コラム：大崎おおさき清きよし夏なつ　スクリーンに詩しを見みつけたら - 第だい12回かい

古今ここん東西とうざいの映画えいがのあちこちに、さまざまに登場とうじょうする詩しのことば。登場とうじょう人物じんぶつによってふと暗唱あんしょうされたり、ラストシーンで印象いんしょう的てきに引用いんようされたり……。古典こてんから現代げんだい詩しまで、映画えいがの場面ばめんに密ひそやかに（あるいは大胆だいたんに！）息いきづく詩しを見みつけると嬉うれしくなってしまう詩人しじん・大崎おおさき清きよし夏なつが、詩しの解説かいせつとともに、詩しと映画えいがとの濃密のうみつな関係かんけいを紐解ひもといてゆく連載れんさいです。（題字だいじ・イラスト：山手やまて澄きよし香が）

今回こんかいのテーマは、マシュー・マコノヒーが放蕩ほうとうの詩人しじんを演えんじた「ビーチ・バム　まじめに不ふ真面目まじめ」（ハーモニー・コリン監督かんとく）です。

第だい12回かい：酔よえ、酔よったままでいろ！――「ビーチ・バム　まじめに不ふ真面目まじめ」

ムーンドッグはお茶目ちゃめな詩人しじんだ。キーウェストの地元民じもとみんは、みんなムーンドッグのことが大好だいすきだ。ムーンドッグは言いう、俺おれはただ楽たのしみたいだけ、人生じんせいを楽たのしみ尽つくしてやると。もしも明日あした、いや一瞬いっしゅん先さきに死しが待まっていても、たぶんムーンドッグには一片いっぺんの悔くいもないだろう――凡人ぼんじんの私わたしたちには、それは狂騒きょうそうにしか見みえない暮くらしだけれど。私わたしだって詩人しじんの端はしくれとしちゃ、明日あした死しんでも悔くいのないように生いきてやろうとどこかで思おもってはいるけれど、それにしたってムーンドッグはやりすぎだ。ムーンドッグは羽目はめを外はずしすぎる、あんなに酒さけやドラッグや娼婦しょうふに溺おぼれなくたって、あんなに趣味しゅみの悪わるいいたずらで人生じんせいを彩いろどらなくたって生いきていけるだろうに。

(C)2019 BEACH BUM FILM HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

たった一いち冊さつの詩集ししゅうの全米ぜんべいヒットで、ムーンドッグは有名ゆうめいになった。セレブリティのミニーと結婚けっこんして、お金持かねもちになった。でもミニーは、ムーンドッグとは対照たいしょう的てきな、身み綺麗きれいな、手中しゅちゅうにおさめた富とみと名声めいせいをうまくやりくりできる男おとこランジェリー（まるでスヌープ・ドッグを演えんじるスヌープ・ドッグ！）と浮気うわきしている。

無名むめいだった頃ころのムーンドッグの、がびがびのVHS映像えいぞうがときどき挟はさまる。まばらな、つまらなそうな聴衆ちょうしゅうを前まえにステージに立たって、彼かれは詩しを朗読ろうどくしている。苛立いらだつように、自分じぶんの詩集ししゅうを聴衆ちょうしゅうに叩たたきつけるように。いまでは、ムーンドッグはたいてい機嫌きげんがいい。けれど彼かれの頬ほおにはいつも、ひとすじの涙なみだのようなものが光ひかっている。汗あせと酒さけと体液たいえきの混まざったような、染しみみたいな涙なみだが、ピュリツァぴゅりつぁー賞しょうの受賞じゅしょうスピーチをする間あいだも、彼かれの頬ほおには貼はりついている。

その涙なみだがとどめているのは、深ふかい深ふかい絶望ぜつぼうの痕あとだと思おもう。剽窃ひょうせつによって始はじまった自分じぶんの詩人しじんとしての道みちのり。そんなことを意いにも介かいさない世間せけん。生せいを楽たのしむことを怖こわれ、本当ほんとうの意味いみで生いきることのない「奴隷どれい」たち。ムーンドッグを、誰だれも真しんに理解りかいすることはない。ミニーだけは、理解りかいなんてものから逃のがれ続つづけるムーンドッグを愛あいしていたけれど。

ムーンドッグが詩しの古典こてんを暗誦あんしょうするシーンが、（私わたしの気きづいた限かぎりでいうと）三みっつある。一ひとつめは娘むすめのヘザーの結婚式けっこんしきで、親友しんゆうの富豪ふごうランジェリーに。二ふたつめは娼婦しょうふたちを乗のせたボートで、更生こうせい施設しせつを一緒いっしょに脱走だっそうした男おとこに。三みっつ目めは一文いちぶんなしで流ながれ着ついたスケボーパークで、ホームレスのおじさんに。

詩しはそれぞれ、D・H・ロレンスの「ピアノ（Piano）」、ホイットマンの「草くさの葉は」中ちゅうの一いち作さく「日没にちぼつの歌うた（Song At Sunset）」、フランスの象徴しょうちょう派は詩人しじんボードレールの「酔よえ（Enivrez-vous）」の一節いっせつだ。暗誦あんしょうするとき、ムーンドッグはちょいちょいっと言葉ことばを変かえて、吠ほえるような、いい加減かげんな、自己流じこりゅうの詩し行ぎょうにアレンジしてしまう（その「パクった」詩しでコンテストに優勝ゆうしょうしちゃったんだ、と彼かれはうそぶく）。芸術げいじゅつの剽窃ひょうせつは社会しゃかい的てきにはもちろん「ダメ、ゼッタイ」なのだけれど、彼かれの声こえに乗のった詩しはいきいきと鮮あざやかに甦よみがえって、その言葉ことばは彼かれの声こえに乗のって、狭せまい部屋へやに閉とじこめられた詩しや文学ぶんがくの世界せかいからとても遠とおそうに見みえる人々ひとびとの心しんをうつ。私わたしはここにそれぞれを訳出やくしゅつしてみよう、もとの詩し行ぎょうにできるだけ忠実ちゅうじつに、ムーンドッグの声こえを借かりて。

