宮田みやた愛あい萌もえさんが実践じっせん！　休やすむことをうしろめたく思おもわなくてよくなる「秘策ひさく」とは――？

『休やすむヒント。』（群像ぐんぞう編集へんしゅう部ぶ・編へん）

勤勉きんべんなふりをした休日きゅうじつ

二に十じゅう五ご年ねんの長ながいとも短みじかいとも言いえない人生じんせいのうち、少すくなくとも十じゅう九きゅう年ねんくらいは怠惰たいだな人間にんげんとして生いきてきた。

喉元のどもと過よぎれば熱あつさを忘わすれるという言葉ことばの通とおり、当時とうじしたはずの苦労くろうも美うつくしい思おもい出でに変かわっているだけなら良よいのだが、受験生じゅけんせいと呼よばれる立場たちばであった小学しょうがく六ろく年生ねんせいの頃ころも、高校こうこう三さん年生ねんせいの頃ころも、でてくる思おもい出ではベッドの上うえで『ハリー・ポッター』や『マリア様さまがみてる』を読よんだ記憶きおくばかりである。『ハリー・ポッター』シリーズはまだ単行本たんこうぼんで十じゅう一いち冊さつだから良よいが、『マリア様さまがみてる』シリーズは全ぜん三さん十じゅう七なな巻かんである。受験生じゅけんせいが戯じゃれに読よむには少すこし長ながい。

高校こうこう時代じだい、どうしても行いきたくない授業じゅぎょうは、出席しゅっせき日数にっすうを数かぞえてギリギリセーフくらいになるように休やすんでいた記憶きおくもある。ちなみに行いきたくなくなったきっかけは、隣となりの席せきの友人ゆうじんが教科書きょうかしょを忘わすれたので机つくえを付つけている時ときに、頰杖をついて窓まどの外そとを眺ながめていたら「やる気きないなら帰かえっていいよ」と先生せんせいにめちゃめちゃ怒おこられたことである。友人ゆうじんの手前てまえ「教科書きょうかしょ忘わすれたのは私わたしじゃない」とも言いえず、友人ゆうじんはずっと申もうし訳わけなさそうな顔かおをしていた。その日ひから私わたしはその授業じゅぎょうだけ三さん週しゅう連続れんぞく欠席けっせきし、友人ゆうじんはそれから一いち度ども教科書きょうかしょを忘わすれなかった。

唯一ゆいいつと言いって良よいほど頑張がんばった記憶きおくがあるのは国語こくご科かから出でる夏なつ課題かだいの作文さくぶんくらいだろうか。国語こくご以外いがいは九きゅう月がつが来きてからが本番ほんばんであり、提出ていしゅつ日びのその授業じゅぎょうが始はじまる号令ごうれいまでに終おわらせればそれは期日きじつを守まもったことになる。と言いって休やすみ明あけのテストが終おわった後のちに必死ひっしになってノートを埋うめていた。

これは学生がくせいたちへのアドバイスだが、終おわらなかった場合ばあいは潔いさぎよく「まだ終おわっていませんすみません」と謝あやまった方ほうが良よい。下手へたに「やったんですけど持もってくるのを忘わすれました」と言いうと「明日あした職員しょくいん室しつに持もってきて」と言いわれることがある。正直しょうじきに言いって謝あやまると「じゃあいつなら出だせるの？」と、一いち週間しゅうかん程度ていど締しめ切きりを延のばしてもらえる可能かのう性せいが高たかまるのだ。ちなみに私わたしはやったのに持もってくるのを忘わすれた場合ばあいでもやっていないふりをしていた。次つぎの日ひも忘わすれたら絶対ぜったいもっと怒おこられるので、締しめ切きりを次週じしゅうにしておいて持もってきた時ときに出だす作戦さくせんである。良よい作戦さくせんだったと思おもうが、真似まねすることは推奨すいしょうしない。

要領ようりょうは悪わるくない方ほうであり、楽観らっかん的てきで、運うんが良よい。この三みっつの性質せいしつの美うつくしいコンビネーションにより、私わたしの怠惰たいだな生活せいかつは形作かたちづくられていた。そんな私わたしがセルフケアについて語かたるなんて、十じゅう八はちの私わたしが聞きいたら呆あきれるに違ちがいない。「あなた、怠惰たいだじゃない」と。

