鳥の渡りを含めて,一般の動物の移動を英語ではmigrationと呼ぶが,魚類など水生動物の移動を日本語でとくに回遊という。時空間的に規則的な移動だが,回の字が示すように,ある周期でもとの所にもどる移動である。
それぞれの種は,それぞれの分布範囲が決まっている。この分布を決める要因としては,水温,塩分などさまざまあるが,一つの種についても,生活史の各段階で要求する環境条件が違う。また,自然の季節的その他の環境変動もある。そのため,その時々で最適な環境を求めて移動する。これが回遊である。生活史を大きく分ければ,産まれてからある程度大きくなるまでの弱い時期,餌をどんどん食べて成長する時期,成熟して次代をつくるための生殖の時期がある。このそれぞれの時期に適した環境があり,回遊によってそれを求めるわけである。このように生活史の各段階で,その種の分布できる範囲の環境を最大限に使うことが回遊の意義で,それは種にとっての繁栄のための適応であるといえよう。資源量の大きい,したがって漁獲対象種として重要な種類は大きな回遊をする(イワシ,ニシン,サケ,サンマ,カツオ,マグロ,カジキなど)。
なお,生殖回遊は一般に沖合から沿岸に向かうことが多く,〈乗込(のつこ)み〉〈乗込み鯛〉〈乗込み鮒(ぶな)〉など俳句の季語にもなっていることばは,魚が産卵期に浅場につっかけてくることをさしている。また北半球では北から南に向かうのが一般で,分布範囲の南限に産卵場のあることが多い。このため,水温の低下をさける越冬回遊と産卵回遊とは区別しにくい場合が多い。索餌回遊は逆に南から北へ向かう。
以上のほかに,垂直回遊と呼ばれるものがある。ハダカイワシ類などが,夜間上昇し,昼間は下降する日周垂直移動の現象をさす。これは生活史の中での季節的移動だけを回遊とする場合には除外されるが,時空間的にかなり規則的な移動であり,広義には回遊の中に入れられる。
回遊の範囲・時期・経路
魚の回遊の範囲は,広いものから狭いものまでさまざまであるが,マグロ,カジキ類のように分布域の広いものは回遊の規模も大きい。
回遊の時期・経路は,各水域の環境変化のパターン(季節変化が明りょうであるかどうか)と関係がある。産卵場が高緯度にあるものほどきちんと決まっており,低緯度のものはあまりはっきり決まっていない。サケは母川回帰するし,ある水系のどの支流に入るかまで決まっている。また川ごとに遡上(そじよう)時期が一定で,盛期は毎年ほぼ同じで,だいたいある一旬(10日間)の中に入る。ニシン,カレイ,タラなどもそれぞれの系群で産卵場が決まっている。これに対して,カツオ,マグロ,カジキなどは産卵場も産卵期もかなり範囲が広い。これは各水域での基礎生産のサイクルが異なることと関係がある。低緯度の熱帯水域では一年中ほぼ同じように生産が続き特別なピークは見られない。これに対し,温帯域では春・秋の2回,生産のピークがあり,寒帯域では夏の1回だけになる。このように中緯度,高緯度では生産のピークが決まった時期に起きるので,これにあわせて産卵がされないと,産まれた稚魚の餌が不足することになる。魚の死亡率は産まれてすぐの時期が最も高く,この時期の生残りは餌が豊富かどうかにかかっているので,産卵の時期と基礎生産のサイクルが重要な関連をもっているわけである。
回遊の起源
こういった回遊の起りはどこにあるのであろうか。まだ定説はないが,氷河期との関連で説明されることもある。つまり氷河期の後半には多くの魚類が赤道付近に生息していたが,間氷期には高緯度域まで分布を広げるようになった。しかし冬には水温が下がるので,低温をさけて南下することを繰り返すうち,この習性が定着したというのである。また,サケは氷河期に河川・湖沼が結氷したとき,これを避けるため塩水への適応性を獲得し,海へ入るようになった。しかしもともと淡水の魚なので,生殖時期には川へもどらねばならないというのである。
回遊の要因
ところで,魚は回遊を行う際,いろいろなものを頼りにしているが,水温・塩分が重要な要因であり,したがって海の場合は,それぞれ独特の水温・塩分パターンをもつ海流系が重要である。イワシ,ニシン,アジ,サバ,ブリといった沿岸性の表層回遊魚は,沿岸域を流れる海流あるいはその支流の中を海岸線にそって回遊する。半島,岬,海峡など地理的障害物で回遊が妨げられるので,回遊範囲はそう大きくない。外洋性のカツオ,マグロ,カジキなどは広い範囲を回遊するが,大きな要因は水温とされ,一般に20℃より高い水温を好む。水温はアユの稚魚が海から川に入る時期を規定する要因でもある。上流で夏を過ごしたアユは秋に下流に下って(落ちアユ)産卵する。稚魚は海に下り,川口,内湾で冬を過ごす。晩春,川に入るが,その時期は海と川の水温がほぼ同じになるときである。
アユのように海と淡水とを往復するのを両側回遊diadromous migrationというが,このうち,サケやヤツメウナギのように海洋で生活,成長し,産卵時に淡水に入るのを遡河回遊anadromous migration,ウナギのように淡水で生活し,成熟すると海へ産卵に下るのを降河(あるいは降海)回遊catadromous migrationと呼ぶ。このほか産卵と関係なく生活史の決まった時期に淡水と海とを往復するものを狭義の両側回遊amphidromous migrationという。
なお,魚類だけでなく,クジラ,オットセイ,タラバガニ,イカなども回遊をすることが知られている。こういった動物の回遊の速度,経路などは漁場・漁期の移変りなど漁業を通して推定するほか,標識放流などによっても調べる。
執筆者:清水 誠