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ジャン=バティスト・グルーズ (Jean-Baptiste Greuze, 1725年8月21日 - 1805年3月4日)は、フランスの画家。当時は絶大な人気を誇っていたが、その後18世紀の忘れられた画家として低い評価を受けた。
リヨン郊外のトゥルニュで生まれ、リヨンで学んだ後、1750年頃にパリに出た。5年後の1755年頃に市民の間で人気が出て、正規のコースをたどることなしに王立絵画彫刻アカデミーへの入会資格を認められた。しかし、歴史画家としての名声を望み、その素質を備えながらも認められず、風俗画家としては人気があったため、「風俗画家」として会員になった。
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