コラム：芝山しばやま幹郎みきお　娯楽ごらく映画えいが　ロスト＆ファウンド - 第だい13回かい

2015年ねん9月がつ30日にち更新こうしん

ああ面白おもしろかった、だけでもかまわないが、話はなしの筋すじやスターの華はなやかさだけで映画えいがを見みた気きになってしまうのは寂さびしい。よほど出来できの悪わるい作つくり手しゅは別べつにして、映画えいが作家さっかは、先人せんじんが残のこした豊ゆたかな遺産いさんやさまざまなたくらみを、作品さくひんのなかにしっかり練ねり込こもうとしている。

それを見逃みのがすのは、本当ほんとうにもったいない。よくできた娯楽ごらく映画えいがは、知恵ちえと工夫くふうがぎっしり詰つまった鉱脈こうみゃくだ。その鉱脈こうみゃくは、地表ちひょうに露出ろしゅつしている部分ぶぶんだけでなく、深ふかい場所ばしょに眠ねむる地底ちていの王国おうこくともつながっている。さあ、その王国おうこくを探さがしにいこうではないか。映画えいがはもっともっと楽たのしめるはずだ。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

第だい13回かい：「アメリカン・ドリーマー　理想りそうの代償だいしょう」と男おとこたちの脂汗あぶらあせ

追つい証しょう（おいしょう）という言葉ことばがある。株かぶや商品しょうひんの信用しんよう取引とりひきに手てを出だした人ひとなら、一いち度どはこの言葉ことばを耳みみにしたことがあるのではないか。ま、耳みみにするだけなら大事だいじはない。問題もんだいは、自分じぶんが相場そうばを張はっているときに、実際じっさいに追つい証あかしがかかった場合ばあいだ。金かねを使つかわないのに借金しゃっきんが自動的じどうてきに増ふえていくようなものだから、これは苦くるしい。うなされる。額がくに脂汗あぶらあせがにじむ。金策きんさくが尽つきると、早はやく楽らくになりたいとさえ願ねがいはじめる。

信用しんよう取引とりひきとは、証拠しょうこ金きんを入いれて行おこなう売買ばいばいだ。

たとえば100万まん円えんの株かぶを買かうときは、通常つうじょう30万まん円えんの証拠しょうこ金きんを入いれる。テコの原理げんりが働はたらくから、儲もうかるときは大おおきいが、損失そんしつも一気いっきに増ふえる。小豆あずきやゴムなど商品しょうひん先物さきもの取引とりひきの場合ばあいは、証拠しょうこ金きんが1割わりのことが多おおい。つまり、現物げんぶつを売買ばいばいするのに比くらべて、10倍ばいもの取引とりひきをすることができる。こうなると、投資とうしではなくて投機とうきだ。ギャンブルに近ちかい。

で、証拠しょうこ金きん（私わたしが株かぶの売買ばいばいをしていたころは、評価ひょうか損そんを差さし引ひいたあとでもつねに時価じかの3割わり以上いじょうの金額きんがくをキープしていなければならなかった）が足たりなくなると、追おい証しょうがかかる。1970年代ねんだいの初はじめ、私わたしは某ぼう仕手して株かぶの空売からうり（売うりから入はいり、のちに買かい戻もどすことで手て仕舞しまうこと。株価かぶかが下さがれば儲もうかり、上あがれば損そんをする）を仕掛しかけて追つい証あかし地獄じごくに陥おちいった。

あとから聞きいたことだが、私わたしはあのとき、野村證券のむらしょうけんと吉野よしのダラーの仕手して戦せんに巻まき込こまれていたのだった。たしか、野村のむらが買かい方かたで、吉野よしのダラーという仕手して筋すじが売うり方かた。日にち計はかり商あきない（いまでいうデイトレード）を細々こまごまとつづけていた私わたしは、罫線けいせん（チャート）の異様いような形かたちにそそのかされて売うりから入はいったのだ。

