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世にも怪奇な物語 : 作品情報 - 映画.com

にも怪奇かいき物語ものがたり

劇場げきじょう公開こうかい

世にも怪奇な物語

解説かいせつ

エドガー・アラン・ポーの怪奇かいき幻想げんそう小説しょうせつを、ロジェ・バディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニらフランスとイタリアを代表だいひょうする3にん名匠めいしょう競作きょうさく映画えいがしたオムニバスホラー。

バディム監督かんとく当時とうじのパートナーであったジェーン・フォンダを主演しゅえんえ、莫大ばくだい財産ざいさん相続そうぞくしたわか伯爵はくしゃく令嬢れいじょうりかかるわざわいをえがいた「くろかん」、アラン・ドロンとブリジット・バルドーが共演きょうえんし、同姓どうせい同名どうめい自分じぶんふりふたつのおとこ存在そんざいなやまされるおとこと、賭場とば出会であった美女びじょ対決たいけつえがくマル監督かんとくさくかげころしたおとこ」、テレンス・スタンプえんじる俳優はいゆう異国いこくイタリアでさけおぼ少女しょうじょ幻影げんえい対峙たいじする姿すがたえがいたフェリーニ監督かんとくさく悪魔あくま首飾くびかざり」のぜん3構成こうせい

「ホラー秘宝ひほうまつり 2023」(23ねん8がつ18にち~、東京とうきょう・キネカ大森おおもり、アップリンク吉祥寺きちじょうじほか)にて4Kリマスターばん上映じょうえい

1967ねん製作せいさく/121ふん/フランス・イタリア合作がっさく
原題げんだいまたはえいだい:Histoires extraordinaires
配給はいきゅう:キングレコード
劇場げきじょう公開こうかい:2023ねん8がつ18にち

その公開こうかい:1969ねん7がつ12にち日本にっぽんはつ公開こうかい

原則げんそくとして東京とうきょういち週間しゅうかん以上いじょう上映じょうえいおこなわれた場合ばあい掲載けいさいしています。
映画えいがさいでの上映じょうえい一部いちぶ特集とくしゅう上映じょうえい特別とくべつ上映じょうえい配給はいきゅう会社かいしゃ主体しゅたいではない上映じょうえい企画きかくとう公開こうかいされたものなど掲載けいさいされない場合ばあいもあります。

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(C)1967- TF1 DROITS AUDIOVISUELS - PRODUZIONI EUROPEE ASSOCIATES S.A.S

映画えいがレビュー

3.0さく共通きょうつうして主人公しゅじんこうがクズ!?

2023ねん8がつ28にち
iPhoneアプリから投稿とうこう

エドガー・アラン・ポーの原作げんさくを3にん監督かんとくがそれぞれ実写じっしゃしたオムニバス。

さくかねにモノわす傲慢ごうまんおんな主人しゅじん、2さく真正しんせいサディスト(もはやサイコパスのいき軍人ぐんじん、3さくちぶれたアル中あるちゅう映画えいが俳優はいゆうと、なぜか主人公しゅじんこうぞろいもそろって感情かんじょう移入いにゅうしづらいクズ人間にんげんなのでw、どの作品さくひん主人公しゅじんこう目線めせんでストーリーをうというより、演技えんぎ演出えんしゅつから雰囲気ふんいきかんじとるたのしみかたがメインになります。
全体ぜんたいてき説明せつめい不足ふそくというか、展開てんかい唐突とうとつ部分ぶぶんおおいのでなおのこと。

個人こじんてきりは3さく悪魔あくま首飾くびかざり。肝心かんじんしろ少女しょうじょ存在そんざいかんうすいのがになりますが、はなしのスジはさくよりかりやすいし、終始しゅうし得体えたいれない薄気味悪うすきみわるさがただよっていてこのみでした。

