふざい鹵簿ろぼちゅうただ河南かなんいん金吾きんご洛陽らくようれいたてまつ引侍ちゅうさんじょうたてまつくるまろうぞくしゃさんじゅうろくじょう北郊ほっこうあかりどうのりしょうしょふくくるましょうほこら宗廟そうびょうようまいふとぼくたてまつじょう鹵簿ろぼ于尚しょさむらいちゅうちゅうつねさむらいさむらいおもしゃろうれいみなちゅう以督せいしょぐんしゃ春秋しゅんじゅうじょうりょうれいまたしょう于小ちょくこと尚書しょうしょいちにんしたがえれい以下いかみな先行せんこう

14 まき:
ほう上所かみところじょう曰金しゃろくうまゆうしょくやすしゃしょくだてしゃかくいちみなよんうまためふくくるま俗人ぞくじんめい曰五みかどしゃ也。またゆうえびすりつしゃ征伐せいばつ,三蓋車名耕根車,いちめいしばしゃおやこう耤田じょうまたゆう蹋豬しゃ,慢輪ゆうりょうじょうみどりしゃめい曰皇まごしゃてん子孫しそんじょう,以從。

15 まき:
凡乘輿こししゃみなぶた金華きんかふりひだり纛,きむ鍐方釳,しげるえいじゅうこしきふく牽。

16 まき:
屋者やじゃぶた以黃ためうら也。

17 まき:
ひだり纛者,以氂牛尾うしお為之ためゆきだい如斗。ざい最後さいごひだり騑馬騣上。きむ鍐者,うまかんむり也。高廣たかひろかくよんすん,如玉はながたざいうま騣前。かた釳者,てつこうすうすんざい騣後,ゆうさんあな,插翟其中,しげるえいざいうま膺前,如索裙者是也これや

18 まき:
じゅうこしきしゃこしきがいふくゆういちこしきほどこせ舝其がい,乃復しつらえ牽施どうきむ鍐形如緹,軨以緹油,こうはちすんちょうちゅうひだりあおいりゅうみぎ白虎びゃっこ,繫軸あたまいませんせきまたしかただしみみ

19 まき:
前驅ぜんくゆう九斿雲罕闟戟皮軒鑾旗,しゃみな大夫たいふ鑾旗しゃへん羽毛うもう引繫橦旁,俗人ぞくじんめい曰雞翹車,也。こう有金ありかねかね鉞黃もんしゃいにしえしゃ諸侯しょこうしゃきゅうじょうはためつきゅうこくけん其車ふくだいぞくしゃはちじゅういちじょう也。尚書しょうしょ史乘しじょう最後さいご一車懸豹尾,以前いぜんみながわのきとらがわ為之ためゆき也。

20 まき:
永安えいあんななねんけんきんこうしょ御車みくるまみないちながえあるよんうまあるろくうまきむばこみな以金鎛正りょうひじ前後ぜんこうこくきん,以作龍虎りゅうことりかめがたうえただし以青縑為ぶた羽毛うもう

21 まき:
冕冠:しゅう曰爵べんいん曰冔,なつ曰收,みなさんじゅうしょううるしぬのためからこうはちすんちょうしゃくすん爵冕其上,しゅうくろ而赤,如爵あたまいろぜんしょうだいいんくろ而微しろぜんだいしょうなつじゅんくろ而赤,ぜんしょうだいみなゆうおさむ以持笄。《》曰:「つねふく黼冔,れいしゅだま,戚冕而舞《大武おおたけ》。」《しゅうしょ》曰:「おうあずか大夫たいふつきべんみな以布,中古ちゅうこ以絲。」孔子こうし曰:「あさ冕、れい也。こん也純儉。」かんくも翹冠,らくほこら天地てんち郊,まいしゃふく,冕冠たれ旒,しゅうあや天子てんし冕前たれのべしゅ綠藻りょくそうゆうじゅう旒。おおやけこう大夫たいふかくゆう差別さべつかんきょう至孝しこうあかりみかどながたいらねんみことのり有司ゆうしさい尚書しょうしょ·皋陶へん》及《しゅうかん》《れいてい而制焉,みなこうななすんちょうしゃくすんぜんえん後方こうほうしゅみどりうら而玄じょう前垂まえだれよんすんこうたれさんすん,繫白だまたま于其はしためじゅう旒,くみえい如其綬之しょく。三公及諸侯之祠者,しゅみどりきゅう旒青だまたまきょう大夫たいふなな旒黑だまたまみなゆうぜんくみえいかく其綬いろつくりたれ黈纊とうみみ,郊天ほこら宗廟そうびょうまつあかりどうそくかんむりころも黼衣,佩玉佩,くつ絇履。孔子こうし曰:「ふくしゅう冕。」ひなじん識,いいたいらたかしかんむり

