昭和しょうわが終おわって３４年ねん、ミレニアムで数かぞえれば２２年ねん。

例たとえば四半世紀しはんせいき。２５年ねんという年月としつきを振ふり返かえってみたとき、世よの中なかは良よくなったような、悪わるくなったような。

何なにかが解決かいけつに向むかえばそこで新あらたな問題もんだいが起おきるし、振ふり子このように左右さゆうに大おおきく振ふれる価値かち観かんもあって、世よの中なかが良よい方向ほうこうに向むかっている実感じっかんは一向いっこうに得えられない。

それでもこの２５年ねんで確実かくじつに社会しゃかいの認識にんしきが変容へんようしたもののひとつに、性的せいてきマイノリティに対たいする理解りかいの広ひろがりがあると思おもう。

もちろん、まだ十分じゅうぶんに理解りかいが進すすんだ訳わけではなくて、今いまはまだ『こういう人ひとたちが少数しょうすう派はとして実在じつざいして、社会しゃかいの一員いちいんである』という認識にんしきが定着ていちゃくした程度ていどなんだろうと思おもう。

その模索もさくはこれからも続つづく。

その模索もさくの過程かていに、揺ゆれる水面すいめんの写うつし絵えのように、優すぐれた映像えいぞう作品さくひんが浮うかび上あがることがある。

とりわけNHKは、これまで性的せいてきマイノリティを描えがいたドラマの秀作しゅうさくを送おくり出だしてきた。

テレビドラマ『弟おとうとの夫おっと』『女子じょし的てき生活せいかつ』（２０１８年ねん）、『腐女子ふじょし、うっかりゲイに告のる。』（２０２０年ねん）これらの一連いちれんの秀作しゅうさくの中なかに、おそらく今いま作さく『恋こいせぬふたり』（NHK月曜げつよう２２時じ・主演しゅえん岸井きしいゆきの/高橋たかはし一生かずお　W主演しゅえん）も入はいることになるのだと思おもう。

価値かち観かんを揺ゆさぶる、ドラマ『恋こいせぬふたり』

今いま作さくが描えがく性的せいてきマイノリティは、『アロマンティック・アセクシャル』。

大おおまかに、乱暴らんぼうに言いってしまえば、他人たにんに恋こいをしない・他人たにんに性的せいてきに惹ひかれないことが指向しこうという人ひとたちのことである。

最初さいしょに概要がいようを見みた時ときにまず思おもった。そういう、恋愛れんあいにあまり興味きょうみのなさそうな、世間せけんでいうところの淡白たんぱくな人ひとは自分じぶんの知人ちじんにもちらほらいる。そういうのとは違ちがうのか。

はたまた、最近さいきん巷ちまたに溢あふれている偽装ぎそう結婚けっこんから何なんだかんだで恋愛れんあいになってしまうパターンのドラマ（それはそれで定番ていばんとして楽たのしいが）なんじゃないのか。

だが、実際じっさいに初回しょかいを見みて、すぐにそういう定型ていけいを徹底的てっていてきに、用心深ようじんぶかく取とり除のぞいた作品さくひんだということがわかった。

主人公しゅじんこうの一人ひとり、兒玉こだま咲子さきこ（こだまさくこ　岸井きしいゆきの）は、仕事しごと熱心ねっしんでコミュニケーションの能力のうりょくも高たかい。

両親りょうしんと既婚きこんの妹いもうと、家族かぞくとの関係かんけいも概おおむね良好りょうこうだが、恋愛れんあい感情かんじょうを持もてない、わからないという一いち点てんゆえに、まるで単語たんごの半分はんぶんをき取きとれない外国がいこく語ごの中なかで暮くらしているような不安ふあんとともに生いきている。

その点てんを周囲しゅういに説明せつめいする言葉ことばを持もたないことが、彼女かのじょの内面ないめんの恐おそれと不安ふあんをさらに増大ぞうだいさせている。

仕事しごとで親身しんみになった異性いせいの後輩こうはいから恋愛れんあい感情かんじょうを持もたれたことで仕事しごとの信頼しんらい関係かんけいが破綻はたんし、家族かぞくから未婚みこんを腫はれ物もの扱あつかいされることに疲つかれて、友人ゆうじんと予定よていしていたルームシェアは友人ゆうじんの恋愛れんあい優先ゆうせんの決断けつだんで流ながれてしまう。

疲弊ひへいした咲子さきこの前まえに現あらわれるのが、もう一人ひとりの主人公しゅじんこう、高橋たかはし羽わ（たかはしさとる　高橋たかはし一生かずお）である。

羽はねには自分じぶんの恋愛れんあい・性的せいてき指向しこうに自認じにんがあり、表現ひょうげんできる言葉ことばと意思いしがある。しかし同時どうじに他者たしゃに対たいする不信ふしん感かんや深ふかい諦念ていねんを抱かかえ込こんで生いきているように見みえる。

物怖ものおじのない咲子さきこが、羽はねに恋愛れんあい感情かんじょう抜ぬきの家族かぞくとして一緒いっしょに暮くらさないかと無鉄砲むてっぽうに提案ていあんするところで初回しょかいは終おわる。

作中さくちゅうで咲子さきこを少すこしずつ削けずりとっていく、周囲しゅういとの軋轢あつれき（あつれき）と受うける痛いたみがひりひりしてリアルだ。それは性的せいてきマイノリティではなくても、職場しょくばに恋愛れんあい感情かんじょうを一切いっさい介入かいにゅうさせたくないと思おもっている人ひとには近似きんじの痛いたみだからだ。

羽はねが周囲しゅういの無神経むしんけいな対応たいおうに苛立いらだつ言葉ことばもまたリアルだ。

それもまた性的せいてきマイノリティならずとも、皆みな同おなじ価値かち観かんで生いきていると無邪気むじゃきに信しんじている人相にんそう手しゅに言葉ことばが通つうじない絶望ぜつぼうに近似きんじの苛立いらだちだからだ。

互たがいの閉塞へいそく感かんと諦あきらめの中なかで、羽はねの「どんなセクシュアリティであれ、誰だれかと一緒いっしょにいたい、独ひとりは寂さびしいという思おもいはわがままじゃないと思おもいます」という言葉ことばが小ちいさな灯火ともしびのように薄暮はくぼを照てらす。

脚本きゃくほん、演出えんしゅつ、演技えんぎ、全すべてが丁寧ていねいに作つくられた初回しょかいだったが、そのセリフひとつだけでも、今いま作さくを最後さいごまで見届みとどける価値かちがあると思おもわせる美うつくしい言葉ことばだったと思おもう。

このドラマの初回しょかいを見みてから、これまでの人生じんせいで「ちょっと面倒めんどうくさがりでも自分じぶんは普通ふつう」だと信しんじて疑うたがいもしなかったけれども、じゃあ普通ふつうって何なにだろう、その普通ふつうの基準きじゅん点てんはどこにあるのか、そして、もしもその基準きじゅん点てんが存在そんざいするとして、自分じぶんの位置いちはどこなんだろうと考かんがえ込こんだ挙句あげくに、立たっている足元あしもとがおぼつかなくなった。

見みるものの価値かち観かんを揺ゆさぶる。きっと、いい作品さくひんになると思おもう。

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[文ぶん・構成こうせい／grape編集へんしゅう部ぶ]