法則ほうそくとまでは言いい切きれないが、罫線けいせんはある程度ていど、株価かぶかの将来しょうらいの動うごきを暗示あんじする。移動いどう平均へいきん線せん（25日にちとか75日にちとか）を抜ぬいたり切きったりというのも指標しひょうのひとつだが、江戸えど時代じだいの酒田さかた五ご法ほうに基もとづく予測よそくなどもある。話はなしが長ながくなるので省略しょうりゃくするが、これら「法則ほうそくのようなもの」は内部ないぶ要因よういんと称しょうされる。つまり、チャートを凝視ぎょうししていれば、経済けいざいの実態じったいにうとくとも、ある程度ていどまでは相場そうばの動うごきを読よむことができるという考かんがえだ。あ、下しも影かげ（したかげ）が長ながいぞとか、お、新しん値ね三さん本ほん足あしが出でたぞ、とか。かなり危あぶなっかしいが、私わたしはそれで3年ねん以上いじょうメシを食くった。短波たんぱ放送ほうそう専用せんようのラジオや発売はつばいされたばかりの電卓でんたくを買かい、方眼ほうがん紙しに毎日まいにち、赤あかと青あおのインクでチャートをつけた。いまにして思おもえば、会社かいしゃや学校がっこうに束縛そくばくされる生活せいかつを避さけたい一心いっしんだったのだ。

それが、掟おきて破やぶりにひっかかった。私わたしが信しんを置おき、ほぼそれに従したがって売買ばいばいを繰くり返かえしていた法則ほうそく（掟おきて）もどきが、ことごとく打うち破やぶられたのだ。私わたしが空売からうりした株かぶは暴騰ぼうとうした。証拠しょうこ金きんはたちまち不足ふそくし、「追おい証しょう入いれろ」の電話でんわが連日れんじつかかるようになった。早はやめにあきらめて損そん切ぎりすればよかったのだが、それまでがそこそこ順調じゅんちょうに来きていたこともあって、決断けつだんが遅おくれてしまった。

他たの銘柄めいがらを整理せいりし、建玉たてぎょく（たてぎょく）を減へらしても、火勢かせいは衰おとろえなかった。私わたしは追おいつめられた。額がくに脂汗あぶらあせをにじませ、神風かみかぜが吹ふくことを祈いのっていた。ほかに対処たいしょのしようもあったと思おもうが、商才しょうさいが決定的けっていてきに足たりなかった上うえ、守勢しゅせいに立たたされたときの経験けいけんが浅あさすぎた。結局けっきょくは踏ふんで（ギブアップして）、すってんてんになった。証拠しょうこ金きんどころか、当面とうめんの生活せいかつ費ひまで手てもとになくなってしまった。なんとか暮くらしが立たつようになるまでには10年ねん近ちかくかかった。若わかかった分ぶんだけ、立たち直なおる体力たいりょくと気力きりょくが少すこしは残のこっていたのかもしれない。

叩はたけば埃ほこりの出でる身体しんたい

J・C・チャンダーの新作しんさく「アメリカン・ドリーマー　理想りそうの代償だいしょう」を見みながら、私わたしはそんな大昔おおむかしのことを思おもい出だしていた。映画えいがの主人公しゅじんこうアベル・モラレス（オスカー・アイザック）はヒスパニックの移民いみんだ。舞台ぶたいは1981年ねんのニューヨーク。ジョン・レノンが暗殺あんさつされた翌年よくねんで、ロナルド・レーガンが大統領だいとうりょうに就任しゅうにんした年とし、といえばわかりやすいだろうか。治安ちあんは悪わるく、景気けいき回復かいふくは少すこし先さきのことで、移民いみんが成なり上あがるのは非常ひじょうにむずかしい。

アベルはそんな状況じょうきょう下かで灯油とうゆの販売はんばいを生業せいぎょうとしている。隙間すきまビジネスの一種いっしゅだが、縁故えんこも学歴がくれきもない移民いみんとしては裸一貫はだかいっかんの勝負しょうぶに賭かけるほかない。ところが、ニューヨークではタンクローリーの強奪ごうだつ事件じけんが相次あいつぐ。運転うんてん手しゅを銃じゅうで脅おどして追おい出だし、トラックごと頂戴ちょうだいするという荒あらっぽい手口てぐちだ。タンクには通常つうじょう、6000ドル分ぶんの灯油とうゆが入はいっている。

それでもアベルは強気つよきだ。灯油とうゆ強奪ごうだつ事件じけんに苦くるしみながらも、ユダヤ系けいの長老ちょうろうが所有しょゆうするイースト・リバー沿ぞいの土地とちを手当てあてし、そこに石油せきゆの備蓄びちく基地きちを設もうけることで商売しょうばいを拡張かくちょうしようとしている。ただし、取引とりひきの条件じょうけんはきびしい。土地とちの総額そうがくが250万まんドルなのに、手付金てつけきんは100万まんドルも払はらわなければならないし、残金ざんきんを30日にち以内いないに支払しはらわなければ手付てつきが流ながれるという契約けいやくまで結むすばされている。アベルは、取引とりひき銀行ぎんこうの融資ゆうしをあてにしているが、さあどうだろうか。銀行ぎんこうはしだいにあやふやな表情ひょうじょうを見みせはじめる。