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克晴

4.5巨匠きょしょうさんにんによるポーの映像えいぞうオムニバス。フェリーニさく才能さいのうほとばしかれ最高さいこう傑作けっさくのひとつ。

2023ねん8がつ19にち
PCから投稿とうこう
鑑賞かんしょう方法ほうほう映画えいがかん

アップリンク吉祥寺きちじょうじの『ホラー秘宝ひほうまつり2023』にて鑑賞かんしょう
毎年まいとしなつになるとキネカ大森おおもり吉祥寺きちじょうじ開催かいさいされているこの企画きかく、70~80年代ねんだいのジャッロやホラーの近作きんさくまじえて、いにしえめのマスターピースやハーシェル・ゴードン・ルイスのゴアムーヴィーなんかをやってくれるので、むかしヴィデオでただけのなつかしい傑作けっさく映画えいがかんられて大変たいへん重宝ちょうほうしている。
今回こんかい目玉めだまのひとつが、こちら4Kばんの『にも怪奇かいき物語ものがたり』だ。

60年代ねんだいまつにすでに巨匠きょしょうであったロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニのさんにん参加さんかしたエドガー・アラン・ポー原作げんさくのホラー・オムニバスで(当時とうじ、この複数ふくすう監督かんとく参加さんかする艶笑えんしょうたん怪奇かいきもののオムニバス映画えいがが、フランスやイタリアでだい流行りゅうこうしていた)、当初とうしょはオーソン・ウェルズやルキノ・ヴィスコンティ、ジョセフ・ロージー、クロード・シャブロルあたりも参加さんか予定よていだったらしいが、結局けっきょく頓挫とんざしたり合流ごうりゅうできなかったりで、上記じょうきさんにんおさまったとのこと。

おなじポー原作げんさく競作きょうさくするといっても、原作げんさくあつかかたや「恐怖きょうふ」のとらかた、ゴチックてき雰囲気ふんいきかたには、さんしゃさんよう個性こせい明確めいかくていて、じつ面白おもしろい。
内容ないようてきには、とにかくフェリーニさく出来でき図抜ずぬけていて、のこにんの「前座ぜんざかんがきつくて可哀想かわいそうだが、それぞれのあじはちゃんとかんじられるし、そうじて面白おもしろいオムニバスだとおもう。

― ― ―

だいいちくろかん』。
原作げんさくは、ポーの「メッツェンガーシュタイン」。
映画えいがない使用しよう言語げんご英語えいご
ロジェ・ヴァディム監督かんとくが、当時とうじおくさんだったジェーン・フォンダを主演しゅえんったのろいの物語ものがたりで、前作ぜんさく『バーバレラ』をってから、すぐに撮影さつえいにとりかかったらしい。
原作げんさくは、15さい少年しょうねん当主とうしゅフレデリックと敵対てきたいするろう当主とうしゅウィルヘルムの名家めいか同士どうしこうそうばなしとなっているのを、わざわざ「おんな当主とうしゅ従兄弟いとこ」のちょっと「ぎゃくあらしおか」めいた愛憎あいぞう物語ものがたりえたのは、もちろん第一義だいいちぎてきには、つまのジェーン・フォンダにヒロインをやらせるためだろう。

ロジェ・ヴァディムのアプローチは、あくまでも「モチーフ」主体しゅたいだ。
ジェーン・フォンダのうつくしい顔貌かおかたち肢体したい、そしてエキセントリックな衣装いしょう
荒涼こうりょうたるブルターニュの光景こうけいと、古城こじょう廃墟はいきょ森林しんりんうみけい
エロティックな器具きぐと、刀剣とうけん蝋燭ろうそく、タペストリーといった退廃たいはいてき調度ちょうど
くろひょうようけん、キンメフクロウといった動物どうぶつたち。

とにかくインパクトのある「かたち」「」のモチーフをかきあつめ、贅沢ぜいたくならべてたのしませる。そのモチーフのうつくしさと奇矯ききょうさ、不気味ぶきみさと博物学はくぶつがくてき魅力みりょくによって、観客かんきゃく関心かんしんて、視覚しかくてき幻想げんそうにひたらせる。
まずは、そこに主眼しゅがんかれている。
描写びょうしゃはあくまでイメージ先行せんこうで、「うつくしくコケティッシュなジェーン・フォンダの“めす”の魅力みりょく」を、ひたすらゴチックてき雰囲気ふんいきのなかで堪能たんのうすることが、映画えいがのほぼすべてといってもよい。
そのぶん、各人かくじん演技えんぎはほぼ学芸がくげいかいレベルで、カメラワークもたいしてっていない。
くろ騎乗きじょうするシーンなどは、もうすこしヴァリエーションをたせないとさすがに退屈たいくつだし、そうじておなじようなシーンのリピートがおおすぎる。

