古屋こや事件じけん

古屋こや事件じけん（ふるやじけん）は、1939年ねんから1940年ねんにかけて発生はっせいしたペルー日本人にっぽんじん移民いみんの古屋こや時次郎ときじろうの身柄みがらを巡めぐるペルー政府せいふとリマの日本にっぽん領事館りょうじかんの間あいだの係争けいそう事件じけん。1940年ねんに日本人にっぽんじん移民いみんの経営けいえいしていた商店しょうてんなどが破壊はかい、掠奪りゃくだつされたリマ排日はいにち暴動ぼうどう事件じけんの引ひき金がねとなったとされる。

事件じけんの背景はいけい

日本人にっぽんじん契約けいやく移民いみんの概要がいよう

ペルーへの日本人にっぽんじん契約けいやくの始はじまりは、公おおやけには1898年ねんにペルー政府せいふが日本人にっぽんじん契約けいやく移民いみんの入国にゅうこくを許可きょかし、1899年ねんに最初さいしょの移民いみん790名めいが渡航とこうしたことに始はじまる。1899年ねんから1907年ねんの間あいだに契約けいやく移民いみん6295人にんがペルーに入はいり、そのうち約やく92%の5777人にんが太平洋たいへいよう沿岸えんがんの綿花めんかなどのプランテーションへ送おくり込こまれた。

1923年ねんにペルー政府せいふと日本にっぽん政府せいふの間あいだで合意ごういの上うえに契約けいやく移民いみんが廃止はいしになった。廃止はいしの理由りゆうとして、日本にっぽん政府せいふは、移民いみん者しゃの低てい賃金ちんぎんと渡航とこう費ひの持もち出だしが移民いみんを利りさないとし、ペルー政府せいふは日本にっぽん移民いみんが社会しゃかい問題もんだい化かしていることを挙あげた。

ペルーでの日本人にっぽんじん移民いみんの状態じょうたい

1936年ねんにペルー政府せいふが公表こうひょうした、ペルー在住ざいじゅうの外国がいこく人数にんずうによると、日本人にっぽんじんは2万まん2560人にんで、全ぜん外国がいこく人じんの46.7%を占しめていた。また日系にっけい移民いみんの約やく6割わりがリマ、カヤオの都市とし部ぶに居住きょじゅうしていた。

移民いみん制限せいげん並なみ営業えいぎょう職業しょくぎょう制限せいげん令れいで外国がいこく人じん経営けいえいの数かずをそれぞれ全体ぜんたいの２割わり以内いないに制限せいげんしたが、事実じじつ上じょう実施じっしされていない状況じょうきょうで、日本人にっぽんじん経営けいえいの店みせがペルー人じん経営けいえいを圧迫あっぱくしていた。

移民いみん者しゃの心情しんじょう

日本にっぽん移民いみんの大半たいはんは、いずれ日本にっぽんに帰国きこくするつもりの出稼でかせぎ移民いみんであった。強固きょうこな日本にっぽん帰国きこく思考しこうの移民いみんたちは、子弟していを日本にっぽんの親類しんるいのもとに送おくって日本にっぽんで教育きょういくを受うけさせた。

ペルー国内こくないの排日はいにち気運きうんの醸成じょうせい

1920年ねん前後ぜんこうから排日はいにち気運きうんの醸成じょうせいされていった。

1929年ねんの世界せかい恐慌きょうこうによる鉱物こうぶつ資源しげんの輸出ゆしゅつの激減げきげんによりペルー経済けいざいも危機きき的てき状況じょうきょうに陥おちいった。長期ちょうき政権せいけんを築きずいていたレギーア大統領だいとうりょうへの不満ふまんが高たかまっていた。1930年ねん8月がつ、軍人ぐんじんのサンチェス・セーロがクーデターを起おこし、政権せいけんをにぎった。このペルー国内こくないのクーデターに乗じょうじ、日本人にっぽんじん経営けいえいの経営けいえいする店みせの破壊はかいや掠奪りゃくだつ行為こういが起おきた。しかしこの時ときの暴動ぼうどうは、必かならずしも日系にっけい移民いみんをターゲットにしたものではなかった。

こうした排日はいにち運動うんどうが起おきる状況じょうきょうを産うんだ背景はいけいは、1931年ねんに、当時とうじリマに公使こうしとして駐在ちゅうざいしていた来栖くるす三郎さぶろうが日本にっぽん外務省がいむしょうに送おくった報告ほうこく書しょ「秘露ぺるーニ於ケル排日はいにち運動うんどう」の中なかでも指摘してきされていた。以下いかに、来栖くるす公使こうしが指摘してきした要因よういんを示しめす。

