3位:決して一言では語れない、五十嵐大介特異の一作『海獣の子供』
一人の少女と、ジュゴンに育てられた兄弟の出会いから始まる不思議な物語。とても抽象的でスケールの大きなお話で、どういった作品かを表現するのが実に難しい作品です。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2007-07-30
まず最初にハッキリと言いますが、本作は人を選ぶ作品です。少なくとも万人向けとは言えません。一見すると海を舞台にしたボーイミーツガール作品なのですが、そんな単純な言葉で語れるものではありません。抽象的で精神的な表現で埋め尽くされた物語には、一貫したストーリーというものはありません。起承転結を成していないわけではありませんが、少なくとも一般的な作品と同じように読み始めると、面食らうことは間違いないでしょう。
ですので、まずは作品を読む前に軽い準備をしましょう。あらゆる漫画のセオリーを一旦横に置き、心を自然体に。そしてあらゆる想像力を開放し、どんな表現にも対応できるようにリラックスするのです。そうすればきっと、この抽象的で不思議な物語がすんなり心に染み渡っていくはず。そしてその状態で、作中に描かれる素晴らしい絵を見ていくのです。じっくりと……。
五十嵐らしい繊細な線で描かれた自然の姿は、あらゆる海の姿をありありと表現してくれています。音すら聞こえてきそうなほど躍動感に溢れた自然の有り様は、抽象的な表現と相まって独特の世界を作り出しています。登場するひとりの少女とふたりの少年も生き生きと描かれ、その目には不思議な強さを感じるほどです。
作中ではおそらく命というものがテーマとして描かれています。「おそらく」と表現したのは、明確な描き方がなされていないからです。本作品を読み終わった後も、どんな作品だったかと聞かれると、きっと答えに戸惑うでしょう。そういう感覚でその難解なテーマを読み取る作品なのです。
ひとりの少女とふたりの少年、彼らの生きる姿を通しあなたは何を見、何を感じ取るでしょう。感じるままの印象がその答えなのです。まごうことなき名作、是非お楽しみ下さい。
『海獣の子供』については<『海獣の子供』の見所を全巻ネタバレ考察!命を知った、あの長い長い夏休み>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
2位:半獣半人。主役は「リアル」なケモミミ少女たち『ディザインズ』
バトルアクションを意識したハードSF作品。人によって生み出された、人と動物とを融合させた異形の生物たちの物語です。倫理観などを排し、かなりダークな雰囲気が漂っています。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2016-02-23
近未来ダークファンタジーと言うこともできる世界観ですが、本作は幻想よりも現実の方に近い作品でもあります。人と動物のハイブリッド生命体である、HA(ヒューマナイズド・アニマル)。彼女たちはみな女性の顔、姿をしているキメラ(合成生物)です。設定だけ聞くと、ケモミミ少女などに代表される亞人や獣人を想像してしまいがちですが、そこには可愛らしさはなく、リアルな設定がなされています。
遺伝子操作はSF作品の中だけのものではなく、植物や動物などに現実に行われているものです。本作で描かれているのは、倫理観を捨て去った果ての遺伝子操作の未来の姿であり、そこには一切の感傷などはありません。現実で実際に起こり得ることなのです。彼女たちも、人ではなく「人に近い動物」として描かれており、無感情に人を殺戮する姿は恐怖以外の何ものでもありません。
本作品は五十嵐大介による『ウム・ヴェルト』という読み切り作品が原型となっており、そのお話は本編の前日譚のようになっています。テーマとなっている遺伝子操作について本格的で専門的な解説がなされており、エンターテイメントを重視した本作品に比べると設定部分が重視され、解説書のような構成になっているのです。彼女たちがなぜその姿なのかを現実的な観点から解説してありますので、本作品とあわせて読むことで作中の設定などがより深く理解できるでしょう。
五十嵐作品には珍しく、登場する女性キャラクターが艶かしく色っぽいのも特徴で、世界観も含め作者の新境地を感じさせる良作です。高い画力によって表現された超現実的なSFファンタジーの世界を、是非堪能してみてください。他の彼の作品とは一風変わった世界を味わえるはずです。
1位:五十嵐大介ワールド入門編にぴったりの作品『リトル・フォレスト』
4部作として映画化もされた名作。作者自身の自給自足生活をもとにしたお話で、大自然の中、小さな集落で生活する少女の姿を描いています。タイトルからもわかる通り、作中には色鮮やかな自然が溢れかえっており、これぞ五十嵐作品といった自然の息吹に満ちた作品です。
- 著者
- 五十嵐 大介
- 出版日
- 2004-08-23
「食」「料理」などを扱った漫画作品は数多く存在しますが、本作品に描かれているのは「人が食ベ生きていく姿」。いわゆる料理漫画などに代表される、食べ物を主役にしたものではなく、あくまで人が主役であるということをまず念頭に置いておいてもらいたいのです。
主人公はなんの変哲もない普通の女性。大自然の中、自分で食べ物を作り、採取し、調理し、食べるのです。生物として当たり前のことを行っているだけですが、その姿には妙な新鮮さを感じさせられます。それは現代において、自分で食べものを得るという行為がすでに希薄になってしまっているからなのではないでしょうか。用意されたものを食べるわけではなく、時間をかけ自らの力で作り、糧を得ていく。だからこそ彼女の姿は、読者の目に眩しく映るのです。
舞台となっている田舎は、日本の良き風景といった情景で描かれており、絵をみるだけでも一見の価値があります。そんな風景に囲まれた彼女の食生活は非常に細かい所まで描かれており、ネイチャーライフの教本とも言えるほどの完成度です。五十嵐大介自身が同じように自給自足を行っていたからこそ描けたリアルさがあります。
作中一面に描かれる大自然と、その中で生きるひとりの女性の姿。本作品を読むと、彼の作品の原点はやはり自然との共存や共栄にあるのだろうなと感じさせられます。彼を知らない方には入門編として非常に読みやすい本作品。最高の絵とともにどうぞご賞味ください。