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やさしく、夕暮ゆうぐれに、女おんなが俺おれに歌うたいかける、
年月としつきの眺ながめの中なかに引ひきずり戻もどす、そして俺おれは見みる
ピアノの下したに座すわった子供こどもだ、ヒリつく弦つるの轟とどろきのなか
微笑ほほえみながら歌うたう母親ははおやの、ペダルの上うえの小ちいさな足あしを踏ふんでる。
（D・H・ロレンス「ピアノ」より抜粋ばっすい）

いま何なん時じだと聞きいてみろ、風ふう、波なみ、星ほし、鳥とり、時計とけいがおまえに答こたえるさ、「いまこそ酔ようとき！　時ときに苦くるしむ奴隷どれいにならないように、酔よえ、酔よったままでいろ！　おまえが望のぞむまま　ワインに、詩しに、あるいは美徳びとくに。」
（シャルル・ボードレール「酔よえ」より抜粋ばっすい）

おお、沈しずむ日ひよ！　時ときは来きたが、
俺おれはまだおまえのもとでさえずり続つづけてる、他たの誰だれもやらねえなら、完全かんぜん無欠むけつの敬愛けいあいをこめて。
（ウォルト・ホイットマン「日没にちぼつの歌うた」より抜粋ばっすい）

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映画えいがのなかで「母はは」なるものとして描えがかれるミニー、ムーンドッグが何なにをやっても離婚りこんしたりしないで許ゆるしてくれる優やさしいミニーは、酔よっぱらい運転うんてんがもとで死しんでしまう。それでもムーンドッグは酔よったままでいることをやめない。手元てもとにはいつもタイプライターがある。大股おおまたびらきで、赤あかんぼうのように座すわって、サングラスと眼鏡めがねを二に重じゅうにかけて、日にちが沈しずんでも、すべてを笑わらいと逃走とうそうに変かえながら、股間こかんに据すえたそのタイプライターで、ムーンドッグはどこでも書かく。

それは緩ゆるやかな自殺じさつのようでもあるけれど、それでも彼かれは結局けっきょくちゃんと、作品さくひんを完成かんせいさせてしまう。そして、あんな下品げひんで下劣げれつな生活せいかつから生うまれたとは思おもえない言葉ことばで人ひとを魅了みりょうし、望のぞむと望のぞまざるとに関かかわらず、高尚こうしょうな文学ぶんがく賞しょうまで受賞じゅしょうしてしまう。富とみや名声めいせいの世界せかいは、いつでも彼かれを引ひきずりこもうと、大おおきな口くちをあけている。本当ほんとうはムーンドッグは、そんなことには興味きょうみがないのに。

実じつはもう一いち篇へん、映画えいがの冒頭ぼうとうとラストに、ムーンドッグが壇上だんじょうで同おなじ詩しを朗読ろうどくするシーンがある。冒頭ぼうとうで「今日きょうはここまで」と、まだ書かきかけであるかのように読よまれた詩しは、ラストでも一言ひとこと一いち句く変かわらない。そうだよね、作品さくひんって、実じつはもう完成かんせいしていたと後のちからわかることもある――私わたしはそんなふうに溜飲りゅういんを下さげて映画えいがを観み終おえたけれど、実じつはこれもまたリチャード・ブローティガンによる「うつくしい詩し（The Beautiful Poem）」の「パクり」だったことに、編集へんしゅう部ぶからの指摘してきで気きがついた。もちろん彼かれの観客かんきゃくは誰だれも気きづかない。でも、彼かれが生いきる場所ばしょにその詩しをそのように剽窃ひょうせつしてみせてしまうこと、それによって喜よろこばれてしまうことこそ、ムーンドッグの詩人しじんとしての悲哀ひあいを最もっともよく表あらわしているような気きがする。

芸術げいじゅつを志こころざす私わたしたちのような人間にんげんは、とかく「オリジナル信仰しんこう」に染そまりがちだ。すでに先人せんじんの誰だれかしらによって書かかれた世界せかいの美うつくしさを味あじわうこともないままオリジナルを追おい求もとめることの白々しらじらしさを、映画えいがは皮肉ひにくっぽく突つきつけているようにもみえる。

本ほん作さくの監督かんとくであるハーモニー・コリンは、2000年代ねんだいのニューヨーク・ストリート・カルチャーを世界せかいに蔓延まんえんさせた立役者たてやくしゃのひとりだ（私わたしは彼かれの脚本きゃくほん家かデビュー作さく「KIDS」で世よに送おくり出だされたクロエ・セヴィニーの色気いろけに度肝どぎもを抜ぬかれ、彼かれらと同おなじ時代じだいと場所ばしょを背負せおったソフィア・コッポラの映画えいがに20代だいでまともに影響えいきょうをうけた世代せだいだった）。彼かれらストリート・キッズたちが世よに送おくり出だしてきた作品さくひん群ぐんには、この滑なめらかに整ととのえられた世界せかいのすべてに対たいする反抗はんこう心しんや、置おかれた環境かんきょうから逃走とうそうし続つづけることへの渇望かつぼうが、いつも見みえ隠かくれしているような気きがする。鋭するどい眼光がんこうを飛とばしていたキッズが、酔よいどれ詩人しじんのおじさんになり果はてても、その渇望かつぼうは湧わき続つづけている。

「ビーチ・バム　まじめに不ふ真面目まじめ」 配信はいしん中ちゅう！