アベルを取とり巻まく苦境くきょうは、ほかにもある。これまでの強引ごういんな商法しょうほうが祟たたって、彼かれは地方ちほう検事けんじ局きょくに眼めをつけられている。ぎりぎり堅気かたぎにはちがいないが、叩はたけば埃ほこりの出でる身体しんたいだ。アベルは焦こげる。額がくにべっとりと脂汗あぶらあせをにじませる。州しゅう北部ほくぶのウェストチェスターあたりに新居しんきょを購入こうにゅうしたばかりとあって、物入ものいりもなにかと多おおい。

アベルには妻子さいしがいる。妻つまのアナ（ジェシカ・チャステイン）は、ブルックリンのギャングの娘むすめだ。鉄火てっかで、打うたれ強つよく、捨すて鉢ばちの度胸どきょうも持もち合あわせている。アナと弁護士べんごしのアンドルー（アルバート・ブルックス）だけが彼かれの味方みかただ。銀行ぎんこうは日和見ひよりみで、検事けんじ局きょくは苛酷かこくで、ユダヤ人じんの長老ちょうろうは支払しはらいの期限きげん厳守げんしゅを主張しゅちょうする。灯油とうゆ小売こうり業界ぎょうかいの同どう業者ぎょうしゃたちも、舌したなめずりしながら彼かれの挫折ざせつと失墜しっついを待まっている。四面楚歌しめんそかだ。

金融きんゆう戦争せんそうでも漂流ひょうりゅうでも

監督かんとくのJ・C・チャンダーは「男おとこの脂汗あぶらあせ」を描えがかせると当代とうだい随一ずいいちの監督かんとくではないか。そもそも、2011年ねんの長篇ちょうへん第だい1作さく「マージン・コール」が「追おい証しょうの請求せいきゅう」という意味いみだった。こちらは、08年ねんに深刻しんこくな金融きんゆう危機ききを体験たいけんしたウォうぉール街るがいを舞台ぶたいにしている。つまり、リーマン・ショックを描えがいた映画えいがだ。苦境くきょうに立たたされる投資とうし銀行ぎんこうは、リーマン・ブラザーズと重かさなる。この会社かいしゃは、MBS(不動産ふどうさん担保たんぽ証券しょうけん)で荒稼あらかせぎしていたのだが、この金融きんゆう商品しょうひんは利益りえきもリスクも大おおきい。顧客こきゃくから担保たんぽに取とった不動産ふどうさんの時価じかが25パーセント下落げらくすると、投資とうし銀行ぎんこうの総そう資産しさんが吹ふき飛とんでしまう。危あぶなっかしいことこの上うえない。

そこで、金融きんゆう戦争せんそうの前線ぜんせんに立たつ中なか年男としおとこたちは、額がくから脂汗あぶらあせを垂たらす。にじませるだけでは足たりず、どす黒ぐろい汗あせを垂たらすのだ。マーケットが実情じつじょうに気きづけば、クズ債券さいけんの価値かちはゼロになる。紙切かみきれと化かす前まえに、どんな安値やすねでもかまわないからクズ債券さいけんは換金かんきんしなければならない。絵えに描えがいたようなファイアセール（投なげ売うり）だが、それ以外いがいに生いき延のびる道みちはない。徹夜てつや明あけの朝あさ、CEO（ジェレミー・アイアンズ）の指示しじのもと、現場げんばの男おとこたち（ケビン・スペイシーやポール・ベタニーら）はクズ債券さいけんの投なげ売うりに取とりかかる。まるでババ抜ぬきだ。これまで世話せわになった顧客こきゃくや商売しょうばい仲間なかまを裏切うらぎることさえ辞じさぬ構かまえだ。

チャンダーは長篇ちょうへん第だい2作さく「オール・イズ・ロスト最後さいごの手紙てがみ」（13）でも、苦境くきょうに立たつ男おとこを描えがいた。こちらはロバート・レッドフォードのひとり芝居しばいだ。彼かれの乗のったヨットがインド洋いんどようのスマトラ沖おきで遭難そうなんし、大だい海原うなばらを漂流ひょうりゅうするという設定せってい。