22 まき:
天子てんしかんむりどおりてんかんむり諸侯しょこう王冠おうかんどおゆうかんむりおおやけこうかんむりすすむけんかんむりおおやけおうさんはりきょう大夫たいふ尚書しょうしょせんせき博士はかせかんむりりょうはり千石せんごくろく百石以下至小吏冠一梁。天子てんし公卿くぎょう特進とくしんちょうこうまつ天地あまちあきらどうみなかんむりひら冕。

23 まき:
天子てんしじゅう旒,さんおおやけきゅう諸侯しょこうきょうなな,其纓あずかぐみかく如其綬之しょくころもげんじょう纁下,日月じつげつ星辰せいしんやま龍華りゅうげちゅうほこら宗廟そうびょうそくちょうかんむり袀玄。其武かんふとしじょう以下いか及侍ちゅうつねさむらいみなかんむりめぐみぶんかんむりさむらいちゅうつねさむらいてん蟬,かんむりほうかんむり,謁者かんむりだか山冠やまかんむり。其鄉しゃぎょうれい公卿くぎょうかんむり貌,ころもげんはし執事しつじしゃかわべんふく宮門きゅうもんぼくしゃかんむり卻非,だいらく郊社祝舞いわいまいしゃかんむり建華けんか,其狀如婦人ふじん縷簏,むかい郊舞しゃしょかんむりまたため冕,くるま出後いずごゆうたくみかんむりだか山冠やまかんむり而小。

24 まき:
幘者,いにしえ卑賤執事しつじ冠者かんじゃこれしょふく也。こうたけみかどこうかんすえ公主こうしゅ,召見ただし偃,偃傅あお褠綠幘,しゅさん曰:主家しゅか人臣じんしん偃昧さい拜謁はいえつうえ為之ためゆきおこり,乃賜衣冠いかん,引上殿どのただしなか舒、たけみかど時人じじん,其上りょうしょ曰:執事しつじしゃみなあか幘,みな冠者かんじゃこれしょふく也。もとみかどがくゆうたけしかみよく使人見ひとみはじめしん幘服群臣ぐんしんみなずい焉,しかなおはば。如今はん幘而やめおう莽無かみ,乃施はばかたり曰:「おう莽禿,幘施かんむりすすむ賢者けんじゃよろしちょうみみかんむりめぐみ文者もんじゃよろしたんみみかく隨所ずいしょよろし。」

25 まき:
つうてんかんむり天子てんしつねふくかんふく受之しんれい無文むもんとおゆうかんむり諸侯しょこうおうしょふくてん筩無さん,《れい無文むもんこう山冠やまかんむりひとしかんむり也,いち曰側ちゅうこうきゅうすんてつためまきはりてん筩無さんしんせい行人こうじん使かんしょかんむりこん謁者ふく,《れい無文むもんふとしでんえびすおおやけせつ曰:「こう山冠やまかんむりぶたひとし王冠おうかん也。はためつひとし,以其くんかんむりたまもの謁者。」

26 まき:
すすむけんかんむり文官ぶんかんふくまえだかななすんさんすんちょうはちすんおおやけこうさんはりきょう大夫たいふ尚書しょうしょ博士はかせりょうはり千石せんごくろくひゃくせき以下いかいちはりかんせい:《れい無文むもん

