MEMORIA メモリア

映画えいがの「音おと」とは映像えいぞうの従属じゅうぞく物ぶつに過すぎないのか否ひか。近年きんねん、それを覆くつがえそうと試こころみる、音おとを優位ゆういに置おいた映画えいが作品さくひんが散見さんけんされるようになってきた。電話でんわの音おとだけで事件じけんを解決かいけつする『THE GUILTY／ギルティ』などがそうだが、本ほん作さくも映像えいぞう以上いじょうに音おとの方ほうが物語ものがたりに核心かくしんに迫せまっている作品さくひんだ。誤解ごかいを恐おそれずい切いきってしまうと、映像えいぞうに映うつっているものより聞きこえる者ものの方ほうがはるかに重要じゅうような位置いちを占しめている。
主人公しゅじんこうの脳のう内ないに響ひびく音おとの正体しょうたいはなんなのか、それは映像えいぞうでは全まったく切きり取とることのできない、壮大そうだいなイメージを観客かんきゃくに与あたえ、想像そうぞう力りょくを無限むげんに広ひろげてくれる。映像えいぞうは具象ぐしょう的てきな表現ひょうげんだが、音おとは抽象ちゅうしょう的てきな表現ひょうげん。あらゆるものが映像えいぞう化かされて、見みたことのないものを提供ていきょうすることが困難こんなんになりつつある時代じだい、観客かんきゃくが体験たいけんしたことのない未知みちの世界せかいを提供ていきょうできるのは、映像えいぞうよりもむしろ音おとなのだとこの映画えいがは教おしえてくれる。

アピチャッポンの映画えいがには眠ねむりと陶酔とうすいがある。それほどまでに心地ここちよく、なおかつ、その向むこうで深淵しんえんに繋つながっているかのような神秘しんぴ性せいを持もつと言いうべきか。舞台ぶたいをいつものタイからコロンビアへ移うつした本ほん作さくは、耳元みみもとで爆ばく発音はつおんが鳴なるのを感かんじる主人公しゅじんこうの物語ものがたり。サスペンスか、ミステリーか、超ちょう常つね現象げんしょうものか。頭あたまの中なかをハテナで一いち杯はいにしながら、アピチャッポンらしい心地ここちよい時間じかんと空間くうかんに身みを浸ひたしていく。本ほん作さくを理路りろ整然せいぜんと言葉ことばで説明せつめいすることは困難こんなんだ。でも我々われわれは頭あたまで考かんがえることに決けっして固執こしつせず、心しんで感かんじることができる。私わたしは本ほん作さくで太古たいこに刻きざまれた記憶きおくの声こえに耳みみを澄すませたり、他人たにんと対話たいわしたり、自然しぜんに身みを委ゆだねたり、はたまた音響おんきょう技師ぎしが効果こうか音おんを使つかって爆音ばくおんを再現さいげんしたりする中なかで、なぜだかふと「映画えいがの本質ほんしつ」に触ふれたような鮮烈せんれつなイメージに貫つらぬかれるのを感かんじた。映画えいがとはつまり、記憶きおくを発見はっけんし、再現さいげんし、そして共有きょうゆうする作業さぎょうではないかと、この作品さくひんに包つつまれながらそう思おもった。