いちてん、あまり指摘してきされないてんだが、「くろ」「ほのお」「む」というキーワードで容易ようい想起そうきされる物語ものがたりがある。
そう、『ニーベルングの指輪ゆびわ』に登場とうじょうする、ブリュンヒルデと愛馬あいばグラーネだ。
実際じっさい映画えいがのなかでジェーン・フォンダはむねかぶとのような金属きんぞくせいふくているし、ゆみ技量ぎりょうなどでアルテミスばりの正確せいかくさをせつけている。
わなとらわれたフレデリックをウィルヘルムがたすけるのが二人ふたりのなれそめというのも、いかにもブリュンヒルデとジークフリートの出逢であいを想起そうきさせる。
なにより、相手あいてやく実弟じっていのピーター・フォンダがキャスティングされているのが意味深いみしんだ。
ブリュンヒルデとジークフリートは伯母おばおいであり、ジークフリートのちちはは双子ふたご兄妹きょうだい。このへんが反映はんえいされているとかんがえるのが妥当だとうなところではないだろうか。
ようするにロジェ・ヴァディムは、原作げんさくの「あく少年しょうねん」を妙齢みょうれい女性じょせいであるジェーン・フォンダにすげえるにあたって、くろ連想れんそうから、そのキャラクターにブリュンヒルデをオーバーラップさせることをおもいついた。そこから、あいしてもむくわれない相手あいてやくに「ジェーン・フォンダのおとうと」をキャスティングするという奇妙きみょう選択せんたくまれたというわけ。
べつになんの資料しりょうたわけでもないのでたんなるぼく推量ずいりょうだが、意外いがいといいところをついているのではないかとおもっている。

― ― ―

だいかげころしたおとこ』。
原作げんさくは、ポーの『ウィリアム・ウィルソン』。
映画えいがない使用しよう言語げんごフランス語ふらんすご
ルイ・マル監督かんとくつぎさく資金しきんあつめのためにけた作品さくひんで、原作げんさくはいわゆる「ドッペルゲンガー」ものの古典こてん
内容ないようは、ポーが『くろねこ』や『ぐち心臓しんぞう』など複数ふくすう作品さくひんかえしてきたお得意とくい構図こうずで、いかにもピカレスクな悪漢あっかん犯罪はんざいくわだてるが、みずからのうちなる「良心りょうしんこえ」が分離ぶんりしたドッペルゲンガーてき存在そんざいきょをつかれ、犯行はんこうあばかれ破滅はめつするというパターンの物語ものがたりだ。

告解こっかいみずからの過去かこかたるという設定せっていや、少年しょうねんのサディスティックな滑車かっしゃげのいじめシーン、死体したい解剖かいぼうのシーン(ポーの『いき喪失そうしつ』あたりを意識いしきしているか)、いかさまトランプの相手あいて貴族きぞくから女性じょせいギャンブラー(クラウディア・カルディナーレにしかえないブリジット・バルドーw)になっているなど、個々ここのイベント自体じたいはかなりいじっているが、はなし大筋おおすじはほぼ原作げんさくどおりで展開てんかいしている。