• アマゾンの未開みかいの地ちに入植にゅうしょくしたはずの日本人にっぽんじんが、リマ首都しゅと圏けんなど都市とし部ぶに集あつまって商業しょうぎょうを始はじめたこと
• 日本人にっぽんじん経営けいえいの店みせが競合きょうごうするペルー人じんの仕事しごとを奪うばっていったこと
• 日本人にっぽんじん経営けいえいの店みせは、零細れいさいかつ家族かぞくぐるみで行おこなわれ、ペルー人じんを雇用こようするような規模きぼにならなかったこと
• 特とくに飲食いんしょく店てんでの不潔ふけつさが問題もんだいになるなど、日本人にっぽんじん経営けいえいの店みせは設備せつびが悪わるかったこと。
• 日本人にっぽんじんはペルー人じんから見みると寡黙かもくであり、ペルー人じんと積極せっきょく的てきに交流こうりゅうを持もたなかったこと

駐ちゅうペルー日本にっぽん公館こうかんの状況じょうきょう

ペルーのリマには日本にっぽんの公使館こうしかんと領事館りょうじかんが置おかれ、ペルー政府せいふへの対応たいおうは公使こうしが行おこない、在留ざいりゅう日本人にっぽんじんや日本人にっぽんじん移民いみんの対応たいおうは、領事りょうじの仕事しごとであった。当時とうじの領事りょうじの権限けんげんは非常ひじょうに強つよく、日本にっぽん国籍こくせき保持ほじ者しゃは彼かれらの一存いちぞんで日本にっぽんに強制きょうせい送還そうかんできた。また当然とうぜんのことなが官吏かんりとして日本にっぽん政府せいふの外交がいこう基本きほん方針ほうしんを遵守じゅんしゅ実行じっこうし、在留ざいりゅう日本人にっぽんじんを指導しどうすることが求もとめられた。

1930年代ねんだいの日本にっぽん外務省がいむしょうの領事りょうじに対たいする要請ようせいの一ひとつは、満州まんしゅう事変じへんや日にち中ちゅう戦争せんそうによる緊張きんちょうした国際こくさい情勢じょうせいの中なかで日本にっぽんの置おかれた厳きびしい状況じょうきょうを在留ざいりゅう日本人にっぽんじんに深ふかく理解りかいさせ、同意どういさせ、団結だんけつをはかることにあった。しかし、在外ざいがい公館こうかんが行おこなったこのような指導しどうは、結果けっか的てきに日本人にっぽんじん移民いみんがペルー社会しゃかいへの同化どうかの拒絶きょぜつに対たいしても正当せいとう性せいを与あたえることになった。

1939年ねんの中頃なかごろ、佐藤さとう舜しゅんが領事りょうじとしてリマに赴任ふにんしてきた。佐藤さとう領事りょうじは、赴任ふにん当時とうじ33歳さいと弱輩じゃくはいであり、相手あいてに甘あまくみられないようにするためなのか、必要ひつよう以上いじょうに威圧いあつ的てきな態度たいどで臨のぞんだといわれる。ペルーには北田きただ正ただし元もとが、佐藤さとうの前年ぜんねんの1938年ねんに公使こうしとして赴任ふにんしていた。北田きただは穏健おんけんな態度たいどで物事ものごとをすすめようとしたが、強引ごういんに物事ものごとを進すすめようとする佐藤さとうとは馬うまが合あわなかった。両者りょうしゃの関係かんけいは次第しだいに対立たいりつするようになった。

事件じけんの経過けいか

日系にっけい移民いみん内ないでの摩擦まさつ

栗本くりもと新しん蔵ぞうは、熊本くまもと県けんの出身しゅっしんで、先さきにペルーに移民いみんしていた兄あにの呼よび寄よせにより、1914年ねん（大正たいしょう3年ねん）ペルーへ渡わたった。この兄あにの事業じぎょうを継承けいしょうする形かたちで理髪りはつ店てんに入はいった。その仕事しごとぶりは熱心ねっしんで、店舗てんぽの充実じゅうじつにも力ちからをいれていた。1935年ねん当時とうじ（昭和しょうわ10年ねん頃ごろ）、日本にっぽんではパーマネントが流行りゅうこうの兆きざしをみせていた。栗本くりもとは、これにいち早はやく反応はんのうし、日本にっぽんからリマの自分じぶんが経営けいえいする店みせに取とり入いれた。これが評判ひょうばんをよび、店みせは繁盛はんじょうした。また栗本くりもとは、理髪りはつ業者ぎょうしゃ組合くみあいの組合くみあい長ちょうを勤つとめており、リマの日本人にっぽんじん移民いみんの中なかで有力ゆうりょく者しゃであった。

