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熙川

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熙川
熙川工業こうぎょう大学だいがく
位置いち
地図ちず
熙川市の位置(北朝鮮内)
熙川市
熙川
熙川 (北朝鮮きたちょうせん)
各種かくしゅ表記ひょうき
チョソングル: 희천시
漢字かんじ: 熙川
日本語にほんご仮名がな: きせんし
片仮名かたかな転写てんしゃ: ヒチョン=シ
マ字まじ転写てんしゃ (MR): Hŭich'ŏn-si
統計とうけい
行政ぎょうせい
くに: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく
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熙川(ヒチョンし)は朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく北朝鮮きたちょうせん)の慈江どう南部なんぶ都市とし人口じんこう16まん3000にん(1987)。

自動車じどうしゃ産業さんぎょうなど機械きかい工業こうぎょうさかんである。内陸ないりくにあり攻撃こうげきされにくいので兵器へいき工場こうじょうおおいようである。

近隣きんりんながれる清川きよかわこう将子まさここう利用りようした2ヶ所かしょ水力すいりょく発電はつでんしょ建設けんせつプロジェクトと先端せんたん技術ぎじゅつ企業きぎょうでの経済けいざい発展はってん背景はいけいに、きむ正日じょんいるなん視察しさつおとずれた都市としとして「熙川速度そくど」などと引用いんようされている。

行政ぎょうせい区画くかく[編集へんしゅう]

21ほら・12さと管轄かんかつする。

  • カルコルほら(カルコルトン)
  • かずら峴洞(カリョンドン)
  • 金山かなやまほら(クムサンドン)
  • 南川みなみかわほら(ナムチョンドン)
  • だいきょうほら(テフンドン)
  • ほうほら(メボンドン)
  • 西門にしもんほら(ソムンドン)
  • ソルモルほら(ソルモルドン)
  • 新興しんこうほら(シヌンドン)
  • 駅前えきまえほら(ヨクチョンドン)
  • えきつぼほら(ヨクピョンドン)
  • ぜん新洞しんどう(チョンシンドン)
  • ぜんつぼほら(チョンピョンドン)
  • 新洞しんどう(チシンドン)
  • 青年せいねんほら(チョンニョンドン)
  • 清川きよかわほら(チョンチョンドン)
  • きよし下洞しもほら(チョンハドン)
  • ひさぎつぼいちほら(チュピョンイルトン)
  • ひさぎつぼほら(チュピョンイドン)
  • たいらいんほら(ピョンウォンドン)
  • かぜ山洞やまほら(プンサンドン)
  • かんぬたさと(クァンデリ)
  • かつじょうさと(ククソンニ)
  • 南新みなみしんさと(ナムシンニ)
  • 東門ひがしもんさと(トンムンニ)
  • やなぎ中里なかさと(リュジュンニ)
  • うませんさと(マソンニ)
  • あきらぬたさと(ミョンデリ)
  • とみきょうさと(プフンニ)
  • 上西かみにしさと(サンソリ)
  • そうさと(ソンジリ)
  • ちょうつぼさと(チャンピョンニ)
  • きよし上里うえさと(チョンサンニ)

歴史れきし[編集へんしゅう]

熙川はかつては山間さんかん小村こむらだったが、朝鮮ちょうせん戦争せんそうなかきむ日成いるそん機械きかい工業こうぎょう都市としとして建設けんせつした[1]。その自動車じどうしゃ産業さんぎょう電気でんき電子でんし工業こうぎょうなどが発達はったつした。兵器へいき産業さんぎょう[2]ウラン濃縮のうしゅくおこな目的もくてき遠心えんしん分離ぶんり工場こうじょうもあるとわれている[3]

ひろしがわ水力すいりょく発電はつでんしょ建設けんせつされ、2012ねん2がつには平壌ぴょんやんまで送電そうでんせん完成かんせいした。この発電はつでんしょ建設けんせつプロジェクトは2009ねん経済けいざい発展はってん150にち戦闘せんとう計画けいかくひとつであり、その建設けんせつスピードのはやさをひょうして「熙川速度そくど[4]ばれた。

年表ねんぴょう[編集へんしゅう]

このふし出典しゅってん[5]