ルイ・マルの手法しゅほうは、モンタージュ主導しゅどうだ。
冒頭ぼうとう墜落ついらくシーンから、かなりったとき系列けいれつのシャッフルと、クセのつよいモンタージュが仕掛しかけられている。そのまわるカメラ、極端きょくたんなズーム、移動いどうショット、はしったり剣戟けんげきしたりの動的どうてきなシーン、ドッペルゲンガーの視点してんえなど、「かた」だけで映画えいが成立せいりつさせようという、至極しごくまっとうな使命しめいかんをもってつくられている。
そのわりに、物事ものごと描写びょうしゃ自体じたいは、意外いがいなくらいそく物的ぶってきだといえるかもしれない。
実際じっさいきた事実じじつをなるべくそのままに、比較的ひかくてき淡々たんたん描写びょうしゃしている。
これは原作げんさく自体じたいの、なんだかポーにしてはやけに抑制よくせいてきそく物的ぶってき文体ぶんたい呼応こおうさせている部分ぶぶんもあるのだろう。
ぎゃくにそうであるからこそ、主人公しゅじんこうウィリアム・ウィルソンの嗜虐しぎゃくせい残忍ざんにんさが際立きわだってかんじられるし、下世話げせわでエロティックで露骨ろこつなSM描写びょうしゃも、あるしゅ生々なまなましさをちつつも、なんとなく受容じゅようできるかたち仕上しあがっている。

ただ個人こじんてきには、ルイ・マルにとっては不本意ふほんい手慣てなれないSM描写びょうしゃ無理むりやりんだがゆえに、解剖かいぼうだいでの女性じょせい凌辱りょうじょくをあのままつづけたとして、ウィルソンと同朋どうほうたちはどうあのおさめるつもりだったのだろうとか、バルドーの半裸はんら鞭打むちうちは許容きょようするのに、イカサマをやっていたとれた途端とたんてのひらをくるっとかえ連中れんちゅう不自然ふしぜんすぎるとか、いろいろとうまくいかない部分ぶぶんのこってしまっているはする。
あと、エクストラカードとパームを使つかったあんな古典こてんてきイカサマやって、だれづかないなんてことがあるんだろうか、とか。

とはいえ、とにかく絶頂ぜっちょうのアラン・ドロンの美貌びぼうががっつりとらえられているのはたしかで、とくにかための制服せいふくとアラン・ドロンの相性あいしょうさがうまく利用りようされているのがじつい。
アラン・ドロンの少年しょうねん時代じだいえんじている子役こやくも、本家ほんけけないくらいのんだ美貌びぼうそなえており、そうじてアラン・ドロンをこよなくあいするぼくとしては、十分じゅうぶんにご褒美ほうびたり映画えいがだといえる。

― ― ―

だいさん悪魔あくま首飾くびかざり』
原作げんさくは、ポーの『悪魔あくまくびをかけるな』。
映画えいがない使用しよう言語げんごは、イタリア英語えいご
ち」以外いがいは、ほぼ原作げんさく無視むしした完全かんぜんオリジナルといっていいくらいの、フェリーニりゅう改造かいぞうほどこされており、舞台ぶたい現代げんだいのショービズ世界せかいえている。

こちらは、ひかえめにいってもすごい傑作けっさく
ちょっとぶっぶくらいの完成かんせいで、20ねんぶりくらいにて、その真価しんかあらためて認識にんしきさせられた。50ねん以上いじょうまえ映画えいがなのに、まるでふるびていない。

フェリーニの武器ぶきは、想像そうぞうりょく幻視げんしりょくだ。
あふれかえるあやぎぬそう悪夢あくむてきヴィジョン。
かわいたわらいとうつろな恐怖きょうふ
伝統でんとうてきしろげい演劇えんげきをベースとした、あやしさ満点まんてんのキャラクターたち。
監督かんとくは、映画えいがスターがローマの空港くうこうったその瞬間しゅんかんから、ノンストップでぶっとんだセンスと畸形てき造形ぞうけいせいをハイテンションで投入とうにゅうしつづけ、観客かんきゃくいきつくあいだあたえない。

フェリーニ様式ようしき確立かくりつして以降いこう映画えいがとしては、もっとも商業しょうぎょうてき観客かんきゃくあゆった内容ないよう通俗つうぞくてきなホラー)で、極端きょくたん難解なんかいさを回避かいひしているうえに、時間じかんてきにも1あいだじゃく気楽きらくたのしめて、かつフェリーニの個性こせいがこれ以上いじょうないまでに噴出ふんしゅつしている。
しかも、最初さいしょから最初さいしょまで異様いようなテンションでぶっばしてて、すべてのフェリーニ映画えいがのなかでも、もっとも「動的どうてき」で「煽情せんじょうてき」なヴァイタリティがみなぎっている。
個人こじんてきには、ある意味いみかれの「最高さいこう傑作けっさく」じゃないかといたいくらい、ぼくはこのみじか幻想げんそうたんあいしている。

