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無動寺(むどうじ)は、大分県豊後高田市黒土にある天台宗の寺院。山号は威王山(いおうざん)。
養老2年(718年)に仁聞によって開かれたと伝えられる古刹で、六郷満山の中山本寺として栄え、最盛期には末寺が12あったという。
現無動寺の場所は、古代から中世には黒土石屋と呼ばれる寺院で、無動寺は下黒土の身濯神社にあり、江戸時代中期に移動してきたことが分かっている。両寺院の境界にあたる大岩が現在にも伝わっている。ちなみに、黒土石屋は本松房の名で中黒土に伝わっている。
本堂には本尊の不動明王坐像をはじめ、大日如来坐像、薬師如来坐像などの平安時代から鎌倉時代にかけての16体の木造の仏像が安置されており、すべてが大分県の有形文化財に指定されている。
寺院の背後には、無動寺耶馬、もしくは黒土耶馬と呼ばれる、耶馬渓に似た奇岩から成る絶壁がそびえ、国指定名勝「天念寺耶馬及び無動寺耶馬」の一部を構成している。無動寺耶馬にも桁橋状の無明橋が架けられている。
国東六郷満山霊場第十番。
- 名勝(国指定)
- 天念寺耶馬及び無動寺耶馬(2017年10月13日指定)- 無動寺後背に聳える岩峰の名勝。幾つかの霊場が開かれ、桁橋状の無明橋からは天念寺の無明橋が望める。
- 大分県指定有形文化財
- 木造薬師如来坐像及び十二神将(1960年3月22日指定)- かつての無動寺本尊。樟材の一木造。薬師如来は11世紀後半の作、十二神将は鎌倉時代の作とされる。
- 木造薬師如来坐像(1960年3月22日指定)
- 木造大日如来坐像(1960年3月22日指定)- この二体の像は、境内堂であった椿堂に祀られていた像。ともに12世紀の作。
- 木造不動明王坐像(1960年3月22日指定)- 現在の無動寺の本尊。旧無動寺(身濯神社)に伝わり、江戸時代に現無動寺に移す際に、明王堂の前で重くなり、そのままそこで祀られたという伝承がある。国東半島の不動明王としては、行入寺の像に次いで古い。