  • 1914ねん4がつ1にち - ぐんめん併合へいごうにより、平安へいあん北道ほくどう熙川ぐん以下いかめん成立せいりつ。(9めん)
    • 東面とうめん・邑内めん北面ほくめん西にしめん南面なんめん真面まほ長洞ながぼらめんひがしくらめん新豊しんゆたかめん
  • 1939ねん - 邑内めんが熙川めん改称かいしょう。(9めん)
  • 1941ねん10月1にち - 熙川めんが熙川邑に昇格しょうかく。(1邑8めん)
  • 1946ねん - 熙川邑が熙川めん降格こうかく。(9めん)
  • 1949ねん1がつ - 平安北道へいあんほくどう分割ぶんかつにより、慈江どう熙川ぐんとなる。(9めん)
  • 1952ねん12月 - ぐんめんさと統廃合とうはいごうにより、慈江どう熙川ぐん熙川めん西にしめん南面なんめん北面ほくめん真面まほおよびひがしめん一部いちぶ地域ちいきをもって、熙川ぐん設置せっち。熙川ぐん以下いかの邑・さと成立せいりつ。(1邑22さと)
    • 熙川邑・香川かがわさとうませんさと東門ひがしもんさとちょうつぼさととみきょうさと南新みなみしんさと円明えんめいさとそうさとたいらいんさと上西かみにしさとかつじょうさとぜんつぼさとやなぎ中里なかさと新里あらざとあきらぬたさとさとかんぬたさときよしくもさとかずら峴里・きよし下里しもさときよし上里うえさと明文あきふみさと
  • 1954ねん (1邑1労働ろうどうしゃ21さと)
    • やなぎ中里なかさと一部いちぶが熙川邑に編入へんにゅう
    • ぜんつぼさとぜんつぼ労働ろうどうしゃ昇格しょうかく
  • 1967ねん - 熙川ぐん熙川昇格しょうかく。(17ほら18さと)
    • 熙川邑の一部いちぶ分立ぶんりつし、ソルモルほら駅前えきまえほら清川きよかわほら南川みなみかわほら西門にしもんほらだいきょうほらひさぎつぼほら・メほうほら発足ほっそく
    • 熙川邑の残部ざんぶやなぎ中里なかさと一部いちぶ合併がっぺいし、えきつぼほら発足ほっそく
    • ぜんつぼ労働ろうどうしゃ分割ぶんかつされ、ぜんつぼほらぜん新洞しんどう・カルコルほら発足ほっそく
    • 新里にいさと分割ぶんかつされ、新洞しんどうかぜ山洞やまほら新興しんこうほら発足ほっそく
    • とみきょうさと一部いちぶ分立ぶんりつし、金山かなやまほら発足ほっそく
    • 円明えんめいさとやなぎ中里なかさと編入へんにゅう
    • たいらいんさとたいらいんほら昇格しょうかく
  • 1981ねん (18ほら15さと)
    • ひさぎつぼほら分割ぶんかつされ、ひさぎつぼいちほらひさぎつぼほら発足ほっそく
    • 明文あきふみさとさとまつはじめぐん編入へんにゅう
    • きよしくもさと東新とうしんぐん編入へんにゅう
  • 1990ねん - きよし上里うえさと一部いちぶ東新とうしんぐんきよしくもさと合併がっぺいし、東新とうしんぐん東新とうしん邑となる。(18ほら15さと)
  • 1993ねん - 香川かがわさとちょうつぼさと編入へんにゅう。(18ほら14さと)
  • 1994ねん (20ほら12さと)
    • きよし下里しもさとしん下洞しもほら昇格しょうかく
    • かずら峴里がかずら峴洞に昇格しょうかく
  • 1995ねん - ひさぎつぼほら一部いちぶ分立ぶんりつし、青年せいねんほら発足ほっそく。(21ほら12さと)

経済けいざい[編集へんしゅう]

自動車じどうしゃ産業さんぎょう電気でんき電子でんし工業こうぎょうなどが発達はったつしており、下記かき主要しゅよう企業きぎょう存在そんざいする。

  • 熙川はちすかわ機械きかい総合そうごう工場こうじょう[6]
  • 熙川工作こうさく機械きかい総合そうごう工場こうじょう[7]
  • ひろしがわ青年せいねん電気でんき連合れんごう企業きぎょう

観光かんこう[編集へんしゅう]

交通こうつう[編集へんしゅう]

平壌ぴょんやんからつうじる高速こうそく道路どうろがある。またじゅんかわからつうじるまんうらせんとおる。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ アジア経済けいざい研究所けんきゅうじょ [1]
  2. ^ NNA.ASIA 北朝鮮きたちょうせんフォーカス[2]
  3. ^ 朝鮮日報ちょうせんにっぽう 2011/1/19記事きじ[3]
  4. ^ 朝鮮ちょうせん新報しんぽう 2009ねん9がつ30にち [4]
  5. ^ 자강도 희천시 역사
  6. ^ 中国ちゅうごくもう日本語にほんごばん(チャイナネット)」2010ねん12月24にち [5]
  7. ^ 朝鮮ちょうせん新報しんぽう [6]