フェリーニが、この作品さくひん中核ちゅうかく怪奇かいきてきなヴィジョンとして、マリオ・バーヴァの『のろいのかん』(1966)から「しろいボールをったしろふく金髪きんぱつ少女しょうじょ幻影げんえい」をりてきたことはよくられているが、おな悪魔あくま悪霊あくりょう)キャラとしては、ほんさくのほうが格段かくだんにスマートでインパクトのある使つかかたがなされているとえる。
ここぞというところで、ぎゃくまわしのボールのトリック撮影さつえいてくるのは、ジャン・コクトーのセンスをちょっと想起そうきさせるし、とにかく少女しょうじょ上目遣うわめづかいのはんわらいがトラウマきゅう薄気味悪うすきみわるすぎる(笑)かっこわらい
そのインパクトはとにかく強烈きょうれつで、みなさんおづきのとおり、ほんさくにおける少女しょうじょたたずまいや登場とうじょう仕方しかたは、のちの日本にっぽんいち時代じだい席捲せっけんした一連いちれんのJホラーぐん……『のろい怨』や『リング』といった「子供こども女性じょせいれいてくる」あらゆる映画えいがにおいて、圧倒的あっとうてき影響えいきょうおよぼしている。

それと、徹底的てっていてき奇妙きみょう登場とうじょう人物じんぶつたちで場面ばめんすみからすみまでくしていく、フェリーニ特有とくゆう悪夢あくむてき幻視げんしせい淵源えんげん辿たどるとすれば、ぼくはヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルのえがく15~16世紀せいき地獄じごくがあるのではないかとおもっている。
奇抜きばつ服装ふくそう奇矯ききょう行動こうどう、グロテスクな顔貌かおかたち恐怖きょうふわらいの混淆こんこう
ボスのかいなキャラクターぐんは、そのままローマの空港くうこうへと移入いにゅうされ、ロックスターのパロディであり、現代げんだいのヴァンパイア(ける死人しにん)のよそおいをあたえられたテレンス・スタンプの到着とうちゃくげる。
悪夢あくむてきなヴィジョンはやがて空港くうこうからあふれし、オレンジしょく夕景ゆうけいはしるタクシーをて、映画えいがしょう受賞じゅしょう式典しきてんをもおおくす。
ラストちかくでてくる、遠景えんけい高所こうしょまどからひかりしていて、そこから人物じんぶつこえをかけてくるイメージ。あれなどは、まさにヒエロニムス・ボスの絵画かいがないなんてきた描写びょうしゃそのものだ。

それともうひとつ。
テレンス・スタンプがくび厳重げんじゅういているネッカチーフ。
あれをかれがしきりにさわったり、ほどきかけたり、きなおしたりすることで、観客かんきゃく意識いしきをそこに集中しゅうちゅうさせる演出えんしゅつは、なかなかに老獪ろうかい狷介けんかいだとおもう。
あれをったら、いったいどうなるのか?
ヴァンパイアの眷属けんぞくのように、首筋くびすじふたあながぽっかりいているのでは?
あるいは、デュラハンのように、すでによこにすっぱりれていて、そのままころりとちてしまうのでは?
そんな妄想もうそう観客かんきゃくてるうまいブラフ、あるいはギミックとして機能きのうしていて、本当ほんとう感心かんしんする。

最後さいごまでわったとき、われわれははじめて、この物語ものがたりがアンブローズ・ビアスの『アウル・クリークきょういち事件じけん』(ロベール・アンリコの『ふくろうのかわ』の原作げんさく)に叙述じょじゅつ構造こうぞうったはなしであったことに気付きづく。
同時どうじに、凋落ちょうらくしたプライドのやりどころや、それにともなはげしいまれ念慮ねんりょといった、きわめて現代げんだいてきでアップトゥデイトなテーマをもあつかっていることに、衝撃しょうげきけることだろう。