27 まき:
ほうかんむりすわえかんむり也。一曰柱後惠文冠,だかすん,以纚裹鐵ばしらまきしんせい法服ほうふくこん廷尉かん平服へいふくいい獬豸かんむり。獬豸、ししめいぶた一角いっかくこんかんむり兩角もろずみ,以獬豸為めい也。ふとしでんえびすおおやけせつ曰:「《ひだりでんゆうみなみかんむり而縶しゃ。」《國語こくご》曰:「みなみかんむり、以如なつひめ。」みなみかんむりぶたすわえかんむりはためつすわえ,以其くんかんむりたまものたけかんむりある曰繁かんむりこんいい大冠だいかん武官ぶかんふくさむらいちゅうちゅうつねさむらい黃金おうごん,坿貂蟬鼠かざりふとしでんえびすおおやけせつ曰:「ちょうたけしれいおうこうえびすふくはじめほどこせてん蟬之かざりはためつちょう,以其くんかんむりたまものさむらいちゅうひとしかんむりある曰長かんむりたけ裹以纚,こうななすんこうさんすんかたち如板。」

28 まき:
高祖こうそかんむり、以竹がわ為之ためゆきいいりゅうかんむりすわえせい:《れい無文むもんひなじん識,いいかささぎかんむり

29 まき:
建華けんかかんむり、以鐵ためばしらまきつらぬけだいたまきゅうまいこん以銅ためたまかたちせい縷簏。《》曰:「天文てんもんしゃふく。」《ひだりでん》曰:「てい臧好聚鷸かんむり。」ぜん以為此制是也これや天地てんち郊、あかりどうがつれいまいしゃふく

30 まき:
ほう山冠やまかんむり、以五さい縠為かんまつ宗廟そうびょうだいとおる,《はち佾》らくぎょうまいじんふく衣冠いかんかくしたがえ其行いろ,如其かたしょく而舞焉。

31 まき:
じゅつかんむりぜんえんくれせい邐迤よんじゅうちょうたけしれいおうこうふくいましゃ不用ふよう,其說未聞みもん

32 まき:
たくみかんむりこうすんようしょうどおり埽除,したがえ官服かんぷく,《れい無文むもん

33 まき:
卻非かんむり宮門きゅうもんぼくしゃしゃふく,《れい無文むもん

34 まき:
樊噲かんむりかん將軍しょうぐん樊噲造次ぞうじしょかんむり,以入こうせき營,こうななすん前出ぜんしゅつよんすん司馬しば殿どのもんだい護衛ごえいふく

35 まき:
卻敵かんむりまえだかよんすんつうちょうよんすんだかさんすんかんもん衛士えじふく,《れい無文むもん

36 まき:
たま冕、爵冔おさむつうてんかんむりすすむけんかんむりちょうかんむり、緇布かんむりゆだね貌冠、かわべんめぐみぶんかんむりいにしえしゃ天子てんしかんむりしょしゃ,其次ざいかんれい

37 まき:
みかど謚:たがえばらいなり曰隱,やすしみんのりほう曰黃,つばさぜんでんきよし曰堯,ひとしひじり盛明もりあき曰舜,ざんじんるい曰桀,ざんそんぜん曰紂,慈惠じえあいしん曰孝,あいみんこうあずか曰惠,ひじりよし同文どうぶん曰宣,聲聞しょうもんせんとお曰昭,かつていわざわいらん曰武,聰明そうめい睿智曰獻,溫柔おんじゅうひじりよし曰懿,ぬのとくよし曰穆,仁義じんぎせつみん曰元,あんひとしたてせい曰神,ぬのつな治紀はるとし曰平,らん而不そん曰靈,みん耆艾曰明,辟土有德うとく曰襄,貞心ていしん大度たいど曰匡,だいおもんばか慈民曰定,のうあらため曰恭,なま其國曰聲,一德不懈曰簡,夙興よる寐曰けい清白すずしろもり曰貞,やわらとくこう眾曰やすし安樂あんらくみん曰康,小心しょうしんかしこ曰僖,中身なかみはやおり曰悼,慈仁和民かずたみ曰順,こういさみ致力曰莊,きょうじんたんおり曰哀,在國ざいこく逢難曰愍,名實めいじつ爽曰繆,壅遏不通ふつう曰幽,暴虐ぼうぎゃくおや曰厲,致志大圖おおず曰景,辟土けんこく曰桓,經緯けいい天地てんち曰文,よしあげぜん曰懷,たんおりなり曰殤,れいどお眾曰煬,だるせい外交がいこう曰攜,てんじき曰祈。

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