この状況じょうきょうに目めをつけた静岡しずおか出身しゅっしんの古屋こや時次郎ときじろうは、すぐに日本にっぽんに一時いちじ帰国きこくしパーマネントの技能ぎのうを習得しゅうとくした。再ふたたびリマに戻もどり、パーマネントも扱あつかう「サロン・ホリウッド」（原文げんぶんママ）を開業かいぎょうした。

古屋ふるやはいわゆるやり手てであった。古屋ふるやの店みせは繁盛はんじょうし、アメリカ製せいのパーマネントの最新さいしん機械きかいを買かい入いれ、大統領だいとうりょう夫人ふじんをはじめ有名人ゆうめいじんや有力ゆうりょく者しゃも客きゃくにつくようになった。古屋ふるやの妻つま、古屋こやリエは後年こうねんインタビューに、「義侠ぎきょう心しんがあり親分おやぶん肌はだで、人ひとの借金しゃっきんの保証人ほしょうにんになり大おおきな被害ひがいを受うけたり、競馬けいばに入いれあげたりと困こまった」と話はなしている。また古屋ふるやはペルーに帰化きかし、ペルー人じんの友人ゆうじんも多おおかった。このような古屋ふるやの性格せいかくと行動こうどうは、栗本くりもとなど日本人にっぽんじん移民いみんの同どう業者ぎょうしゃの強つよい反感はんかんを買かうことになった。

リマ日本にっぽん領事館りょうじかんの介入かいにゅう

1939年ねん中頃なかごろ、リマの日本人にっぽんじん移民いみん経営けいえいの40軒けんが不衛生ふえいせいを理由りゆうに営業えいぎょう停止ていしを命めいずる指導しどうがでた。日本にっぽん領事館りょうじかんの佐藤さとう領事りょうじは、この命令めいれい撤回てっかいのためにペルー政府せいふに掛かけ合あったが、事態じたいはなかなか動うごかなかった。一方いっぽうで、古屋ふるやは、ペルー人じんの友人ゆうじんを通つうじて、この営業えいぎょう停止ていしの取とり締しまりの緩和かんわを独自どくじに勝かち取とった。この古屋ふるやの行動こうどうは佐藤さとう領事りょうじの面目めんぼくを潰つぶすことになった。

佐藤さとう領事りょうじらは、栗本くりもとら日本人にっぽんじん移民いみんの理髪りはつ業者ぎょうしゃと謀はかり、古屋ふるやをペルー中央ちゅうおう日本人にっぽんじん会かいから除名じょめいした。古屋ふるやは反発はんぱつし、領事館りょうじかんとペルー中央ちゅうおう日本人にっぽんじん会かいを非難ひなんした。佐藤さとう領事りょうじは、これを反日はんにち的てき、反はん祖国そこく的てきであるとして強制きょうせい送還そうかんする処分しょぶんを画策かくさくした。しかし古屋ふるやはすでにペルーに帰化きかしていた。従したがって強制きょうせい送還そうかんするにはペルー内務省ないむしょうの命令めいれい書しょが必要ひつようであった。

古屋ふるやの強制きょうせい送還そうかん

佐藤さとう領事りょうじは、自みずからペルー政府せいふ宛あての古屋ふるや送還そうかん要請ようせい状じょうを作成さくせいし、北田きただ公使こうしに署名しょめいせよと迫せまった。1939年ねん12月27日にち、佐藤さとう領事りょうじはペルー内務ないむ大臣だいじんの命令めいれい書しょを入手にゅうしゅ。領事館りょうじかんに嘱託しょくたくで働はたらいていた日本人にっぽんじん移民いみんの早坂はやさかに命めいじ、計画けいかくが実行じっこうされることになった。

12月27日にちの夜よる、古屋ふるやの夫婦ふうふと、住すみ込こみで見習みならいとして働はたらいていたペルー人じんの女性じょせい、マルタ・コスタが在宅ざいたくであった。早坂はやさかが率ひきいる一団いちだんは夜陰やいんに乗じょうじて古屋ふるや宅たくに侵入しんにゅうし、古屋ふるやらを拘束こうそくした。この時とき、マルタ・コスタも、一緒いっしょに領事館りょうじかんに連行れんこうした。マルタ・コスタはすぐに解放かいほうされたが、古屋ふるやは顔かおが腫はれ上あがるほどの暴行ぼうこうを受うけた。翌よく12月28日にち、実行じっこうメンバーは古屋ふるやをカヤオ港みなとに連行れんこうし、銀ぎん洋よう丸まるに乗のせて日本にっぽんに強制きょうせい送還そうかんした。