「オール・イズ・ロスト最後の手紙」 — 「オール・イズ・ロスト最後さいごの手紙てがみ」

これは不思議ふしぎな映画えいがだった。周囲しゅういは物影ものかげひとつない大洋たいようだし、レッドフォードに話はなし相手あいてはいない。ではミニマリズムの映画えいがかというと、味あじがちがう。起承転結きしょうてんけつの構造こうぞうはギリシャ悲劇ひげきを思おもわせるほど鮮明せんめいだし、レッドフォードも感情かんじょう表現ひょうげんを抑おさえたり隠かくしたりしない。あとになって私わたしは気きづいた。そうか、海うみの映像えいぞうと音楽おんがくに気きを取とられがちだが、あのときのレッドフォードも脂汗あぶらあせをにじませていたのか。裕福ゆうふくで賢明けんめいな初老しょろうの男おとこという設定せっていのためか、露骨ろこつな狼狽ろうばいなどは見みせなかったものの、あれは肉体にくたいの脆もろさと知性ちせいの不確ふたしかさを鮮明せんめいに伝つたえてくる映画えいがだった。

というわけで、話はなしはふたたび「アメリカン・ドリーマー」に戻もどる。

映画えいがの後半こうはんは、四面楚歌しめんそかのアベルがなんとか苦境くきょうを切きり抜ぬけようともがく場面ばめんの連続れんぞくだ。くわしいプロセスは伏ふせるが、このときのオスカー・アイザックの肉体にくたい言語げんごが印象いんしょうに残のこる。うしろめたい行動こうどうが多おおいせいか、アベルは眼めに悔悟かいごの色いろを浮うかべていることが多おおい。あの時代じだいにふさわしく、ダブルブレストのスーツにキャメルのロングコートといういでたちでも、彼かれはその恰好かっこうでパワーランチに出でかけていくわけではない。むしろ、ひたすら金策きんさくに駆かけまわり、灯油とうゆ強盗ごうとうを追おいかけて地下鉄ちかてつの構内こうないや草くさむした廃はい線せんを必死ひっしで走はしる。

その姿すがたが、ざらっとした街まちの風景ふうけいとよく溶とけ合あう。私わたしは、1981年ねんのニューヨークを身体しんたいで知しらないのだが、なけなしの金かねをはたいて出でかけた78年ねんや85年ねんには、街まちをけっこう歩あるきまわった記憶きおくがある。78年ねんなどはジャンキーやドーベルマンが路上ろじょうに野放のばなしだったし、深夜しんや営業えいぎょうの店番みせばんは大概たいがい、手てもとに銃じゅうを置おいていたものだ。

撮影さつえいのブラッドフォード・ヤング（「グローリー／明日あしたへの行進こうしん」を撮とった人ひとだ）は、当時とうじの街まちのざらつきや赤錆あかさびのような色調しきちょうを、思おもい切きって画面がめんに取とり入いれている。つまり、時代じだいの空気くうきがよく再現さいげんされているのだ。そんな風景ふうけいのなかを、ヒスパニックやアフリカン、あるいはイタリアンやジューイッシュといった少数しょうすう民族みんぞくがうごめく。彼かれらの大だい多数たすうは、白しろにも黒くろにも分類ぶんるいされない灰色はいいろの存在そんざいだ。そして焦点しょうてんに立たつのはもちろん、｢歩あるく脂汗あぶらあせ｣のようなアベル。アレックス・エバートが歌うたうクロージング・テーマ「アメリカ・フォー・ミー」も、痛切つうせつで皮肉ひにくな響ひびきを持もつ。J・C・チャンダーは、《脂汗あぶらあせ三さん部ぶ作さく》を世よに出だした監督かんとくとして記憶きおくされるかもしれない。

【これも一緒いっしょに見みよう】

■「マージン・コール」
2011年ねん／アメリカ映画えいが
監督かんとく：J・C・チャンダー

■「オール・イズ・ロスト最後さいごの手紙てがみ」
2013年ねん／アメリカ映画えいが
監督かんとく：J・C・チャンダー

筆者ひっしゃ紹介しょうかい

芝山しばやま幹郎みきお（しばやま・みきお）。48年ねん金沢かなざわ市し生うまれ。東京大学とうきょうだいがく仏文ふつぶん科か卒そつ。映画えいがやスポーツに関かんする評論ひょうろんのほか、翻訳ほんやく家かとしても活躍かつやく。著書ちょしょに「映画えいがは待まってくれる」「映画えいが一いち日にち一本いっぽん」「アメリカ野球やきゅう主義しゅぎ」「大だいリーグ二に階かい席せき」「アメリカ映画えいが風雲ふううん録ろく」、訳書やくしょにキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝じでん」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症ふみんしょう」などがある。