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「魂の温度が違う」町田康の言葉はどこから生まれるのか?初の歌集『くるぶし』を穂村弘が読み解く(町田 康,穂村 弘) | 群像 | 講談社(1/3)

たましい温度おんどちがう」町田まちだやすし言葉ことばはどこからまれるのか?はつ歌集かしゅう『くるぶし』をむらひろ

町田まちだやすしさんはつ歌集かしゅうくるぶし』(COTOGOTOBOOKS)が話題わだいです。ぜん352しゅろしとなるほんさくは、そのボリュームにもかかわらず圧倒的あっとうてきなスピードかんをもって読者どくしゃをさらってしまいます。そんないちさつを、歌人かじんむらひろしさんはどうくのか。おにんかたいました。(紀伊國屋きのくにや書店しょてん新宿しんじゅく本店ほんてんにて開催かいさいされたトークイベントをさい編集へんしゅうしておとどけします。構成こうせい木村きむら綾子あやこ
町田康『くるぶし』町田まちだやすし『くるぶし』

むらひろ緊張きんちょうしてんだ『くるぶし』

むら こんなるとはというかんじですね。町田まちだやすし歌集かしゅう突然とつぜん本当ほんとう突然とつぜんてとてもびっくりしました。ぼくにとって町田まちだやすし特別とくべつひとっていうイメージで、たましい温度おんどちがう。その町田まちださんの短歌たんかということで緊張きんちょうしながらみましたけど、やっぱりものすごく町田まちださんでしたね。そのことにおどろきながら納得なっとくするというか、納得なっとくしながらおどろくというか。ただ、今回こんかい自分じぶんかかわってきた短歌たんかだから、すこしだけその秘密ひみつというか、なにをやっても強烈きょうれつ町田まちだやすしだということの意味いみをわかろうとしながらんだんです。

町田まちだ ありがとうございます。むらさんとは小説しょうせつ選考せんこうかいなんかでおいすると、古今ここん東西とうざいのいろんな作品さくひんきながら「この文章ぶんしょうはこっからひびいてんのちゃう?」みたいなかたをされてとても刺激しげきてきなんですけど、「ぼく小説しょうせついてないんで」と非常ひじょう謙虚けんきょ姿勢しせいでもあるというか。でも今日きょうはですね、そういう謙虚けんきょさをいっさいかなぐりてていただいて、ぎゃくぼくのほうがどこまでボコボコにされるかビビりながらたんですけど、どうかおやわらかにおねがいします。

左から町田康さん、補村弘さんひだりから町田まちだやすしさん、むらひろしさん

むら 『くるぶし』、まず短歌たんかとしては破格はかくですよね。破格はかくってめちゃくちゃなイメージがあるけどじつぎゃくというか、その本質ほんしつはなにかってかんがえると、町田まちださんはものすごくしんのルールに厳密げんみつひとだってことを短歌たんかおもったのね。それにかんして、「語彙ごい」と「内在ないざいりつ」という言葉ことば使つかってちょっとしゃべりたいんだけど。

町田まちだ おねがいします。

むら まず宮沢みやざわ賢治けんじ短歌たんか参照さんしょうしたいんだけど、ひとつは、〈「青空あおぞらあし」といふもの ふとぎたり かなしからずや あおぞらのあし〉といううた宮沢みやざわ賢治けんじ天才てんさい怪物かいぶつで、なにをやっても宮沢みやざわ賢治けんじっていうひとですよね。「青空あおぞらあし」がどんなものかはわからないけど、宮沢みやざわ賢治けんじ特別とくべつ感度かんどでこれをキャッチして、なにかがまぼろしされたことがわかる。ぼくらがってる宮沢みやざわ賢治けんじ詩集ししゅう童話どうわであれば、そこから「青空あおぞらあし」が展開てんかいされてビリビリつたわってくるんだけど、これは短歌たんかだから、わざだけの鉄棒てつぼう競技きょうぎみたいなものなんです。くるくるまわったりする時間じかんがなくていきなりフィニッシュ。〈「青空あおぞらあし」といふもの ふとぎたり〉の時点じてんでもうわざ準備じゅんびにかからなきゃならなくて、〈かなしからずや あおぞらのあし〉と着地ちゃくちめてしまう。

町田まちだ ほんまだったらそのあいだがあるんちゃうか、と。

むら ええ、そのさきかもしれないし。問題もんだいは〈かなしからずや〉ですよね。これは賢治けんじこえじゃない。韻文いんぶんまり文句もんくというのか、短歌たんかこえなんだよね。本当ほんとうは「青空あおぞらあし」というビリビリするほど素晴すばらしいものをかんじてるのに、着地ちゃくちするために形式けいしき譲歩じょうほして、短歌たんかこえ採用さいようしてしまった。

町田まちだ それはたとえば浪花節なにわぶしでいうたら「ああんあん、あんあんあんあん〜」みたいなもんなんですかね?

むら そう。でも『くるぶし』ではこのぎゃくのことがきていて、たとえば阿倍仲麻呂あべのなかまろの〈てんげんふりさけみれば春日しゅんじつなるさんかさやまでしつきかも〉といううた本歌ほんかりがあるんだけど、どういううたかというと、てんげんふりさけみれば春日しゅんじつなるアンガスうしでしつきかも〉

町田まちだ これ歌集かしゅう最後さいご掉尾ちょうびですからね(笑)。

むら これってさ、町田まちださんがいたとこって〈アンガスうし〉だけ(笑)。

町田まちだ はははは。

むら 宮沢みやざわ賢治けんじ場合ばあい〈かなしからずや〉以外いがいはオリジナリティでいてるのに、これをやったために短歌たんか吸収きゅうしゅうされてしまった。でも町田まちださんの場合ばあい、これは本歌ほんかりとはえないほどの──本歌ほんかりって普通ふつうななななななまでって暗黙あんもくのルールがあるんだけど、たった一語いちごをアンガスうしにしただけで短歌たんかかん跡形あとかたもなく消滅しょうめつして、急激きゅうげき町田まちだやすしこえになる。

町田まちだ ええ。

むら なんでこんなことができるのか。まず〈アンガスうし〉がたまらなく町田まちださんですよね。つまりひとつは、語彙ごい問題もんだい。もうひとつは、そもそもなんでこのうたえらんで、しかもよんに〈アンガスうし〉をもうかとおもったのかという、選択せんたく問題もんだい。これをぼくは「内在ないざいりつ」っていうふうにおもったんだけど、グルーヴというのかうねりというのか、町田まちださんのなかにいつも厳密げんみつななにかがながれていて、それとシンクロするものをつめている姿勢しせいがあって、こうして言葉ことばにされるとそれが可視かしされてやっと我々われわれにわかるようになる。この歌集かしゅうにはほかにも、土民どみん外人がいじんぶたなべ、うどん、ボンジリ、尻子玉しりこだまうてうてうて、みたいな言葉ことばなんかいてくる。趨勢すうせいはいまや「外人がいじん」ではなくて「外国がいこくじん」なんだけど、町田まちださんは「外人がいじん」でいくわけですよね。

町田まちだ ええ。語彙ごいがわかりやすいというのはたしかにそうだとおもいます。内在ないざいりつっていうのは、ちょっと簡単かんたんには説明せつめいできない複雑ふくざつななにかがあるのではないか、と。ただこれ、「破格はかくうた」という烙印らくいんをいまされたんですけど、破格はかくなんかな?ってぼくおもうんですよね。

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