悪魔あくま首飾くびかざり』1ほんるためだけでも、『にも怪奇かいき物語ものがたり』はあしはこぶにあたいする映画えいがだ。ちょうおすすめです。

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じゃい

4.5怪奇かいき世界せかいにようこそ。 破滅はめつ美学びがく堪能かんのうあれ。

2022ねん7がつ30にち
PCから投稿とうこう
鑑賞かんしょう方法ほうほう:VOD

こわ

知的ちてき

むずかしい

江戸川えどがわ乱歩らんぽとう熱狂ねっきょうてきファンがおおいエドガー・アラン・ポー小説しょうせつ映画えいがした、3にん監督かんとくのオムニバス。
 『くろかん』ヴァデム監督かんとく ☆2つ。
 『かげころしたおとこ』マル監督かんとく ☆みっつ。
 『悪魔あくま首飾くびかざり』フェリーニ監督かんとく ☆いつつ。
  総合そうごう評価ひょうかは、平均へいきんして、☆3.3・・・・・なのだけれど、
  「トラウマ必須ひっす」と名高なだかい『悪魔あくま首飾くびかざり』が、こわくて、後味あとあじわるくて、それでもきつけられるという、わけのわからない映画えいがです。

 R・PG指定していのないこの映画えいがなにらずにども時代じだい鑑賞かんしょうされたほうは、だいたいくちそろえて「トラウマ」とう。
 とはいえ、”トラウマ”を期待きたいしたり、有名ゆうめいなネタバレをって鑑賞かんしょうしたりすると、「そんなにこわくない」になるかも。
 この映画えいが話題わだいになって、『悪魔あくま首飾くびかざり』てき演出えんしゅつをしている恐怖きょうふ映画えいがえているせいもあるからとおもいます。
 でも、役者やくしゃ演技えんぎ監督かんとく演出えんしゅつ。その世界せかいかん。やっぱりこわいよ。わたしには。

にも奇妙きみょう物語ものがたり』の着想ちゃくそうのもととなった映画えいがとか。
 ポーも、江戸川えどがわ乱歩らんぽとう後世こうせいおおきな影響えいきょうあたえていますが、
 この映画えいがも、かく方面ほうめん影響えいきょうあたえているのでしょう。

 幻想げんそうてき耽美たんびで、人間にんげんやみって読者どくしゃせるポー世界せかいかんを、3にん監督かんとくがどう映画えいがしているか。3にん3ようあじていて面白おもしろい。
 ヴァデム監督かんとくは、くファッショナブルな衣装いしょう古城こじょう自然しぜんわせ。貴族きぞく退廃たいはいてきでゴージャスな世界せかいを、ちょっと間延まのび?といたくなるほど、たっぷりと堪能たんのうさせてくれる。
 マル監督かんとくは、1さくより時代じだい現代げんだいちか設定せっていにしているせいか、コージャスではあるものの、よりスマート。必要ひつよう部分ぶぶんだけを的確てきかく映像えいぞうしている。
 フェリーニ監督かんとくは、舞台ぶたい現代げんだいにし、芸能げいのうかい華々はなばなしくえがき、かつ、現実げんじつ心象しんしょう風景ふうけい幻想げんそう幻覚げんかく境目さかいめ曖昧あいまいにして、百鬼夜行ひゃっきやこうようをこれでもかとえがる。
 企画きかく段階だんかいで、このようなコンセプトにしたのか、たんに監督かんとくあじなのか。コテコテの作品さくひんばかりだとつかれるが、いバランスとなっている。すこしずつ狂気きょうきさそわれる。

