マイ・ブックショップ : 映画えいが評論ひょうろん・批評ひひょう

2019年ねん2月がつ26日にち更新こうしん

2019年ねん3月がつ9日にちよりシネスイッチ銀座ぎんざほかにてロードショー

近年きんねん、これほど意表いひょうを突つく、見事みごとな余韻よいんを漂ただよわせるエンディングを見みたことがない

映画えいが史しには希少きしょうながらも本ほん好すき、書店しょてん好すきの人間にんげんのデリケートな急所きゅうしょを突ついてくる作品さくひんが時ときおり現あらわれる。まず思おもい浮うかぶのは、ニューヨークに住すむ女流じょりゅう作家さっかアン・バンクロフトとロンドンの古書こしょ店主てんしゅアンソニー・ホプキンスの手紙てがみだけによる20年ねんの交流こうりゅうを綴つづった「チャーリング・クロス街がい84番地ばんち」だ。そして、「マイ・ブックショップ」は久々ひさびさに現あらわれた書物しょもつ・書店しょてんへの愛あいを慎つつましく謳うたい上あげた逸品いっぴんといってよいだろう。

舞台ぶたいは1959年ねん、イギリス東部とうぶの海辺うみべの小ちいさな町まち。戦争せんそうで夫おっとを亡なくしたフローレンス・グリーン（エミリー・モーティマー）は、長ながい間あいだ、放置ほうちされていた「オールドハウス」を買かい取とり、夫おっととの夢ゆめだった書店しょてんを開ひらく。当初とうしょ、店みせは予想よそう以上いじょうに賑にぎわいをみせ、フローレンスは本ほんをまったく読よまないと吹聴ふいちょうする少女しょうじょクリスティーン（オナー・ニーフシー）を手伝てつだいに雇やとう。ところが、同おなじ場所ばしょに芸術げいじゅつセンターを構想こうそうする町まちの有力ゆうりょく者しゃガマート夫人ふじん（パトリシア・クラークソン）は書店しょてんを廃業はいぎょうさせるべく、さまざまな策謀さくぼうをめぐらせ、彼女かのじょを窮地きゅうちに追おいやっていく。

物語ものがたりは、この二人ふたりの女性じょせいの水面すいめん下かでの熾烈しれつな闘争とうそうを縦糸たていとに、そして、フローレンスと40年ねんも邸宅ていたくに引ひきこもっている読書どくしょ家かの老ろう紳士しんしブランディッシュ（ビル・ナイ）との麗うるわしいまでの書物しょもつ愛あいの交歓こうかんを横糸よこいとにして織おりなされていく。ふたりを親密しんみつに結むすびつけるきっかけとなるのがレイ・ブラッドベリの「華氏かし451度ど」であることは興味深きょうみぶかい。フランソワ・トリュフォーによって映画えいが化かもされた（「華氏かし451」）、このSF小説しょうせつは、書物しょもつが禁きんじられた近きん未来みらいを舞台ぶたいにした、本ほんを焼却しょうきゃくする焚書ふんしょ係がかりが主人公しゅじんこうの物語ものがたりであり、まるで、知性ちせいを蔑ないがしろにしている保守ほしゅ的てきなこの田舎町いなかまちそのものであるかのようだ。実際じっさいに、紙かみが燃もえ始はじめる温度おんどを指さす書名しょめい自体じたいが、ラストの伏線ふくせんにもなっている。

映画えいがでは、それ以外いがいにも、重要じゅうような役割やくわりを演えんじているナボコフの問題もんだい作さく「ロリータ」をはじめ、数多すうたの書物しょもつがキャメラで舐なめるようにとらえられ、監督かんとくのイザベル・コイシェの尋常じんじょうならざる書物しょもつ愛あいが垣間見かいまみえる。

ところで、この映画えいがのナレーションを務つとめているのは、映画えいが「華氏かし451」のヒロイン、ジュリー・クリスティであることに注目ちゅうもくしたい。むろんオマージュには違ちがいないが、そのナレーションの真しんの意味いみが明あきらかになるのは、愛書あいしょ狂きょうのトリュフォーが自作じさくを〈書物しょもつ人間にんげん〉たちのささやかな抵抗ていこうで締しめくくったのと同様どうように、「マイ・ブックショップ」もささやかな抵抗ていこうの美うつくしい姿すがたが映うつし出だされる瞬間しゅんかんである。近年きんねん、これほど意表いひょうを突つく、見事みごとな余韻よいんを漂ただよわせるエンディングを見みたことがない。

（高崎たかさき俊夫としお）