ペルー政府せいふの対応たいおう

事態じたいを察知さっちした古屋ふるやの知人ちじんらは、ペルー当局とうきょくに通報つうほうを行おこなった。すぐにリマ知事ちじは命令めいれい書しょを発行はっこうし、出港しゅっこうしようとしていた銀ぎん洋よう丸まるを停船ていせんさせ、古屋ふるやを保護ほごした。またペルー政府せいふは、強制きょうせい送還そうかんには同意どういしたが、私宅したくに入はいり暴力ぼうりょくを振ふるって拉致らちしたことは、主権しゅけんの侵害しんがいであるとし、リマ日本にっぽん領事館りょうじかんに対たいして抗議こうぎを行おこなった。

ペルー警察けいさつはペルー中央ちゅうおう日本人にっぽんじん会かいの幹部かんぶを拘束こうそくし、家宅かたく捜索そうさくを行おこなった。このとき押収おうしゅうされた書類しょるいのなかに、佐藤さとう領事りょうじに不利ふりな証拠しょうこがあり、ペルー当局とうきょくの悪感情あくかんじょうを招まねいたともいわれている。

事件じけんの影響えいきょう

事件じけんに巻まき込こまれたペルー人じんのマルタ・コスタが入院にゅういん、外科げか手術しゅじゅつの末すえ、1940年ねん2月がつに死亡しぼうした。ラ・クロニクル紙しなど、元々もともとから排日はいにち記事きじを掲載けいさいしていた新聞しんぶんは、コスタの死亡しぼう原因げんいんは古屋ふるや宅たくに侵入しんにゅうした際さいの殴打おうだが原因げんいんであると書かきたてた。さらに時間じかんが経過けいかしても、事件じけんの報道ほうどうは収束しゅうそくせず、4月がつ5日にちと5月9日にちにペルーの上院じょういん秘密ひみつ会議かいぎでマルタ・コスタの死亡しぼう原因げんいんについての質疑しつぎが行おこなわれた。

まとめると、古屋こや事件じけんは、以下いかの3つの状況じょうきょうを生うみ出だした。

• ペルーの新聞しんぶんに排日はいにち報道ほうどうを過熱かねつさせ、日本にっぽんの北田きただ公使こうしおよび佐藤さとう領事りょうじらはそれを放置ほうちした。
• 北田きただ公使こうしと佐藤さとう領事りょうじの不仲ふなかが決定的けっていてきになった。
• 日本にっぽんの在ざいペルー公使館こうしかんおよび領事館りょうじかんと、ペルー政府せいふとの間あいだに相互そうご不信ふしんが生しょうじた。

ペルー側がわが期待きたいしていたのは、日本にっぽん領事館りょうじかんの率直そっちょくな謝罪しゃざいであった。4月の中旬ちゅうじゅんに大統領だいとうりょう秘書ひしょは日本にっぽん公使館こうしかんの通訳つうやく官かんに対たいして、事件じけんの責任せきにんを取とり佐藤さとう領事りょうじの更迭こうてつを暗あんに要求ようきゅうした。しかし、古屋こや事件じけんに対たいして佐藤さとう領事りょうじやペルー中央ちゅうおう日本人にっぽんじん会かいは無関係むかんけいを装よそおった。さらに、この問題もんだいを取とり上あげるリマの新聞しんぶん社しゃに対たいして、沈静ちんせい化かするための工作こうさくを行おこなった。しかし効果こうかはなかった。

そして、事態じたいが改善かいぜんされないまま1940年ねん5月13日にちに大だい規模きぼな排日はいにち暴動ぼうどう事件じけんが起おこることになる。

参考さんこう文献ぶんけん

• 田中たなか重太郎しげたろう『日本人にっぽんじんペルー移住いじゅうの記録きろく』ラテン・アメリカ協会きょうかい、1969年ねん。 NCID BN06884752。 
• 在ざいペルー日系にっけい人じん社会しゃかい実態じったい調査ちょうさ委員いいん会かい『日本人にっぽんじんペルー移住いじゅう史し・ペルー国こくにおける日系にっけい人じん社会しゃかい』在ざいペルー日系にっけい人じん社会しゃかい実態じったい調査ちょうさ委員いいん会かい、1969年ねん。 NCID BN07861606。 
• 国本くにもと伊代いよ 著しる、小島こじま麗うらら逸いっ 編へん「戦前せんぜん期きにおける中南米ちゅうなんべい移民いみんと排日はいにち運動うんどう」『日本にっぽん帝国ていこく主義しゅぎと東ひがしアジア』、アジア経済けいざい研究所けんきゅうじょ、1979年ねん3月がつ。 NCID BN01217841。 
• ラテン・アメリカ政経せいけい学会がっかい『ラテン・アメリカ社会しゃかい科学かがくハンドブック』新しん評論ひょうろん、2014年ねん。ISBN 978-4-7948-0985-8。 
• 柳田やなぎだ 利夫としお『ペルー日系にっけい人じんの20世紀せいき』芙蓉ふよう書房しょぼう出版しゅっぱん、1999年ねん。ISBN 4-8295-0237-1。