タレンタイム　優やさしい歌うた : 映画えいが評論ひょうろん・批評ひひょう

2024年ねん7月がつ23日にち更新こうしん

2024年ねん7月がつ20日はつかよりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー

民族みんぞくや宗教しゅうきょうの壁かべを越こえて、愛あいと寛容かんよう、ユーモアに溢あふれた世界せかいが時代じだいも超こえる

鑑賞かんしょう後ごにじわじわと心しんに残のこり続つづける、まさに語かたり継つがれるべき映画えいがである。マレーシアの女性じょせい監督かんとくヤスミン・アフマドの最高さいこう傑作けっさくであり、長編ちょうへん映画えいがとしての遺作いさくとなった作品さくひんが、「タレンタイム　優やさしい歌うた」の邦題ほうだいで、没後ぼつご15年ねんを記念きねんし、この夏なつ劇場げきじょうでアンコール上映じょうえいされている。2009年ねん7月がつ25日にち、本ほん作さく発表はっぴょう後ごに51歳さいという若わかさで急逝きゅうせいしたヤスミン監督かんとくの早はやすぎる死しが、映画えいが史し的てきにも大おおきな損失そんしつとなったことを刻印こくいんするような作品さくひんだ。

高校こうこうで開催かいさいされる音楽おんがくコンクール“タレンタイム”（マレーシア英語えいごで、学生がくせいの芸能げいのうコンテストのこと）に挑戦ちょうせんする生徒せいとたちのかけがえのない青春せいしゅんを、多た民族みんぞく国家こっか（マレー系けい、インド系けい、中国ちゅうごく系けいなど）であるマレーシア社会しゃかいの民族みんぞくや宗教しゅうきょうの違ちがいによる葛藤かっとうを抱かかえた人々ひとびとの生いきる姿すがたを通とおして描えがく。英語えいご、マレー語ご、タミル語ご、中国ちゅうごく語ご、広東かんとん語ごなど複数ふくすうの言語げんごが飛とび交かい、様々さまざまな人々ひとびとが混在こんざいする世界せかいを肯定こうていして、民族みんぞくや宗教しゅうきょうの壁かべを軽かろやかに越こえる世界せかいを描えがいているのがヤスミン作品さくひんの特徴とくちょうだ。

(C)Primeworks Studios Sdn Bhd

本ほん作さくの劇げき中ちゅう、ピアノの上手じょうずな女子じょし学生がくせいムルーは、耳みみの聞きこえない男子だんし学生がくせいマヘシュと恋こいに落おちるが、2人ふたりにはその言葉ことばさえも必要ひつようなく、目めがあった瞬間しゅんかんに恋こいに落おち、ムルーが歌うたう歌うたと、目もくと目め、バイクの2人ふたり乗のり、そして手話しゅわで愛あいを伝つたえ合あう。現実げんじつ的てきな葛藤かっとうが伴ともないながら、それぞれの家いえの事情じじょうや宗教しゅうきょうの違ちがいを越こえてしまう2人ふたりの恋こいは若わかさゆえとも言いえるが、家族かぞくさえも容易よういに引ひき裂さくことはできないほど強つよい。

そして、そんなドラマが心しんに残のこるもうひとつの魅力みりょくは音楽おんがくだ。ドビッシューの「月つきの光ひかり」が印象いんしょう的てきに使用しようされ、インド映画えいがの曲きょくも流ながれるが、マレーシアの人気にんきアーティストであるピート・テオが作曲さっきょくした「I Go」と「Angel」、「Just One Boy」は一いち度ど聴きいたら耳みみから離はなれないほど心しんに沁しみる。

本ほん作さくとともに特別とくべつ上映じょうえいされるヤスミン監督かんとくの長編ちょうへん第だい2作さくであり、もうひとつの傑作けっさくと評ひょうされている「細ほそい目め」（2004）では、香港ほんこんの映画えいがスター金城きんじょう武たけしが好すきなマレー系けいの少女しょうじょと、露店ろてんで海賊版かいぞくばんの香港ほんこん映画えいがVCDを売うる中国ちゅうごく系けいの少年しょうねんの初恋はつこいが描えがかれ、この2人ふたりが露店ろてんで目めがあった瞬間しゅんかんに恋こいに落おちるシーンも秀逸しゅういつだ。細ほそい目めとは、中国ちゅうごく系けいの目めが細ほそいことをからかうマレーシアのい方いかた（原題げんだいは「Sepet」）だったが、この作品さくひんのヒットによってチャーミングな目めと価値かち観かんさえも変かえたと言いわれている。さらに、筆者ひっしゃもき覚きおぼえのある声こえ（言語げんご）の歌うただと思おもっていたら、エンドクレジットで香港ほんこんのサミュエル・ホイの広東かんとん語ごの歌うたが使用しようされていることがわかり、異ことなる文化ぶんかでつくられたものをヤスミン監督かんとくはつないだりもしている。

生前せいぜん「寅とらさんシリーズ」のファンで、ピート・テオとは山田やまだ洋次ようじ監督かんとくについてよく話はなし合あったという。「タレンタイム」の冒頭ぼうとうの学校がっこうを映うつす生徒せいとのいない廊下ろうかなどのシーンは、山田やまだ監督かんとくの松竹しょうちくの大だい先輩せんぱいにあたる小津おつ安あん二郎じろう監督かんとく作品さくひんを想起そうきさせたりもするが、ヤスミン監督かんとくの母方ははかたの祖母そぼは日本人にっぽんじんだということも、彼女かのじょの作品さくひんが日本人にっぽんじんの心情しんじょうともつながってくる理由りゆうなのかもしれない。

また、最もっとも影響えいきょうを受うけたのはチャールズ・チャップリンでベストは「街まちの灯ひ（1931）」だという。「人生じんせいには、とても楽たのしい瞬間しゅんかんのそばにいつも悲劇ひげきが隣となり合あっているという私わたしの考かんがえ方かたが『街まちの灯ひ』に通つうじているからです」と語かたっている。ヤスミン作品さくひんは人ひとへの愛あいと寛容かんよう、思おもいやる優やさしさに溢あふれており、混在こんざいする世界せかいの現実げんじつを見みつめながら、ユーモアを忘わすれないその世界せかいとつながってみて欲ほしい。

（和田わだ隆たかし）