(ポー小説しょうせつはいくつかんでいるものの、この映画えいが原作げんさく未読みどく

1:『くろかん』ヴァデム監督かんとく
 とにかくうつくしい。美男びなん美女びじょもそうだけど、衣装いしょう調度ちょうどしろもり風景ふうけいにうっとりします。
 ジェーン・フォンダさんえんじる伯爵はくしゃく夫人ふじん奔放ほんぽうさにも釘付くぎづけ。ヘンリー・フォンダむすめとして、元々もともとセレブだからか、い、言葉ことばとういたについています。実生活じっせいかつでもこんななのではと偏見へんけんをもってしまうほど。
 物語ものがたりはお金持かねもちのわがままおんなの…でなんとなくいたいことはわかるけど、「のろいをることにした」とかきゅうわれても…(りがわるいのか?字幕じまくわるいのか?)。最期さいごおんな主人公しゅじんこう歓喜かんききわまる表情ひょうじょうも、状況じょうきょうかんがえると怪奇かいきそのものなんですが、そこにいたるまでが説明せつめい不足ふそく唐突とうとつえます。そのあたり心理しんり描写びょうしゃをしっかりと、または怪奇かいきてきながれをしっかりえがいてくれたら最高さいこうなんですが…。ただ、ひとじゃれ、うまじゃれている印象いんしょうしかのこらない。消化しょうか昇華しょうか不良ふりょう。”のろい”よりも、おんな主人公しゅじんこう性癖せいへき言動げんどう、それをまわりがゆるしてしまう環境かんきょうそのものが怪奇かいきなのか?一人ひとりでいるときとか、男爵だんしゃくといるときは普通ふつうひとだし。
 ヴァデム監督かんとく作品さくひんは、に『危険きけん関係かんけい』しかていません。『危険きけん関係かんけい』の、ひとひととしてていない、けれどあるきっかけでひととしてのしんもどしそうになるよう共通きょうつうするのでしょうか?
 それより、ヴァデム監督かんとく自身じしん相当そうとうなプレーボーイだったとか。『危険きけん関係かんけい』でも、その映画えいが撮影さつえい当時とうじつまだった女優じょゆう作品さくひん登場とうじょうさせていますが、この作品さくひんでも、撮影さつえい当時とうじつまだったジェーンさんを主役しゅやくってきています。そのジェーンさんがえんじる伯爵はくしゃく夫人ふじん恋焦こいこがれる男爵だんしゃくを、ジェーンさんの実弟じっていピーターえんじていらして、”禁断きんだんの・・・”という雰囲気ふんいきしているというレビューもんだことがありますが、たんに、おっとである監督かんとくが、つまおとここいするようせたくなかったがゆえ配役はいやく?とか妄想もうそうしてしまいます。(ちなみに、2さく登場とうじょうするバルドーさんも、ヴァデム監督かんとくもとつま遍歴へんれきがすごすぎます)
 映画えいがほうのストーリーにのめりこめなかったせいか、そんなうら事情じじょうあたまにちらついてしまいます。テーマ自体じたいは、なんでもおもどおりになる環境かんきょうであるからこそ、しん空虚くうきょで、それゆえ破滅はめつみちびかれてしまう夫人ふじん顛末てんまつという映画えいが最適さいてきなものなのに。この伯爵はくしゃく夫人ふじんおな心境しんきょうにいたのが、監督かんとくであり、ジェーンさん・ピーターなのだろうかとまで妄想もうそうしてしまいます。
 わたしの、エドガー・アラン・ポー小説しょうせつイメージってなぜか『ポーの一族いちぞく』。その『ポーの一族いちぞく』にちかいのは1でしょうか?どこか退廃たいはいてき耽美たんびでロマンチック、なのに物悲ものがなしいところにいしれていました。”宿命しゅくめい”にしばられている、永遠えいえんでありながら、”ほろび”がちらつき、”発展はってん”がえない。世界せかいかん見事みごとです。

