ベッドに座る男性写真しゃしんはイメージです　Photo:PIXTA

高齢こうれい化かに伴ともない、日本にっぽんのがん患者かんじゃと死亡しぼう数すうは増加ぞうかし続つづけている。自分じぶんや家族かぞくががんに罹患りかんしたとき、どのような治療ちりょう法ほうや最期さいごを選択せんたくするべきなのか。広島ひろしまで在宅ざいたく療養りょうよう支援しえん診療しんりょう所しょとして24時じ間あいだ往診おうしん・訪問ほうもん診療しんりょうに対応たいおうしてきた医師いしが出会であった、免疫めんえき療法りょうほうに財産ざいさんをつぎ込こんだ男性だんせいの最期さいごとは。本稿ほんこうは、高橋たかはし浩一こういち『在宅ざいたく緩和かんわケア医いが出会であった「最期さいごは自宅じたくで」30の逝ゆき方かた』（光文社こうぶんしゃ新書しんしょ）の一部いちぶを抜粋ばっすい・編集へんしゅうしたものです。

買かい物ものにも行いけない息子むすこと
二人ふたり暮くらしの母ははが悟さとった「最期さいご」

　息子むすこを育成いくせいしてから亡なくなったOさん（老衰ろうすい）

　Oさんは92歳さい。

　夫おっとはすでに亡なくなり、最期さいごは娘むすめにみてもらおう、と思おもっていたのですが、娘むすめさんのほうが先さきに亡なくなってしまい、建設けんせつ業ぎょうの息子むすこさんと2人ふたり暮くらしになっていました。

　息子むすこさんが小ちいさい時ときから、ずっと変かわらず、息子むすこさんのために食事しょくじやお弁当べんとうを作つくったりしていたのですが、Oさんはしだいに足腰あしこしが悪わるくなり、動うごけなくなってきたのでした。

　買かい物ものに行いくこともできません。

　そこで息子むすこさんに買かい物ものを頼たのむのですが、これまで息子むすこさんは、家事かじというものをしたことがありません。腹はらが減へれば、焼やき肉にく弁当べんとうを買かってきて食たべればいい、というような生活せいかつをしてきていたのです。

「にんじんを買かってきて」と頼たのむと、しなびたにんじんを1本ほん、買かってきます。いちばん上じょうにあったから、と。しなびていない、ふだん見みている形かたちのにんじんはなかったのかと聞きくと、それはたくさんあった、と。

　Oさんは、息子むすこに面倒めんどうをみてもらうようになるとは思おもわなかった、と言いい、息子むすこさんもまた、親おやをみるようになるとは思おもわなかった、と言いいます。

　ああ、私わたしは息子むすこに何なにも伝つたえてこなかった、とOさんは悟さとりました。

　それからというもの、Oさんは、息子むすこさんにあらゆることを教おしえ、伝つたえていくことにしたのでした。

　肉にくだけじゃなくて、野菜やさいも食たべにゃ、いけんのんよ。

　さすがに息子むすこさんが、毎日まいにちバランスのよい食事しょくじを作つくることはできませんので、それからは、配はい食しょく弁当べんとうを手配てはいすることになりました。

　Oさんは、ベッド回まわりの移動いどうしかできなくなってきました。

　息子むすこさんは自宅じたくを改築かいちくし、ベッドからそのまま仏壇ぶつだんを拝おがめるような作つくりにする、ベッドから車くるまいすに移うつれば、そのままトイレまで行いけるようにする、など、Oさんのために、いろいろがんばってあげていました。

　尿にょう路ろ感染かんせんや肺炎はいえんで、何なん度どか入院にゅういんを繰くり返かえした後のち、Oさんは「もう入院にゅういんはイヤだ」と言いうようになりました。

　訪問ほうもん診療しんりょうのたびに、「先生せんせい、私わたしはもう病院びょういんに行いきたくないんじゃ、頼たのむよ」とお話はなしされていました。

　ベッドの横よこに娘むすめが迎むかえに来きた、ほら、そこに、と言いうこともありました。

　お母かあさんが迎むかえに来きた、と言いう人ひとはときどきいますが、娘むすめさんが迎むかえに来きたというのは珍めずらしいです。

　しだいに食たべる量りょう、飲のむ量りょうが減へっていき、Oさんは眠ねむるように亡なくなられました。

　Oさん、息子むすこさんは、ようがんばっちゃったですね。