夫おっとについていた『嘘うそ』　３０年ねんの秘密ひみつがバレた時とき、妻つまは…【grape Award 2018 入賞にゅうしょう作品さくひん】

夫おっとに初はじめて恋こいをした

あれは昨年さくねんの師走しわすの出来事できごとだった。大だい掃除そうじも兼かねて断だん捨離をしようと、押おし入いれの中なかを片付かたづけていると、四角しかくい箱はこが目めにとまった。

中身なかみは、結婚けっこん前まえに私わたしが夫おっとに贈おくった、手編てあみのセーターだ。夫おっとが袖そでを通とおさなくなってから、もう30年ねん近ちかくなる。

「これ、全然ぜんぜん着きてないのに、もう捨すてようよ」
「あかんあかん。そのうち着きるから」

私わたしたちは同おなじ台詞せりふを毎年まいとしのように繰くり返かえしていた。そして私わたしがあんまり執拗しつように言いうと、夫おっとはムキになった。
「何なに、言ゆうてんの。僕ぼくのこと思おもうて一生懸命いっしょうけんめい編あんでくれたセーターやのに、捨すてられるか！」

夫おっとの言葉ことばは、私わたしの胸むねにズキンと突つき刺ささる。

私わたしが夫おっとと出会であったのは24歳さいの時ときだった。夫おっとにときめきを感かんじるわけでもなく、かと言いって嫌いやなところも見みつからなかった。両親りょうしんの強つよい勧すすめもあって、これが果はたして恋愛れんあい感情かんじょうと言いえるものなのか確信かくしんできないまま、2人ふたりの交際こうさいはずるずると続つづいていた。

その頃ころ、私わたしの友人ゆうじんたちの間あいだでは、彼氏かれしができたら、手編てあみのセーターを贈おくるのがブームになっていた。ある日ひのこと、私わたしはデートの別わかれ際ぎわ、軽かるいノリで夫おっとに口走くちばしった。
「私わたし、あなたへのクリスマスプレゼントに、セーター編あむつもりなんよ」

夫おっとは満面まんめんの笑えみを浮うかべながら言いった。
「君きみの思おもいがいっぱい詰つまったセーター、僕ぼくは一生いっしょう大事だいじにするからな」

私わたしは帰かえりに大おおきな紙袋かみぶくろいっぱいの毛糸けいとを買かって、編あみ物ものが得意とくいな祖母そぼに見みせた。
「これから2ヶ月かげつ間あいだで、セーター編あむからな」

すると祖母そぼは、目めを丸まるくした。
「マフラーひとつ編あんだことがないあんたに、袖そで付つきのセーターなんか、編あめるはずがないやろ！　早はよう彼氏かれしに撤回てっかいしてきな」

祖母そぼの言葉ことばに、私わたしはがく然ぜんとした。あれだけ夫おっとを喜よろこばせたのに、今更いまさら、編あめませんなんて、口くちが裂さけても言いえない！
私わたしは意気いき消沈しょうちんして、部屋へやでふさぎ込こんでいた。

それから数日すうじつ後ご、私わたしを見みかねた祖母そぼが声こえを掛かけてきた。
「しゃあないな。彼氏かれしのサイズ測はかってきな。その代かわり、おばあちゃんが編あんだってことは、絶対ぜったい彼氏かれしに内緒ないしょにするんやで」

私わたしはその瞬間しゅんかん、祖母そぼの顔かおが女神めがみに見みえた。
それを機きに、私わたしは夫おっとへの贈おくり物ものを、祖母そぼに丸まる投なげした。その間あいだの私わたしの役目やくめは、時々ときどき祖母そぼの傍はたに行いって、進行しんこう具合ぐあいを確認かくにんするだけだった。

そしていよいよクリスマスイブが来きた。

「上手じょうずとか下手へたとかは、どうでもええんや。君きみが僕ぼくのために貴重きちょうな時間じかんを割さいてくれたことが嬉うれしいわ」

セーターを渡わたした時ときに夫おっとに言いわれたこの台詞ぜりふは、その後ごもずっと私わたしの頭あたまから離はなれなかった。

結婚けっこんしてから夫おっとは、冬ふゆになるとそのセーターを着きて、自分じぶんの両親りょうしんや友人ゆうじんたちに自慢じまんした。私わたしはその姿すがたを見みて、日増ひましに後悔こうかいと、夫おっとに対たいする懺悔ざんげの気持きもちが募つのっていった。

私わたしは思おもい悩なやんで、祖母そぼのところへ行いった。
「あのセーターやけど、夫おっとにほんまのこと、打うち明あけようかなあ」

すると祖母そぼは、首くびを横よこに振ふった。
「世よの中なかにはなあ、言いうたらあかん真実しんじつもあれば、つかなあかん嘘うそもあるんよ。相手あいてを悲かなしませるような真実しんじつは、今更いまさら言いわんでええ」

箱はこを開あけてセーターを眺ながめながら、遠とおい昔むかしの記憶きおくに思おもい巡めぐらせていたら、夫おっとが傍はたにやってきた。

夫おっとと目めが合あった時とき、私わたしはとうとういたたまれなくなった。
「実じつは、このセーターなあ」

その時とき、夫おっとが私わたしの言葉ことばを遮さえぎった。
「おばあちゃんが、編あんでくれたんやろ？」

突然とつぜんの夫おっとの言葉ことばに、私わたしは息いきが止とまりそうになった。

「何なにでわかったん？」
私わたしは蚊かの鳴なくような声こえで、夫おっとに問といかけた。

「だって、結婚けっこんしてから君きみが編あみ物ものしてる姿すがた、1度ども見みたことないもん。
そやけど、おばあちゃんちは、いつも毛糸けいとが転ころがってたもんなあ」

「今いままで、なんで私わたしに黙だまってたん？」

その時とき、夫おっとは私わたしから目めを逸そらした。
「孫まごを助たすけてやりたい一心いっしんで、このセーター編あんだおばあちゃんの気持きもち考かんがえたら、僕ぼくは一生いっしょう気付きづかんフリをするつもりやったのに、君きみが先さきに白状はくじょうしてしもうたら、おばあちゃんが悲かなしむやろ？」

2人ふたりの間あいだでしばらく沈黙ちんもくが流ながれた後のち、夫おっとが急きゅうにハイテンションになって私わたしに語かたりかけてきた。
「なあ、僕ぼくが君きみより5歳さい上うわやから、多分たぶん僕ぼくの方ほうが先さきに死しぬやろ。僕ぼくが棺かんに入はいる時ときに、このセーター着きせてよ。天国てんごくに行いったら、おばあちゃんにお礼れい言いわなあかんから。家いえに置おいといたら君きみに捨すてられてしまうから僕ぼくが着きて行いくわ」

おどけて笑わらう夫おっとの姿すがたに、私わたしは突然とつぜん、胸むねがキューンとなった。
「この人ひとって、ほんまはめっちゃ優やさしい人ひとだったんや」

私わたしはその時とき、夫おっとに初はじめて恋こいをした。

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