2:『かげころしたおとこ』マル監督かんとく
 とにかくアラン・ドロンうつくしいし、子役こやくもすごかったです。
 でも、映画えいがあそびがない。現実げんじつてきこわいです。
  『にも奇妙きみょう物語ものがたり』にもドッペルゲンガーてきはなしがあったように記憶きおくしていますが、こちらのほうさきですね。でもその設定せっていより、主人公しゅじんこう性格せいかくほうこわかったです。しかも、現実げんじつにいそうなのが、よりいっそうこわい。しかも、まわりはめない。なんてひとたちなんだ。
 マル監督かんとく作品さくひんは、には『死刑しけいだいのエレベーター』しかていません。『死刑しけいだいのエレベーター』も、ジャンヌ・モローさんとマイルス・デイヴィス音楽おんがくありきの映画えいがでしたが、この映画えいがもドロンありきの映画えいがです。ドロンの、あのつめたさがなければ、もっとドッペルゲンガー現象げんしょう比重ひじゅうかれたはなしになっていたのではないでしょうか。

3:『悪魔あくま首飾くびかざり』フェリーニ監督かんとく
 テレンス・スタンプかいえんじ!!! 映画えいがてくるおんなたしかにトラウマになります。
 おんなえんじた女優じょゆう撮影さつえい当時とうじ22さいきました。「トラウマのおんな」なんてどものうちからレッテルられていたらどうしようと心配しんぱいしていましたが、杞憂きゆうでした。(ほっ。)
 はなしは、『8 1/2』とカブってしまって…。『8 1/2』より狂気きょうき世界せかいがありません。いや、はあそこだけか、ラストの、あの・・・。と、あたま段々だんだん酩酊めいていしてきます。んでないのに。そんないつめられた、あきらめたかんじが、いやかんじでのちをひきます。
 色調しきちょうがこれでもかというほど、めまいをこしそうになるほど不愉快ふゆかいです。芸術げいじゅつ作品さくひんとしてはりにった色合いろあいなのだけど、つづけることを拒否きょひしたくなります。だのに、時折ときおりんでくるテレンスおんな表情ひょうじょうしんうばわれてはなせません。たくないのにさがしてしまいます。
 気持きもわるい。夢見ゆめみわるい。ラストも、予想よそうしつつも、ポ~ンと、あの場所ばしょ(ハイウェイなのかやみそこなしぬまなのか)に、主人公しゅじんこうわりにわたしがおいてかれたかん半端はんぱありません。
 すっきりしない。鑑賞かんしょう口直くちなおしの映画えいがしくなります。
 『みち』のようなすくいもありません。『アマルコルド』や『8 1/2』のようなユーモアもありません。
 これだけ、酷評こくひょうしているのに、わすれられません。こわがりで躊躇ちゅうちょするのに、またたしかめたくなります。
 まさに映像えいぞう音楽おんがくのドラッグ。
 すざまじいの一言ひとことです。

たくない、でもきつけられてしまう。そんな映画えいがです。
それこそ怪奇かいき現象げんしょう? さあ、怪奇かいき世界せかいさそわれん。 ともに、くるいましょう。

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とみいじょん

4.0背筋せすじこおるような不気味ぶきみ後味あとあじ

2021ねん3がつ22にち
PCから投稿とうこう
鑑賞かんしょう方法ほうほう:VOD

雑誌ざっし特徴とくちょうてきなイラストをえがくイラストレーターさんがむかしこの映画えいが
影響えいきょうされた」とっていたのをんだのが鑑賞かんしょうのきっかけ。

エドガー・アラン・ポーの作品さくひん原作げんさくとして、
にん監督かんとくがそれぞれひとつずつ制作せいさくした物語ものがたりうつされる
オムニバス形式けいしきのホラー。

ホラーとってもみどろな雰囲気ふんいきく、
どことなく不気味ぶきみ背筋せすじがぞくりとするような後味あとあじ

番目ばんめの「くろかん」は、ストーリーはもちろん
独特どくとく美的びてき感覚かんかくつくられた衣装いしょう印象いんしょうてき

番目ばんめの「かげころしたおとこ」はわかかりしころのアラン・ドロンにきがちだけど、ラストの演出えんしゅつなか々に不気味ぶきみ

番目ばんめの「悪魔あくま首飾くびかざり」は、
少女しょうじょみが脳裏のうりいてゆめてきそう。
ジャパニーズホラーとはまったくテイストがちがうのにこっちのほうがかなりこわい。そのみに魅入みいられたら最後さいご二度にど彼岸ひがんからはかえれない…。

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スクラ