北西ほくせい騎馬きば警官けいかんたい

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北西ほくせい騎馬きば警官けいかんたい
North West Mounted Police
監督かんとく セシル・B・デミル
脚本きゃくほん アラン・ルメイ
ジェシー・ラスキー・Jr
C・ガードナー・サリヴァン
製作せいさく セシル・B・デミル
出演しゅつえんしゃ ゲイリー・クーパー
マデリーン・キャロル
ポーレット・ゴダード
音楽おんがく ヴィクター・ヤング
撮影さつえい ヴィクター・ミルナー
W・ハワード・グリーン
編集へんしゅう アン・ボーチェンズ
製作せいさく会社かいしゃ パラマウント映画えいが
配給はいきゅう パラマウント映画えいが
公開こうかい アメリカ合衆国の旗 1940ねん10月22にち
日本の旗 1952ねん1がつ13にち
上映じょうえい時間じかん 125ふん
製作せいさくこく アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
言語げんご 英語えいご
配給はいきゅう収入しゅうにゅう 5606まんえん[1] 日本の旗
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北西ほくせい騎馬きば警官けいかんたい』(ほくせいきばけいかんたい、原題げんだい: North West Mounted Police)は、1940ねん公開こうかいされた、セシル・B・デミル監督かんとく製作せいさくゲイリー・クーパー主演しゅえんによる歴史れきし映画えいが同時どうじ2人ふたりにとってははつ三原色さんげんしょくほうテクニカラー作品さくひんでもある。

北西ほくせい騎馬きば警察けいさつげん王立おうりつカナダ騎馬きば警察けいさつ設立せつりつ100周年しゅうねん記念きねんちな当時とうじまだまだ希少きしょう価値かちだったテクニカラーはひかり三原色さんげんしょくであるあか制服せいふくみどり森林しんりんあお=スペリオル充分じゅうぶんかされるから題材だいざいにうってつけ、パラマウント創立そうりつしゃ一員いちいんでもあり実業じつぎょうけん銀行ぎんこうでもあったデミルらしい観客かんきゃくしんつか心憎こころにく商法しょうほうである。なお、当時とうじのテクニカラーキャメラは3ほんのネガフィルムを同時どうじ使つか贅沢ぜいたく機材きざいで1だいが500kg、前年度ぜんねんどの『ふうともりぬ』のアトランタ炎上えんじょう場面ばめんでは全米ぜんべいに7だいしかなかったと記憶きおくされている。

ストーリー[編集へんしゅう]

1885ねんカナダではインディアンフランスからの入植にゅうしょくしゃとのあいだまれた混血こんけつメティスたちがイギリス政府せいふ統治とうちこころよしとせずはん乱軍らんぐん組織そしき地元じもとインディアン(いまうネイティブアメリカン)とんで女王じょおう陛下へいか直結ちょっけつ騎馬きば警官けいかんたいたたかいをいどもうとしていた(メティの一人ひとり指導しどうしゃルイ・リエルにちなみ、「リエルの反乱はんらん」とばれる。史実しじつ)。メティスのリーダー(ジョージ・バンクロフト)は合衆国がっしゅうこく騎兵隊きへいたいから兵士へいし射殺しゃさつしてうばった回転かいてんしき連発れんぱつじゅうガトリングほうをカナダまではこれた。だがテキサス・レンジャーのダスティ・リバース(ゲイリー・クーパー)が強盗ごうとうおよ殺人さつじんはん逮捕たいほ目的もくてき国境こっきょうえてカナダ騎馬きば警官けいかんたいとりで到着とうちゃくうつくしい女医じょい(マデリーン・キャロル)をめぐって騎馬きば警官けいかんたい軍曹ぐんそう(プレストン・フォスター)といがみいながらも協力きょうりょくしメティス反乱はんらんぐん壊滅かいめつ痛快つうかいさくでありおなじメティスでも親友しんゆう同士どうし(エイキム・タミロフとリン・オバーマン)がてき味方みかたかれてたたか皮肉ひにく女医じょいおとうとでもあるわか騎馬きば警官けいかん隊員たいいん(ロバート・プレストン)とメティスがわ毛皮けがわしょういとなむすめ(ポーレット・ゴダード)のこいからめてえがくスペクタクル活劇かつげき

キャスト[編集へんしゅう]

括弧かっこない日本語にほんご吹替(初回しょかい放送ほうそう1968ねん12月29にち日曜にちよう洋画ようが劇場げきじょう』)

アカデミーしょうノミネーション[編集へんしゅう]

しょう 部門ぶもん 候補こうほ 結果けっか
アカデミーしょう 撮影さつえいしょう(カラー) W・ハワード・グリーン
ヴィクター・ミルナー
ノミネート
作曲さっきょくしょう ヴィクター・ヤング ノミネート
室内しつない装置そうちしょう(カラー) ローランド・アンダーソン
ハンス・ドライヤー
ノミネート
編集へんしゅうしょう アン・ボーチェンズ 受賞じゅしょう
録音ろくおんしょう ローレン・L・ライダー ノミネート

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ キネマ旬報きねまじゅんぽうベスト・テン85かいぜん 1924-2011』(キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ、2012ねん)89ぺーじ

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]