しかし、大学だいがくに入はいると私わたしの生活せいかつは一変いっぺんした。

最初さいしょの半期はんきはアルバイトが楽たのしくて三みっつ掛かけ持もちし、かつ大学だいがくの広報こうほう課かの学生がくせい団体だんたいに入はいっていた。二にヵ月かげつくらいサークルに顔かおを出だしていたこともある。夏なつ以降いこうはアルバイトではなく、きちんとお仕事しごとをしていた。授業じゅぎょうは取とれるだけ取とり、二に年生ねんせいからは司書ししょ資格しかく取得しゅとくのための授業じゅぎょうも取とっていたため、まあまあ忙いそがしい生活せいかつをしていたのではないだろうか。怠惰たいだにしていなくてもかなりぎりぎりだったため、気きがつけば自分じぶんが怠惰たいだな人生じんせいを送おくっていたことを忘わすれてしまった。

私わたしの中なかに、勉強べんきょうや仕事しごととは辛つらいものだという勝手かってな先入観せんにゅうかんがある。「社畜しゃちく」という言葉ことばや、一いち日にち最低さいてい十じゅう二に時じ間あいだは勉強べんきょうするべきだという受験生じゅけんせい生活せいかつの印象いんしょうがそうさせているのだろう。だからだろうか。私わたしは今いまも昔むかしもあまり勉強べんきょうや仕事しごとをしているという感覚かんかくがない。

大学だいがくでは大好だいすきな日本にっぽん文学ぶんがくを学まなび、仕事しごとも楽たのしいと感かんじることの方ほうが多おおかった。繰くり返かえしていたのは「大学だいがくでの勉強べんきょうは趣味しゅみみたいなものですから、辛つらいよりも楽たのしいが勝かちます」という言葉ことばだ。そして今いまは、ずっと大好だいすきだった言葉ことばで表現ひょうげんする仕事しごとをメインにさせていただいている。

自分じぶんが楽たのしくて、やりたくてやっていることなのに、休やすみを取とりたいと思おもうことに対たいして罪悪ざいあく感かんを抱いだくようになった。前ぜん職しょくが、私生活しせいかつが充実じゅうじつしている様子ようすを見みせるのはあまり望のぞましくないとされる職業しょくぎょうだったこともあるかもしれない。好すきなことで辛つらいと言いってはいけないような気きすらしてくる。

現在げんざい、私わたしはある程度ていど自分じぶんの裁量さいりょうで休やすみを調整ちょうせいできる。だからこそ、休やすみを取とっていいのだろうか、と不安ふあんになってしまうのだ。頭あたまでは、好すきなことだろうと休やすんでよいし、休息きゅうそくが必要ひつようなことは理解りかいしているが、この時間じかんでなにか別べつの仕事しごとや勉強べんきょうができるのではないかと思おもうと休やすむことを躊躇ためらう。怠惰たいだな人生じんせいを十じゅう九きゅう年ねん送おくっていたのに、休やすみを躊躇ためらうようになるなんて、と感動かんどうを覚おぼえるほどに。

あの頃ころのように「まだ終おわっていませんすみません」と言いって締しめ切きりを一いち週間しゅうかん延のばしてもらうわけにはいかない。ちょっと怒おこられたからと言いって出社しゅっしゃ拒否きょひできるわけもない。もう大人おとなになったのだから。自分じぶんの行動こうどうひとつひとつが、「他人たにんから見みた私わたし」を形作かたちづくっている。それはすごく怖こわくもあり、楽たのしくもあり、時折ときおりわああと叫さけびたくなる心地ここちになるのだった。

私わたしはそんな時とき、ひとりで観劇かんげきに行いく。

観劇かんげきは私わたしの趣味しゅみのひとつだ。だからはじめは観劇かんげきも娯楽ごらくであるという罪悪ざいあく感かんもあったが、物語ものがたりや人物じんぶつをどのように解釈かいしゃくしているかを知しるための勉強べんきょうだと自分じぶんを納得なっとくさせることで、他たの休息きゅうそくよりもずっと気軽きがるに楽たのしめるようになった。

私わたしはよく観劇かんげきを「する」のではなく「行いく」と言いう。そしてその場ばにいる「観客かんきゃく」としての役やくを全まっとうするのだと思おもいこむことによって、気軽きがるに楽たのしめることに気きがついてからは、出来できるだけ色々いろいろなことを罪悪ざいあく感かんの少すくない言葉ことばでい換いかえるようになった。言葉ことばによってこんなにも感覚かんかくが変かわるのだと思おもうと、嬉うれしい。少すこしずつ罪悪ざいあく感かんを言葉ことばで薄うすめて、休やすむということに感覚かんかくをなじませているのだろう。そうしたらいつか「この日ひは予定よていがあるので別べつ日びでお願ねがいします」「体調たいちょうが悪わるいので休やすみにします」と自然しぜんに言いえるようになるのだろうか、と考かんがえたところで急きゅうに自信じしんを無なくしたように私わたしは思おもった。

『休やすむヒント。』（群像ぐんぞう編集へんしゅう部ぶ・編へん）

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